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5・カリギュラ

都市名は当然架空です。というよりも、全部フィクションです。

今更ですが、この作品はあらゆる企業、地名、人物となんの関係もありません。






「シャク、シャクっ!!もうすぐ……もうすぐ私達の街に着くからっ!!ねっ?」


 私はただひたすらに焦っていた。

 焦りに焦ってカリギュラへの道を走る。

 背中はすでに真っ赤に染まっていた。

 そう、私の背中はコートの紅ではなく、背負っている彼の血で真っ赤に染まっているのに、そこから感じられる体温は、血で染まった背中越しに冷たく感じられる。

 それが私をより混乱させ、ただ焦らせる。


 どんな時でも見せ付けるようにカッコを付けて、ニヒルに笑ってみせるシャクナゲが、笑う余裕なく倒れたのだ。

 ……それが私の冷静さを奪っていた。



 ──速く、速く…速く速く速く速く……


 ただひたすらにそれを願い、通路を駆ける。

 真っ暗な通路をひた走る。どうすればいいのか……自分には何が出来るのかが分からないから、ただ急ぎに急いで走る。

 道順など気にはしない。そんな余裕なんかない。

 ただ跡を着けられると迷惑をかける事になるから、時折低い建物をわざわざ変種の身体能力を生かしてよじ登り、飛び越えて、あらぬ方向にある廃墟へと火を放つ。



 『パイロキネシス』──

 あるいは人体発火能力などと呼ばれ、古くから認知はされてきたこの能力だが、今は目くらましにも使えるのが助かった。


「もうすぐ、もうすぐカリギュラ──神杜市に着くから!私達の街に着くからっ!!」


 そう呼びかけ続けなければ不安に押し潰されそうになり、ひたすら背中のシャクへと話かけ──

 私は夜の裏道を疾走した。





 ──神杜(かみもり)市……現、廃都・カリギュラ。

 神杜なんて呼び方は私達黒鉄でもあまりしない。

 シャクがたまに懐かしがってそう呼ぶくらいだ。


 私の出身は東海方面であり、この辺りには特に思い入れがない。

 ただ日本でも関東に次いで、ヴァンプ共が活動を起こした地方……関西の1都市──それが神杜。


 私の地元が知事の手腕か、あるいは自衛隊や警官隊が優秀だったのか……はたまたたまたまなのかは知らないが、日本でもかなり最後までヴァンプの影響を受けなかった地方なのに対し、最初に犠牲になった元港街。


 そして国が撤退し、多くの人々が去った後でも、残った住民達が自分達の街を守る為に、最後まで戦い続けた『廃都』。

 それが私達の街、『カリギュラ』。


 その頃には──神杜と呼ばれた頃には、嫌な思い出や辛い出来事も多かったはずなのに、シャクは昔を懐かしがって儚く笑う。


 だからは私は敢えて『神杜』の名前を出したのだ。

 彼の大好きな街の名前を──。

 それがシャクの生命を繋ぎ留める為のキーワードだと思い込んで。





 ひたすら夜道を駆け、何人か見かけたヴァンプ達を振り切って、あと少しで廃墟ばかりが……無人の家屋ばかりが目立つ街へと着く、という場所での事だった。

 夜もかなり更け、涼しい夜風が頬を撫でてくれていた。

 火照った身体にはそれが気持ちいいはずなのに、それを感じる余裕すらなく……

 私は戦いの音を聞く。


 怒号と銃撃。何かと何かが反響する甲高い音。

 そして低いエンジン音と爆音を。


 一瞬、カリギュラがヴァンプの襲撃を受けているのか、と私は思った。

 私達の行動がバレていたなら、関西統括軍──将軍が率いる関西軍が報復に出たのかと思ったのだ。

 それくらいはあり得る事で、むしろ当然の考えとしてそれを危惧した。


 だから慌てて私はその音がした方向へと駆けていく。

 一刻も早くシャクを治療し、寝かせてはあげたいけど、カリギュラが陥落しては元も子もない。

 私が援軍として駆け付け、他の仲間達にシャクを任せるべき……そう私の中に僅かに残った冷静な部分が理解した。


 本音を言えば、私自身が治療する場所までシャクを運んであげたい。

 だけど正直な話、私には彼を治療するスキルはない。どうすれば血が止まるのか、どのように処置すればシャクが楽になるのか、それすらも分からないのだ。

 だから自らの内にある誘惑をなんとかはねのけ、私は駆ける。



 だが、その先にいたのは──


「……カーリアン」


 私の副官であるカクリと二班メンバー数人だった。

 他のメンバーの姿が見えないが、みんながみんな緊張した表情をしていて──

 私はワケが分からず混乱をきたす。


「カクリっ!?あなたなんで……」


「……カーリアン。落ち着いて……あなたなら少し考えれば……分かるハズ……」


 そんな事言われたって──


 カリギュラが襲撃を受けたのなら、帰還したばかりの二班と三班じゃなく、待機していた四班と五班が迎撃に出るハズだ。

 足りなければ六班と七班も駆り出せばいい。

 それでもなお数が足りないにしても、撤退により疲れきっている二班を、こんなカリギュラの郊外にもあたる最前線に立たせる理由なんて──

 そこまで考えて、より私の思考は混乱をきたした。

 背中ではシャクが小さな熱をもった吐息をつき、それがなお私の思考をギリギリまで追い詰めていく。


「ふぅ……、今のカーリアンには……何を言ってもダメね。……シャクナゲは?……無事?」


 そんな風にひたすら混乱していた私に、カクリは呆れたように軽く首を振ると、そっと私の背中に背負われたシャクを見やる。


「……そうだっ!シャクが、シャクが血だらけなの!!シャク、シャクったら!!もう神杜だからね?もう大丈夫──」


「……少し落ち着いて……カーリアン、あなた情緒不安定よ……」


 私とは対照的に、そう大人びた口調で言うと、カクリは私の背中へと回った。


「下ろして。私が見るから……」


 そして、抑揚のない口調だけは変わらないまま、彼女はいそいそと背負っていたバッグを下ろし、簡易式の救急セットを取り出し並べていく。


「……傷は深くない……出血の多さは……傷自体が多いから……。それも治りかけ……深い傷は……腕。多分……腕で庇ったか……銃を前方に撃ちながら……攻撃を前面から受けたから……」


 そう診断をしていき、小さく溜め息を吐いた。


「……普段なら放っておいても出血は止まるだろうけど……血が止まる前に……出血量が生命維持に支障をきたす可能性がある」


 そう言ってバッグから真新しい白のガーゼを取り出すと、腕の付け根に近い部分をキツく縛りつける。

 そして取り出した普通の裁縫針を、ライターで念入りに炙り殺菌していく。そして中でも深い傷を、その針を使ってチクチクと縫合していった。

 今なお血が溢れる傷口を血まみれになりながら抑え、全くの無表情で躊躇う事なく針を刺していくカクリ。それにちょっとヒキそうにはなったが、胸中にはそれ以上の安堵が広がっていくのが分かった。

 カクリに──救急班たる二班の副官に任せておけばもう安心……そう思ったのだ。


 班長の自分が、医療スキルを一切持っていないのは多分情けない事なんだけど、その分を補って余りあるほどに副官たるカクリの腕と判断には信用が置ける。



「カクリっ!ヤバいぞ!!前方に出てる三班が追い込まれ──」


 そんなカクリの様子を、安堵といくばくかの不安でオロオロしながら見ている時だった。

 私の班のメンバーである男が慌てて駆け付けてきたのは。


 そしてその仲間は、慌てたまま言葉を続けようとして、カクリの横にいる私に気づくと、その表情に満面の笑みを浮かべた。

 安堵したような笑み……信頼が滲み出ている笑みを。


「カーリアンっ!!戻ってきてたのか!助かった!カーリアンがいてくれたなら、これくらいの追っ手なんざ屁でもない!」


「追っ手……?」


 だが喜色満面で跳ねる男にも、私はまだその言葉が差す意味が分からず──

 首を傾げる私に、頬についた血を拭いながら、カクリは心底呆れたような溜め息を漏らした。


「カーリアン……あなた、本当に動揺してたのね……」


 そして溜め息混じりでそう言うと、彼女は事情を簡単に説明してくれる。

 といっても事情なんて簡単な事だった。カリギュラ襲撃なんて危惧より、もっと先に思い浮かぶべき事だと言えるだろう。


 カリギュラへと斥候にきていた部隊がいたのか……あるいは待ち伏せていた部隊がいたのか、撤退中の二班と三班が将軍麾下のヴァンプ共と鉢合わせしたのだ。


 その為カクリ達も拠点であるカリギュラへは引く事は出来ず……この先で交戦する事になったらしい。

 カリギュラの中には、戦う事が出来ないメンバー……街の復興に従事しているだけの仲間達がいる。

 街中での乱戦は絶対に避けなくてはならない。だからこそこの先で延々と足留めを食らっているのだ。


 その上、足留めをしていたシャクナゲじゃなく、二班と三班を追っていた部隊までもが合流し、かなりの苦戦を強いられているらしい。


 二班は元からバックアップの班であるし、三班は今回の作戦にシャク以外のコードフェンサーが参加していない。

 秘密裏に遂行する予定だった作戦だし、約半分の班が出張る作戦だ。都市防衛に他のコード持ちは残してきたのだ。


 そしてなにより、今の三班には絶対的なリーダーである『シャクナゲ』がいない。

 それが大きい。これで苦戦で済んでいる辺りからしても、カクリと三班副官の優秀さは疑うべくもないと言えた。


 最精鋭と言われる第三班だが、指揮官のいない部隊はモロいモノだ。

 ……そして『黒鉄第三班』は特にその傾向が強い班なのだ。



 ──それほどシャクナゲという名前が持つ意味は大きい。

 それはそのまま『黒鉄』というレジスタンス組織においても、神杜市とカリギュラにおいても特別な名前である事を指す。


 黒鉄が出来る前……住民の抵抗運動時からずっと先頭にたってきた者。

 黒鉄の中で最も傷ついてきた者。

 黒鉄の中で、誰よりも仲間の為に命を張ってきた『人間』……それが『シャクナゲ』なのだから。


 だからこそ、古くから抵抗運動を続けてきた古参のメンバーほど、シャクナゲに感じる恩と信頼は深い。

 最精鋭である黒鉄『第三班』は、そんな連中の集まりなのだ。


 その第三班が、シャクナゲがいないというだけで感じる焦り……そして心細さは計り知れない。


 それを指揮し、叱咤して三班副官とカクリは持ちこたえてみせた。


 それに思い当たると、私の中で『何か』がドクンと跳ねた。

 私達──私とシャクナゲを待っていたワケじゃないけど、結果的には帰り道を確保してくれていた。帰りを待って、敵の攻撃を凌いでくれていた──。



 『あたし』の中で『カーリアン』がたかぶるのが分かった。

 冷静な部分が『私』を押し返した。

 私と呼んでいた『あたし』が、真っ赤に染まった気すらした。

 怒りの赤でも血の赤でもない。

 『カーリアン』の赤。



「あたしが行くわ。カクリ、アンタはシャクナゲを連れて帰還する準備をしてなさい」


「……はい」


「それから三班の連中にも連絡しといて。『カーリアンが行くから、炎が見えたら撤退しな』ってね」


「……はい。カーリアン」



 そして駆け出す前に簡単な治療が施されたシャクを見る。


 ──今はあたしがアンタの大事なモノを守るよ。


 そんな想いを込めて。


「ふん、シャクナゲがいなくても、黒鉄にはこのあたしがいる!この『紅のカーリアン』がいるんだ!!ヴァンプのクソったれ共に好きにはさせないよ、させてたまるかっ!!」


「……はい、カーリアン。……私達には……あなたがいます。……カーリアンがいます」


 そう最後まで律儀に返事を返すカクリを見て……あたしは駆け出した。



 ──もうこの背中には、シャクナゲという重い存在はいない。

 黒鉄を想って……仲間を想って戦い続けてきた『人間』はいない。

 傷ついた『相棒』は、『信頼出来る仲間達』に託してきたから。



 そう、でもそれに負けないくらい──


(シャクに負けないくらい、今のあたしは重いモノを背負っているんだ!)


 そんな想いを抱いて……

 背中をシャクナゲの血で紅に染めたまま、あたしは『カーリアン』として駆け出したのだった。


カクリ……二班副官の少女で、実質二班を動かすブレイン。

変種。白髪黒瞳。恐らく十代半ば。

変種といえど、その身体能力は人と変わらない。むしろ運動神経においては下回るほど。

この白髪は、カーリアンのように変種特有のモノではなく、かつてなくした記憶──家族を失った際の大きな恐怖の記憶によるモノ。

しかし今では、このカクリという名前が気に入っており、失った記憶には未練がないらしい。

カーリアンが大好き。



スキル


考察力・A+(考察力と知識、知覚能力は、変種としての彼女にとって唯一特化した部分)


身体能力・E-(並み以下)


知覚能力・A(考察力と合わせ、小さな音など僅かな情報で周囲の様々な状況を把握出来る能力)


知識・A


医療技術・B+(何にも出来ない班長を補えるだけの能力)


計算高さ・B+


腹黒・A


冷静・B


カーリアン好き・A++(可愛いモノが好きなのであり、カーリアンは特にツボらしい)


毒舌暴言・A


ポーカーフェイス・A


無口・B


寂しがり・C+(自覚なし)

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