──幕間──
「よっこいしょ!」
そんな掛け声と共に倒れていた体を起こすと、彼女は辺りを見渡した。
「あっちゃ、えらく混乱しちゃってるねぇ〜。こりゃ坂上はやられちゃったかな」
そう呟いて、汚れてしまった濃紺のコートを脱ぎ捨てる。その下に着込まれていた大きめのブラウスが、豊満な肉体により盛り上がりを見せていた。
辺りはひたすら喧騒に包まれ、嬌声じみた叫声がそこかしこから上がり、まだ日も明けきっていない時間帯とは思えないほどの騒ぎだ。
「ふん、左近と右近もやられた、かな。あの二人がいたらここまで混乱はきたしてないでしょうし」
そう呟いた女の胸元には金色のタグ。
豊満な胸元からは覗くそれは、この街では力の象徴たるモノだった。それを彼女はあっさりと引きちぎり、なんの未練も感じさせないまま投げ捨てる。
「坂上がやられたって事は、もうお役ゴメンって事よね。やれやれだわ」
そう呟く声にはなんの感慨もなく、歩き始めた歩には未練すらもない。
そしてなんの表情も浮かべないまま半壊した要塞に背を向け、辺りの混乱に眉をひそめる。
別に混乱から漏れる怒号や叫び声に何かを思ったワケじゃない。単に『うるさいな』と言いたげに眉をしかめ、小さく舌打ちを漏らしただけだ。
「本当にバカばっか」
その怒号の中には、今まで彼女に媚びへつらってきた者達のものもあるだろう。ツテを頼って関西軍に身を寄せただけの弱者も。そういった連中が、混乱時に火事場泥棒のような真似をしても、いずれ今得たモノも誰かに奪われるだけだ。
今の世の中は、奪えば奪われる、弱者は奪われる、強者はより強者に奪われる……そんな世界なのだから。
だからこんな崩れゆく街、壊れゆく勢力のただ中で、残飯拾いをしている連中は下の下だと彼女は思っている。本当に賢い連中は、今頃すぐさま他勢力の元へ走っているだろう。
『関西の坂上が黒鉄というレジスタンスのメンバーに敗れた』という情報を、自らの口から確実なモノとしてもたらす為に。
伝達手段が激減した今の世界では、人の手から直接渡されるモノほど確実なネタはない。光通信も衛星も使えない、携帯なんてもっての他である以上、簡単な無線機や人づてほど確実な通信手段はないのだ。
だからこそ周りのバカ達の喧騒が耳障りで、仮初め仲間だった者達が目障りで仕方がなかった。
「まぁいっか。バカは放っておいて私もとっとと帰りましょ。もう関西に入り込んでる必要もなさそうだし、いい加減この街も飽きてきたしね」
そう誰に言うでもなく呟いて、彼女──偽りの近衛、『友枝』は歩き始める。
漆黒の侵入者に敗れた傷などどこにもない、軽快そのものの足取りで。
辺りの喧騒に、その形の整った細い眉をしかめながら。
「予定の手土産とは違っちゃったけど、まぁアイツなら喜んでくれるでしょ。なにせ、アイツの率いていた北陸師団一つを壊滅した因縁の皇のネタなんだから」
──取りあえずうるさい残飯漁りの野良犬共を、ポーズとは言えあっさり負けた事への憂さ晴らしに狩っていくか……そんな程度の感慨で、自らの能力を解放させていきながら。
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幕間。
始めに……とは言ってもすでに始めではありませんが、今回の話はストーリーには関係ありません。
全く関係がないワケではありませんが、逆月本人の気分転換と、三人称の練習短編をいくつか盛っただけの、まさしく幕間と言えるパートです。
小説を書くには書き続ける事で培われる『小説脳』……あるいは『小説筋』みたいなモノが必要だというのは、多分書いてみた事のある人ならなんとなく理解頂けると思いますが(ただ数書くだけでも文章力って上がりますよね)、正直ヤバいです。
今の逆月は、三人称を書く為の小説脳がはんぱないくらい減退してます。左近の辺りで演出として三人称を入れましたが、あそこも苦労した記憶があります。
上の超短編も、やたら苦労してこれです。
一年のブランクは思った以上です。一人称のまんま行こうかと誘惑されまくりだったりします。
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練習短編2
生きるとはなんだろう。
少女は漠然とそんな事を考える。
今までなんとなく兄についてきただけの人生。兄に選択を任せっきりだった自分。
強力な空間冷却能力を持つ兄に守られてきただけの妹……。
そんな自分が、何故今になってそんな事を考え出したのか。また何故、別に尊敬も敬愛も……侮蔑も嘲りも向けていなかった『将軍』という男を助けようなどと思ったのか。
それが彼女自身にもよく分からず、ただその意味について思考を広げていく。
兄には目標があった。なんとなくではあっても、彼には目指していたモノがあった事を彼女は知っていた。
ただ力が足りなくて……兄ほどの能力があっても、その目標には届かない事を知っていて、それを『将軍』に重ねていただった事も知っている。
彼女はそれに付いていっただけだ。だから、兄がいなくなれば『将軍』などになんの価値も見いだせないハズだった。
そう、そのハズだったのだ。
でも彼女は……『右近』と呼ばれ、近衛の中でも右腕としての力を認められた彼女は、何故か『将軍』を助けてしまった。
許せないと思ってしまったのだ。
本当ならば、無様に負けた『将軍』を嘲笑い、そんな将軍を見込んだ亡き兄の不明を嘆いただけで、その場を去るハズだったのに。兄の夢が潰える様だけを目に焼き付けて、後はただ無気力に生を費やすハズだったのに。
彼女は優秀だった。不可思議で強力な力を持つ兄よりも……周りから怖がられ、異端視された『将軍の左腕』よりも、そのあらゆる能力が上回っていた。
必要以上に能力を誇示し、見せ付けてみせた兄の影に守られて彼女は育ってきたけれど、実際は妹である彼女の方が圧倒的に強かった。
ただ周りは兄にのみ目がいっていて、彼女の影が薄くなってしまっただけだ。それゆえに『兄に守られている妹』というポジションについていただけに過ぎない。
その位置が彼女には心地よかったし、妹である自分を大事にしてくれる強い兄が好きだったから、進んで影にいるようにしたのだ。兄や自分から離れていった親族、近所の人々、周りからの冷たい視線に怯えているフリをした。そうすれば兄が守ってくれ、進むべき道を示してくれたから。
兄は誇りだった。家族だった。大切で宝物だった。
たった一度──従う人物だけは間違えたけれども、彼女にとっては彼が唯一だったのだ。
そんな兄の願いの全てが潰えるところを見終えて、『右近』の名前を捨てるつもりだったのだ。
後は自堕落に、無気力に生き、生きるのに飽きたら兄を殺した男に挑んで殺されるのもいい……そんな事すら考えていたのだ。
目の前で実際に『将軍』が殺されそうになるまでは。兄の間違いが証明される瞬間までは。
……兄は、本当に間違っていたのだろうか?いや、間違っていたとしても、それを──そんな事を自分が認めてもいいのか?
ただ見ているうちに、そんな疑問が浮かび上がってくるまでは。
──確かに坂上は負けた。いずれはこうなると思っていた。将軍は決して強くない。その能力はともかく、過去に捕らわれ過ぎている。
今の瞬間は来るべき時が来たに過ぎないと思った。弱者は敗北するのが理だ。当然の結末なんだと聡い彼女は理解してもいた。
そうは思っていても、それをただ黙って見ている自分が兄を裏切っているような気がしたのだ。
──兄は確かに間違っていた。仕える存在を誤った。でも自分ならば……『右近』である自分ならば、その間違いにも『意味』を持たせられるんじゃないか。
間違いの核たる男さえ生きていれば、その間違いを意味あるモノに出来る可能性がある。自分は……兄に守られてきただけの自分には、それをする義務があるんじゃないか。
そう考えてしまったのだ。
それからずっと彼女は考えていた。肩に片腕を無くした『将軍』だったモノを担ぎながら考えていた。
生きるとはなんだろう。
そして、一人だけ生きている自分は、間違ってしまったんじゃないか、と。
片腕を無くし、力を半減させた男を担いでいる自分は、兄よりも愚かな間違いをしでかしているのではないか……そう思うと、担いでいる男をそこらに捨ててしまいたくなる。
意味とはなんだろう?
どうすればそれを作れるのかも分からないのに、何故自分がこんな真似をしているのかが分からなかった。
──やっぱり同じような間違いを侵すなんて、自分は兄と兄妹なだけはあるな。
そんな結論にもならない結論を持って小さく笑う。
分からない事は、この『間違いの素』に任せればいい。そう考えを先送りにして彼女は笑う。
どうせ苦労するのは『将軍』だったこの男なのだ。自分は精々最後の近衛らしく、こいつに苦労をさせるだけさせて、意味を見つけさせる方向に誘導するだけでいい。
自分が生きている意味なんて、この『間違いの素に意味が出来てから』考えても遅くない……そう結局は結論付ける事にしたのだ。
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近衛話ばっかりですね。練習小話とはいえ、拙い出来な気がします。
一部について。そして二部に向けて。
一部はカクリシーンでミスリードをする必要があった為(アカツキに対する記述によって、アカツキという人物へと読者の目を向けた。またそのシーンを出す事によって、純正型という種へのあやふやさをある程度誤魔化した)、一人称の方が都合が良かったし、書き出したばかりのキャラ達に色を付ける為にも、それぞれの心情を出すには三人称より一人称かな、といった点から一人称でいったワケですが……場面切り替わり過ぎですね。
その点は猛省すべき点かと思います。
二部はさらに場面が切り替わりまくります。
反省を生かし、一つの場面をある程度は続けてから切り替える予定ですが、それでも限度があります。
なにしろ、『黒鉄動乱編』とプロットで名付けた三班を中心としたパートと、『……回帰編(……は人物名)』と名付けたカーリアンパート、『山都騒乱編』と名付けたスズカとシヴァの皇対決パート、『ノーフェイト編』と単純に名付けたシャクナゲパートを、あっちこっち行き来します。合間には北陸の動きだったり、回想だったり、三班以外のパートだったりを入れますし、ゴチャゴチャしまくりなワケです。
一人称なら心情を表しやすくキャラを描きやすいから一部はそれでいったのですが、二部みたく場面移動が多々あると、一人称ではあっぷあっぷな予感大です。
ですから、この幕間を区切りとして、三人称に切り替える方針に致しました。
正直なかなか苦戦しそうです。
三人称って辺りが特に。
マークオブブラックメタルについて。
アカツキ視点のみからなる黒鉄創設秘話、『マークオブブラックメタル』ですが、二部がある程度進んでからになると思います。
単純な話、一人称で書くマークの方が今の段階では書きやすいのですが、それを書き出すと三人称がまたまた書きにくくなる気がするんです。
ちょっと三人称で慣れた頃に、ゆっくり書いていこうかな、と。
そして二部の筆が行き詰まってしまった時に、マークを上げる形にしようかなと考えています。
結構文章を書くのは早い方だと思うのですが、やっぱり行き詰まる時は行き詰まりますし、予定があって書けない時は書けません。ついでに言えば、両方平行しては時間的にやっぱり無理です。
だから本編書いて合間にマークを上げる。さらに合間にシンフォニアを書いていって、書けたらそれも上げる、でいこうかなと。
一週間に一度二部かマークかは絶対上げる形……二部本編をメイン……で、時折シンフォニアも上げる、が多分いっぱいいっぱいです。
最後に。
早くも幕間は終わりです。一部に残っている伏線は、そのまま二部に持ち越しです。
小話も3つ書く予定でしたが、ネタもないので2つだけ。後最後にネタばれ気味の練習予告編だけ。全くもって趣味と暇潰し全開で終わります。
6月半ばからは二部が始まりますが、あとがきネタと感想は随時募集中。
二部からはショートショートストーリーをあとがきに書くかもしれません。このままだと逆月の趣味と暇潰し感溢れるストーリーになりそうです。
1000文字でストーリーを書くという限界に挑む無謀っぷり。文字数増え気味な逆月にはキツいモノがあります。
結局二部までは一部と同じページでいく事にしましたが、三部(心が折れてなければ)からはページを分けるかもしれません。100話越えたらさすがにみにくかろうと思いまして。
でもやっぱり最多文字数小説の座を目指す事も諦めきれない逆月です。
では二週間を使ってストックを作りますので、ぜひ黒鉄色のノクターン第二章『Requiem of Nofate(運命毒の鎮魂歌)』、多少のご期待を持ってお待ち下さい。
P・S なんというかですね、設定やプロット、下書きなんか全てをメールで保存してやりくりしているんですが、未送信メールが100に迫る勢いなんですが……。
携帯でやりくりしている方々はどうやってるんですかね?パソコンを使えばよりスムーズにいくでしょうけど、この小説は暇潰しという区分で書いている為、出来るだけ携帯だけでやりくりしたいんですよね。
パソコンを使う場合、自宅……しかも自室オンリーでしか書けませんし。
小説用白ロム携帯を一台持とうか悩み中です。
第二章ネタばれ気味『ノーフェイト編』版練習予告編。別に読まれても多分障りはないかと思います。あくまでも練習用予告編。どこまでも練習予告編なので。
大筋が変わる可能性はありませんが、表現は変わるかと思いますし。それにこのネタだけでは状況も読めないでしょうから。
多少のネタばれも嫌だという方はバックプリーズ。
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「運命を冒す運命毒──ね。まさしくだな」
そう呟く彼の目の前には見慣れた人物が立っていた。
いや、『見慣れていた』というべきか。
その人物は背を向けて立っていて、顔も表情も窺えない。それでも彼にはその人物が誰か見間違うハズがなかった。
見間違いようがなかったのだ。
「…………この世界に神はいない」
その人物を認識して、理解して、あり得ない存在だと意識して。彼は躊躇いなく己の内側へと手を伸ばす。
自らの内側でその存在を主張する寂しい世界へと。
少し前まで……十日ほど前まで、四年以上も目を逸らしていた灰色(過去)へと手を伸ばす為に。
「認めず、在らず、その存在を否定する」
背を向けて立つ人物がそこにいる事。それがいかに異常な事かぐらいは、彼自身が一番分かっている。
でも、この世界では何が起こってもおかしくない事も、また分かっていたのだ。
この運命を冒す運命毒──運命を否定する『ノーフェイト』の領域では。
「紡ぎ手のみが世界にありて、カラカラと虚ろに響く歌を唄う」
目の前の人物は、見慣れた虚ろな黒髪黒瞳をゆっくりと向けてきて──記憶の中にある通りの絶望を溢れさせた色を向けてきて、小さく何事かを呟いた。
「彼の者は最果ての日までただ独り、暗き血を流し、赤き涙を落とす」
その呟きが何と言ったのかは当然聞こえない。聞こえるワケがない。
轟々と鳴る風が、自らの口をつくワードが、そして内から溢れてくる世界の侵攻が、それに耳を傾ける事を徒労とさせた。
──それでも……それでも、彼には『その人物』がなんと言ったのかが容易に想像ができた。
「無限の灰色世界にて、幾千もの刻を刻み、幾万もの孤独に心を砕く」
どうせ、『今だけだ』とか、『いつかはこんな事をしなくてもよくなるようになる』とか言っているのだろう……そう思えば、頭の片隅がチリチリと焦げるような感覚を覚える。
目の前に立つのが誰かなんて事は関係なく、自らの内側にある世界に怯えながら、『いつかは』とか『もうすぐ』とか考えて期待して、そうやって自分を追い込んでいるのだろう。
それはとても彼自身には馴染みのある考え方で……泣きたくなる。嗤いたくなってしまう。
「その身はただ歯車を廻す虚空の歪み」
『その心は数多の世界を歪むる輪廻の鏡』
そして──
反響するかのように重なる同列のワード。彼特有で、彼固有の灰色世界を現す言葉の羅列。
それが二つ重なるように、吹き荒れる風の中に紛れる。
一つは彼自身の声で……もう一つは目の前の『幾分若いもう一人の彼自身』の声。
「故に紡ぎ手は今も独り」
『灰色の雪原にありて──』
重なって響くのは、虚ろで、濁って、落ち込んで、歪んで、壊れかけの彼の声。
最強最初のヴァンプと呼ばれた『新皇』の象徴たる一人の姿。
「──いつか在りし日の明日を唄う」
『──いつか在りし日の明日を唄う』
それが彼、シャクナゲの声と重なって──
世界には『二色の灰色』が具現した。
あとがきは本文中にもあるように、超短編を掲載するか、はたまたあとがきのみによる連載をするか、はたまた人物紹介をするか致します。
次回アップは14日、あとがきはスズカの人物紹介2。そこからおわかりかもしれませんが、序章はスズカとシヴァの邂逅から始まる予定です。
……三人称で納得いく話さえ出来れば。
あとがき連載案としては、少女Sの想像世界とか、マークに出て来ない黒鉄話とかを考えてます。まれにあとがきっぽいあとがきも入れますけど。
あとがきって本当に難しいですよね。あとがきだけで楽しめるような感じにしたい、とか思わなきゃ(主に逆月自身の暇つぶし面で)書かなくてもいいかと思いますけど。