43・サンズ・オブ・デイブレイク
──やり方を間違えた、か。
悔恨の声をあげる五班の班長に、私はなんと声をかけるべきだろうか。
私個人の考えとしては、『彼』のとった方法をそう間違えているとは思えない。
黒鉄の戦力を削り、危機感を煽る。バラけた各班の思惑を一つにするには、『狐』のやり方が最良だっただろう。
確かに犠牲は出るが、その犠牲になる人物もある程度は選ぶ事が出来る。
単に──そう、単にまだ時期尚早だっただけだ。
「アカツキがいなくなった時の再現。それを目論んでいたワケですね、カブトさん……いや──」
『狐』。
そう呼ぶべきか否かを悩んで結局は言葉を濁す。
ひょっとしたら彼が動かなければ、いずれ私が取っていたかもしれない手法だ。彼を嘲笑う気にはなれない。
──黒鉄を一つにする事。
アカツキがいなくなってからの彼は、その事を常々言ってきていた。
アカツキに代わる存在は、シャクナゲしかいないと。
シャクナゲがまとめあげて、黒鉄をより黒鉄として強くしなければならないと。
きっと自らの無力を省みて、それでも創始者として、アカツキやシャクナゲの友人として、彼は彼なりに動いてきたのだろう。それは私にも評価できる。
真っ直ぐで裏表のない性格が、作り物のそれだとは思えない。
「アオイ、テメェが俺のやった事に気付いてるって事は、シャクナゲの野郎も気付いてんだな?」
「直接聞いたワケではありませんがね。聞いても答えてはくれなかったでしょうし」
「……相変わらず甘ぇ野郎だ。俺をあの『話し合い』に呼んだ時点で、気付いてんじゃねぇかたぁ思っちゃいたが」
そう嬉しいのか、苦々しいのか分からない複雑な笑みでいう五班班長に、同意の意味を込めて肩をすくめてみせる。
私が狐について気付いたのは、単に『狐』が誰かと考えた場合の消去法によってだ。それだけで必然的に候補はかなり絞られる。
いや、二人にまで絞ってしまえた。
まずシャクナゲは有り得ない。それと共に、三班の連中も。
我々『三班』の結束は血の結束だ。家族の絆に等しい。それ以上といっても過言ではないだろう。
もちろん今まで三班にやってきた新参者の中には、不届きな輩が何人かはいた。
でもそういった連中がそうそう生き残っていけるほど、ウチは甘い班じゃない。仲間の信頼を得ずに生き残っていられるのは、ウチでも『不貫』ぐらいだろう。
そんな彼も『その実力だけ』は、誰からも認められている。シャクナゲには絶対逆らわないし、先輩である水鏡も立てている。その一面は皆信じているだろう。
もし万が一、不届きな輩の中で生き残れるほどの力がある者がいたとしても……あるいはその内面を上手く隠せるだけの知恵があったとしても、絶対にウチで長くは過ごせない。
そういった連中は、必ず『行方不明』になるのだから。
だから我が三班から裏切り者は出ないし、ヴァンプは生まれない。それは『中核』として当たり前の事だ。
そして二班のカーリアン。彼女は事前に作戦を知らなかったらしい。二班副官の言葉だけでは本当か否かは分からないが、それを確かめるのは簡単だ。
直接彼女に聞いてみればいい。彼女が嘘をついていたとしたら、私には絶対に分かる自信がある。『紅』の彼女は嘘が下手な人間だし、それは副官である少女もよく知っているだろう。
その上で『彼女は事前に作戦を知らなかった』などと、浅はかな嘘はつくまい。
そんな二班副官こそが怪しいといえば怪しい存在ではあったが、今回に限れば外してもいい。
自分達──特に大好きなカーリアンまで割を食う作戦は取らないだろうし、『一』も『三』も『二』とは仲のいい班だ。
これでダメージを受けたのが『四』や『七』だったなら、彼女こそが一番怪しかっただろうが、今回は外してもいい。
そして自分達だけが割を食った一班の連中も外していいだろう。何より『一』は謀略に関しては下の下だ。そんな事をするぐらいならとりあえず正面突破……そんな班なのだ。
また結束に関してもかなり固い班である。我の強い『鉄拳』だけはやや注意が必要だけど、自らの足場である一班だけが割を食う真似はすまい。
残るは『四』『五』『六』『七』。
七のスズカさんがウチを……シャクナゲを裏切る可能性は、ウチのメンバーが裏切る可能性よりも低い。そして七のメンバーが唯一従うのがスズカさんだ。
第一スズカさんを除いた二人が、今回の作戦について知っていたかどうか。黒鉄の行動には興味すらも持っていない可能性がある。
なにしろ『夜狩』のシュテンはともかく、『牙桜』のヌエは作戦会議にも来た事がないのだ。
……まぁ、夜狩も今までに一度だけ、『銀鈴』に影のように付き添ってきただけではあるが。
私ですら顔しか知らない人物、それが『夜狩』と『牙桜』だ。
そんな二人が従うのが銀鈴なのだ。彼女にしか従わない、『三人しかいない黒鉄遊撃班の双璧』。
シャクナゲが『絶対にスズカにしか従わない』とまで言った二人が裏切った可能性は低いだろう。
不気味な存在ではあるが、無闇に藪を突っついて敵に回した覚えもない。
四は防衛班だ。侵攻作戦の細部までは知らないし、『一』と『三』が作戦に加わる以上、戦力が低下した廃都の防衛計画にてんてこまいだったハズだ。
作戦に対する通達も防衛に関するモノしかほとんどされていないし、班長である『蒼』が裏切る可能性は、二班の『紅』が裏切る可能性と同じくらい低確率だった。
二人とも猪突猛進なタイプであるし、シャクナゲに対する想いも同じようなモノだ。
救われた恩を好意に履き違えている節もあるし、かなり自分の中で思い出を美化している節もある。簡単にそんな想いを裏切ったりは出来まい。
今回の話し合いで──直接ではなく私から聞かされた事で、『四』は揺らいでしまっただろうが。
残るは『五』と『六』。
どちらも可能性がある。どちらも情報をリークする可能性はある。
六のヘルメスさんは除外してもいい。彼女は優秀ではあるが、裏工作をするタイプじゃない。意外と真っ向から当たってくるクチだ。
五の二人は自ら動かない。幻影は幻である事を良しとし、碧兵は自らが既存種の班長に従う為の戦力だと自覚している。黒鉄の為に不利になる事はしないとしても、自分から利になる事もしない。
結果残るのは五の班長と、六の副官だ。
五のカブトさんは、『アカツキがいなくなった時の再現』。
黒鉄を一つにまとめる為に危機的状況に追いやる、そうする可能性は……ないとは言えない。なにしろ彼は、黒鉄の『創始者』という立場を、重荷に感じていた節があったから。
つまり黒鉄の為に何かをしなければならない、という考えが見れたから。
六が裏切るとしたら、『シークレットクラン』より全てを知った『無能』が、ヘルメスに黙って動いた場合だ。
こちらの可能性も高い。私はかの『風塵』をそれだけ恐れていたのだから。
この二つの班が情報をリークした場合の違い。それだけが私に『カブト』を狐だと疑わせた。
つまり、カブトが裏切った場合、黒鉄は危機的状況に陥るだろうが、『挽回は可能な範囲で』という条件もつくだろう。
だが、かの『風塵』が黒鉄の在り方を否定して、完全に潰そうとしたら……一班が大ダメージを受けた程度では済まなかったハズだ。
もし、黒鉄での権力を得る為に動いた場合も、六の風塵が画策したならば、一が小突かれた程度ですますワケがない。我が三班こそが大きな被害を受けていたハズだ。
我々『三』こそが黒鉄の中核であることも、最大の戦力を持つ班であることも……そして彼が『新皇』であったことも間違いない事だから。
──私は悩んでいた。
いずれ来るだろうと思っていた問題に、予想していた通りに悩んでいた。
黒鉄をバラけさせた事を後悔してはいない。それが『彼』の意志だから。あの人が動き出した以上、今までの『黒鉄』が変わる事は必然だったのだから。
それでも悩んでいた。
最終的に我々三班が事態を収める事が決定しているとしても、全てが終わった後にどこまで戦力を残せるか。そして『どこまで戦力を残させるべきか』を。
そしてこの扱いの難しい『創設者』を、手の内に残すべきかを。
私は『無銘』。全てを捨てて『運命の女性』を得た男。
家族も居場所もなくし、目的もなくした身で、最後に残った過去と名前を差し出して、新たな運命を得た男。
『ファム・ファタル』に魅了され、目的の為に全てを投げ打つ事に迷いを持たない、ただの『ネームレスワン(一番最初の名無し)』だ。
「俺ぁよ、黒鉄の為になんかしたかった。なんかしなきゃならねぇと思ってた。運命を──代償を背負う覚悟もなく、立場に甘んじてた俺にゃそれしかねぇ。俺ぁ逃げちまったから……アカツキから逃げちまったから、それを償いたかった」
「アカツキが三番目に造り、破棄した『リバティ(自由)』。それから逃げた事を言っているのですか」
「そうだよ!俺ぁ怖かった!どんどん寿命が尽きていく結城も、その側で足掻き続けて、戦い続けているシャクナゲも!絶対に迫り来る死に笑えるような強さなんかねぇ!力を得て戦い続けられる自信もねぇ!」
運命を汚す『ノーフェイト』。
世界抑制器たる『シャクナゲ』。
自由を冠した『リバティ』
この三つが黒鉄の創設者三人が持つハズだった『造物』。そう私は聞いている。
しかし、その中で結局起動したのは、二つでなければ意味をなさない……力を得る為ではなく、力を抑える為の『シャクナゲ』のみ。
ノーフェイトは厳重に保管されて眠りにつき、リバティはシャクナゲにより完全に破壊された。
その持ち主となるハズだった男が──逃げたから。
「俺にゃ捧げる世界も力もねぇ!なら代わりに差し出す代償は俺の命か?記憶か!?それとも……そう考えるのが怖かった、最後の最後でビビっちまった!」
「それをシャクナゲやアカツキが責めたとは思えませんが」
正直、彼の取り乱し方は予想外だった。そんな懺悔じみた事を私達に聞かせてどうするというのか。
私には彼の懊悩がさっぱり分からない。
私は喜んでこの身を礎へと差し出した人間だ。リバティやノーフェイトに代わって、四番目に作られた『ファム・ファタル』に全てを捧げた男だ。
ひょっとしたら『彼女』の影響で、私の感性はどこかが狂っているのかもしれない。
そうは思っても、何故か共感しようという気持ちにすらなれない。
「そうだな、アイツらは笑ってたよ。俺にゃそんなモンは必要ねぇって……俺にゃもっと他にやるべき事があるって言ってくれた。だからこそ、俺にゃ何かをする義務がある!」
──そう思っていたんだがな。
そう笑う彼に晴れやかさはない。それは思っていた通りの展開に進まなかったからか、はたまた今でも自らの行動に対する苦悩があったからか。
「何かをする義務、ね」
これが……黒鉄の在り方を変える事がシャクナゲの望みだとでも?リーダーに立つ事を望まない人物をトップに据えた組織が、長続きするとでも思っているのだろうか?
そして、あの人をトップにする事で救われるのは……果たして誰なんだろうな?
そう言ってやりたくなる。
いや、言うまでもなく彼には分かっているのかもしれない。
……救われるのは彼自身だ。
何かをやり遂げた、自分に出来る事をやったと慰められる彼自身こそが救われるだけだ。
そう言ってやろうか、と一瞬本気で考えてしまったが、結局は言葉を全て飲み込んで、心情を吐露する『狐』の背後にいる女性へと視線を向ける。
おそらくは実際に狐の手足となったであろう……五班の『幻』を。
「困りますね、アゲハさん。あなたなら分かっていたハズだ。どんな状況に追い込んだとしても、今のシャクナゲが『暁』の代わりになる事はないって事ぐらいはね。まさかこんな事になるとは……なんて間の抜けた事は言いませんよね?」
今のように一人過去の決着に出向き、後は皆の判決に全てを委ねる……。
そんな彼らしい結末を選ぶ事ぐらいは、付き合いだけは古い──そして焦燥感に捕らわれる事のない『幻影(強者)』たる彼女には見えていたハズだ。
今回は行動を起こした思い切りの良さからいって、銀鈴に焚き付けられた可能性も高いけど、一人であれいずれはそうしただろうと思う。
内通者に揺れる黒鉄、アカツキがいなくなって一年、ゆっくりと軋み続けてきた黒鉄。
そしてその内通者の正体を知りながらも、黙っている自分。
挙げ句には、その内通者自身に今の状況を逆手に取られ、望まぬ地位へと押しやられていくのだ。その内通者は『良かれ』と思ってした事で、罪悪感など薄いモノだろう。
そんな状況を考えれば、いずれは彼も限界に来たと思う。
しかも遠くない内に。
「私は私の従う長の望むがままに行動しただけね。あなたがあなたのところの班長が起こした行動に従って、主の為だけについさっき黒鉄を歪めたように、ね」
「……あなたは相変わらずですね」
「あなたほどじゃないわね。今回の敵対宣言じみた真似、彼はきっと知らないんでしょうね?」
「まったくもってその通りですよ。あの人が望んだのは『真実を明らかにする事』だけでしかない」
大袈裟に肩をすくめてみせながらの彼女の指摘に、思わず舌打ちをもらしそうになる。
別についさっきの出来事を後悔などしてはいない。だが、あの人の考えから外れる行動を起こした事も、また間違いないのだ。
しかし黙って全てを言う通りにしていれば、あの人は仲間だった者達に全ての判決を委ねるつもりでいただろう。
打ち明けて、許しを乞うて、罰も甘んじて受けたに違いない。
彼の過去は大罪そのものだから。
だが私達三班としては、あの人を失うワケには絶対にいかないのだ。
仲間であり、リーダーであり、家族。そう思わせてくれた人。
そんな人を差し出して、ヴァンプを憎む人々による魔女裁判じみた断罪に、その身をさらさせるワケにはいかない。そんな事は家族としても、また命を預けあった仲間としても絶対に看過出来ない。
この辺りに直接彼から被害を被った人間はいない。それでも彼はずっと悔いてきて、この地方では大勢を救ってきたのだ。
ここで生きる人々は、誰しも『シャクナゲ』の名前と、『黒鉄』という組織に借りがあるはずだ。彼が……そして黒鉄達が血を吐く思いで築き上げてきた名声に、借りがないとは絶対に言わせない。
そんな大事な事を忘れる者達が、ヴァンプへの恨みを『逆恨み』に変えただけの、いわば私刑じみた行為に及ぶと分かっていながら、あの人を差し出す理由なんてどこにもない。
例え同じ街に住む隣人達にであれ、あの人自身が望んでいる事であれ、だ。
過去がどうだろうと、今のあの人はシャクナゲだ。それが全てだ。
班員全てが一度はあの人に救われている。こんな世界の中で、自分がいてもいい居場所ももらった。
だから私達は班を挙げて、他の全てと敵対する道を選んだ。
私やコードフェンサー達だけじゃなく、あの人以外の班員全てがこの時に備えていたといってもいい。
そう、いつも先頭立っていた彼こそが、我々三班そのもの……我々の在り方なのだから。
しかしそれを彼女に言っても、水掛け論に過ぎないだろう。
彼女は五班の視点で黒鉄の為に動き、私は三班の為に動く。立場の違いは明らかだ。
「それにね、ウチの班長が言っている事もあながち間違いじゃないわね」
「…………」
幻影はさらに言葉を続けていく。私の考えをおそらくは見透かした上で。
その先は聞かなくても分かる。おそらくは『正論』そのものだろう。きっと自らの班長と同じ路線の言葉を、より理論武装を施して言ってくるに違いない。
それが──
「『黒鉄』以外の誰に混迷するこの街を守れるのかしらね。あなたに出来る?水鏡が代わる?それとも二班のおチビちゃんが重荷を背負ってくれるのかしらね?私はゴメンね。幻影にはそんなのガラじゃないし、そんな能力もないわね」
「……あなたは本当に嫌な方ですね。その言い方は本当に癪にさわる」
──それが気に障る。先ほどの不死身とのやりとりで、短くなってしまった堪忍袋を擦り切らせる。
「あら、ごめんなさいね。全部事実だけしか言ってないつもりなんだけどね」
本当に『幻影』はタチが悪い。おちゃらけた言い方なクセに、その言い分が的確だからこそ余計に。
おチビちゃん扱いされたカクリさんを伺えば、ややムッとした雰囲気を見せていた気もするが、今度は表情には出していない。
やはり彼女はなかなかに優秀だ。自分の事ならばあっさりと受け流せるらしい。
……ネックはやはり『紅』か。
そうやって彼女を観察する事で気持ちを落ち着かせ……そんな事に彼女を利用した分かればさすがに怒るだろうが……私は改めて幻影を見返した。
「やはり、私達『三』と『五』はここで決別すべきですね。『五班』と黒鉄さえ安泰ならば、こちらには配慮して下さらない幻影とは上手くやっていけそうにありませんし──」
──三さえ良ければいいあなたに言われたくないわね。
そう言う幻影は無視して、うなだれる五班班長へと視線を向ける。
「カブトさんの考え方は、いつかシャクナゲを潰す。これはいい機会なんでしょう」
「待ってくれ!」
「待てません。私はシャクナゲとは違います。アカツキともね。今回の事で私達は──」
──怒ってるんですよ。
そう言って、この場の主催者である私からその場を後にすべく立ち上がる。
当然、スイレンさんやヨツバ、ヒナも後に続く。
最後の言葉は、私達全員の意見だ。カブトさんの『弱さ』にシャクナゲを潰されたくはない、と言わなかっただけまだ甘いぐらいだろう。
──確かに彼はやり方自体は間違えていない。黒鉄の為というのも嘘ではないだろう。
だけど行動を起こした一番の理由に『自らの罪悪感』が来る点は許せない。それにシャクナゲの名前を上塗りし、『黒鉄の為』なんて誤魔化しをしている点が許せない。
そういう考えが伝わったのだろう。カブトさんは言葉もなく座りこみ……残った五班のコードフェンサー二人は、静かな様子で班長に付き従う。
「……待って。……私ももう出る」
残っていたカクリさんも私達に続くように席を立った。
私と五班がやり合っている最中は口を挟まず、終始黙していた彼女は、手早く書類をまとめて横に並んだ。
狐の正体に気づいていたからか、単なるハッタリか……あるいは『どうせそこまで害をなさないであろう狐』など、利用出来れば後はどうでも良かったのか。全くいつも通りの彼女はやはり将来有望株なんだろう。
そんな事を思いながらも、うなだれて沈むカブトに、私はなんの感慨も覚えないまま振り返り、その脇で小さく肩をすくめていた『幻影』へと最後に視線を向ける。
黒鉄創設時からずっと内側にあり続けた『幻影』を。
包帯にまかれ、顔の上半分が見えない『素顔も知らぬ旧知の幻』を。
「あなたが『幻』であったのは今日までですよ。三の副官である『無銘』が、五の副官である『幻影』を──」
──食らってやる。
そう最後に言ってそのままドアを閉める。
「なら私の相手は碧兵かしら、副官さん?私が幻影の相手をするモノだとばかり思っていたのだけど」
「……俺が碧兵かぁ思っててんけどな。まぁ、俺の相手は不死身でえぇよ。一班は俺がやるわ。ほら、やっぱり盗賊上がりは好かんし」
「ヒナは……えっと……」
「ヒナは勝てる相手だけにしておきなさい。まだ小さいんだから、無理して怪我をする必要はないわ」
「う〜、小さくなんかない!もうすぐ15です!ヒナもやりますですぅ!スイレンって意地悪です!」
私の宣戦布告にやる気を出したのか、はたまたこれがいつも通りのままなのか。
なんの気負いもなく、それぞれが勝手に相手を指名をしていく仲間達に笑い、そっと後を付いて歩く小柄な少女に声をかけた。
三班本拠に向かう私達に付いてくる少女へと。
「あなたはどうされますか?」
「……カーリアン次第ね。……二人とも無事なら……私は三班に付く事になりそうよ」
『私は』、か。
的確な言葉を返してくれる少女に、思わず笑みが漏れてしまう。
その笑みの意味を履き違えたのか、あるいは正確に読み取ったがゆえか、不機嫌そうに顔を逸らす少女が少しだけ年相応で──どうしても笑みを抑える事が出来ない。
「三班以外は当てに出来ませんよ?七班は遊撃班らしく、そっち方面でやる事が山積みですから。まぁウチだけでも、七が敵に回らない限りはなんとか立ち回れるでしょうが」
「……私としても安全牌を取りたいとこだけど。……でも仕方ないでしょう?……カーリアンがそっちに付くんだから」
おやおや、二人揃って戻ってくると思っているからこそ、一緒に歩いているというワケですか?
思わずそう言いそうになるが、それはなんとかこらえて、代わりに常々思っていた疑問を問いかける事にした。
「なぜあなたは──いや、スズカさんもなんですが、カーリアンにそこまで信頼をおけるんですかね?正直スズカさんが太鼓判を押してはくれましたが、カーリアンならシャクナゲを殺そうとするんじゃないかと、私は気が気じゃないんですが」
そんな私のもっとも過ぎるハズの疑問に、彼女は何故か呆れはてたかのような、でも少しだけ得意げな笑みを浮かべてみせる。
笑われてしまったが、私としてはかなり真剣に……しかも本気で心配な事なのだが。
「……スズカは見る目がある。……さすがは我がライバルね」
ライバルだったのか。それは知らなかったな。やはりカーリアンを巡る……だろうか?
なんにしても、えらく強大なライバルを持ったモノだ。お互いに。
「……彼女はね、優しいのよ。……真っ直ぐで暖かい。……『死にたがり』って悪名のフィルターを取って見てみれば……即座にあなたも気がつくわ。……あのコの可愛さにもね」
「フィルターを付けて見ていた覚えはないんですが」
「……つまりね」
私の話は聞いていない様子で、滔々とカーリアンに対する話が始まってしまう。普段は無口な彼女が、カーリアンについて語る時だけは、雄弁な事は知っていたが。
「……彼女は自分自身を裏切らないコなの。……絶対に最後には自分を曲げられない。……確かに全てを告げられた当初は……シャクナゲに突っかかるかもね。……でも、シャクナゲがあのコを攻撃しなければ……間違いなく揺れるわ。……そして散々迷った挙げ句に、絶対あのコは自分を裏切れない」
「…………」
「……それって素晴らしい事よ?そう思わない?……死にたがりと呼ばれるほどの過去があったならなおさらね」
ないものねだり、と言えば怒るだろうか?確かに彼女はカクリさんとは違って──そして意外と策士なスズカさんとも違って、真っ直ぐで裏表のない人物ではあるが。
「……立場もオリヒメとは違うみたいだし……悔しいけどこの一年で……あのコの想いは本物になっちゃったからね……それは絶対に裏切れない」
そう言って小さく笑うと、『今後の方針を決めましょう』と彼女らしい無表情にもどり、先へと歩き出していく。
私達の家。黒鉄第三班の本拠地へ。
これからしばらくは、本物の住居になるであろう『全ての黒鉄達の故郷』へ。
珍しく多彩な表情を浮かべた少女に、びっくりしてしまった私を取り残したまま。
1日遅れというべきか、1日早くというべきか。なんとか更新いたします。
最近の悩みは題名が浮かばない事です。色々候補は出ても決まらない。
簡単にさっくり決まる時もあれば、なかなか決まらない時もあるのが常ですが、最近は決まらない率が高いんです。
今回も4つくらいからなやんで、全てをボツってから『まぁこれでいいや』と。
意味的に『暁の子ら』みたいな。完璧当て付けですけどね。
前回、今回と色々出ましたが、次回はさらに色々出ます。
シャクナゲターンオンリーですが、『過去』についてサラッとカーリアンに話してたりします。それだけでかなりネタ出てます。一章のラストなのに。
『彼女』についても語りますし、その世界の強大さについてもさわりだけ書いてます。
でも一番見て欲しいのはカーリアン。あのコがなんというか少しは変わったんだな、て辺り。
一生懸命で、でも自然っぽくて……を目指してます。
ここまで書いてたら分かるでしょうけど、もう書けてたりします。あとは微調整のみで。
一気に一話を書き上げた話って、最近じゃ久しぶりでした。
ラストに相応しいか分かりませんが、ぜひ読んでみて下さい。
次回あとがきは、二章の紹介みたいなモノを載せるか、はたまた一章の補足を入れるかですね。
二章には補足されてますし、一章でもさわりは書いてますが、わかりにくい箇所があるハズです。
ヘルメスとアオイの会話の終わり。頼み事の件とか。
『ヘルメスさんには楔を打って~云々』とは書きましたが、そこは二章への伏線ですよ、と補足してみたりするワケです。
二章の紹介は、ダイジェストぽく。
どちらを書くか分かりませんし、どちらも書かないかもしれません。
二章への幕間で書く事なくなりそうですし。
といったところで文字数が迫って参りました。
いや、文字数よりも書く事が尽きてきました。
ラスト一話、ぜひ読んでやって下さい!