39・ブラック ブラッド ラストラン
荒れ狂う力の端末を抑え、百を超える力の記憶から一つずつ力を選びだす。
ここは力の在り方がある世界。力だけがただ残り続ける灰色世界だ。
それでも脳裏には、その力と共にあった仲間達の姿がよぎる。
坂上の勢力と、智哉の勢力。かつて友人同士であった純正型二人の争いにより、その命を散らした仲間達。
今ここに具現化させるのは、数ある力の中でもそんな黒鉄達の残り香ばかりだ。
──双刃と呼ばれた怜悧な女性黒鉄の力。
──深緑と呼ばれた、今は亡きひょうきんで軽い性格だった友人の力。
──飛炎と呼ばれた、重大な火傷を負った顔を覆面で隠した仲間の意志。
──そして『錬血』と冠された、俺を最初に支えてくれた人の想い。
黒鉄としてあった人々の力──コードを持ち、檻として俺を抑えてくれた者達が持つ力の一つ一つを、丹念に端末へとのせ、しっかりと自分のコントロール下においていく。
そうしなければ、ただの力として荒れ狂ってしまうだろう。暴力の群れとなり果てるだろう。
──そんな姿はこの力達には似合わない。最後まで黒鉄であり続けたあいつらには似つかわしくない。
もちろん力自体はオリジナルと変わらなくとも、使用者である俺自身は、オリジナルの使用者よりも劣化している。
当然だ。俺の体、俺の意識、脳細胞、精神。それら全てが他の能力を現すようには出来ていないのだから。
その力の強度は変わらなくても、制御率自体は五割といったところだろう。
それでも暴走だけはさせられない。させるワケにはいかない。
この力は、この無彩色な世界により発生したモノだけど、それだけの意味しか持たないワケではないのだから。
俺にとっては、全てが大事な記憶(檻)の数々なのだから。
「あの動乱時に、他人を信じて盛大にバカを見た野郎が、またおんなじ目にあいてぇのか?はっ、笑えるぐらいお人好しだな、あん!?」
……一度そんな目にあってるからさ。信じてバカを見るのはまだいいんだ。
だって信じて裏切られるなら許せるから。誰も信じずに独りきりよりはずっといい。
だからこそアイツは笑っていられたんだろう。笑って最後を迎えられたんだと思う。
智哉も散々嫌な思いをして、バカを見て、友人にまで離れられたのに、それでも笑っていられたのは、『後は安心して任せられる』と言った言葉通りの心情だからだ。
「力で抑えなきゃなんねぇモンもある。力で対抗しなきゃなんねぇ相手もいる!関西を狙ってる芝浦の野郎にゃ理屈は通じねぇ!」
そう思うよ。俺もその点は同意見さ。『あいつ』は一番狂ってる。
守るには力が必要だ。信じるには強さが必要だよ。
でも智哉は──戦う力を、結局は最後まで持たなかった黒鉄が言っていたんだ。
『大事な誰かを守るには、この身一つ、この心一つさえありゃいい。信じるってのはそれと同じだろ。信じられているって思うと救われるだろ。俺にはそれがあるから力なんていらないんだよ』
って。
俺にはその考えも分かるんだ。
だって俺はそれで救われた男なんだから。救われたヤツをいっぱい見てきたから。
「テメェを見てたらやっぱムカつくぜ!この結城のコピー野郎!」
俺じゃコピーにもなれないだろうさ。
また嫌な思いをするだろうし、絶望もするだろう。そうなればやっぱり後悔して、散々悩んで足踏みもすると思う。
……でもそれは怖くない。
今まで──こっちに来てから四年、ずっとそうだったんだから。
向こうでは一度盛大にポカをして、道を踏み外した。もうこれ以上ないほどのバカをした。
壊しちゃならないモノを壊して、手放しちゃならないモノを手放した。
こっちではひたすらそれを悔いていただけだ。
そんな底辺を這いつくばる人間にはない上しかない。上を見るしかないんだ。
そこにアイツがいた。それだけさ。
俺には先がある。罪の描く灰色の螺旋が広がっている。
アイツには──もうそれがない。
ほら、俺とアイツはやっぱり違う。どこまでも違う。そうだろう?
「テメェには負けねぇ!テメェにだけは死んでも負けは認めてやらねぇ!俺が──この坂上晴臣が皇だ!俺は間違っちゃいねぇんだ!」
俺はアイツとは違う。暁とは違い、大地に燃えカスを残す灰色だ。
白にも黒にも──光にも闇にもなれない半端モノだ。
だけど坂上も──坂上晴臣と名乗った男も、結城智哉とは違うんだ。
「──朱袴の矛」
その手に灰を硬く塗り固めた──この世界ではそこら中にある灰という物質を『連結』させた矛を握り、自らの世界内で力を最大限に解放させながら突っ込んでくる坂上を見やる。
空圧の刃が周囲を切り刻み、音波の破砕で大地が割れても。
火弾の群れが突っ込み、不可視の壁に阻まれても……ただ真っ直ぐに向かってくる赤錆世界に包まれた男を。
──ひょっとしたらコイツはもう止まれないだけなのかもしれない。そんな事を考えてしまう。
止まれないという辛さに想いを馳せてしまう。共感してしまう。
そして、その愚直なまでの直進にはある種の感動すら覚える。
周りの力の全てが、コードフェンサー級の仲間達の力なのに止まらないのだ。
何も思わないというワケにはいかない。
「朱の刃張り(あけのはばり)」
そんな愚直さは嫌いじゃない。嫌いにはなれそうにない。
吹き上がる飛炎を吹き散らし、空圧の刃を真空で相殺し、音波を爆音で掻き消し、見えない壁を切り刻んで……
まさに最強の変種たる純正型というべき暴虐の行進は、黒鉄達の力を吹き散らしていく。
それでも慌てる事なく残された『錬血』の力を広げ、待ち構える。
錬血のミヤビ──。
俺が知る全ての変種の中でも、アゲハ以上に珍しく、スイレンと同等以上の戦力を持ち得る力を宿した変種。
そんな彼女の力は『物質支配能力』とでも言うべきモノだ。
あらゆる同種の物質を、任意の形に結合させ、完全に意識下に置く能力。彼女の望むがままの形を型どり、彼女が望むがままにその形を崩す。そして彼女の望むがままに宙を翔る。
彼女の意思が途切れると結合は消えるし、数も同時には多く作れない。
しかしその結合された物質は、彼女の意思の限り形を失わないし、彼女の意思から外れる事もない。シャクナゲの銃撃でも、戦車の砲撃でも『錬血』の造物が崩れる事はないのだ。
その力を使い、灰を塗り固めた刃を10余り作り上げていく。
数もミヤビに及ばなければ、その形も柄や鍔すらもない刃のみの無骨なモノばかりだ。
お世辞にも剣の群れとは言えないそれらを、彼女が好んで作り上げた『朱袴の矛』と『朱の刃張り』の二振りを残して、坂上へと刃の雨のごとく舞い降らせる。
この時点でもすでにかなり限界が近い。数多の力を制御する事に頭がズキズキと痛む。抑圧された世界が神経を圧迫していく。抑えこんだ衝動が心をすり減らす。
それでも力の制御をなす手綱は手放さない。
ここで力を完全に解放して、暴力の群れで将軍を殲滅するのは簡単だ。
かつて国軍を……自分達なりに国の為に戦っていた大人達を、灰色で飲み込んで、世界で攻めつけて、力で圧倒したようにするのはとても楽な道だ。
本来の戦い方としてはそうあるべきなのだろう。
数多の力の群れで、幾多の敵を無意識で殲滅する……そんな殲滅戦こそが灰色世界の使い方なんだと思う。
でもそんな真似はしたくなかった。それだけは避けなければならないと思ったのだ。
こんな考えはひょっとしたら無駄な美意識、自己満足に過ぎないのかもしれない。でもそうはしたくなかった。
……俺は新皇とは違うという事を認めさせたかったのだろう。
坂上にも、黒鉄の残り香達にも、後方で一人取り残したままの彼女にも。
そんな考えなど伝わるワケがないのに──向こうの俺など知るワケがないのに、そうしたいという想いを抑えきれなかった。
ひょっとしたら自分自身にも思い込ませたかった、という理由が大きかったのかもしれない。
でも──それは大事な事のような気がしたのだ。
「おらぁぁぁぁ!!!!」
大きく振るわれる坂上の腕は真っ直ぐに俺へと向けられたモノ。それが自身に向かい飛ぶ、拙い制御に支配された『錬血・灰色世界』の刃の雨を──その制御を吹き散らす。
恐らく渾身の力と理を秘めた空間の断裂が、この身を引き裂こうと迫っているのだろう。
それを『朱袴の矛』と名付けられた矛を新たに飛ばして迎撃させる。
朱袴の矛と朱の刃張り──
彼女がこの二振りにだけ名前を付け、どんな時どんなモノを結合させて作っても、すぐに形に出来た理由は分からない。どのような思い入れがあったのかも聞いた事がない。
彼女自身は黒鉄という兵士であり、戦士であったけど、能力的には鍛冶師や製作者──アカツキと同じタイプだったんだと思う。
その高い身体能力と、錬血の力を上手く使いこなして前線に立っていたから、その実力は間違いなく黒鉄でも随一と言えただろう。だけど本来は誰かの後ろで武器や盾、罠や敵の前進を阻む壁を作るべきだったんだと思う。
でも彼女は絶えず前線に立っていた。周りを叱咤激励していた。
そんな彼女が主に近接戦で使っていたのが、この二振りの武器だ。
時には土塊から、廃材の銅から、泥から作り上げた矛と刃。
凝った作りの柄を持つ片刃の矛と、無骨な作りの同じく片刃の刀。俺を『相棒』と呼んでくれた女性が、最後に振るっていた二振りの武器(力)。
多くの『その他』を飛ばして敵を効果的に削り、それをかいくぐってきた敵を二つで迎撃する──それが彼女の戦いだった。
全く違うタイプの二つを、彼女は近接戦の場合は使い分けて使っていたのだ。
その矛は折れず崩れない。その刀は絶対に曲がらないし、欠けもしない。
だってその矛と刀を形作っているのは、物質同士の自然な結合によるモノじゃなく、ミヤビの錬血によるモノなのだから。
元が灰だろうが土塊だろうが、この形をした矛は絶対に折れちゃいけない。
彼女の心が最後まで折れなかったように、この矛も決して折れちゃいけない。それが空間の断裂による攻撃だろうが、打ち負ける事など有り得ない。
そう信じて、矛の軌道をなぞるように真っ直ぐに駆ける。
片手にはシャクナゲに変わり『朱の刃張り』。
絶対不折の片割れ。
「そんな得物風情で──!?」
突き進む矛にも、その後を真っ直ぐに追う俺自身にも迷いなど欠片も含ませない。
空間の断裂と矛の甲高い衝突音が響いても、破裂した真空が矛を弾き飛ばし、辺り一帯を薙ぎ払っても。
そして矛と自身が放った真空が相討った事に、坂上が呆気に取られても。
大地を削り、灰色を削り、この身に数多くの裂傷を刻んでも、残る不折の刃を握った手は緩めない。この駆ける足も止めはしない。
空間の断裂のままぶつかったならば、俺でも無事には済まないだろう。空間の断裂とは不可視にして、人体には抗えない必殺の刃に他ならない。
だけど、それが破裂した後に残る空間の破砕ならば耐えられる。
……少なくとも、変種として強い肉体を持つ俺ならば。
だから怯む事なく、ただ真っ直ぐに坂上を……自身渾身の断裂をはじかれ、驚愕の表情を浮かべる坂上晴臣を見据えながら、その刃を突き出して駆ける。
「くっ……!」
再度振るおうとする坂上の腕と、一心に走る俺の足。
変種の極みたる純正型同士の戦いにしてはお粗末で、どこまでも滑稽な決着の間際だろう。
泥臭くて、垢抜けていなくて、失笑を買うような真似をしていると思う。
でもこれは……この在り方は、シャクナゲという存在らしい在り方だと思えた。
皇ではなく、それに抗うただの雑草。
暁の恵みを喜び、露の潤いを喜び、艱難辛苦に耐えるモノらしい、体を張った在り方。
そんな存在に俺はなりたかった。灰色で全てを蹴散らし、全てを淘汰する皇になどなりたくはなかった。
──だからこの決着の付け方は、ある意味本望だった。
この瞬間だけは、黒鉄としての役割を忘れていたと思う。
確実に倒す事よりも、その行程を大事に思っていたのは間違いない。
一瞬早く坂上の腕が振るわれる。生まれたての空間の断裂が迫るのを肌で感じ、より力を込めて腕を突き出した。
朱の刃張り──。
この一振りの意地にかけるしかない。もう俺のままで殲滅する灰色世界を使う余裕はない。
これ以上戦うには、自動殲滅、無意識による殲滅、灰色世界のオーソドックス……そんな手段しか残されてはいない。
ズキズキ痛む頭、圧迫された精神、自らの世界からの干渉──それらに思考を放棄すれば、気付いた後に残されるモノは空虚な孤独。
──そんな光景はもう見たくない。
だから残された朱の刃張りに頼るように、縋るように残る力の全てを込める。
朱袴の矛や他の刃が形を失い、灰に戻っていくのが『錬血』の力による繋がりで分かる。
世界に現れた力の余韻はすでに朱の刃張りのみ。
他の力は消え失せ、世界はすでに無機質な灰色のままに空虚なモノに戻っている。
しかし、それは暴発の前の静寂だ。操りきれないから抑えつけているだけの静寂だ。
それが分かっていても、なぜか俺の心は澄んでいて。
どこまでもただ真っ直ぐで。
今の灰色世界は、少しだけ──ほんの少しだけ『色』を持っているような気がした。
そんな中、俺と坂上の距離は──零になったのだ。
シャクナゲ3
スキル
灰色世界・SS+(殲滅戦のような大軍を相手取る戦闘に特化した『力の具現』を理とする世界。かつて関東で国軍、警官隊や自衛隊を相手にした際は、火器による砲撃の速度、爆発力、弾丸の速度を理で殺し、端末である無限の鎖で薙ぎ払うという、無意識に近い、世界の防衛本能による戦い方を取っていたが、それでも幾多の戦いで全ての敵を殲滅した。ちなみ国軍相手には、二番目の世界すら使っていない。この数値は未完の部分も含めたモノ)
身体能力~S(基本的には普段と変わらない。しかし、端末による絶対防御と、端末に身を任せた宙を走る移動速度は、普段よりも断然上で、それによる補正)
本能S(シャクナゲというよりも、灰色世界の防衛本能。敵対するモノを核の意志に関係なく攻撃する自己保存の法則)
持久力D(主に精神的に消耗が激しい。世界からの『衝動』、力に対する錯綜による消耗は、普段の比ではない)
制御力D(全く制御出来ないワケではないが、世界の本能を完全には抑えきれていない。持久力の低さと共にマイナス補正。スズカの『拒絶の世界』よりも制御出来ておらず、抑えきれないなら使わないようにしていたほど。それすらワード式を使っていても完璧ではなく、シャクナゲを持つまでは常に世界に怯えていた)
稀少度SS(アカツキの『ノルンズアート』とは方向性が違うが、誰にでも見える世界はかなり異端のモノ。この世界の異質さが彼の過去を変えたと言っても過言ではない)
緋色の月について。
灰色世界の虚空に浮かぶ空の皇と彼は称している。
自分とは別の……自分の中にいる新皇の象徴として捉えているのだ。
その実は、世界の法則──力の具現を司る制御板で、世界に満ちる理の在り方と、端末の制御を成している存在である。
歯車が記憶を留め、鎖が力を宿す端末、月が制御。
灰色世界にあるモノ全てに意味がある。
それが核である彼にとって、自分の存在価値は人体にとっての心臓と変わりなく、必要不可欠でも在り続ける為に必要なだけで、それ以上の意味がないモノ……といった認識を生んでいると言える。
だから緋色の月を敵視している風があるのは、世界を制御しきれる存在に対する『コンプレックス』によるモノがあるのは否定出来ない。
ただし、現実夜空に浮かぶ月を見るのは好きで、それは灰色に浮かぶ異界の月とは違う風情があるから……との事。