38・セイント オア ダークネス
あとがきには文字数の関係上乗り切らなかったので、臨時で前書きにてお知らせを。
お知らせ1、今回のあとがき、人物紹介『シャクナゲ2』は次の話と二部に分けます。
理由は上記の通り文字数の関係上です。パソコンで書けばもっとあとがき書けるのか、ちょっと興味ありです。
お知らせ2、5月中にはノクターンも終わりそうです。予定じゃ3月中だったんですがね。不思議ですね、ホント……。
お知らせ3、ちょっと今回の話は、いつも以上にぶつ切り感があるかと思います。本当はラストまで書いちゃうつもりでいってたのですが、長くなりすぎたので分けました。その関係上終わりがぶつ切り感たっぷりです。
お知らせ4、シンフォニアは来週こそアップです。手直しだけなので今度こそ多分間違いなく……かなぁ、多分。
誤字や脱字……というより増字?が今までに多数ありますが、暖かい目でお読みください。
あまりに目に余る、気になるという箇所はお教え下さったら幸いです。
あと、今回のタイトルに意味はありません。今まで以上にノリです。
アナザーバースディは色々掛けてましたけど。
──この世界に神はいない。
いっこない。いたらおかしい。いたら変だ。いるなんて有り得ない。
だってもしそんな存在がいるのなら、こんな世界にはなってない。もしそんなヤツがいるのなら、こんな世界でも受け入れなきゃならない。こんな現実を諦めなきゃならない。
──そんなのって……そんなのを認めるなんて悔し過ぎる。
悲し過ぎるし、許せない。
許せないから神はいない。
憎みたくないから神はいない。
悲し過ぎるから神はいらない。
『神様はいるよ。だってさ、いなきゃ救われないじゃない。報われないじゃない。そんなのって許せないじゃない』
彼女は──信じていた。いや、多分すがっていたんだと思う。
『神様がいないなら、こんな風に生まれてきただけの私達が、こんなに嫌な思いばっかりしている救いがないじゃない。いつかは救われるって思わなきゃおかしいじゃない』
そう言って、みんなを励ましていた。必死に現実に抗っていた。
でも……結局は狂ってしまった。現実を知ってしまった。世界に負けてしまった。現状に絶望してしまった。
そしてその時に──俺の中で『神様』は死んでしまった。
──灰色世界──
もし『この世界』に神がいるのなら……それは俺なのだろう。
この世界では、全ての力が俺の支配下だ。この世界では、全てが灰色(俺の色)だ。
鎖達しかいない、鎖達しか有り得ない、無機物の世界の皇。
虚しい虚しい一人きりの裸の皇。
それが灰色世界の神。
だから俺は、この世界でも神は認めない。
有り得ちゃいけない。認めちゃいけない。
それを認められる時が来たなら──それは俺が狂っているという事だから。
だから認めない。許さない。
──ウロボロス──
第一世界、ファーストギア、蛇の世界、原初の灰色。
新たに生まれ変わるその時まで、ただあるだけの『具現の端末』。
『緋色の月という制御板』に支配され、『歯車という記憶板』に使役される『無限の蛇達』。
──アナザーバースディ。
灰色世界の一歩進んだ世界で一歩後退した世界。
『具現』をもっとも現した『月が一つ欠けた世界』で。
俺の精神や肉体では精一杯の世界。
それが──俺の中ではじけた。
「ぐっ……!」
幾つもの蛇達。歯車から伸びた鎖達。
それが狂おしいまでの勢いをもって、核である俺へとその身を委ねる。歯車から伸びた幾筋かが、俺の身へと突き刺さっていく。
端から見れば、俺が蛇達に刺し貫かれたかのように見えるだろう。
だけどよく見るまでもなく違和感ぐらいは感じられるかもしれない。なにしろ突き刺さった蛇達は、突き刺さるだけで俺を貫いてはいないのだから。
これはただ、灰色世界の第二段階である『歪の生誕日』を示す為の前段階だ。制御板が記憶を引き出し、端末を端末たらしめる為の『変化』に必要な儀式に近い。
つまり端末たる蛇達達は、歯車に蓄積した『力』の情報を、俺へと送る導線の役割も果たしているのだ。
……ただし、そこから流れてくるのは情報だけじゃない。蓄積された力の記憶だけじゃない。
『衝動』。
変種が突き当たる力の行使に対する『衝動』と呼ばれるモノも流れてくるのだ。
特に『自分の世界』という名前の領域すらも作れる純正型の『衝動』は、もはや『強迫観念』に近い。
そう、そこから流れてくるのは、忘我にも至る快感と至高の全能感。
力の行使に対する衝動の極致と、全能感の最果て。
かつてはもう少し慣れていたハズのそれらが、今はより強く俺の全身を駆け巡る。
その衝動のままに一歩向こうに行けば『新皇』の俺がいて、ギリギリ踏みとどまれたこちら側にいるのが『比良野悠莉』の俺。
「──ッ!──ッ!!」
俺に語りかける声……カーリアンの言葉に、返事を返す余裕なんてない。
ただ手をかざすのが精一杯で、体を大きくそらして月を睨みつける。
俺に快感と全能感、欲望を送り込む、この灰色世界で唯一色を持つ空の皇を。
この口から漏れるのは哄笑だろうか。懇願の悲鳴だろうか。それとも祈りの言葉だろうか。
口元を流れる唾液にも頓着せず、眼力だけででも欠けてしまった緋色を押しやろうとする。
カラカラカラ──
誘惑の言葉が脳裏に響く。
『認めろ』と。
『己の欲望全てを認めろ』と、皇が囁く。
ガラガラガラ──
妖艶な声が耳元を掠める。
『お前は皇だ』と。
『お前の力があれば、全ての敵を討てる』、『あの紅い女も、銀色の少女も、富も権力も国も世界も!全てが己の意のままだ』と囁く。
ゴロゴロゴロ──
扇情的な声音が耳元で唄う。
『灰色が全てをもたらすだろう』と。
『お前の望む全てを具現させるだろう』と囁く。
それは──相変わらず心を打った。心を踊らせた。心を惹きつけた。
でも……と思う。
しかし……と考える。
もし灰色が全てを現しても、そこには決して現せないモノがあると思うのだ。
『さぁ、全てを解放しろ』
『さぁ、全てを望め』
『さぁ、さぁ、さぁ……』
『さぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁ!全てを!』
確かに、望めば全てが手に入った。
全てを望める位置にいた。
後数年あれば、関東一円だけじゃなくこの国が手に入っただろう。
彼女と俺、他の二人にスズカまでいたなら、いずれは他国にも手を伸ばせたと思う。
他の三人はそれを甘受した。
その『道』を受け入れた。
各々の世界を用いても決して手に入らない『一つ』を無視した。
そうすれば、『一つ以外は全て手に入ったから』。
『悩む事はない。お前の世界はそれだけの価値がある。第三第四の世界も、しがらみを捨てれば受け入れられる』
『そうすれば『彼女』をも討てる。『彼女』を救える。第二世界ではかなわなくとも、全てを求めれば全てを得られよう』
そうかもしれない。そうなのだろう。
『言葉の皇』も俺に言っていた。
灰色は未完の色で、未完の世界だと。
でもそれを受け入れたら──
それを認めたら──
「……そんな世界じゃ誰も笑ってくれない」
スズカも、カーリアンも、アオイも、スイレンも、ヒナギクも。
アカツキも、カブトも、クロネコやヒビキ、そしてミヤビも。
そして『彼女』も笑ってはくれない。
笑顔が見れない。それ以外しか手に入らない。
『それ以外の全てが手に入る。それもいずれは手に入る。全てを手に入れれば、全てを人に望めるだろう』
──それじゃダメだ。そんなモノじゃ満足出来ない。そんなモノ、欲しかったんじゃない。
俺は『彼女』に笑って欲しかった。そして狂ってしまった彼女にもう一度笑って欲しい。
スズカをみんなに笑って受け入れて欲しい。
カーリアンにみんなが笑いかけて欲しい。
智哉やミヤビに安心して笑って見ていて欲しい。
『彼女』に笑顔を思い出して欲しい。
「だから──俺と皇が相容れる事はないよ。永遠に」
体に刺さり透過した蛇達。
カラカラと忙しく回り続ける歯車達。
そして四分の一ほど欠けた緋色の月。
そんな異界の中、異常な状況の中で、小さく呟いた程度の言葉には、打ち響くような強さなどはないだろう。
それでもいい。染み入るような深さがあれば、俺はまだ俺のままでいられる。
強さに狂わない弱さがあれば、俺はきっと俺のままだ。
そんな考えに安堵する間もなく、『衝動』の次は『力』が体に突き刺さった蛇達を介して流れ込んでくる。
『歯車に記憶された力の在り方』が。
それらは核である俺が見た能力や、実際にこの身に受けた能力。かつての敵が使った力や、かつて肩を並べて戦った黒鉄達の刃。
肉の器を持たない、『純正型の世界に属さない』、そして今この『灰色世界にオリジナルがない変種の能力』達の雛型だ。
それらの力が制御板から記憶板を通して、端末に現れる。
それが『歪の生誕日』。
あらざる力が具現する世界。
俺の──灰色世界のセカンドワールド。
百を越え、二百を上回る能力を、宙を踊る端末が具現する。俺が得た具現の記憶のままに現れる。
それらの全てが『コピー』でも『劣化レプリカ』でもない。
全てが『オリジナル』だ。
単に全く同じ存在である『他のオリジナル』と共生出来ないだけで、その在り方は変わらない。その強度もなにもかもが『歪なオリジナル』。
それが俺の制御もないままで──この世界に現れる事を喜ぶかのように、破壊の為だけの軍勢と化して具現化する。
あるものはその鈍色の体を炎に変え、あるものは透化して不可視の刃と化す。
またあるモノは音波による破壊を撒き散らし、あるものなど俺の残像をそこら中に作り出す。
それら端末達の力の発露に俺の意志は含まれていない。
ただ現した力のあるがままを発現させているに過ぎない。
力の向かう方向に指向性などなく、力の在り方を取り込んで具現の世界の核となった俺以外の全てを飲み込んでいく。
俺に出来るのは、紅の彼女の元までその力が飛ばさないように抑制する事だけだ。
「お前が言ったように、俺の世界は確かに不完全だよ。力としてだけある存在にしか干渉出来ないし、お前の世界をなかなか食い破れない事からわかるだろうけど、純正型の世界に対する攻撃力もそう高くない。力の具現を現すにしてはお粗末さ」
坂上は……呆然としていた。ただ発露する力をとびずさってかわした後、ただ呆然と俺を見やっていた。
その瞳に浮かぶ色には見覚えがある。
関東で見慣れていた恐怖の色だ。そして畏怖と憧憬、羨望と嫌悪の混じった表情だ。
「でもそれがどうしたって言うんだ?純正型の世界に干渉する力が弱くても、肉体に包まれた力をどうこう出来なくても、灰色世界で包み込んでお前を殲滅する事はできる。百を超える力の群れで押し潰す事が出来る」
ここはそれしか出来ない場所で、誰かを傷つける力を現すしか能がない世界だ。俺以外の生を奪う異界だ。
何百という人の命を飲み込んで、この国が壊れる一因にもなった堕ちた楽園だ。
いかに強力な世界を持つ純正型でも、敵としてこの地に入って生きて外に出られたのは、『彼女』以外にはいない。
全てに干渉し、その在り方を汚染する……『絶対毒』の理を持つ、『本当の意味での新皇たる彼女』以外に、ここから出られた者などいないのだ。
他の二人やスズカでさえも、この世界じゃ俺に勝つのは容易くないだろう。
一年前に敗北を知ったばかりの赤錆世界の強度と理では、五年前のあの日から、血反吐を吐く思いで世界を抑えようと足掻いてきた俺の灰色は止められない。
それが分からないほど愚かじゃないのだろう。そして前方に広がる力の群れに、恐慌を来す程度の半端な矜持など持ち合わせてはいないのだろう。
背を向けて逃げる真似もせず、やたらめったら力を振るうでもなく、佇んだまま視線をまっすぐに向けてくる。
「……そういや聞いてなかったな、なんでテメェは関東を抜けたのに、こっちでまた戦う事にしたンだ?テメェは逃げてきたんだろ?」
その声に滲んでいた狂気じみたモノもなりを潜め、むしろ淡々とした声音でそんな事を聞いてくる。
荒れ狂う力の群れなど眼中にないというワケではないだろう。
そんな事をいまさらながら厳かとも言える口調で聞けるのは、まがりなりにも関西の皇としてあった男の意地と誇りなのかもしれない。
「なんでかな。智哉にノセられたってのが正直なトコだけど、アイツが信じてたモノを俺ももう一度信じてみたくなったから──だな」
「結城が信じてたモノ?」
「あぁ。でもお前には分からないだろ。お前は自分の力と考え方を信じて袂を分かったらしいけど、お前には智哉が信じてたモノが分からなかったから、自分の考え方を選んだんじゃないか?」
怪訝そうな坂上の表情がちょっとだけ腹立たしく思え、俺の口調に苛立ちが混じる事ぐらいは仕方ないだろう。
こいつは智哉の友人だったのに、アイツがどれだけバカだったのかをまるで分かっていない。普段はちゃらけていたアイツが、どこまで愚直なヤツだったのかを分かっていない。
それが苛立たしくて、少しだけ悲しい。
智哉は……アイツだけは最後まで坂上を信じていたのに。
「……アイツは甘ぇんだよ。ノルンズアートで武器を作って、兵隊に持たせてりゃテメェが命を削る必要なんかねぇってのに、そんな自己満足のテメェルールに縛られて、結局はなんにも残せず死にやがった。壊れちまった世界で、無駄にしちゃなんねぇ力を、アイツはテメェの美意識だけで無駄にしやがったんだ」
確かに……智哉の力には無限の可能性があった。俺みたいに他者を攻撃する方面だけに特化してもいなかったし、坂上よりも強大な理を持っていた。
恐らく汎用性や特異性から見ても、俺や『彼女』、他の皇達の誰と比べても一番異端だったのは、関西の始祖になり損ねた結城智哉だろう。
繋がりという名前の様々な代償を他者に支払わせて、最強の軍隊をも作れただろうし、欠陥預言書を他人に使わせればより多くの未来を知れたのかもしれない。
でも、アイツはそうはしなかった。ほとんどの造物を自らの責任が及ぶ範囲で使っていたし、造物にかかる責任は自らが取ろうといつも心がけていた。
でもそれは、結城智哉という人間個人の美意識によるモノでも、アイツの身勝手な自己犠牲によるモノでもない。
そんなモノであるワケがない。
だってアイツは──
「智哉はさ、最後に笑っていたよ。安心して後は任せられるって笑っていた」
「…………」
「お前が関西軍を立ち上げて敵に立ったのも、廃都を包むように勢力を広げていったのも……それなのにお前自身が先頭に立って廃都に攻め込んでこなかったのも、お前なりに故郷を守る為だって信じてた」
「ンなワケねぇだろ!ボケた頭で温い信頼寄せて、結局は──」
「そうさ、結局俺達は敵同士だ。最後まで敵同士でしかない。アイツの勝手な信頼さ」
勝手な信頼。そうなんだと思う。
甘い、確かにそうだ。
でも……と思う。
しかしそれが悪いのか、と思う。
愚かで甘くてどこまでも温い考え方だけど、アイツのその強さに救われたヤツは確かにいるのだ。
そう、今ここにいる。ここで灰色世界に飲まれずに、絶望の直中に座りこまずに、蛇達を抑えてここにいる。
「……でもアイツはそれでいいんだ。そんなヤツだから救われたヤツもたくさんいる。そんなヤツにしか救えない人間もたくさんいる」
俺も、ミヤビも、カブトやヘルメスも。
アイツに拾われなければ救われなかった。ほんの僅かな救いもなかった。
アイツが周りに運命の造物を与えて平然としていられるようなヤツなら……そんな他人を犠牲に出来るヤツだったなら、俺達は──俺は救われていない。
だからそんなアイツの考えを否定しないし、誰にも否定させたくない。
「──アイツは運命なんて信じていなかった。鼻で笑って抗った。アイツが信じていたのは『人間』だけさ」
それでいい。それが最初の黒鉄の考え方なんだから、敵に回った友人を信じるという考えも笑わない。
ただ、結城智哉が死んで、抑えがなくなった『坂上』という人間は脅威になる。故郷との繋がりを持つ友人がいなくなった男は、見境をなくすかもしれない。
黒鉄を脅かすだろう。
アイツはそれを案じていた。今の仲間達──自分がいなくなって、悲嘆にくれる黒鉄の家族達を案じていたから、俺が代わりになっただけだ。
抑えられないなら……黒鉄が脅威を感じるなら、俺が坂上を殺そうと決めただけだ。
俺は結城智哉とは違うから。
俺の世界は、アイツみたいに優しくはないから。
「俺はアイツみたいに『人間』を信じていた。一度は確かに躓いたよ。もう立てないと思った。だから向こうから逃げ出した。でもまだ信じていたい。もっと信じていたいんだ」
──だから俺も神や運命、それに世界は信じない。認めないと決めた。信じるのは『人間』だけだ。
それが答えで──最後に向ける言葉だと決めた。もう語る言葉はない。
これ以上どのような言葉をかけたとしても、坂上と俺が分かり合う事はないだろう。
所詮は結城智哉という核を中心に、俺達二人は対極の位置にしか立てないのだから。
坂上は智哉は何も残せずに死んだと言った。
一年前のあの時は無駄死にだと笑った。
確かに端から見ればそうかもしれない。本来ならもっと大きなモノを残せたのかもしれない。
でもアイツが残したモノは確かにある。俺の中にも、神杜の中にも、仲間達一人一人の中にもあるのだ。
それはきっと今は小さくて、アイツの力の希少さに比べれば取るに足らないモノなのかもしれない。気付いている者も少ないのかもしれない。
でもやがてその小さなモノも芽吹く時が来るだろう。
来ないだなんて言わせない。
だって俺は……俺達は信じると決めたんだから。
だからアイツが蒔いた種が芽吹くまで、俺は黒鉄として側にあり続ける。
確かに黒鉄とは柵で、コードとは所詮は檻だ。人の輪で作った小さな囲いだ。アイツの優しさとちょっとした茶目っ気によって作られた符号に過ぎない。
でもそれは、俺を抑える為だけの檻なんかじゃない。
新皇を繋ぐ鎖なんかじゃないはずだ。
今は亡き戦友達の意志を繋ぐ為の囲いなんだと俺は思う。いずれその意志が芽吹くまでの居場所なんだと信じてる。
だってアイツはどこまでも甘いヤツだったから。どこまでも愚直なヤツだったから。
俺達第三班は、そんな『暁』に魅せられた花や植物の名前を冠した班だ。いずれ芽吹く世界まで在り続ける徒花の集団だ。
咲くべきモノが咲いた後には消える存在だろう。消えなくちゃならないモノだろう。
血塗れた雑草は美しい緑を陰らせる存在だから。
ひょっとしたらそんなシャクナゲとしての在り方も、ひどく歪なのかもしれない。
でも最後にはきっと笑っていられると思う。新皇を捨てて、姓も名前も捨てて、シャクナゲになった事を後悔はしないだろう。
……だって得たモノは確かにあったのだから。
人物紹介、シャクナゲ2
かつては黒鉄の創始者であるアカツキと対になる存在として、『宵闇』のコードで呼ばれていた黒鉄第三班班長。
本名は比良野悠莉といい、関東出身。
そして関東地方の現政府にして、日本で最初に革命を起こしたヴァンプ集団『道』の創設者の一人。
体に証を持たない希少な純正型であるが、もっと特異な点を挙げるとすればその力の発露の仕方である。
本来は純正型以外には見えないはずの領域……力を及ぼせる純正型としての彼の世界は、純正型以外にも視認出来るのだ。
単純に灰色世界と呼んでいるその世界の異常な在り方こそが、彼を『道』の中でも『新皇』と呼ばれる存在にしたといっても過言ではない。
目に見えない世界を持つ他の純正型よりも、人々に異端を見せつけられる彼を皇にしたのである。
その灰色世界こそが彼の本来の力の源泉で、二丁の銃から空圧の弾丸を放つのは、あくまでもその銃の能力に過ぎない。
彼本来の力は『力の具現』。
力の在り方を決める能力と言える。
例えば『ベクトルイーター』と名付けられた基本能力は、彼が力を現す為の端末として用いている鎖が、その身に触れたあらゆるモノに宿る力……慣性や速度、熱量など全てを無力に近い値まで下げる事が出来る。
そして第二世界と呼ばれる段階の世界では、あらゆる変種の能力を再現する事さえ出来るのだ。
ただしその中にも法則はあり、力の具現という理も絶対ではない。
第一に肉……生物の肉体に包まれた力は具現化出来なければ、ベクトルイーターで食らう事も出来ない。
第二に同じ純正型の世界から派生した力は具現出来ない(ただし、他の純正型の領域──世界から出た力にはベクトルイーターが効く。これは純正型の世界から出た力は、すでに現実世界の力へと補正されているから。それなのに具現化は出来ない理由は第三の理由による)。
そして最後に『全く同じ力を使える者が灰色世界の領域にいる場合、その力は使えない』。
これは全く同質の存在が二つある矛盾によって、灰色世界の理──そしてその核である男の内面に負荷がかかるから。
つまりカーリアンがいる時は紅が使えない。
また他の純正型の世界から派生した力が使えないのは、それは一度現実世界からの干渉、補正によって歪められたモノだからだと思われる。
つまりスズカの斥力はすでにただの斥力ではなく、補正された斥力αであり、スズカの世界による干渉も残っているから。