4・パートナー
──全くさ、1人突っ走るのとか勘弁してよね。
そんなグチを口内で漏らしつつ、あたしは夜道を駆ける。
本来なら、『黒鉄』の大半の部隊を率い、潜入する為に通るハズだった『戦都・クリシュナ』へと続く裏道を。
たった1人で1都市の警邏軍を足留め、なんてムチャな真似をしている男がいるだろう場所へと向かって。
──ほんっとカッコ付け野郎なんだからっ!!
脳裏にはニヒルに笑う黒髪黒瞳、細身の男の笑みが浮かび──
続いてその男が傷だらけな姿も浮かんで、あたしは駆ける足をより早めた。
アイツが……あの黒鉄のシャクナゲが、そんなに簡単にやられるようなヤツじゃないのは、あたしが一番分かっているつもりだ。
でも不安になるぐらいは仕方ないだろう。
アイツが死ぬ。
それは今の『私』の一番の……最後の目標が潰える事を意味する。
アイツが死ぬ時は、せめてあたしがすぐ側にいる時じゃなきゃならない。それ以外は許せない。
絶対に死んじゃダメ!とか言っているワケじゃないのだから、それくらいのワガママは叶えてもらってもいいハズだ。
そんな事を、クソッタレな神様とやらに毒づきながら、あたしはひた走る。
今走っている辺りは、汚らしいゴミが撒き散らされている裏通りで、そのゴミからは凄惨とも言えるほどの悪臭が漂っていた。
それに、あたしは足を止めないまま顔を軽くしかめてみせる。
別に臭いだけに顔をしかめたワケじゃない。
これくらいの悪臭が漂う場所は、あたし達の街にもいくつかある。さすがに慣れた……とは言い難いが、この臭いごときで足を止めるほど、ネンネなお嬢さんなつもりはない。
『このコートに臭いが付く』
『シャクの黒のコートと対になる紅いコートに臭いが付く』事だけが、あたしを鬱にさせる。
「シャクナゲェ〜!?シャクゥ〜、どこぉ〜?」
とっととシャクをとっ捕まえて帰ろう……そう思って声を張り上げる。
恐らくカリギュラからクリシュナへと至る道の内、シャクならばこの道で足留めをしようとするだろう。
彼の能力を考えれば、この寂れたビルが立ち並ぶ通りは、障害になりえるモノばかりだと思えるかもしれない。
だがそれは違う。
この障害物達は、そのまま彼の身体能力を活かす足場となるのだ。
彼の最大の力はその正確無比な銃撃によるモノなどではなく、その変種の中でもかなり高い部類に入る身体能力と、銃撃を活かせるだけの状況把握能力だ。
アイツがこんな障害物だらけの場所に、何かを考えて潜んでいる……そう考えればあたしでも震えがくる。
だからこそシャクは、このビルが林立する通りへと敵を引きつけるハズだった。
あたしにはそれが自信を持って断言出来る。
「シャクナゲェ〜?シャクってばぁ!!」
もちろんこんな大声を張り上げてみせるのも、あたしなりの計算が入っていた。
シャクならば気付けばやってくるだろうし──
「それ以外……ヴァンプが気付いちゃっても問題ないしね?」
そう言ってあたしは足を止めると、フッと息を吹きかけるようにして、通りの一角へと灼熱の息吹きを飛ばした。
途端、通路に撒き散らされたゴミから吹き上がる紅の炎柱……『カーリアン』の力の発露。
そして爆炎巻き上げるゴミの群れがさらなる悪臭を吹き上げる中、そこから3人ほどの人影が転がり出てくる。
3人の男……元人間達が。
「ふん、まぁあんた達でもいっか」
それを見てなおそんな気楽な口調で言うと、あたしはポリポリと頭を掻いてみせた。
──まぁ、ハズレだけど、ヴァンプを見かけちゃった以上は潰しとくか……シャクの居場所くらい知ってるかもしれないし。
そんな程度の感慨を込めて。
「お前、ネオか?どこの者だ?」
「……北陸の者か、はたまた中部の手の者か?」
「どちらにせよ、将軍閣下に挨拶もなくシャクナゲを狩る事は許されんぞ?」
そんな勝手な推測、勝手な男達の言動をあたしは鼻で笑い、腕を大きく振るってみせる。
内で高ぶる感情を……烈火のごとき感情をくすぶらせながら。
「……狩るって誰を?シャクナゲを?黒鉄のシャクナゲを?あんた達ごときが!?はっ、笑わせんな」
そして、抑えきれなくなったそれを、手のひらに紅蓮の輝きとして溢れ出させながら。
「キ、キサマッ──!!」
そんな驚いた声を小気味よく感じながらも、あたしは不快そうに吐き捨てた。
「……それにネオ、なぁんて呼ばないでくんない?
あんたらヴァンプ共──元変種や元人間みたいに、『新人類』って響きだけで優越感を持てるほど、あたしのプライドは安くなんかないからさ」
──それにシャクの前で『ネオ』なんて呼んだら瞬殺されてるよ……とも思ったが、それは口には出さずに留めおいた。
シャクの事ばかりを考えてるようでなんだかイヤだし、何よりも『ネオって呼び方』が嫌いなのは、シャクの影響をモロに受けたモノだ、と私自身が自覚していたから。
「あたしはカーリアン。シャク──シャクナゲの……えっと、同僚?友達?
あれ、なんになるんだろ?」
そう名乗りつつも、どちらの響きもなにか納得がいかず、あたしは殺気が乱れ飛ぶ中で小さく首を傾げた。
確かに同僚なのは間違いない。友達と言っても不足はない。
……でも、なんか響きに納得がいかないのはなんでだろう?
その理由は良く分かっていたけど、口に出して『同僚』や『友達』と言い切るのは、なんか納得がいかない。
「キサマ、黒鉄かっ!?」
「黒鉄のネオだっ!!合図を──」
そんな風に考え込むあたしをよそに、慌てて真ん中の若い男は発煙筒を掲げようとした。それにあたしは思いっきり地面を蹴り一気に肉薄する。
そしてそのまま手のひらの輝き──あたしの力の塊たる高熱の渦をぶつけてやる。
シュッ……そんな一瞬で肉が炭化する音が聞こえ、腹を焼かれた男の声にならない断末魔が一瞬遅れて響き渡った。
それを聞きながらもあたしはそっと溜め息を吐く。
『殺す時はさ、自分の心も押し殺すつもりでやれよ?
心が痛みを忘れないように……さ』
そう言っていたシャクの言葉を思い出し、あたしは憂鬱感一杯で残る2人を見やる。
「あたしさ、例えヴァンプでも、もう殺しはしたくないんだよね。
アイツが……嫌がるからさ」
──だから……
そう続けながらも、あたしは新たな輝きを両手のひらに集めていく。紅蓮に輝くあたしの中にある炎の力を。
「シャクの居場所、教えてくれない?もし知らないなら大人しくしてて。こっちの作戦は失敗に終わった以上は、無駄な血は流したくないしね」
そう言ってその輝きを2人に向かってかざしてみせた。
もちろん、いざとなれば人間を殺す覚悟を瞳に込めて。
「大人しくしててよ?シャクナゲさえ見つけたら、あたしもシャクナゲも引いてあげるからさ」
そう言いつつも、まだ『あたしの中にいる冷酷な悪魔』を前面に押し出してみせる。
ヴァンプ共に、あたしの本気が伝わるように。
でもそれに……かつてのあたし、『死にたがりの紅』に、心まで覆われないように言い聞かせながら。
──大丈夫、大丈夫だ。今のあたしは『カーリアン』……
黒鉄のコードフェンサー『カーリアン』だ。
『死にたがり』なんかじゃなく……
──そう!シャクの『相棒』であるカーリアンなのだ!!
そんななんとか納得がいく『関係を表す言葉』に、あたしは小さく頷いてみせた。
胸の内でシャクの名前を呟きながら。
本名の分からない黒鉄最強の『コードフェンサー』の『コード』を呟くだけで……
『カーリアン』である自分が強くなるのを感じながら。
****
正直状況は最悪だった。
体中からいまなお血が溢れ、視界が歪んでいく。
知事クラスのヴァンプや他多数を狩り、最低限の足留めは果たせたが、その代償もまた大きかった。
まずは体力面。正直休息を入れながらでなければ、歩く事すらままならない。
どこかでジックリ休んで、普通よりも早い回復力と治癒力に頼りたい所だが、正直この血が厄介だった。
元変種共は、嗅覚などの五感が非常に優れているのだ。血の臭いを撒き散らしたまま休息などをしても、落ち着けるワケがない。
だからこそ俺は限界ギリギリの体力を振り絞り、細い裏道をゆく。
今なら元変種共じゃなく、銃を手にした元人間にもかなわないかもしれない。
それが俺を焦らせ、倒れ込みそうな体を突き動かしていた。
「アイツら……上手くカーリアンに合流出来たかな……?」
そんな心配をわざわざ口に出し、自らの帰る場所を思い出しながら、一歩一歩ゆっくり歩を進めていく。
この先にある街に、こんな自分でも──血にまみれた俺でも受け入れてくれる場所がある。
罪に濡れた俺でも、まだ守れるモノがある……それだけを寄りどころに歩を進める。
この先に誰かがいるのはしばらく前から分かっていた。
……俺も変種だ。
その感覚はヴァンプにも劣るモノではない。
それでも、今更道を変えるワケにもいかず……
こっちに真っ直ぐに向かってくる相手に、道を変えても意味がない事を悟り、ゆっくりと二丁の銃へと手を這わせた。
──アカツキ、もし約束を果たせなかったら、俺を思いっきり殴ってくれよ……。
そんな事を思いながら。
だが──。
「シャク!?ちょ、ちょっと!大丈夫なの?シャク!シャクったら!!」
その先にいた……こちらへと走り寄ってきていた赤髪の少女は俺のよく知る人物で──
思わず小さな苦笑が口元を歪めた。
その心配げな慌てた声を聞きながらも、俺は今はもう側にはいない親友に悪態をついていたのだ。
──約束を果たすまでこっちには来るなってか?
ホント、お前は自分勝手なヤツ──
そう悪態を漏らし終えた所で……俺の意識は深い闇へと落ちていった。
カーリアン……他地方出身のパイロキネシスであり、現二班班長。
産まれた時から変種だったワケではなく、突然変種としての能力に目覚めた『突然発生型』
昔は荒れていたらしく、いまだに生地では賞金をかけられているお尋ね者である。
コード『紅』。
スキルランクはSABCDEの順に高いモノとする。
スキル・パイロキネシスA
カリスマ・C(自分の班員をまとめあげるだけなら十分)
身体能力・C+
女性人気・B(二班副官であるカクリ以下、女性班員に人気が高い)
ツンデレ・C
ヤンデレ・D(痛みを感じるような過剰なスキンシップ有り)
二重人格・C(荒れていた頃の自分、死にたがりと呼ばれていた頃の自分を、忌避している為、別人格と扱う傾向にあり)