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34・スケープゴート






『ん〜、アカちゃんとかでいいっしょ?真っ赤だしさ。あん?なに、ダメだって?ケチケチすんなよぉ、アカちゃん』


 あたしを『アカちゃん、アカちゃん』と呼んだ女性は、全部知っていたんだろうか?

 目の前で続く戦いを見ながら、ふとそんな事を考えてしまう。


『カーリアンねぇ……アカちゃんも可愛いのになぁ。ったく、こぉんな可愛い子にそんなまんまの名前付けちゃってまぁ……。気のきいた、かぁいい呼び名を付けてあげるくらいの器量見せろってのよねぇ。アカツキもシャクも融通効かないんだからぁ』


 みんなが頼りにして……みんなが付いていく事に迷いなんか持ってなくて……そんな黒鉄の中心たるアカツキとシャクナゲを、大声で面と向かってけなしていたのは、黒鉄の中でも『錬血』たる彼女だけだった。

 それを聞いても、みんなが笑っていたのは彼女だからだ。

 ケ・セラ・セラ。そんな口癖を持ちながら『なるようになる』為に頑張れる女性だった。

 ……まぁ、そのネーミングセンスはともかくとして。


『アイツら二人はさぁ、ほんっと危なっかしいんだよねぇ〜。やっぱこのミヤビさんが側にいてやんないとにゃ〜♪』


 姉さんぶってて、細々と色々気が付いて、それでもどこか子供っぽい人。

 最初はシャクに頼まれたからだろうけど、ずっとあたしに声をかけてくれた数少ない人。


『バッカじゃん!?そんなに無駄死にしたいってんなら、あたしがここでぶっ殺したげよっか?突っ込むなら周りに迷惑かけないように突っ込めよ、バカチン!猪かっ、あんたは!』


 彼女はあたしに戦い方と生き残り方、そして守り方を教えてくれた。黒鉄としての基礎を叩きこんでくれた。

 文字通り『叩きこんで』くれた。

 思いっきり叱ってくれて、しょっちゅう手も出してきて、ヤクザな蹴り方で蹴りも入れてきて、逃げ出したらいつまでも追いかけまわされた。

 でも叱った後には

『無茶すんなよぉ、死んだら泣くよ?あたしもカクリンも泣く。カクリンはいいけど、あたしは泣かすなよぉ……』

 とか言って、バカな真似をした当時のあたしに抱きついてきた。


 こんな暖かい(ひと)にはあたしじゃなれないんだろうな……そんな事をなんとなく思っていた。

 彼女はあたしみたいな問題児や、黒鉄としての後輩達を導いて──そんな彼女の教え子達が、いつしか自然と『雅組(みやびぐみ)』なんて呼ばれるくらい、黒鉄に影響力があった人だった。


『……あたしじゃアイツらの──アイツの側にいらんないんだよねぇ。アイツは多分、いつか帰っちゃうからぁ。あたしの『錬血』じゃシャクを助けるにゃちっと足んないだろうなぁ』


 ……あの人は知っていたんだろうか?

 あの一度だけ漏らした悲しみの声は、全てを知った上でのモノだろうか?

 だから足りないと悲しそうにしていたんだろうか?


 それでも……そんな考えを持っていても、ずっと歩き続けていられた彼女は、やはりとても強い人だったと思う。

 誰か一人が全部を守る事が出来ないなら、たった二人じゃ全部を背負いきれないなら、みんながみんなを守れるように……自分自身の力で生き残れるように──そう願える強さがあり、その為に新米黒鉄達の『恐怖の鬼教官』として、あの人は頑張っていたんだろうから。

 まぁ新米いびりが半ば趣味だったのも間違いないだろうけど。


『……頼んだ……からぁ。……『カーリアン』の……『紅』で……あいつを……シャクを助けて……あげて……』


 それでも、最後の最期まで近衛『旭』から新人達を守ろうとして──圧倒的な数の敵から、出来るだけ多くの教え子達を守ろうとして──あたしに後を託してくれた。

 まるで今の状況を読んでいたかのように。




 彼女は知っていたのだろうか?全部分かっていたんだろうか?

 だとしたらやっぱり『ミヤビ』はスゴいと思う。

 本当にスゴいんだと思う。


 ……でもね、ミヤビ。

 なんていうかアレだよ、ちょっとだけ今のあたしは複雑な気分だよ?

 そんな語りかけを思わず脳裏の女性にしてしまう。

 『ケ・セラ・セラ、なるようになる、だよ。アカちゃん』

 そんな答えが返ってくるのは分かっていても。


 複雑になる理由はもちろん多々ある。しかしそこに、シャクが新皇だったとかいう理由は、実はもうあまり含まれていない。

 もちろん全然ないとは言わない。

 だけどそれは、『後で話聞かせてもらう』と言ったのだから、その話を聞いてから悩めばいい……そんな風に無理矢理自分を納得させている。

 先送りにしただけ、と言えるかもしれないけど、あたしにしてはすっぱりと割り切りが出来た方。ウジウジ悩んで、怖がっていない分だけ真っ直ぐ立てていると思う。


 じゃあこの複雑な気分の大勢を占めている理由は何かというと──

 なんかこの場であたしだけが、見事に置いてけぼりを食らっているような気がして仕方がない事だ。



 坂上が腕を振るった。

 事前に気付いたらしいシャクが、その鎖であたしの前に壁を作った。

 『腕ぐらいちょん切ってやろうと思った』とか坂上が言っていたから、多分あたしは攻撃されたんだろう。

 それをシャクの鎖が防いでくれたんじゃないか。現に鎖の壁に何かがぶつかったかのようにちょっとたわんだ後、その前方が弾けていたし。

 で、今度はシャクの手から伸びる鎖が走って、坂上の1メートル手前の空中でうねってみせて──

 坂上がシャクに突っ込んでいって──

 シャクがよろけて──

 坂上から少し前方へと、鎖が上方から突撃をかけた。




 ……もの凄く高度で、近寄ったら危険な攻防をしているのだろう。二人共どんな能力を持っているのかは分からないけど、辺りの破壊具合からしてそれだけは分かる。

 でも、あたしは見事に乗り遅れている気がする。

 いや、多分間違いなく乗り遅れているんだろう。

 なにせ、シャクの鎖の動きは別としても、坂上の攻撃方法は見えないし、お互いの動きの速さやあちこちから舞い上がる粉塵などで、その攻防のほとんども見えないんだから。

 ギャラリー無視もいいところだ。

 もちろん単なるギャラリー(観客)なワケではないけど。


 でも、ただこのまま見ていていいモノか、それぐらいは考えてしまう。



 シャクは確かに嘘を付いた。

 結果的に初めてあたしから『信頼』を奪った。絶対的な信用を奪った。あたしの命で沈黙を強いる代わりにそれを奪った。それは間違いない。

 でも、それだけであたしにくれたモノとの割合が差し引きゼロになったワケじゃない。

 ほんの少し欠けただけ。今までくれたモノと比べれば、本当に少しだけ差し引かれただけだ。

 だからここはシャクの味方をして肩を並べて戦うべきなんだろう。ずっとそうありたいと願ってもきたし。

 混乱も大分落ち着いて、色々と自分の中で考えて、なんというか一皮剥けた気がするぐらいだ。これなら普段通りとはいかなくても『紅』を使えるだろう。

 なにより坂上はヴァンプだ。いまなおヴァンプのままで、ずっとヴァンプだった男だ。あたしの紅が向かうにたる相手だと思う。


 それでも──それでも、だ。

 こんな攻防の中に……しかも攻撃手段が見えない相手に、あたしが突っ込んでいってどうなるというのか?

 多分相手にされないどころか、障害物として真っ先に狙われるのが関の山。その上でシャクに庇われたりでもしたら、もう目も当てらんない。

 肩を並べるどころか、足を盛大に引っ張るオチになりかねない。


 あぁ、ホント、彼女は──『錬血のミヤビ』はすごかったんだと思う。

 自分にやれる事をしっかりと知っていた彼女なら、この場にいてもなんらかの的確な行動を取れただろう。

 ケ・セラ・セラ……やる事を決めて、それに全力を尽くせば、後はなるようになる。そんなあたしには出来ない考え方を普通に実践出来ただろう。

 なにせ、バカチンだの猪だのと罵倒してきたけど、ヴァンプに突っ込むしか能がなかったあたしを、ちゃんと生き残れる黒鉄へと導いてくれたぐらいだ。本能の奥深くにまで、戦いを見据えるだけ事の大事さを刻んでくれたほどなのだ。

 それだけでも偉大な先輩だったと思う。


 ……もうここでは、あたしはただ見てるしかないんだ。ただ見ているべきなんだ。

 そんな認めたくない『正解』が導ける程度にでもなれたのは、間違いなく彼女の鉄拳指導によるモノだ。


 冷静に考えれば、あたしがここで何も出来ないのも仕方がないと分かる。

 だって今のあたしよりも、当時の彼女の方がまだ強かっただろうから。ずっと強くて、ちゃんと全部受け止めていたんだと思うから。


 彼女には『力』と『知識』、『強さ』と『優しさ』があった。それはまだあたしが及ばないレベルのモノだ。

 でもあたしには『命』と『可能性』──『未来』がある。力と知識、強さや優しさを補えるだけの『時間』がある。それの源になるモノもすでに託されている。

 彼女自身があたしみたいな教え子達を導いて、共にいた時間で色々と植え付けてくれている。


 そして、最後の最後にあたしに願ってくれたモノ。


『頼んだから。アカちゃんの紅で、シャクを助けてあげて』


 ──それもあたしの胸の内にちゃんとしまってある。彼女の願いもあたしの中に宿ってる。


 それでも今のあたしに出来るのは、『見ている事』だけ。

 無闇に『バカチン』な真似をしない事だけだ。


 それが悔しいから──情けないからこそなんにも出来ない事に焦っているんだと思う。スズカなら……あの銀鈴なら……そう考えさせてしまうんだろう。

 でも当時のスズカでも、きっとミヤビよりずっと強かった。今はさらにあの『銀鈴』は強くなっている事だろう。

 妹みたいに思えてならない天性の妹キャラだけど、あの子の強さならきっと坂上にも負けはしない。

 彼女はあたしよりも全然強く、あたしより全然シャクに近い場所にいる。

 あたしじゃ届かない力の高みと、あたしには見えない世界を間違いなく持っていると思う。


 それでもミヤビは、あたしにこそ願ってくれた。まだ弱いあたしだからこそ託してくれたんだと思う。

 それを思えば、無闇に突っ込まないだけでもちょっとは期待に答えられたのだろうか──?

 それは自分勝手な考えかもしれないけど、その考えがあたしを冷静にしてくれているのも間違いない。


 だからこそ、あたしはここで足を引っ張るワケにはいかないのだ。それだけは絶対だ。

 たしかに手は出したくなるし、手を出しても責められる事はないだろう。相手は確実に敵で、ヴァンプで、仲間達の仇の大元だ。

 ミヤビを殺したヤツの仲間で、クロネコを殺した連中のトップで、その他多くの仲間達の血の上に胡座をかいているヴァンプの王だ。

 ……そしてシャクやアカツキの敵だ。


 でもここで手を出すのは違うんじゃないかと思う。大義名分はあるし、そうしたいとも思うけど、その結果どうなるかもちゃんと見れているから。


「はぁ、見てるしかないのかな?」


 坂上も邪魔だからもっと下がれって言ってるし、シャクもそれに対して何も言ってこない。

 そこからもシャクがあたしに望んでいる事は明らかだ。


「ミヤビってば、ほんっと無茶言ってくれるよね。こんなの教えてくんなかったじゃん」


 思わずぶちぶちと呟きながら前を見る。

 相変わらず喚いている坂上と、黒い鎖に周囲を守られながら向かい合うシャクを。

 ものスゴい速さで行き交う鎖の特攻と、一歩一歩確実に間合いを測る坂上。

 その攻防ごとに削れていく城と地面。かつて天井があった場所には夜色の空が見え、少しだけ赤っぽい月が顔を出している。

 弓のように細い、大きく欠けた月が。



「かはっ……」



 それに一瞬見入った隙──ほんの一瞬しか空に目を向けていなかったというのに、気付けばシャクはかすれたような息と共に、その口元から血を滴らせていた。


「えっ……?」


 ……正直何が起こったのかさっぱり分からなかった。そんな攻撃を食らったような音は聞こえなかった。

 一瞬とはいえ、取るに足らないデジャヴにとらわれた事を後悔する。

 シャクの口元から溢れる喀血は、間違いなく内臓の損傷によるモノだろう。こらえきれず溢れるそれは、とても口を切ったとかいうレベルのものじゃない。


「シャクっ!」


 思わず声をあげ、駆け寄りそうになる。

 一瞬で思考が飛んでしまっていたから、シャクが左手を上げて止めてこなければ、間違いなく駆け寄っていただろう。

 でもやっぱり腕を上げるだけでも辛そうで──声を上げる事すら出来ないその様子に、思わず頭の中がカッと熱くなる。

 地面に手を付き、なんとか跪く事だけは耐えていたけど、その体を纏ったコートがボロボロになっているのが、離れていても目に入ってしまう。


「今──」


「……大丈夫だから」


 ──行くから!

 そう叫ぶ手前でシャクはなんとか口を開き、それだけを言って立ち上がろうとする。

 その様子は、どう見ても『大丈夫』そうには見えない。

 恐らくあの地面を削る見えない刃ではなく、地面や壁を破砕した見えない爆発の力にやられたんだろう。周囲の大地には小さなクレーターがいくつも穿たれ、大地の欠片をより細かな粉塵へと変えている。

 多分あの小さなクレーターは、空間の破裂じみた力が『立っているシャクの間近』で起きた際、その余波で削れて出来ただけのものだと思う。

 それほどの力を食らって大丈夫なワケなんかない。

 すでに離れとも言えるこの奥の間は、床すらも原型がなく大地がむき出しで、粉々の建材がが散らばっているのだ。いかなシャクナゲでも、その部屋の様相に見合う程度にはボロボロのハズなのだ。


「……俺は大丈夫だから」


 それでもシャクは、そんな事を言いながら──ボロボロになりながらも立っていた。


 ──なんで?


 そんな呆けた感想が普通に出てくる。

 確かに一瞬だけ……本当に一瞬だけ月に見入っちゃってはいた。いつかどこかで見たようなデジャヴに、つい見入ってしまっていた。

 でも一瞬だけだった。

 本当に一瞬だけだった。

 ──なのになんでシャクは、その一瞬であんなにボロボロになっているんだろうか?


 それがどんな力によるモノかの推測は出来ている。

 でも、あたしが混乱しているのはもっと別な理由からだ。

 ついさっきまで……空を見上げるまではほぼ互角だった。

 完璧には見えないながらも、そんな印象を持てるぐらいの経験はあたしにもあるつもりだ。

 それがほんの一瞬──本当に一瞬で崩されてしまった理由が分からない。

 変わっている事と言えば、大地穿たれた小さなクレーター群と、額に手をやって愉快そうに笑っている坂上だけ。

 離れた距離に留まって、シャクを指指しながら笑い転げている将軍だけだ。

 何があったのか、どんな理由で今回の攻撃をシャクがかわせなかったのか……それが分からない。


「おいおい!結構まともに喰らいやがったな?少しゃ反応しろよ、一発で決まっちゃつまんねぇだろ?」


 そんなあたしをそっちのけに、坂上はなお歩みを進めていく。

 鬱陶しげに目の前の宙にうねる鎖を払うような仕草を見せながら、まるで見せつける為だけに自らの周囲の大地をえぐっていく。

 おかしそうに、愉快そうに笑いながら。

 相変わらず空気のうねる程度の音しかしない……破壊痕の凄惨さからすれば無音と言ってもいいその攻撃は、そのままシャクへと向かって広がっていく。

 そんな攻撃が、やがて俯いていたシャクがさっきまでいた場所に近い地面を削る。


「……はん、さすがにこれはかわしたかよ。ま、そうこなきゃな!」


 だがそこはシャクナゲ。いくら傷ついてはいても、そんな目に見えて迫る攻撃を食らいはしない。

 気付けば、シャクはすでに低い姿勢で疾走していた。坂上に迫るようにその身を踊らせていた。

 まるで這うような低い姿勢で、先ほど削れた地面を迂回するように坂上へと迫る。

 その駆け出した瞬間はあたしにも見えなかった。離れた場所にいたあたしが、地面が削れた事に呆気に取られた次の瞬間には、もう彼は回避と攻撃に移っていたのだ。

 そして自分を覆うように五筋の鎖達を周囲に従えながら、その左手に握られた銃を坂上へと向ける。


「クドいンだよっ!そりゃ効かねぇってんだろ!」


 それに吠えながら坂上は無造作に腕を振るい──

 今度は鎖達が地面を打つ。

 坂上が、やや苛立たしげに銃を向けるシャクに返答したその僅かな合間に。

 落ち着いてきた粉塵を巻き上げるように、地面に喰らいつくように、その先端を激しくひねりながら。

 それとほぼ同時に三度地面が不可視の何かに削れ、鎖が舞い上げた粉塵をさらに細かく砕く。


 離れて見ていたあたしからは──いくら混乱していても、黒鉄としてそれなりに長くシャクの側にあたしには、その攻防の意味……シャクの狙いが分かった。

 しかし、粉塵のど真ん中にいる坂上には分かっていたかどうか。

 自らの大地を削る不可視の攻撃を誘発する為に、シャクが銃を向けたという事には気づいたかもしれない。苛立たせる為に、鎖じゃなく銃を向けたという事ぐらいには気づいただろう。

 でももし突っ込んでいく鎖の進行方向を見誤らせる為だけに、目くらましを使ったと思っているなら……それは坂上の致命的な間違いとなる。

 あいつはそんなに浅はかなヤツじゃない。

 シャクは伊達に『黒鉄最強』を冠してはいないのだ。その銃の腕だけでそう呼ばれるほど、ウチの連中は甘くなんかない。

 鎖達の全て──地面をえぐった後、僅かにその進路を変え、坂上の意識をそちらへと向けている『その鈍色の鎖達ですらも二番手の陽動』でしかない。

 本命はそのさらに一手先。

 坂上へと向かう鎖じゃなく、目くらましに紛れて、鎖の進行から大きく外れているシャク自身だ。

 粉塵の中を転がるように身を低くして、坂上の背後へと回っていた彼の左手に握られた『シャクナゲ』。

 鈍色の鎖に比べれば、坂上が侮っているその弱い攻撃手段こそが恐らくは詰みの一手。


 今までのシャクは、ずっと鎖による攻撃をメインに繰り返してきた。それはそちらの方が強いからだ。その考えに間違いはないだろう。

 今までは銃撃を陽動に使ったり、牽制に使ったりしかしてこなかった。何度か無効化されてきたりもした。

 それぐらいにしか使えなかったんだと思う。それも多分間違いない。

 しかし、それでも敢えて銃撃を牽制と陽動に使ってきたのは、いざという時に『シャクナゲ』を侮らせる為だったとしたら……?

 鎖だけで倒せない時の為の保険だったとしたら?

 そう思えるほどに──全てがこの為だとしか思えない計算された行動だった。


 確かに今まで何度か坂上に向かって放ってきた銃弾は、その度に無効化されてきた。

 原理は分からないけど、あの『シャクナゲ』の弾丸が坂上には届かなかった。


 ──しかし、それが『零距離』からだったならどうだろうか?後ろから迫り寄り、その後頭部に直接銃口を突きつけて放ったとしたら?それまで無効化させられるだろうか?

 あたしはそこまでは出来ないんじゃないかと思う。

 坂上の力の原理があたしには分からないけど、もし坂上にそれが出来るとしたら、シャクには──今ここで将軍と相対している黒鉄のシャクナゲには、それが分かっただろう。そして別の確実な手段を考えたんじゃないかと思うのだ。

 こうして行動に移したからには、シャクはこれでイケるという確信があったからだと思う。


 なにしろこの行動にはリスクがある。シャクナゲを後頭部に突きつける為には、そのリターン(成果)に見合っただけのペイ(代価)がかかる。

 先ほどまでとは違い、鎖による防御を完全に捨てた、完全な捨て身というリスクが。


 先ほどの攻撃に意表を付かれていたのは、あたしだけじゃなくシャクも一緒だっただろう。

 それでも迷いなくその方法を取れたのは、戦い慣れたシャクだからこそだ。でも、そのリスクを冒すだけの価値を見いださなければ、いかな彼でもここまで躊躇いなく実行は出来なかったハズだ。

 その手を選ぶには、いかなシャクでも『零距離からの銃撃ならば勝てる』という前提条件を確信しなければならない。


 普通なら様子見に走る。あたしでも多分そうする。

 意表を付かれたら様子見に走るのが大半だと思う。

 ジリ貧になるのが目に見えていても──そして今なら逆に意表を付けると分かっていても、そう簡単に出来る事じゃない。


 そしてそれに見合ったリターンは約束された。そう思った。

 坂上は完全に後ろから迫るシャクに完全に気づいていない。



 ──取った!

 思わずそう快哉を上げそうになった。

 完璧なタイミングで、餌(鎖)まで用意して、事前に『銃は脅威にならない』という思考の誘導までした上に、目くらましまでしたのだ。しかも彼の移動速度は、離れた位置のあたしから見ても断然早い。

 その体の傷を感じさせないほどに速い。

 その低い姿勢のままでシャクナゲを取り回す。

 坂上には反応するすべすらない、そう思えた。

 それでも──


「なんでっ!?」


 ──それでも、その彼の行動に結果が実る事はなかった。

 無様に倒れたのは坂上じゃなく、シャクの方だった。

 見ていたあたしからしても不可解さで……思わず声を上げてしまうほどの異様さで、シャクの進行は止められたのだ。


 完璧に意表をついていたハズなのに、坂上自身は『そちらに意識を向けていなかったのに』、倒れたのは意表を付いた側であるシャクだった。

 またもその周囲の地面が今度は『勝手に抉れ』、シャクをボロボロに引き裂いた。坂上は明らかに鎖にしか意識が向いていなかったのに。

 どこまでもシャクの狙いは……タイミングからダミー、そのスキルまでが完璧だったと思えたのに。


「危ねぇな、いつの間に後ろに周りやがったよ?油断なんねぇヤツだなぁ、あん?」


 今度こそ膝をつくシャクに嗤う坂上。ダミーとして向かい合っていた鎖達の動きも目に見えて緩慢になり、地面を這いずるようにシャクの元へと戻る。

 攻撃する為に突き出していた右手は、血と埃でグズグズだ。

 飛び散ったモノか、はたまた頭から流れ落ちたモノか、その頬も赤く染められている。


「お前……真空を……」


「あぁ、やっぱバレちまったか。ま、仕方ねぇやな。今のは完璧に意表付かれちまったしよ」


「なんでっ!今のは完璧だった!完全に後ろに回って、アンタだって気づいてなかったでしょ!」


 膝を付きながらも、離れた位置に立つ坂上を見上げるシャク。

 それにワケの分からない言葉を返す坂上。

 二人はなんか納得したような言葉を返していても、あたしには納得がいかない。

 だってあれは完璧に取ったタイミングだった。後数メートル、シャクなら一秒たらずの間まで迫っていた。あれで取れなかったなら、それこそそんな戦いこそが在り方を間違っている。


「おいおい、新皇の味方すんなよ。草葉の陰で死んでいったレジスタンス共が泣いてンぜ?」


「新皇なんて呼ぶなっ!」


 バカにするように『新皇』を強調する坂上。それに思わず声を荒げ、『紅』を飛ばしそうになる。額に思わず力を──燃料(感情)を集めそうになる。

 それでも……それでも坂上はおかしそうに笑う。まるであたしを──蚊帳の外のあたしを嗤うように。

 ステージのすぐ側にいながら、一人だけ手品の種に気付いていない間抜けな観客を見るように。


「はん、まぁいいや。テメェにも分かるように教えてやるよ。教えたところでテメェにゃなんにも出来やしねぇンだからな」



 そう言って坂上は、その黒鱗に包まれた手を見せつけるかのようにかざす。

 膝を付きながらも、なお坂上を冷たく見やるシャクを視界の端に留めながら。


「俺はよ、一年前コイツに痛い目にあってから、散々自分の力を磨く事に精を出してきたんだ。いや、俺達みてぇな純正型の場合、『より深く理解するように努めてきた』って方が近いか。世界──つってもお前にゃ分かんねぇよな……つまり能力を上手く使う方法や、より応用を効かす方法を考えてきたワケよ」


 あくまでもその声は楽しそうで、その言葉はどこまでも見下したモノの言い方だった。


「単なるかわしにくさだけなら、見えない俺の力は最高だ。純正型にも初動の軌跡以外は見えないしな」


 純正型にはこの破壊をバラまいた力が見えるというのは初めて知った。その言い方からして、単に目がいいってワケじゃないだろう。

 何かワケがあるんだろうか。


「でもコイツはそれを防いでみせた。力の軌跡を見ただけなのか、別の要因もあるのか……そこは分かんねぇが、あっさりとそのクソッタレな鎖共で防ぎやがったんだ。俺の真空がその細い鎖に防がれたって事を認めるのだけでも、なかなかショックがデカかったぜ」


 そう言いつつもなお楽しげで──そこからも今の坂上にある自分への自信が垣間見える。

 なんていうか歪んだモノではあっても、その口調や仕草に無理がないのだ。


「どうすりゃいいかって散々考えたんだけどよ、答えは案外簡単に見つかった。純正型にも『見えにくい』ってだけじゃ、その鎖共の相手にゃ足りなかったなら、『見えにくいを見えない』にすりゃいい。『見えにくい』の意識を持った相手に、『見えない』力をぶつけられりゃ効果は倍増だ。もしくは『見えてはいても、その鎖の数じゃ反応出来ないほどの数を打ち込む』ってのもアリだな」


 動きの一端が見える相手ならば、それにのみ目がいくのは分かる。

 それだけに見えにくいを見えないに変えられたならば、『見えるつもりでいる』相手には効果的だろう。

 全く力の欠片すら見えないあたしにも、その考えが的を射ている事が分かる。

 そして防衛の手数よりも多くの攻撃を打ち込むというのも、単純で強引な力技っぽくはあるけど、それだけに間違いのない方法だろう。


「だからよ、俺は見えなくするにゃどうすればいいか、より多くの真空を打ち込むにゃどうすべきか考えたワケさ。俺が腕を振るうと空間が削れる──それだけの能力を応用する方法はないものかってな」


「空間を……削る?」


「あぁ、分かんねぇのか。純正型じゃねぇヤツに説明すんのは面倒くせぇな。簡単に言やぁ腕を振るったら真空の刃が生まれるって思っときゃいい。空間の破砕は真空が壊れた時の残りモノだ」


 その言い方も本当に面倒くさげで……仕方なさそうに言葉を変えて、説明してみせる。

 『純正型じゃないヤツに説明するのは面倒』という事は、純正型にならもっと簡潔に説明する事が出来る、という事だろう。


 ……純正型ってなんなんだろうか?

 あたしとは──あたし達と違うモノが見えて、違う常識があるとでも言うのだろうか?

 スズカにその辺りを聞いておけば良かった、そう思う。

 聞いて答えてくれるかは別として。


「腕を振るう。空間が──真空が生まれる。その生まれた瞬間や軌跡は、世界内なら……あぁ、一定距離の間なら見える。これを見えなくする方法を俺は二つ考えついた」


 こんがらがるあたしと、いまだうずくまったシャクを見ながら、得意な様子で語る坂上は、大袈裟な素振りで肩をすくめてみせた。


「まぁ簡単に、世界の理──力が生まれる条件を変えるって案が取れりゃもっと良かったがな。それはちっと方法が思い浮かばなくてよ。あるかどうかも分かんねぇし、だから二つしか取れなかったって言ってもいい」


「……真空の『分裂』と『軌跡』の操作か」


 こんがらがっているのはやはりあたしだけだったようだ。

 シャクは確信を持ったようにそう言った。そしてゆっくりと立ち上がる。

 その足元は全くふらついておらず、瞳にもいまなお戦意が宿っていて──それを見た坂上の狂喜はより膨れ上がっていく。


「はん、さっすがは新皇。よく分かったな、全くもってその通りだよ。俺の生み出した真空はあくまでも俺の支配下にある。だからこそ任意に破裂させられるんだ。ならその軌跡や在り方を弄るくらいは出来るんじゃねぇか、ってのがその考えの大元だ」


 ──真っ直ぐ飛んでくるか、破裂するだけと思ってたのが、脇から──しかも数が思ってたよりも多く飛んできたら、それは『見えねぇ』つってもいいだろ?


 あたしに補足するように語る坂上は、そこまで言ってゆっくりとあたしへと歩み寄ってくる。

 ここで初めて──シャクから視線を外したのだ。


「女ぁ、なんで俺がこんなしち面倒くさい説明を、お前にわざわざしてやったか分かるか?」


 シャクには声をかけず、あたしへと向き合ってきたのだ。

 この場では『ギャラリー』に過ぎなかったハズのあたしへと。


「本当なら見てるだけにさせとくつもりだったんだけどよ、どうやら新皇ってのはえらく頑固くせぇ。俺は本当の皇を──『本気の新皇こそ倒したい』ってのによ」


「えっ──?」


 『本気の新皇』……つまりシャクは、『本気じゃない』とこの男は言いたいのだろうか?

 何をワケの分からない事を言っているんだろう──そう思った。

 だってここまでボロボロになっているのに、本気で戦っていないなんてそんなワケがない、そう思ったのだ。


「このままこれ以上痛めつけたら、コイツを本気にさせる前に勢いで壊しちまいそうだ。自分の欲求を抑えきれなくなりそうなんだよ。もしコイツが『自分自身が死んでも本気で戦いたくねぇ』なんて、ふざけた考えを持ってやがったとしたら──さすがにそんな結末は笑えねぇ」


 それでも坂上の言葉には確信めいたモノがあって──

 なんとなく……なんとなく本当の事を言っているんだろうな、と感じた。

 そしてなんの気負いも……罪悪感や感慨すらもなく、坂上は続けたのだ。



「本気の新皇を倒さなきゃ俺の気が済まねぇってのに。俺の気が晴れる程度に抵抗して、散々足掻いてるトコを、虫けらのように踏み潰してやりてぇのによ」


 その右腕を私に向けてかざしながら。

 離れた場所にいるシャクに見せつけるかのように、その腕を振りかぶりながら。

 そしてさも名案を思いついたかのように笑ってみせながら、坂上はこう言ったのだ。


「だからお前よ、証人はもういいから、俺の為にここで死んでくれねぇか。コイツが本気で俺と戦いたくなるように──」


 ──俺を全力で殺したくなるようにさ。コイツの中でずっと眠ってるヴァンプを、目覚めさせる為の生贄になって欲しいんだよ。


 そう言ってその黒鱗の浮かぶ腕を振り下ろした。


完璧寝入ってて更新が遅れました。申し訳ない。

次回はひょっとしたらプライベートで更新はお休みするかも。

またお知らせします。

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