31・Long way to say good-bye──sinner──
後5週で終わる自信がないです。3月までには……という方針は変わらず目指しますが、ひょっとしたら4月に食い込むかも。
結構この話独自の設定がようやく出てきた辺りですが、どうでしょう?駆け足行進過ぎて分からなかったりしますかね?
その辺りがかなり不安です。
冒頭と感じが違う!とかいう意見もありそうで、結構気になっています。
よろしければその辺りのご意見を聞かせて頂ければ幸いです。
今回のあとがきは『世界について』
なんでこうなったのか……いくら考えを巡らせても、それに対する答えなんか出てこなかった。
最初は不安定な情勢の中、『変種』と呼ばれる人々が迫害され始めたのを見過ごせなかった。
ただそれだけだった。
確かに、現在外国では『変種』の一部が革命じみた事を起こしている。
恐らくその革命は成功するだろう、という情報もメディアから流れていた。
だが、それに参加していない変種達──つい最近までは『同じ人間として』暮らしていたこの国の変種達までが危険視され、迫害を受けるいわれなどないはずだと思った。
だからこそ仲間達を集め、自衛の為に……身内同士で傷つけ合わない為だけに、俺達は仲間を集めたはずだったのだ。
──それがいつからこんな事になった?
いつから俺達も革命なんて真似を起こす側になっていたんだ?
俺達は……少なくとも俺はそんな事なんか望んでなどいなかったのに、気付けば祭り上げられ、周囲の束縛や期待に雁字搦めにされて、もはや身動きが取れなくなっていた。
周囲には狂った輝きを浮かべた瞳を向ける人々……。
力に狂った仲間達。
そして大昔、関東で反乱を起こした人物と同じく、いつしか『新皇』などと呼ばれだした俺。
『これから私達が新しい国を造るの。今までの国では受け入れられなかった私達が、私達の為だけに今度は国を造るのよ。それを引っ張るのはあなたしかいないわ』
そんな事を言って……そんな程度の理由で、組織として、『新しい国』としての体裁を整える為だけに、『純正型じゃなくても分かる、見栄えのする特殊な世界を持つ』俺だけを表舞台に立たせた友人。
……自分の力には自信があった。
自分には慎重に先を見据える能力と変種の力があり、そしてその力に狂わない自信があった。
でもそんな自信など、所詮は浅はかな過信に過ぎなかったのだ、と気付いた時にはすでに手遅れで……
俺の周囲は壊れていた。
世界は……生まれた街は狂ってしまった。
俺が壊してしまったのだ、と思い知らされてしまった。
人々を魅了し、狂わせながらも自分自身が狂えないのは、俺みたいな咎人に対するささやかな罰なのかと絶望した。
『新皇』──それは自意識過剰だったバカな子供に付けられた『罪の銘』。
それは永遠に消える事のない俺の罪の記憶に与えられた名。
永遠に離れられない深き罪と、辛き孤独を科す十字架。
それから逃れたくて、必死に逃れようとして──
手を差し伸べてくれた父さんに連れられて、故郷を後にする。
俺の罪の全てを、この懐かしくて温かい……今は壊れてしまった故郷に残す事を懺悔しながら。
『お前の罪を知ってるよ』
そう言われて唖然とした。目の前に建つ古めかしいビル──というより何かの事務所の屋上に座る男は、一体何を言っているのだろう?
そう思ったのだ。
だって俺はこの街には来たばかりで、知り合いなんか誰もいなくて……その『原罪』を知るのは、俺が相談した時に怒ってくれ、思いっきり殴り飛ばした父……共に逃げる事を選んでくれた父さんだけなハズだから。
『お前が背負うべき咎を俺は知っている』
その男は風に靡くサラサラの金髪で……
その瞳の色も神々しいまでゴールド。
染めたワケでも、カラーコンタクトを入れたワケでもない自然な神々しさを持っていた。
その顔立ちは日本人そのモノだ。ただその瞳だけは特徴的な多重円の瞳孔をしていた。
それに俺は彼が『同種』である事を即座に悟る。
『純正種──』
『そう。俺達は同じさ』
そう言って浮かべた笑顔は儚さと憂いを秘め、そっとその暖かさを俺の心に入り込ませる。
何故俺が純正型だと分かったのか、身体能力……あるいは雰囲気などから変種だとバレるなら分かるが、どうやって『純正型』だと断定したのか?
そんな当たり前の疑問さえ浮かばないほどに、気安い雰囲気がそいつにはあったのだ。
だが、その次に放った言葉に、『知ってる』という言葉が真実だと思い知らされ──周りの空気が固まった。
『多分みんながみんなお前を恨むんだろうな。でも──』
そこで一旦言葉を区切ると、その男は思わせぶりに視線を向けて、小さく嘆息を漏らしてから続けた。
悲しそうにその瞳を揺らしながら……。
『でも、誰もがお前を──『新皇』を恨んでも、俺だけは歓迎するよ。比良野悠莉君』
『……お前』
知っている。
その言葉が嘘ではないと分かり、俺の中で激しく警鐘をかき鳴らす。
その呪われた『原罪の形』はこの街でも俺を苛むのか、自分だけ忘れて、せめてこの国が壊れきるまでだけでも静かに暮らそうなんてやっぱり無理なのか……そう思っても、内なる攻撃本能が『金色の少年』を敵だと騒ぎだした。
──この男がいれば、ほんの僅かな時も普通には過ごせない。
──この男がいる限り、俺は『罪』をずっと背負わなければならない。
──共に逃げてくれた父にも迷惑がかかる。純正型を恐れずに叱ってくれた父、殴ってくれた父、それでも故郷より息子を取ってくれた父を、周りの人間は糾弾するだろう。
『お前の息子が、この国をメチャクチャにしたんだ』
『お前の息子さえいなければ……新皇さえいなければ、この国はここまで壊れなかったんだ』
そう言われるだろう。
冷静に考えれば、俺じゃなくてもいずれはこの国を壊した事くらいはわかる。
言い訳なんかじゃない。
この国が壊れる要素はそこら中にあるのだから。
大国が倒れた事による経済不安や、変種と人との摩擦。
そして暴れ出した変種を国は止められないんじゃないか、という懸念。
それがあればいずれはこの国は壊れた。
新皇じゃなくても……俺じゃなくても良かったのだろう。
でも俺がロード……始祖になった。人々を魅了し、貶めた。変えてしまった。
その事実だけは、人々の記憶から消える事はない。
──俺には勝てない、なら父親を狙おう。父親は無力だ……そう怒りの捌け口にされるのは簡単に想像がつく。
『──この世に神はいない』
殺そう。殺すしかない。
コイツしか知らないなら、ここで殺せばいい。コイツ以外に知るヤツがいるかを聞き出してから始末しよう。
それが危険な思想である事は分かっていた。いかに狂っているかも自覚していた。
それでも、俺には余裕なんか全くなかったのだ。
これで最後──この力で人を殺すのは、これが最後……
そう覚悟を決めて、瞳に力を込める。
口から漏れるのは、言い慣れた『世界を表現する言葉の羅列』。
瞳には深く暗い殺意が宿っているだろう。
狂ってしまった純正種の持つ光が。
『殺気立たないでほしいな。俺じゃ君には絶対かなわない。間違いなく瞬殺される』
『…………』
『俺は純正種なのに1つしか取り柄がない無力な人間だからね』
『……お前以外に俺の事を知るヤツは?』
俺の言葉にも大きく息を吐き、肩をすくめてみせるだけの男に、俺も溜め息で返して一歩だけ後方に下がる。
別にその間合いが必殺の間合いなワケではない。俺には──俺の世界には間合いなんて関係ない。
単に見下ろしてくる瞳に僅かに圧倒されて──本当に少しだけ気圧されて、無意識のうちに一歩だけ下がってしまったのだ。
『そっちの質問に答える前にこっちの要件だけは言わせてもらうよ。ま、無駄口は好きじゃないんでね、単刀直入になるけど』
そう言った男は、その脇に置いてあったらしい雑記帳を軽く掲げ、小さく笑う。
見透かすような……哀れむような気に入らない瞳で。
『俺と来ないか?俺が守りたいモノの為にお前の力を貸してくれないか?今まで散々色々と壊してきたその力を、今度こそ守る為だけに使ってみないか?』
そう言ってその手を差し伸べてくる。その場所には絶対に手が届かない事など明らかなのに、握り返してくれる事を心底期待したような表情で。
『意味が……分からない』
──本当に意味が分からないと思った。男の様子にカチンときてはいたが、その言葉により混乱をきたしてしまった。
『今度こそ……』
その言葉に惹かれたのは間違いない。
失敗して、逆走して、迷走して、結局は逃げてしまった俺に、次があるような口調に心が揺れる。
しかし、なんで俺の事を知っているのかが分からない。俺の──『俺達』の事は、向こうでも機密扱いだったハズなのに、なんで違う地方の男が俺の事を知っているのか?
それは置いておくとしても、なんでコイツの為に力を貸さなきゃならないのか。
そして、俺の事を知っているのなら、『なんで俺なんかに守る為の戦いが出来る』なんて思ったのかが分からなかった。
俺にはそんな力はなくて……それを自覚してなくて、過信していて、向こうの日常は壊れてしまったというのに。
しかし──
『もちろん代価は払うよ、ロハなんて厚かましい事は言わないさ。お前の──』
──お前の強過ぎる世界を俺が抑えてやるよ。人々を狂わせたその世界を俺の世界で抑えてみせる。お前はお前として、世界を持たない一人の人間として、今度は守る為だけに力を振るってくれないか?
事も無げにそう言って、そいつは──親友は初対面の罪人に向かって笑ってみせたのだ。
カラカラカラ……
歯車が回る音が聞こえる。
右手を這い回る鎖が地面に垂れ、ウネウネと地面をうねりながら、その鎖が覆う面を広くしていく。
ガラガラガラ……
歯車が軋む音が聞こえる。
左手に握る『シャクナゲ』は重く、熱を発しているかのようだ。
アカツキの世界から解かれた俺を、まるで苛むかのようにその存在を主張している。
ゴロゴロゴロ……
世界が蠢いている気がする。
大嫌いで、でも一番俺に近いところにあったその世界は、相も変わらずすぐそこにあった。
アカツキの力が──智哉が残してくれたモノが、単に見えないように隠してくれていただけ。
俺の世界を代償に、空圧を圧縮した弾丸を放つソレが、俺の心を守っていてくれただけだ。
「……ほんっとムカつくな」
思わず口を付くのは、ぞんざいな言葉。
それは今は変貌した俺──鎖を腕から生やす俺に、呆然としている坂上にではなく、俺自身に向けたモノだ。
「ずっと……ずっと遠ざけてたのに、本当にふざけんなよ」
今でも智哉の世界は俺を守ってくれている。片翼になってしまったシャクナゲで、精一杯俺を抑えてくれている。
自らの意志で……その弱さでそれから手を離したのに、一瞬でも『自らの世界』を求めてしまったのに、今でもそんな弱い俺を抑えてくれている。
あの空虚な世界は完璧には具現せず、朧気に俺の内面に広がっているだけだ。坂上には見えていないだろう。
その尖兵たる蛇達だけが現れただけだ。
「本当に……心ん底から──」
──情けない。
そう言葉にするだけで、泣きたくなるほどに胸が痛くなる。
あの一瞬……将軍に追い詰められた瞬間の思考は、間違いなく『ヴァンプ』のそれだった。
力があればこんなヤツには負けないのに……
力さえ使えばこんなヤツに好きに言わせないのに……
力さえ使えば、コイツなんか一瞬で殺してしまうのに……
そう考えてしまった。
力さえあれば、他者を蹂躙するという考えを持ってしまった。
それが情けなくて──心底悔しい。
「俺も坂上と同じだ。心の根っこじゃおんなじヴァンプだ」
ジャラジャラとなる蛇達を踏みしめ、警戒するように下がる将軍へと一歩一歩前へと足を進める。
「だからここで闘り合うのも……運命ってヤツだったのかもな」
一筋の蛇が鎌首を持ち上げる。続いてもう一筋、さらにもう一筋。
ゆっくりと久々の獲物を吟味するかのように、ゆらゆらとその先端を揺らめかせる。
「──さようならだ。坂上」
「ふざけろッ!!」
吠える声と共にその腕を一閃させるもう一人のロードにも……足は止めない。
ただ弾けるかのように蛇達が宙を無尽に飛び、四方八方へとその身を翻す。
それぞれの指の上面から伸びる五筋の蛇達は、それぞれ天井に刺さり、その後跳弾して地面へと刺さり、そのままあちこち跳ねるかのようにして前方に壁を作っていく。
それだけで──
「な……んだと……」
それだけで坂上の刃を、そしてその余波である空間破砕を防いでみせる。
細い細い鎖の面だけで、それが無作為に格子状に連なるだけで、坂上の『世界』からの干渉を防ぎきる。
微風すらも俺の元には届かない。
「……届かないよ、お前の世界の領域から外れた力は、すでにこの世界にあるべき力に変換されている。現実世界に認識された力じゃ俺には届かない。俺の世界から這い出た鎖に触れた力は、俺の世界の理に絡み取られる」
猛るかのように蠢く蛇達は、坂上を敵とはっきり認識したのか、あちこちに散った体を再度地面に落とし、ゆっくりと鎌首をもたげていく。
「空間の削除か、どうせそんなトコだろ?そのちっぽけな世界の理は」
「テメェ……」
「怒んなよ、その両手一杯に広げたのより、僅かにデカい程度のちっさい世界を、ちっぽけって言うのは的確な表現だろうが」
今でははっきりと坂上の『世界』が見えていた。
それは、赤錆色の大地が僅かに坂上の足元にだけ広がっただけの『小さな世界』。
その世界の中、手首辺りから伸びる錆塗れにも見える湾曲した赤銅色の刃にも、赤土が舞う大気にも微かな現実味もない。
そんな朧気な……あやふやな世界だった。
「世界──って言い方をするって事ぁ純正型かよ。その鎖がお前の『世界』ってワケか。今まで手加減でもしてやがったのか?」
「手加減?バカを言うな。単にアカツキの──智哉の世界に抑えられてて、『純正型じゃなかっただけ』さ。手加減する義理なんかどこにある?」
ちっぽけ呼ばわりにも必要以上に怒る事はなく、警戒するかのように腰を落とす。それこそが坂上が決して短慮なバカではない証拠だ。
警戒すべき相手を本能的に嗅ぎ分ける能力があるのだろう。言葉だけで少しでも情報を引き出そうというのは明白だ。
そんな坂上に対して、うねる蛇達は牙を剥く変わりにジャラジャラと威嚇音を発し、ジリジリと下がるロードヴァンプへと間合いを詰めていく。
「お前は勘違いしてんだよ。この関西にはろくに純正型がいないから……智哉とアンタ、後は旭って近衛くらいしかいなかったから勘違いしてるんだ。お前ぐらいの純正型ならな、関東や東北にゃまだまだいるんだよ。それを──」
智哉は……俺の嫌いな世界を抑えてくれた友人は、本当に凄かった。本当に奇跡を感じさせるだけの力を持っていた。
俺自身がどうやっても完全には抑えきれなかった『世界』を、アイツは抑えてみせた。
俺も色々と工夫して、力の解放には『必要なワード』を設けるクセを付けるようにして、さらに最低限の力だけで済むように世界の制御にも力を入れて……それでも完全には抑えきれなかった『内面世界』を、アイツの『世界』は抑えてみせた。
広大かつ無慈悲な灰色を、アイツの暁輝く世界はどこか見えない場所に封じてくれた。
それは俺からすれば、まさに奇跡の御技だった。大きな救いだった。
ずっと見える場所にその世界があったのなら、きっと今の俺はここにはいなかっただろう。
関東からずっと付いてきてくれていたスズカと、たった二人だけでヴァンプと戦い続けていたか、あるいはもう全部諦めて皇の道に舞い戻っていたか。そのどちらかだったハズだ。
スズカと逃げる道を選べなかった俺には、そのどちらかを選ぶしかないだろう。
その意味でも、アカツキの世界は俺にとって特別だった。
「それを知らなかったお前は……井戸の蛙に過ぎない事すらも自覚出来なかったお前は本当に哀れだよ」
「うるせぇ!!俺ぁ将軍、関西最強の純正型なんだ!テメェごときに──」
「そう言った意味じゃあ、関西の始祖……ロードは──」
そんな男が──アカツキの存在が坂上を歪めたのだろう。言葉を淡々と連ねながらもそう思う。
アカツキの力をコイツは知っていた。それは間違いないと思う。それを目の当たりにして、坂上は捕らわれたんじゃないのか。
自分がなまじ純正型だったから……なまじ『周りより』強かったからこそ、アカツキの能力はより魅力的に見えた。アカツキ自身には戦う力がなかったからこそ──『欠点』があったからこそ、坂上は自分の価値を過信した。
アカツキを補えると……同等なんだと思ってしまった。
「結城智哉……アカツキこそが関西の皇だったんだろうな」
「うるせぇってんだ!たかだか一度くれぇ防いだ程度で盛大に吠えんな!」
哮る言葉と共に振るわれた腕から産まれたのは黒い歪み。それはヤツの世界の空間が独自の法則に従って削れたモノだ。その歪みは、坂上の世界を出れば現実世界の法則にあった『真空』となって世界を突き進む。
『世界』が見えないモノには、その変遷は見えない。
そう、同じように独自の世界を築ける純正型でなければ。
真空は地面を易々と削り取り、無差別に壁を切り刻む。
それは腕を一振りという気安さから生まれた力としては、恐るべき切れ味を持った刃だと言えるだろう。
それでも──
「言っただろ。届かないって」
それでも届かない。真空は鎖に傷すら付けられない。再度四方に展開した蛇達のこちら側──俺の周囲には届かない。
その間も歩みは止めず、坂上との距離はもう指呼の間だ。
そう……もうチェックメイトだ。
「俺のコレを世界かって言ってたな?それも勘違いだ。『世界は絶対に世界の形しかとらない』。お前は知らないんだろうけど、アカツキの『寄り代』そのモノに宿る『あの世界だけが例外』なんだ。俺のこれは単なる尖兵に過ぎない。俺の世界から無理やり現実に顔を出しただけのただの端末の一部」
──でも、その端末にすらお前はかなわないんだよ。
そう言いつつも、右手を軽く持ち上げるだけで蛇達にゴーサインを出す。
坂上の小さな世界を侵食しろと。
俺の世界で……その一端で、坂上の世界を『食い荒らせ』と。
それを受けて、蛇達は猛然と宙を飛ぶ。牙を剥く蛇よりもなお苛烈な勢いで。
「……チッ」
「純正型同士のぶつかり合いは、『互いの世界の喰らい合い』だ。そして『理が通じる領域の侵し合い』でもある。俺の端末すら侵せないお前のちっぽけな世界が──」
それな圧され、見る見るうちに赤錆色の空間が──純正型にだけ見える坂上の世界が、鎖の体を持つ『世界の尖兵』に侵されていく。
軋みを上げ、歪みを広げ、霞むようにビリビリと震える。
それは絶対に受け入れられない他世界の侵入を防ごうとする、坂上の世界の必死の抵抗だ。世界の自浄作用にも似た拒絶だ。
それでも蛇達は赤錆の空間に侵入しようと身をよじり、先端部分を振るって突き進む。
「──俺の世界の侵攻を止める事が出来るワケないだろ」
そのせめぎ合いはまさに一瞬だった。
赤錆が鈍色に抵抗できたのは、二度まばたきをする間よりも短かっただろう。
一首の蛇その頭を潜り込ませると、その周囲にある赤錆色の世界をかき消していく。頭を振るって吹き散らす。
それが次々、五度繰り返された後には、蛇達の侵攻を食い止めるモノはもうなかった。
赤錆色の世界の残り香は、坂上の手首に生えた湾曲の刃のみ。それで坂上本人にも牙を剥く蛇達をなんとか迎え打ち、再度距離を取る。
「お前じゃ俺の世界を見る事もかなわない」
荒く息を吐きながら、なお憎々しげ睨みつけてくる坂上を、出血か疲労かでいまだにクラクラする頭を奮い立たせながらも真っ直ぐに見やる
打ち払われた蛇達は、坂上を囲むようにその位置を移動し、ゆっくりとゆっくりとその周りで鎌首をもたげていく。
補食者が被補食者を確実に仕留める為に、フォーメーションを組むように退路を断ち、隙を窺うようにユラユラと揺れる。
「アカツキの世界の理は『付与』。物質にあらざる因果……運命を与えるモノ。代償──つまり使用者との繋がりさえ作れば、どんなモノにも新たな力を与える能力だ」
俺が知っている多くの純正型の中でも、その『付与』の世界は格別に規格外だった。
作りあげる世界自体は驚くほど小さかったのに、その世界が持つ理は俺よりもずっと規格外だった。
そんな相手は、関東の連中の中でも一人しかいない。
俺に『表の新皇』としての立場を与えた『彼女』しかいない。
「それに対してお前の世界は、ただ空間を薄く削るだけのモノだ。純正型が他の人類とは在り方が違うように──」
──純正型同士の理も平等じゃない。
様々な想いを噛み殺してそう呟いた声は、自分でもびっくりするほど頼りがなかった。
驚くほどにかすれていた。
自分の世界の理……それを口にする勇気もなくて、例えに智哉の世界を例を出す事が情けなかった。
そんな自覚をして、それでもなお口にできないほど嫌悪する世界が、いまもすぐそこにある事に心が震えた。
黒鉄になって、少しは変わったと思っていた自分が、いまだに力で他者を──同じ純正型すら圧倒しているという事に、泣きたくなった。
それでもなんとか蛇達に攻撃を指示しようとして──固まった。
坂上がさもおかしそうに……狂ったような笑みを浮かべている事に気づいて。
「結城が特別だったぁ?はん、知ってるさ、それくらいはな。じゃあお前はあれか?その特別だった野郎の意志を継ぐとかってヤツか?」
それは間違いなく侮蔑が含まれた言葉だった。嘲笑が混じった声音だった。
蛇達に居竦まれている獲物とは思えない不敵さと、不遜さ……そして皮肉が含まれていた。
「テメェはよ、あれだろ?自分自身の力が怖くて、昔培った自分の理性とか人間性ってモンにしがみついて、ビビって、震えて、結城のヤツの尻馬に乗っかってるだけだろ?」
「…………」
「そりゃ分かるぜ。結城の野郎は純正型のクセに妙に人が集まってくるようなところがあったからな。アイツの真似さえしてりゃ、みんながみんな付いてきてくれるだろ。じゃあよ、テメェは結城の後継いで、俺達みてぇなネオを全部ぶっ殺して、その先どうしたいんだ?」
──俺達みてぇなネオが全部いなくなったら、最後に残ったネオ……テメェは自分自身をどうするつもりなんだ?
そう言って、その身をゆっくりと晒した。構えを解き、渦巻く蛇達に向けて両手を広げてみせたのだ。
「俺ぁおごってたんだろうな、認めたかねぇが今は手も足も出ねぇ。その理すらも見えてこねぇしな。だから聞かせてくれや、アカツキの後継者。テメェは同属を殺して殺して殺し続けて……その先はどうすんだ?」
その言葉に──俺は固まった。殺して殺し続けて、その先は……と言われて、俺には答えが見えない事に愕然とした。
黒鉄を守り続けてそれだけでいいのか?
ただあり続ける事が、黒鉄の役割なのか?
それを望んで智哉はこの組織を作ったのかと言われれば、間違いなくNoだ。
智哉が俺を──俺の世界を危険視していたのは間違いないだろうが、それを抑える為に黒鉄を作ったワケでもないだろう。
じゃあなんの為にと思い返してみた時、その答えが見つからない。それ代わる自分の目的すらも曖昧だ。
俺はずっとあの場所を守って、守り続けて、何がしたかったのか。ただ守る事にしか思考がいっていない自分に気づかされた。
そして──
そして思ってしまった。考えてしまったのだ。
『自分にはそれぐらいしか価値がないから、守る為に体を張るぐらいしか出来ないから、それがなくなったら……守る為に戦う相手がいなくなったら、自分には神杜(あの場所)にいる価値がなくなるんじゃないか』
『黒鉄であり続ける事が出来なくなるんじゃないか』
『贖罪の場所を──失うんじゃないか』
そんな事を……俺は考えてしまったのだ。
世界について。
純正型は単純にその力が強大なだけの変種ではない。
純正型の本当の能力は『現実世界にあらざる法則を持つ独自の境界を作る事』にある。
この境界の事を純正型達は単純に『世界』と呼んでいるのだ。
この世界は人の内面世界に近く、精神の在り方や個人の資質によってその外観は変わる。だが、純正型以外にはその領域はほぼ不可視であり、見る事はおろかその世界に入っても知覚する事も出来ない。
また純正型によって個人差があるのは外観だけではなく、『その世界独自の法則』……理もそれぞれ異なっている。
例として坂上の『空間を削る』世界をあげるならば、それは坂上のみが作りあげる世界固有の理であり、似たような理を持つ世界があったとしても、全く別種の法則により産まれた力となる。
また、世界固有の理によって生み出された力は、その世界内でのみ通用する法則に従って生まれている為、その領域をでれば『現実世界にある物理現象』へとその力は変換される。
例えば坂上の削る世界で生み出された『削れた空間』は、坂上の世界内では全くの虚無、何物も存在しない空間の断裂であるが、その領域をでれば『真空』へと変換されるのだ。
他に挙げると、スズカの『拒絶する世界』で生み出された遠ざける力は、スズカの領域内であれば質量や重量などに関係なく問答無用で遠ざけるが、スズカの領域をでれば斥力へと変換それ、その法則に従う事となる。
特殊なのはアカツキで、彼の『世界』にある法則により生み出された力は、『現実世界にある物質内に定着してしまう』。
一度その世界法則にかかって生み出された物質は、現実世界にある法則を半ば無視してあり続けるのだ。
他の純正型の力は、現実世界の法則により修正されて、現実にそった力へと変換されるのに、彼が作った物質だけは『アカツキの物質の運命をねじ曲げる世界』の影響を失わない。
これがアカツキが特殊な世界を持つと言われている所以である。
世界の領域面積についても個人差はあるが、大体が10メートルない程度の広さは持っている。
アカツキのように手のひらの先だけに作れるといった例外もあるが、ほとんどは坂上の『両手を広げた面積よりやや広い』くらいの領域はある。
ちなみにスズカの世界は、5メートル前後であり、スズカを中心に銀の鈴がクルクルと円を描く形で領域を作る。
その為にスズカのコードは『銀鈴』。決して『シルバー』グレイの髪を持つ『スズ』カだからではない。