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30・Long way to say good-bye──Another World──

30000pv+ユニーク5000いきました。

次回で過去編は全部出ます。といっても、将軍とシャクナゲの邂逅についての話に限りますが。

その後は現在編決着に向けてと、黒鉄の今後──つまり2章に向けてです。


にしてもバレンタイン……毎回対応とお返しに悩む。チョコ食えない人にはある意味出費しかしないイベントじゃないでしょうか?

返さなきゃなんか村八分くらいそうな気がするのも……ヘタレだからですかね。





 ──30分。

 たった30分が異常に長かった。

 ひたすら沈黙を守ったまま、ボロボロになった廊下に腰を下ろして、ただ時を待つ。壊れた壁の向こうには気が早い月がその姿を覗かせている。


 あの時と同じ下弦の月。

 赤く細い牙のような月。


 ずっと敵だった、しかも殺した相手との約束を守る必要なんてあったのか……そんな事を自問してしまうほどにその時間は長かった。

 眩暈を起こしそうなほどに胸が痛かった。

 これが最後の約束でなければ──そしてこの相手とのモノでなければ、守れていなかったかもしれない。

 妹がいて、誰かに今も夢を重ねていて、そしてそれを諦めかけていた男と自分を重ねてみなければ、この30分は耐えられなかっただろう。


 俺は智哉に──

 こいつは坂上に──


 進む道と立場は違えど、本当によく似ていた。それが俺を30分間ここに縛っていたのは間違いない。


「約束の時間だ、もう行くよ」


 当然返事はない。目を閉じさせたその顔は安らかなモノで、勝者である俺の方が羨ましくすらある。


「坂上は俺が殺すけど、その後でも俺は黒鉄のままで足掻く事を誓う。あんたを殺したこの手をこれからももっと血にまみれさせながら、かつて間違った償いをし続ける」


 ──そして、いつかきっと……

 そう続けただけで、最後まで言葉にはしないまま踵を返した。


 その先はまだ誓わない。誓えない。

 それは過去の清算を済ませてからだ。一年前に済ませるべきだった事を終えてからだ。

 そうでなければ、言葉にする価値すら俺にはない。


 だから言葉はそこで終わり。後はただ歩き始める。

 一年前にも通った道を。

 坂上がいるであろう一年前と同じ場所を目指して。


「今度こそ、今度こそだ。カーリアンが邪魔をしても……俺を糾弾しても──」


 ──今日こそは坂上を。



 脳裏には一年前のあの時の事が浮かぶ。あの時、傷を言い訳に、最後の最後で逃げ出した一年前の邂逅が。

 灰色の髪と同色の瞳を持つ関西の始祖。

 力に酔い、力に酔わせ、魅了して、魅了されて──狂ってしまった男の姿が。

 そして多分、今のような現状に至る原点たる闘いが。

 関東を抜けて、その立場を変えても、始祖と始祖、力に酔った『始まりの愚者』同士がぶつかり合う運命の螺旋。

 それを智哉が予見していたのか、いなかったのかは分からない。

 ただ、こんな運命じみた邂逅を見れば、物の在り方──『物に本来宿るべき運命を変える能力』を持つアイツは、苦々しく思う事だろう。それだけは確信を持って言える。

 そんな能力を持つからこそ、アイツは『運命』って言葉が嫌うんだから。

 でも、そんなアイツが死んだあの日から、俺の新たな運命が動き始めたんだとすれば、それはなんて皮肉な話だろうか?

 新皇を捨て、黒鉄にすがっていた俺が、『運命』を嫌っていたアイツの死から、新たな運命の奔流にさらされたのだから、皮肉だとしか言えない。


 恐らく、カーリアンは俺へと憎悪を向けてくる。『関西』の将軍などよりも、俺の方を敵と見るだろう。あるいは両方をその憎悪に(にえ)とするハズだ。彼女の心を包む紅は、いつもよりずっと激しく燃え盛るに違いない。


 それでも──それでもこの邂逅の邪魔だけは出来ない。

 俺達を繋ぐ運命は遥か彼方なのだ。『運命を嫌う運命の造り手』は、もう手の届かない場所にいる。誰にも止められはしない。

 ただ彼女はそれの見届け役に本人不同意のまま選ばれただけなのだから。


「この世に神はいない。でも運命はあるのかもしれない」


 そう呟きながら苦笑を漏らす。

 俺にとっての『運命』とは、間違いなく結城智哉──アカツキと呼ばれたあの男こそがその具現だった事を自覚しているからだ。

 そう、五年前の出会い。そして一年前のあの時。

 ひょっとしたらアイツに言われて、あちこちから仲間を集めていた時期でさえもそうなのかもしれない。それらはきっと今へと至る道標だったのだろう。

 一年前のあの闘いも、今になっての決着も、それに至るまでの『黒鉄達の思惑』も、全てがプロットの立ったストーリーだった気さえするのだ。




 俺は歩きながら思い出す。一年前の出来事を。あの時の迷いと後悔を。

 右手を這い回る感触に思い出す。あの時、久々に感じた空虚な内面世界を。

 初めて坂上という名前だけの始祖と出会ったあの時を──。




****





「よぉ。またえらく派手にやってくれたなぁ。えぇ、おい?」


 豪快に笑う男、ベルセリス要塞の最深部にいた『将軍』は、ただ愉快そうに笑って俺を出迎えた。

 タンクトップの上から、ハーフコートを羽織ったそのラフな姿は、『将軍』という自称には似つかわしくなく、そのボーズ頭も違和感しか覚えない。

 その気安げな笑いも重厚感が全くなくて、少しだけ意外だった。だからだろうか、その口元の笑みですら卑屈な感じを受ける。

 しかし、その愉快そうな笑いは、この場においては間違いなく異質だった。


 警護に出ていた連中を殺され、カエサル在中のヴァンプ達を殺されて、近衛の一人たる『田村』まで殺されても、全く気にしない素振りなのだから、それは異質としかいいようがない。

 そして、その異質さがあるからこそ、その笑いはひどく勘にさわった。

 その愉快そうな笑いは、俺に吐きそうなほどの不快感をもたらしてくれるのだ。

 それは、血に酔った恍惚感にも似た不快感で──スッと自然にスイッチが入った。

 この男を殺すという、覚悟を決めるスイッチが。


「……好きなだけ笑ってろ。どうせ最後の幕引きは、お前の死に様で決まりなんだ。それまで精々笑い狂えばいい」


「はん、大した自信じゃねぇか。野垂れ死んじまった結城の下っ端風情が。ったく、アイツもよ、俺に着いてくりゃ──」


「……黙れよ、お前が否定するな。お前がアイツの選んだ道を、その最期を笑うな」


 嗤う声にも、嘲る言葉にも様々な感情の動きが見え、それがさらに苛立ちを増幅させる。

 その勘違いが苛立たせる。

 『アカツキ』の能力は唯一無二のモノであり、それは『将軍』や俺の上を行く価値があるモノだ。

 それが分かっていないかのようなセリフが……自分主導じみた言葉が滑稽すぎる。


「それに結城智哉の下っ端だって?これからその下っ端に殺されるんだよ、お前は」


「殺す?俺を?なんの冗談だ、そりゃ?一人でこんなところまで来るなんて、無駄死にした結城に殉死でもするつもりにしか見えねぇよ、律儀な下っ端野郎だな」


 しかし、そんな言葉にも興が乗ったように将軍は笑い、赤い舌で唇を潤した。

 精悍な体つきと、豪放そうな顔立ちから受ける印象とは違い、軽い挑発に乗ってくる素振りはない。

 それどころか、ヤツは軽口で返す余裕すら見せていた。

 しかもその軽口は、俺の胸を抉る的確な言葉で、逆に俺が激昂しそうになる。


 だがそれを表に出す真似はかろうじて抑えた。

 ここで激情に任せて攻撃すれば、ヤツの言い分……親友が『野垂れ死にをした』と認めるようなモノだ。

 そんな真似だけは絶対にしたくない。それは許されない。


「……ふん、冷めた目をしてやがる。あの温くて甘い結城の下に、テメェみてぇなヤツがいるたぁ思わなかったぜ?えぇ!?」


「情報不足だな。神杜に何度も遊びにきたアンタの手下を、あれだけ歓迎してやったのに」


「ほぉ……」


 スゥーッと細まる眼光。歪められる口元。その全てが獰猛な獣のそれで──

 それに酷薄な笑みで返しながら言葉を続けた。


「あぁ、そうだ。ここに来るまでにいた案内役は、どいつもこいつも口先だけで礼儀知らずだったよ。ドブ臭い口でキィキィと鳴いててさ、どうしようもないネズミばかりだった。

……でも、もう耳障りな声を上げる事もないだろうさ」


「……なるほどな。テメェがあのシャクナゲか。ふん、黒鉄最強とか呼ばれている……どうりで血生臭いと思ったぜ。テメェにゃ前から興味があったんだ。俺の後釜がどれほどのモンかな」


 ゆっくりと間を詰めていく俺とサカガミ。その間はすでに10メートルを切り、それでも俺もヤツも向かい合ったまま歩み続ける。


 ヤツは無手。それでもその指先は黒の鱗に包まれており、それが最も強力な力を持つ変種──純正型の持つモノだと思えば、警戒心は否応なく増していく。

 どんな力を持つのか、どんな理を持つ世界を作るのかは分からない。

 智哉も教えてはくれなかった。何か考えがあったのか、いつもの秘密主義かはわからない。

 さすがに知らないという事はなかっただろうが、アイツは坂上に関しては口が重かったところがある。

 だがこのヴァンプは例え無手であれ、恐るべき能力を使いうるのだけは間違いない。


 俺の手には親友が残してくれた二丁拳銃。それが遠距離からの攻撃に特化した武器だと分かっていながら、進める歩みを止めない。


「ここでテメェの力、見せてくれるんだろ?」


「……智哉が向こうで待ってる。アンタはここで消えるんだ。向こうへの片道切符だけはくれてやるよ」


 そして俺とヤツ──人である事を願った俺と、人である事を捨てた『将軍』は、刹那の間を持ってぶつかり合ったのだった。











 ──神はいない。


 こんな事を言えば、聖職者や坊さんは目を剥いて怒り狂うかもしれない。

 いや、坊さんは『仏』だろうか?

 どちらにしろ俺は信じない。

 今の世の中を見渡せば、聖職者や坊さんもそれに強く反論は出来はしないだろう。

 この地獄(現実)が神の試練だと言うなら……あるいは仏が架した苦行だと言うなら、そんな神や仏はいない方がいい。

 即刻自分も地獄(げんじつ)に落ちてみて、人間の痛みを知るべきだ。


 それでもこんな現実を野放しにするようなら、そんな神(存在)を信じるのはバカをみるだけだろう。


 だから俺は神はいないと思う。

 いや、『俺は(かれら)を認めない』──。


 俺達は、そんな神のいない世界(ばしょ)で、自分達の力だけを頼りに戦うしかないのだ。

 自分達だけで選択をし、道を進み、世界を見渡すしか出来ない。

 こんなクソったれでシミったれた世界の中に、たった一つでも拠り所があるなら……守りたいと願うモノがあるなら、血で手を汚すほかない。


 それが神の御名を汚す事だとしたら、それこそ願ったりだ。


 だから俺は戦うのだ。自分が罪にまみれた世界、自分が咎で汚した世界で、その身を赤く染めながら……。

 例えこの身が潰えても、泣く人がいない事だけを願って。


 そして出来る事なら──


 その先にある道がより辛い地獄である事だけを願って。


 だからもし、神の代わりにや邪神や魔王がいるなら──


 ──どうか……『どうか俺を許さないでほしい』。


 俺を呪い続けてほしい。死んだ後でさえも、狂えるほどの苦痛と深い後悔を与え続けて欲しい。


 俺にこの世の全て咎と罪を背負わせて欲しい。


 きっとそれは、元々は俺のモノだったハズだから────。








「カッ……」


 接近戦を試みたのに、不可視の空間の揺らぎに阻まれて無様に吹っ飛ばされる。なんとか吐き出しそうになった呻きを飲み込みながらも、俺は右の銃を構えた。

 体は吹き飛ばされて宙を舞ったままだ。それでも的確に標的をポイントする。

 辺りはもうもうと立ち込めたコンクリの破片が、細かい粉塵となり視界を狭め、闘いの熱気は肌を焼く。


「甘ぇよっ!俺にゃそれじゃ届かねぇってンだっ!!」


 銃声は軽く三連。舞い散る粉塵を切り裂き、猛る始祖──ロードヴァンプに迫る。しかしそれは、その手をかざしただけで当たり前のごとく防がれた。

 その隙に態勢を立て直し、足から地面に着地すると、吹き飛ばされた勢いを殺さないまま地面を駆ける。


 ズッ────


 そんな堅いモノが裂かれるような鈍い音が後方から聞こえ、続いて何かが弾けたような振動が響く。その音源をチラッと見やれば、鋭利な刃で床を切り裂かれたような跡と、その先で見事なまでに破砕された部屋の外壁。


「上手く避けンじゃねぇか!ムカつくぜ、雑魚野郎!」


 それは恐らく『真空』という不可視の刃によるモノだろう。今までの経験からしても、音や風の能力にしてはその威力は強過ぎるし、指向性が高過ぎる。

 つまり切り裂いた跡が鋭利過ぎるのだ。

 そしてその後ろに広がる破砕跡。

 それは中心になびくように爆砕しているのだ。

 地面を……コンクリと鉄筋を『真空の刃』が易々と分断し、その直後に真空を留めた力が消える事により、空圧の収縮、物質の破砕が起こったと考えればこの跡も納得がいく。


 この真空というのは、何も存在しない空間の事で、単なる無空気状態の事ではない。

 『何物も存在しない空間』──入り込めない空間をヤツ、将軍はその黒い鱗のある腕を振るうだけで作り、不可視の剣や楯としているのだ。


 そこから見えるヤツの世界の法則、それは恐らく『削る』という理。

 自分の世界を削り、削った空間を現実──普通に見える世界の空間へと干渉させる理を持つ世界だろう。

 そして短い戦闘の最中でももう一つ分かった事がある。

 ヤツが削れるのは恐らく『空間』、もしくは空気のみだという事。

 もし他の物質をも削れるのならば、先程見事に吹っ飛ばされた際──接近戦を試み、最接近した際に、俺自身へとその指を振るったハズだ。

 それをヤツはわざわざ距離を取ってまで、何もない空間を削って、それを飛ばす事で攻撃をしてきた。

 恐らく、変種としては空間変質系の能力か、ひょっとしたら空間支配の能力になるのだろう。つまり『空間』にしかヤツの世界は力を及ぼせない。


 それだけを考えてみれば、確かに大した威力ではあるけど、脅威にはなりえないような印象も受けるだろう。

 この程度の能力ならば、純正型に限らず、現実世界の力の法則に縛られた『他の変種達』にも持ち得ない力というワケじゃない。

 黒鉄の中でも、風塵マルスならばこれくらいの効果を持つ不可視の刃くらいは飛ばせるだろうし、水鏡のスイレンならば不可視の領域を……盾を築く事はできる。

 それなのにヤツが特殊だと言えるのは、腕を振るという行為だけで思い通りに力を振るえるいう気安さだ。そしてそれを自在に破砕させられる自在性だ。

 それが自分なりの法則に則った『内面世界』を作るという事であり、純正型の強みだ。


 将軍の世界において、ヤツが腕を振れば空間を削れるというのは、呼吸をすれば二酸化炭素が吐き出されるという当たり前の現象と同義程度の常識なのだ。労力も集中も必要ない。それが世界法則とも言えるのだから。

 『空間を自在の形に削る世界法則』を持つヤツにとっては、削り作った真空空間は、剣であり盾でもあるが、自らの手足の延長に近いとさえ言える。

 単に自らの世界からの干渉さえ解けば、その不自然は現実世界の修正を受け弾けるのだから、空間の破砕も真空の刃も自在に操れる。


 そんな能力を持つ相手にとって、空圧の弾丸など豆鉄砲とそう変わらない。

 いくらこの銃が、ヤツの世界にも干渉出来る『同じ純正型たるアカツキ』の世界の産物だとしても、そこから発射される空圧の弾丸はあくまでも空気の塊に過ぎない。直接銃身を叩きつけたならば、飛ばした真空の刃くらいは壊せるかもしれないが、弾丸ではたかだか僅かな空気──不純物が入った程度でしかなく、なんの痛痒も感じないだろう。


 真に純正型の世界に対抗するには、やはり同じ純正型の世界が一番なのだ。

 内面世界には内面世界を。

 理には理を。

 俺達の相性は、単純に最悪というよりも、手札や前提条件からして違うといった方がいい。


 しかし、それは勝てないという事と同義ではない。そんな前提条件が違う条件での戦いは、関東の争乱以来慣れたモノだ。


 関西では黒鉄として──そして関東では逆の立場で反則的な純正型として。


 絶対的な法則を持つ異世界の構築者たる純正型でも、ただの拳に痛い思いをする事がある。力を持たない人間に殴り飛ばされる事がある。

 それは俺自身が身を持って知っている事だ。

 そしてそんな過去の痛みは、俺の誇りでもある。

 自分を留めてくれた拳の痛みこそが、俺を人のままでいさせてくれたのだから。


 その事実が俺を駆り立てる。地を蹴り、壁を蹴らせる。

 そんな俺の痕を『真空』は的確にとらえ、次々と辺りを破砕させていく。


 次々に当たりに傷跡を刻む将軍の牙。そして破砕される力の余波。解放された真空は自身の無を補う為、そして不自然な空間を取り繕う為に、辺りの空間にあるものを強引にこそぎ取る。

 それの範囲が読めない。敢えて『真空の規模』をまちまちにしているのだとしたら、こんな室内じゃ逃げ道すらないかもしれない。

 ならば取れる手段はやはり一つしかない。近距離まで詰め、零距離から弾痕を刻む事。腕を振るう間もなく、距離を取らせないまま俺の手がかかる場所まで進む事だ。


「はっ!避けろ避けろ!刻まれたくなきゃ必死に逃げ回りやがれよ、下っ端野郎ッ!」


 …………耳障りだ。


 対策を決めると、壁を蹴り、地面を蹴り、這うような低い姿勢で、グチャグチャに壊された部屋を駆ける。


「はんっ!俺に近づいても無駄だぜぇぇ────!!!!」


 …………鬱陶しい。


 しかし、狂笑振りまくヤツの目前まで迫ったところで、不可思議な空間の歪みに大きく態勢を崩された。

 ハッと気付いた時にはもう遅い。目の前には狂ったような喜びが溢れ出す男の瞳。

 そして、弾ける空間。


 それに体を流されながら、俺は今の不可思議な出来事について理解する。

 ヤツは俺との間に、『削り取った空間──真空の膜』を張っていたのだろう。

 それが俺が突っ込んだ事により形を失った際、辺りの空気がその真空へと流れこみ──


 次の瞬間には、その空気の流れが空間を破砕する。


 『真空』の中に急速に流れ込む空気、空圧が、俺の態勢を崩し、直後にはその流れが奔流となり、俺を打ち据えたのだ。


「ハッハァ──ッ!!死ね死ね!このカス野郎!テメェごときじゃこの俺に触れもしねぇんだよっ!!」


 吹っ飛ぶ俺に、喜悦の溢れる狂笑を浮かべ、坂上はその腕を縦横無尽に振るう。

 まさに力に酔いしれる、というのがピッタリの表情で、その力をばらまいていく。


「テメェの事ぁな、噂に聞いた瞬間から気にくわなかったんだよッ!!弱っちい普通の変種のクセに、俺の後釜に収まりやがって!テメェさえいなきゃ……テメェさえ中途半端に強くなきゃ、結城の野郎も甘い幻想を捨ててたんだ!」


 …………目障りだ。


 その空間の爆砕とも言える乱れから、転がるように脱出する俺に、ヤツは『真空の刃』を乱打する。

 もちろんその刃の姿はハッキリと見えはしない。

 今の俺は、アカツキの世界に縛られている。正確に言えば、その世界が構築した物質に。

 つまりほとんど普通の変種なのだ。その世界の姿とてハッキリとは見えないのだ。

 そこから派生し、現実に力となって干渉するモノが見えるワケもない。

 ただヤツの手の動き、視線、そして第六感まで働かせ、それを悟るしかない。

 流される身体を、アカツキの特注である相棒の銃杷で地面を叩きつける事によって、強引に体の向きを変える。


「バラバラになって……血反吐吐いて死にやがれ!テメェの次は、結城がいなくなった廃都だ!アイツがいなくなったなら、俺ぁ遠慮しねぇ!全軍連れてぶっ潰してやらぁ──ッ!!」




 ここでの攻防は早くも30分は超えただろう。室内はすでに原型を留めておらず、俺の体もすでにボロボロだ。骨折はないが、打撲や擦過傷は至るところにある。ここに来るまでの出血や、疲労も重なり、頭が貧血と疲労でクラクラする。


 だけど、それでも俺はただの一手たりともヤツに攻撃を当てられずにいる。

 それが歯痒く、口惜しい。

 アカツキが残してくれた『シャクナゲ』じゃ届かない事が悔しくてたまらない。


 そして戦闘が長引くほど──血が流れるほど、体に青あざが出来るごとに、キリキリと痛みだす頭が俺を追い詰めていく。

 それは、まるで『自分の内部に広がる内面世界』に、普段目に見えている世界が食い荒らされていくような錯覚と、それに伴い、頭の中の多様な機能を動かす『歯車が軋む』ような痛み。

 そして感じ慣れていた『力への切望』。その行使に対する誘惑が心を千々に乱れさせる。



 ──たかだか空間を『削る』という中途半端な理しか持たない相手に、全く手も足も出ない。

 完全に『拒絶』する、例外はあれど、対象を問答無用で遠ざけるスズカよりも、曖昧で弱い理に屈する。


 ──そんな事、有り得ない。


 全盛期の自衛隊や警官隊を相手取り、敵対する幾多もの変種グループを相手に戦ってきた俺が?

 純正型が数多くいる関東でも、最大規模の範囲を持つ『特殊な世界』と、最多の攻撃手段を持つ理を宿し、高位の身体能力をも持つ俺が、純正型が少ない事から『勘違い』をしているような男を相手に後れを取る?


 ……なんの冗談だ、それは。


 そんな思いが内面でくすぶっていく。そんな危険な思想が頭の回路を灼く。

 頭の中の歯車はゆっくりと軋み、油が点されていないそれは熱を持って──


「残念、残念だぜぇ──?噂に名高いシャクナゲが、一体どれほどのモンかと期待したんだがなぁ。正直拍子抜けだ。その身体能力も、攻撃をかわし続けた勘も、なかなか大したモンだってのは認めてやらぁ、下っ端!でもよ───」


 …………うるさい。


「テメェの能力が足ぃ引っ張ってやがる。そのチンケな能力……空間圧縮か?それじゃこの俺、関西の将軍にゃ届かねぇ!」


 …………うるさいウルサい


「いいぜ?もう結城の後を追わせてやる。安心しな。後からカリギュラのヤツらも大勢行くからよ」


「…………この………神はいない」


 外側と内側からせり上がっていく声に、体がカラカラに乾いていく。

 血も涙も汗も全てが抜けていくような感覚に、頭が朦朧とする。

 右手からはシャクナゲが落ちる。先ほどの空間破砕で痛めたのかもしれない。

 ……もうこの手には相棒(制約)を握ってはいられない。俺にはそんな事にこだわる余裕がない。

 左手のシャクナゲを離さないようにするだけで精一杯だ。

 大量に出血し、幾度も跳ね飛ばされた。最後にはオマケに間近で空間の爆砕に巻き込まれ、吹っ飛ばされた。

 そして脳裏には力の囁きが繰り返されているのだ。


「………みと…ず、在らず……そのそ………する…」


「なんだぁ?命乞いか?聞いてやらねぇよ。最後くらい足掻くなよ」


 足元はフラフラで、視界が歪む。

 俺から流れ出した血溜まりは、異様に赤い。世界そのモノに映える赤だ。

 そして唇から無意識のうちに漏れ出るのは、『灰色の世界を表す』かつて言い慣れていた言葉の羅列。

 自分なりに『世界』を遠ざける為に設けていた、言葉による戒めの群れ。



「………いなくとも………てる事なく……この心は……」


 言葉が進むごとに──意識が『シャクナゲ』から離れるごとに、俺に見える世界はゆっくりと現実からはかけ離れていく

 ゆっくりと白い灰が──雪のような灰が、俺を中心に世界へと広がっていく。侵食するかのように深々と。

 舞い上がるように切々と。


「……この……を映し……この手は……歯車で……ぎて……」


 歯車が浮かび、鎖が霞み、サラサラと灰色の雪が舞う雪原。

 それは無機物が有する死と無を連想させる。

 そんな中、温かみも彩りもないその世界で、唯一色を持つ煌々と輝く赤い満月。

 『外』に浮かんでいた牙のように細い月とは違い、それは明らかに血の色をした朧月だ。


「ただ………に、幾千万の……刻み、幾万……を砕く」


「っ──!?テメェ、何を──」


「……ゆえに我が身は歯車を廻す虚空の歪み」


 キィキィ響く声がちょっとだけ心地よいモノに変わる。

 不遜な男が目を剥いているのが少しおかしい。

 そんなにこの世界が面白いのか?

 そんなにこの世界が異様なのか?

 そう問い詰めてみたくなる。嗤いたくなる。

 この世界と今の狂ってしまった現実に、どれほどの違いがあると言うんだ?

 お前達が望む先は、きっとこんな灰色の世界だろう?

 支配して、支配されて、壊して、壊されて、殺したから殺されて、奪ったから奪われて……その繰り返しの果てが、過去(あの頃)の時代の再来だとでも思っていたのだろうか?


「……ゆえに我が心は世界を歪むる輪廻の鏡」


 あぁ、そうだ。俺はこの世界を知っている。

 この何もなくて、代わりになんでもある世界を知っている。

 寂しくて、冷たくて、脆くて暗い……

 五月蝿くて、熱くて、いびつに歪む世界を知っている。


 だってこれは俺の中から流れ出た無限。

 歪で不完全な『“Another World”』。


 ──俺の中にある無限の世界なのだから。


「オオォォォァァァァ────ッ!!」


 吹き荒ぶ風の声にも似た……何かの音が聞こえる。








 カラカラ────


 キィキィと嘆く風。

 吹き荒ぶそれは寂しくて

 無限の荒野を連想させる。

 ただ在りし日は、こんな無機質な世界だった。

 先に見える光は、こんなに目が眩む虚空だった。

 あぁ、そうだ。壊れた世界は元から歪だった。

 壊れる要因は雪のように降り積もり、壊そうとする者達はいつも側にいた。

 そして今ある世界は、その結果が残っただけの世界だった。


 透明な歯車が鳴く。

 こんな世界を動かそうと、その空虚なる黒鉄(体)を軋ませ

 カラカラと、ガラガラと、グルグルと回っていく。

 無限の異世界は望むだけあり、望んだだけ壊れていく。

 無限の虚空は、望むだけ空虚なそれで、望んだだけで満たされない。


 広がる世界の中心で……自らの内側で、ガチャンと大きな音を立て一際大きな歯車が周りだす。

 それはこの異世界の中心で、唯一肉を持つ体。

 世界を創造するそれは、唯一心を持ち……その分だけ歪なモノ。


 ──そうだ。自分こそがこの世界の皇だった。

 忘れたくても忘れられない……徒花(シャクナゲ)という名前で抑えこんだ、肉をもった歯車だった。


 そして、俺こそが──

 数ある世界の皇の中でも、最も罪深いロード(皇)の一人だった。

 かつて『新皇』と呼ばれたロードヴァンプの一人であり……

 その罪から逃げ出した弱き人間が、この空虚な世界で唯一のヒトだった。


純正型……人の変種の一種類。関東地方に近いほどその発生比率が高く、自然発生型の派生と思われる。

特徴としては一般的に非常に強大な能力を持つ変種、強大なそれを簡単な所作で連続使用する変種、他の変種や既存種では、どんな武器や兵器を手にしても相手にならない変種という認識しかない。

その数自体が変種の中でも一割にも満たない為、その存在に対する理解が浅い傾向にあり、特に関東以外の地域では純正型=ヴァンプの親玉という認識以外ない地域もある。


しかし、実際の純正型の能力は、他の変種達のそれとは全く違い、『自分の望む理を持つ世界』を自らの周囲に作る力であり、他の変種達の現実世界に直接力を及ぼすモノとは本質からして違う。

つまり簡単に言えば、カーリアンの炎は現実世界の大気を自らの能力で発火させる能力だが、『見つめたモノが燃える』という理を持つ純正型の場合、大気がなくとも……能力者が疲れ果てて指一本動かせなくても燃やす事ができる。


純正型の場合、自らの領域内であればその理は働き、その力を現実に飛ばし、干渉させる形で領域外にも力を及ぼす事は出来る。

その展開する世界の形や範囲は純正型によってそれぞれ違うが、だいたいの範囲はせいぜいが10メートル前後のモノで、それを外れると威力が格段に落ちる。それは純正型が作る世界の理は、現実世界の理から外れる法則の為、現実世界からの修正を受ける為。

その理による力の干渉を完全に防げるのは、ほかの理を持つ別の純正型の世界に限られる為、純正型同士の戦いの場合、それぞれの世界の領域のせめぎ合いになる事が多い。



また純正型には、産まれついて身体的な特徴がある事がほとんどな事もあり、自然型や突然型とは違い、一目でその存在がバレやすい。

自然型や突然型は、毛髪や瞳の色といった部分にだけ特徴が出る為それを隠す事も容易だが、純正型のそれは肌や瞳孔、皮膚の角質化といった特徴も出る。

その為、他国で変種による革命が起きた際、日本でも見た目でわかりやすい純正型に対して迫害が始まり、それが関東で起きた革命の直接的な原因となった。


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