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29・Neon Emperor

1日遅れで更新です。

来週はちゃんといたします。

今はまだバタバタしてますけど。

タイトルは『新皇』を英名にしてみたんですが、エンペラーとロード、どっちが適切か分かりませんでした。

指摘があれば改善致します。


あとがきにシャクナゲ2か新皇について書こうかと思いましたが、それはまた全てが出てからにする予定です。今週のあとがきはありません。





「昔、もう五年も前になるか。この国にゃ、二人のバカな野郎がいたんだ」


 そんな独白のような言葉から坂上の話は始まった。

 坂上はそっと天井を眺めたまま、ソファーにその身を深く預けている。


「一人は関西で、仲間は一人」


 何を思っているのか、何を思い出しているのかはその様子からは分からない。

 相も変わらず暗い光を放っている瞳は、そのままプレッシャーとなって室内の空気を圧して、あたしの肌をピリピリと突き刺す。


「もう一人は関東。仲間は三人」


 その瞳に映る光は、狂気と孤独を感じさせる漆黒で──

 あたしは見慣れているアイツを思い出す。


「関西の男は実質戦闘能力なんざ持っちゃいなかったが、代わりに唯一無二の珍しい力を持っていた。特殊な価値観と能力を持つ純正型の中でも、間違いなく一際変わった野郎だった。そいつは、一人の仲間と共に共存を目指して未来に……壊れゆく未来に備えた」


 アイツも、坂上と同じような……いつも孤独に苛まれたような瞳をしていて、たった一人遠くを見ていた。

 あたしには見えない何かに思いを馳せるように。


「関東の男は、その仲間も含めて、四人が四人共非常に強い能力を持ち……その力を使って壊れゆく未来を抑えようとした」


 この話があたしになんの関係があるのか、それは分からない。ただ口を挟める雰囲気ではなく、紡ぐように漏れる独白を聞く。


「関西の野郎はお前も知ってるだろ。お前らのリーダーだった男、結城智哉。アカツキと呼ばれるネオで、バカの関西代表。『ノルンズアート』っていう物質を変化させる……簡単に言やぁ器物を変種に変える能力を持つ男。お前も知ってるラストノートって欠陥預言書もそれで作ったモンだ」


「ノルンズアート……」


「まぁ、限定条件が山ほどある能力だったがな」


 スカシ野郎……アカツキ。

 いつもいつもあたしを何かとからかって、へこまして、『お前はかぁいいなぁ』とか言いながら頭を気安く撫でまわしてきた男。

 もう一年も前に死んだ最初の黒鉄。

 その能力は『ラストノート』じゃなく、『ノルンズアート』?

 これが嘘か本当かは分からない。確認のしようがない。

 だからあたしは黙って続きへと耳を傾けた。


「もう一人は関東のネオ達のグループのトップで……今は『新皇なんて呼ばれてる四人』の内の一人。関東のバカ代表で──そいつもお前が知ってる野郎だ」



 新皇の名前は知っている。

 いや、この国に住む人間なら誰でもその名称は知っているだろう。

 この国がめちゃくちゃになった大元を作ったヤツで、今は関東のトップたるヴァンプ。

 そいつがどんなヤツかは知らない。カクリが色々と調べていたのは知っているけど、あの子でも調べあげる事は出来なかったらしい。

 まぁ、すでにある程度は調べあげてはいるけど、それをあたしに隠しているだけかもしれない。

 あたしの前でそんな話をすれば、あたしが『暴走』するとか思ってそうだし。

 ……『カーリアン』になったあたしが、勝手に突っ走るワケなんかないのに。


 もし新皇を一言で表すなら、『人を既存種と変種に分けたヤツ』と言える。

 それが四人をまとめた呼称だった事は知らなかったけど。


 でも、あたしにとってはそれだけだ。

 新皇はラスボス……それだけの認識でいいハズだ

 ヴァンプの親玉……それだけなハズなのだ。


 なのに……それなのに─

 嫌な予感がする。嫌な予感が背中を走る。




「そう、今ここにいるお前ならよぉく知ってるヤツだよ」


 ニヤッと笑う坂上に、あたしは何も言葉を返せない。言葉が喉で絡まり、声が思考の深いところに沈澱していく。


「……さて、お前はいったい『誰に付いてここにきた』んだろうな?」


 サディスティックな笑みと嘲るような言葉が、あたしの思考を掻き乱す。


「あぁ、それからお前は知ってるか?結城が引き込んだ最初の『レジスタンス』は、争乱に荒れる関東から逃げ出してきたクチだって事をよ」


「……ウソだ」


「そいつは比良野……黄泉津比良坂(よもつひらさか)の比良と野原の野で比良野ってんだが──」


「……ウソだ」


「比良乃を一般的な漢字の『平野』に変えて、読みを変えたら『たいらの』になるよな。それを踏まえて考えてみてくれよ」


「……黙れ」


「新皇ってかつて呼ばれてた人物……平将門(たいらのまさかど)と被ってんだよな」


 ネチネチと、もって回したように語る坂上の口調に……そこから見えるモノに、あたしは膝をつく。ガクガクと震えてしまう。


「……ふん、簡単に言やぁ今は『シャクナゲ』って呼ばれている野郎──今ここに向かってきているお前のお仲間がそいつだ。ネオに抗うアイツこそが、ヴァンプ中のヴァンプ。ネオ中のネオ。この国のヴァンプの始祖の一人なんだよ」




 ──ウソだ!そう叫んだ。

 ──有り得ない!そう思った。

 声を張り上げた。

 でも坂上はとりあわず、面白そうにその表情を喜悦に歪め、あたしへと視線を向けてくる。


「新皇ってのはやたら秘密主義な連中らしくてな。俺でも調べんのにはえらく手間をくった。新皇が一人じゃないって事も、調べ始めて初めて知ったくれぇだ。『新皇』として表に出てきていたのは『ヤツ』は一人で、他はその側近って形を取ってるらしくてよ、すっかり騙されてたぜ。特に関東から抜けたあの野郎の事はトップシークレットらしくてな、その名前一つを知るだけでも、どれだけウチの密偵が潰された事か」


 コイツの言葉は聞きたくない。コイツの言葉はそのものが毒だ。あたしのアイデンティティを揺るがす。黒鉄を否定する。


「俺とアカツキの野郎はダチで、シャクナゲの野郎は俺の後釜──それくらいの認識しかなかったのに、その後釜がここまで大物たぁまさか思わなかったってのもあるがな」


 ──だから一年前は油断した。あの野郎に不覚を取った。


 そう笑う坂上の瞳は、深く深く沈んでいき……その色があたしを容赦なく追い詰めていく。

 嘘じゃない、本当の事だと語っている。

 その瞳に写る狂喜と歪んだ思いが、ある種真っ直ぐなモノで思い知らされる


「アカツキはすげぇ力を持っていた。俺と組んでりゃもっと確実に結果を出せたハズだ。手段さえ選ばなければ理想も叶っただろうな。それをしなかったのは、野郎がこっちに逃げてきやがったからだ。俺じゃなくても、野郎がいりゃ守る力にゃなる……そう踏んだんだろう」


 アカツキとシャクナゲ。

 その二人は友人で相棒……だったんじゃないの?

 その関係には打算が働いていたの?


「アカツキはバカだった。本当のバカ野郎だった。共存?共栄?そんなもん、上に立ってから目指しゃいいのに、手段にまでこだわった。……ンな余裕なんざアイツにゃなかったクセによ」


 そう言った坂上は、視線を天井に向けてそう吐き捨てる。

 様々な感情が混じったまま。


「でもシャクナゲの野郎もそれ以上のバカ野郎だ。力に頼って上に立つ決意をしやがったクセに……差別され始めた変種を守ろうとしたクセに、途中で勝手に周りに絶望して逃げ出しやがった。散々国を壊しやがったくせに、最後は他の新皇のヤツらを抑える事もせず、一人だけいきなり我に返って、野郎のオヤジに連れられて逃げ出したんだよ。あのバカは」


 唾棄する言葉は憎悪に歪み、その身からはより強いプレッシャーが漏れ出る。

 それはアカツキの事を語る言葉よりも明確な感情で、強いモノで──あたしを打ちのめす。


「アカツキが違う手段を選んでりゃ今とは違う国になっていた。アイツが手段を選ばず力を求めてりゃ、関東軍にもそう負けやしなかった。アイツの物質を変種に変える能力があれば、最高の軍隊が作れただろうからな」


 アカツキの能力はラストノート。いわく制限付きの預言書。

 そう思っていたけど、今になって直接そうだと聞いたわけじゃない事に思いあたる。周りがそう言っていたからそう思っただけで、アカツキは──そしてシャクナゲは、そんな事を一言も言っていなかった。

 もし坂上の言っている事が本当なら、あたしはアイツを見くびっていた。預言だけにかまけて、ずっと後ろに隠れているヤツだと思っていたのだから。


「だけどな、シャクナゲの野郎も負けず劣らずのバカ野郎だ。アイツ自身の力はともかく、その心が弱かった。弱ぇクセに、理想への最短距離を取った。効率のいい方法を自分で選んで──勝手にその『手段』や経過に潰されやがった」


 ──役回りや選んだ方法が逆だったら……なんて『たられば』を言うつもりはねぇけどな。


 そう続けた坂上は、チロっと舌で唇を舐め、その腕をあたしに向けてかざす。


「どうだよ?お前らが信じた仲間が、最大の敵だった気分は?最高にイカしてるだろ?お前らは所詮騙されてたんだよ、結城にゃ隠され、シャクナゲにゃ騙されてたんだ」


「……違う!だってあの二人は──」


「違わねぇよ。お前はコードフェンサー……だったか?それの役回りを知らないのか?」


「……人間である事を符号に誓った変種、守る為だけに戦う事を決めた変種──」


「はん、ンなお題目しか知らねぇのか?おめでてぇ女だな、あぁ?なら教えてやるよ」


 あたしの言葉を鼻で嗤う。蔑むように嗤う。哀れむように、まるで自らと重ねて見ているかのように。

 ──聞くな、聞くな、聞くな。

 そうあたしの内側の私が言っている。坂上の言葉は毒そのものだと警鐘を鳴らしている。それでも坂上の言葉は止まらない。

 耳を塞ぐマネも出来ない。


「コードフェンサーってのはな、コードって称号を強力な変種達に与えて、そいつらで囲む事で……同じような変種達で囲む事で、『新皇』が狂うのを抑える為に作られたんだよ。いわばお前らは、コードって称号で繋がれた檻でしかねぇんだ!それだけじゃねぇ!てめぇらは──」


 ──いざとなったら新皇を殺す為にいるんだよ!






****






「かふっ……けふっ……」


 目の前で血を吐く男は、喉を通る自らの血で咳こみ、膝をついている地面をより深い赤で彩っていた。

 もう立つな。そう願う。

 もう寝ててくれ。そう叫びたくなる。

 それでもなおその瞳には強い光がやどり──そんな男に向けて無慈悲に右手をかざす。

 言っても無駄な事は分かっていたし、どの道このままだったらそう長く保たないだろう。

 幾度も幾度もその身を打たれ、弾き飛ばされているのだ。ここまで全身を打ちのめされたなら、ナナシのような超速再生とすら言える回復力でも持っていない限り、無事には済まない。

 それならば、最後まで近衛として死なせてやろう……そう思ったのだ。


 それが慈悲なのか、残酷なだけの行為なのかは分からない。

 ただそんな考えのままに、右手を這い回る鎖を飛ばす。

 無様に吹き飛ばされるその姿に目を逸らしたくなっても、ただ繰り返し、ひたすらに繰り返して鎖を飛ばす。

 さながら久々の獲物に喰らいつく蛇のごときしなやかさで……そして猛禽のような猛烈な勢いで飛ぶ鎖は、それこそボロボロの近衛と同じくらいの勢いで、俺の心に大きく深い穴を穿っていく。



「カハッ……ヒュッ……」


 鎖に打ち据えられる度に漏れ出る命の赤と、それが混じった近衛の荒い息吹きは、そのもの刃のごとき勢いで、蹂躙する側の俺を切り刻む。


 この男は、表にいた女の近衛よりもずっと強く、ずっとしたたかで──

 その分だけ、お互いの苦痛が長引いている。

 幾度氷の刃を吹き散らしても、何度氷の盾を無効化しても、どれだけ地を舐めさせても止まらない。

 今も吹き飛ばされた勢いを利用して距離を取り、後続の追撃を上手くかわしてみせた。もう動くのも楽じゃないハズなのに。

 天井を貫き、壁を引き裂き、地をえぐって廊下の輪郭がなくなった今でも、この男の意志だけは燃え上がっていて、衰えを一向に見せていない。


「……ほんとバケモノだな、反則過ぎる」


 なおかつ、いまだに悪態を吐く余裕すらあるのだ。

 そして何度目になるか分からない氷の刃を宙へと舞わし、こちらへと飛ばしてくる。


「……あと三十分ほど、この死にぞこないと遊んでてくれよ」


「もう、立つな……」


「つれないな、もう少しぐらいいいだろ?代価には俺の首をくれてやるからさ」


 思わず漏れ出た俺の本音にも、返される言葉は淡々としたモノで──力みも焦りもなく、その無色の刃を飛ばしてくる。

 それが通じるかどうかは、もう分かっているだろう。もうすでに何度も繰り返してきたその攻撃は、『今まで一度たりとも俺に傷一つ与えていない』のだから。

 それでも懲りずに繰り返すのは、近衛の矜持ゆえか……はたまた個人の意地か。


 そしてやはり繰り返す。今回も規定通りに繰り返す。

 なんの変化も、小さな揺らぎもなく、無色の刃は『元の形である水に戻り』、自重に従って地面へと落ちる。


 別にこれは不思議な現象などではない。水が自重により地面に落ちるのも、空中で形を留めていられないのも一般的な常識だ。

 変種の能力による支配がなくなれば、水は『重力』という理に従うのは当たり前の事。


 それを成したのが、俺の『世界』の尖兵たる蛇達であるのは間違いない。近衛の能力を、ただ触れただけで消し去り、いまだ断片しか姿を見せていないままで他者を圧倒する。


 無意識で俺を守る。

 世界の保持の為だけに守る。

 俺個人の意志なんか関係なく、世界の為だけにその中心を守る。

 それは世界の自浄作用にも似ていて──


「……やっぱ無理か」


 ──やっぱりなんの歪みもなく絶望をくれる。

 敵対者にも。そして俺自身にも。


 カラカラ……

 狂った歯車の廻る音が聞こえる。

 いつもよりずっとはっきりと。一年前と同じか、やや小さいぐらいの音で。

 それは、抑えていてくれた『アカツキ』の力が離れていく足音のようだ。


「物質操作能力か、はたまた物質変換能力か……その鎖、どんな力があるんだろうな?」


 ガラガラ……

 見慣れていた世界を間近に感じる。

 そこは赤い月が浮かぶ見渡すばかりの灰色の雪原。

 空に浮かぶ半透明な黒い歯車と、世界に蠢く鈍色の鎖が世界を動かす音は……吐き気を催すほどに聞き慣れたモノ。


「こんな言い方は趣味じゃないか……冥土の土産に教えちゃくれないか?……どうせもう長くない」


 ゴロゴロ……

 歯車は記憶。全ての力を記憶する媒体。

 鎖は発露。全ての力を発露する為の寄り代。

 月は制御。全ての力の変換を促す頭脳。

 俺は心臓。ただ一人きりの灰原の王で、(から)の王国の中心部。そしてその世界では、ただ一つだけ意味を持たずにある物。


「だんまりか。どうせあんたの力の源……は俺には見えないけどな」


 スズカの世界が羨ましかった。綺麗な銀の鈴が、彼女の周りをクルクルと廻るだけの世界はとても綺麗だった。

 その()が他者を弾く力を持っていなければ、鈴の音も世界も我を忘れるには十分な美しさだった。彼女自身は嫌っていても、俺にはただ美しく見えた。


 アカツキの世界は神々しかった。日輪が浮かび上がり、アイツと対象の物質を暖かく包む世界は、暖かさを感じた。

 とても小さな世界だったけど、それだけに強い輝きに満ちていた。



 俺の世界はただ広く、ただ何もない。役割が与えられた月と歯車、そして無数の鎖が這うだけの世界。


 終末を連想する世界。

 無彩色が覆う異世界。

 それを連想させる理。


 そっと腕に力を籠める。今発露出来る五本の鎖全てを、目の前の近衛へと向ける為に。

 頭蓋、鼻柱、喉、心臓部、そして背後へと回して脊椎。

 それらへと意識を向け──


「……もし、この先で……桃色の髪を持つ近衛と会ったなら……見逃してやってはくれないだろうか?手痛く払ってくれていい。腕一本くらい折ってもいい。ボロボロにしてもいいから……命だけでも助けてやっちゃくれないか。……バカなヤツだけど、俺の妹なんだ」


 その言葉に、思わず足が止まる。

 すでに立っているのも限界だろう男の弱々しい言葉に、今更甘さが浮上する。

 『妹』──その単語に、ヒョコヒョコ首を傾げながら刺繍をしている少女が思い浮かぶ。

 ここまでボロボロにしておいて、本当に今更。


「……一応、まだ先に行かすつもりはないがね」


 そんな一瞬の思考の隙間を付くように、一気に駆け寄ってくる近衛に──俺はとっさに攻撃をくわえようとする鎖を抑えた。

 それに意味がない事は分かっていた。鎖は自動的に俺を守る。それでも蛇達は一瞬だけ動きを止め──男にはその一瞬で十分だった。


 ピンッ───

 弾かれた金属片が宙を舞い、乾いた音を響かせる。『それ』を抱えたまま走り寄る近衛の口元が微かに笑った。


「能力が効かなくても……近代兵器は……純粋な爆発はどうだ?ネオらしくない……情けない戦い方だけどな!」


 そしてそのまま俺へと駆け寄り、その右手に持っていた楕円形の物体──手榴弾をごと体当たりをかけてくる。

 僅かに遅れて牙を剥く蛇達はもう間に合わない。近衛に食らいつく頃にはすでに爆発の範囲内だ。



 恐らくこの男は、俺の力を『他者の能力の無効化』とでも考えたのだろう。自分の能力が無効化されている様を、何度も見せられたのだからそう思うのも無理はない。

 恐らく俺の事を坂上から聞いき、純正型の特性も知り、実際に相対した上で、この鎖が俺の能力の寄り代である事や、それが司るモノにも見当付けたのだろう。

 だからその力が働かない能力以外の力に頼った、といったところか。

 遠距離から銃撃であれば鎖が弾丸を弾くだろうが、近距離からの爆発となれば、鎖だけで全てを受けきる事は出来ない。

 所詮鎖の群れは線だ。点は線で補えないても、線で面は補えない。

 今まで何度も能力を使った攻撃をしてきたのも、距離を問わず攻撃してきたのも、それらに対するこちらの対応を見る為の布石だったと言える。

 そして一番有効な攻撃方法を限定した。

 逃がさないように自らが抑えて、近距離からの爆発で俺を仕留める……そう決めたのだろう。

 問題があるとすれば、単に『自らの命』をベットしなくてはならないという事だけ。

 そしてそれを躊躇なく実行する辺り、やはり近衛の連中は厄介だ。抱えていた手榴弾を俺の足元へと投げつけ、その上で迷いなく俺を逃すまいと体をぶつけてくる。

 それはまさに自爆、万歳特攻に近い。まさに決死の特攻だ。


 ──その推測の正否、その行動の結果はどうであれ、その覚悟は恐るべきモノだろう。



「な……にっ?」


 爆発が起こるべき地点を驚愕の眼差しで見やるのが分かる。そこで爆発は起っていない。

 無軌道に周囲に破裂するはずの金属片は、ただバラけて地面に落ち、鎖の一条がかすっただけの手榴弾は、爆発がないまま『爆発した後』に近い形で解体されている。

 思わず足を止め、その様子を見やる近衛の体に、黒い蛇達は容赦なく食らいつき、その身をいくつも穿っていく。

 その間も炎や炸裂は起こらない。人を弾き飛ばし、引き裂く『力』は生まれない。


「……外れだ」


 この近衛の判断は外れだった。鎖に体中を打たれ、弾き飛ばされた男には、言うまでもなく分かっていただろう。

 その上であえて言葉にしてみせる。


「……かふっ、けふっ!」


「もう分かったろ。変種の能力も、『爆発力』も俺には届かないって事が」


「……だな。……最後の最後に……しまらない」


 ヒューヒューと倒れた男の喉から漏れる音が聞こえる。

 気管に血がつまったか、あるいは潰れたか。

 それでもその瞳は爛々としていて、いまだこちらを真っ直ぐに見据えいる。

 それから目をそらしながら俺は問いかける。


「カーリアン……パイロキネシストはこの先にいるか?」


 小さくコクンと頷くだけで返し、それだけでも辛そうに咳き込む。


「坂上は彼女に危害を加えるつもりで招いたのか?」


「違……う……」


「……そうか」


 それだけで坂上が何を考えているかが分かる。この男の言葉を信じるなら……という条件がつくが、俺にはその言葉を疑うつもりは全くなかった。


 坂上なら──俺の事が憎くてたまらないアイツなら、それはやりそうな事だと思ったから。


 やっぱり──

 やっぱり世界は優しくない。

 もうこれで、俺には確実に帰る場所がなくなった。

 ここに来る前に、スズカには『全て』を話すように頼んでいたけど、敵であるハズの坂上から聞かされるのとではワケが違うだろう。

 もう俺は、今後彼女に信用される事はない。信用していなかった……しきれていなかった臆病者には、それも仕方がない結末かもしれないけど。


 恐らく坂上は、喜々として『全部』を語ってみせただろう。俺が智哉と共にいた事が気に入らないアイツは、居場所を奪う事で意趣返しでもするつもりなのか。はたまた居場所をなくす事で、俺の戦意の低下を狙ったのかは分からない。単に嗜虐心によるモノの可能性もある。

 全てを語って、俺を否定してみせるだろう。


 それが効果的な手段である事は否めない。

 目の前が真っ暗になった気すらする。一番最初に敵対する黒鉄が──俺を拒絶する黒鉄が彼女だと思えば、足元から冷たい恐怖が這い上がってくる。


 ヴァンプである事を否定した彼女。

 ヴァンプを否定した彼女。

 それは自分には出来なかった事だ。

 自分は狂っていく日常から逃げ出した。

 魅せられた人々の狂気から目を背けた。

 全てを能力で解決しようとした。自分ならそれが出来ると思っていた。過信していた。

 その挙げ句に、俺を恨んでいたヤツに家族が殺された。

 世界を──国を壊した変種の一人として、暗い後悔と絶望に身を堕とした。


 自分が出来なかった事をする姿だけを、たまたま彼女に見ただけだと思う。

 いずれは彼女も狂っていたかもしれない。

 力の誘惑の強さは……他者をも惹きつける魅力は、誰よりも知っているつもりだから。


 それでも……彼女に否定されるのは、やはり痛い。胸が痛い。


 しかし、彼女には聞く権利がある。最後に俺を罰する資格がある。

 今までその機会はあったのに、俺から話せなかったのは自分の怯懦のせいだ。いまさら慌てて全てを自分から話す、なんて真似もしたくない。



 そこまで考えると、一つだけ大きく息をついた。そして倒れ伏したままの近衛の側に座る。


「あと三十分少々……だったな」


「……あぁ……それだけでいい……」


「付き合うよ」


 そう言った言葉に、男は目を見張った。そして目を細めて小さく笑う。

 面倒そうに、でも満足げに。


「……ありがたいね。でも……出来れば最初っから……そう言って欲しかった」


「坂上の目的も分かったからだよ。アイツも彼女には手を出さないだろ。どうせなら俺を苦しめたいハズだから。それなら彼女が生きている方が都合がいいだろうしね」


「……よっぽど……嫌われてんだな、……お互い様か」


 ──お互い様だよ。そう返すと、近衛は胸元からタバコを取り出して火を付けると、咳き込みながら煙を吐き出した。


「右近……妹の沙雪が……多分突っかかってくるけど……アイツは相手にしなくていい……これを……」


 そう言って差し出された先には、さっき火を付けたジッポが握られている。


「それを渡せば……多分引いてくれる。……アイツは俺に……付き合ってくれていただけ……だから」


「妹か。羨ましいな」


「……可愛くない……ヤツだよ」


「俺にも妹みたいなヤツはいるよ。凄くかわいいんだ。目に入れても痛くない」


「……そりゃ見てみたいような……怖いような」


「下手すれば、坂上や俺より強いよ。怒ったら凄く怖いんだ。でも凄く優しいヤツだよ」


「……はん、惚気んな」


 その瞳にはもう力はない。

 せめて会話ででも引き留めている実感が欲しいのか、その口からは言葉が止まらないが、間違いなくもう終わりは近いだろう。

 出会い方や場所が違ったら……そうは思ったけど、それは口にはしない。

 俺は例えどうなっても……糾弾され、非難され、否定されても黒鉄で──

 コイツは最後の最後まで近衛だ。


「……あの人もやっぱり間違ってたのかなぁ……正解ってなんなんだろうな」


「分からないよ。俺もずっと前に間違ったクチだ。アカツキでも正解までは行けなかった」


「……沙雪と普通に暮らしてたら……良かったんだろうか。全部見ないふりして……力なんかに頼らなきゃ……」


「そうだな。かもしれない」


 それは俺も考えた事だった。スズカと一緒に、どこかに隠生すれば、どれだけ気楽になれただろう。

 それを正反対の立場に立つ男も考えていたという事実が、ほんの少しだけおかしくて……悲しい。


「……あんたでも……無理だったなら……坂上さんも無理かな」


「アイツはもう間違ってる。力で支配しても、過去は戻ってこない。街だけを煌びやかにしてもそんなモノはまやかしだ」


「アンタとの確執が消えれば……また前を向いて……くれるかと思ったけど……もうダメか……坂上さん……俺達は……どうすれば良かったんですかね」


 その言葉には繋がりが見えない。俺に語っているのか、坂上に語っているのか……はたまた自分に問いかけているのかも分からない。

 ただ、その言葉を最後に、となりには天井を虚ろに見上げたまま、事切れた近衛がいた。

 違う形で、誰かに託す形で未来を見ていた男がいた。

 俺が殺したヴァンプがいた。

 今までずっとぶつかりあって、さっきまで殺し合って、ようやく話し合えて──最後まで近衛でいようとしたネオ……そんな彼の本名を知らない事に、今更になって気付く。




「──俺はまやかしの理想なんか欲しくない。アンタらもそんなモノ、欲しかったワケじゃないだろ?」



 光都・カエサル。

 過去を移すさんざめく光が溢れる街。

 そこに理想を見ても──過去を見ても、何も変わらない。


「神はいない。そんなモノはもう過去に消えた」


 過去は美しく、きっと誰でも懐かしいモノ。


「悪魔もいない。そんなモノは理想の燃えカスだ」


 この街の理想の端で虐げられるモノがいる。力がなくて、それを掴めないモノがいる。




「いるのは人とネオだけ。理想に捨てられた者と、理想に溺れる者だけだ」




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