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28・アカツキ

またまたギリギリ……

先週の反省はどこにいったんでしょう?


それは置いておいて、この話はかなり色んなネタが入ってます。多分今までで一番苦労しました。

文字数も一番多いですしね。


次回更新は来週月曜日の予定です。詳しくはまた活動報告に書いておきます。

あとがきはアカツキ2





「緊急会議たぁどういうこったろうな?」


「申し訳ありません、それは皆さんお揃いになってからという事で」


 場所は黒鉄第三班本部入り口にある事務棟の一室。

 そこに今は黒鉄七班の班長とその副官連が集まっていた。

 集まっていたというよりも、三班副官のアオイが集めた、といった方が正確だろう。


「シャクナゲの野郎じゃなくて、おめぇが──野郎の副官に過ぎないおめぇが、緊急会議って名目で集めるのはなんでかって聞いてんだけどよ」


「すみませんね。それについても後でご説明致しますので」


 絡むようなセリフだが、そう言ったナナシのセリフはもっともだった。確かにそれは解せない。

 いくら三班でも──黒鉄七班の中核たる第三班でも、副官にそんな権限はないハズだ。

 おまけにその三班は、『水鏡』『不貫』『音速』の三人が──つまりコードフェンサー全員が、この場にいるのは不自然だと言えるだろう。

 特に『不貫』のヨツバは、こういった席には顔を出した事がなかったはずだ。

 普段から滅多に見かけない男だけに、その茫洋とした雰囲気と絶えず閉じられたままの瞳に、言い知れぬ不安を感じるのは私だけではないだろう。


 そして何より分からないのは、シャクナゲが──三班の長である彼がこの場にいない事。

 スズカの頼みでカーリアンがこの街を離れている時に、彼抜きで三班が緊急の会議を催したい、というのはいかなる所以だろうか?


「スズカさんは欠席らしいですし、代理の方もやはりいらっしゃらないようですね」


 黒鉄七班中、唯一誰も姿を見せていない七班に、特に落胆するでも焦るでもなく、アオイはいつも通り笑顔のままでそう言うと、ゆっくりと席から立ち上がった。


「ではお待たせ致しました。そろそろ会議を始めましょう。黒鉄の今後を左右する大事な会議を──」








 私はカクリ。考察者。

 全てを知りたいと望んできた者。

 紅の力となりうる情報を望んできた者。

 力弱きゆえに、力以外を求めた弱者。

 『紅の為の黒鉄』である事を望んだ者。


 ──考察者ゆえに私には分かった。

 ──望んできたがゆえに分かった。

 ──弱者ゆえにそれを察した。

 今この場から、大きな時代の流れが始まる事を。


 私がその流れの中心からやや逸れた位置にしか立てない事、所詮は考察者でしかあり得ない事を……なんとなく察してしまった。


 その中心にいるのは、変遷の場であるこの場所にいない者達であり──

 私の大事なカーリアンは、私を置いてその中心にほど近い場所にいる事を……この時にはなんとなく悟ってしまっていたと思う。








「まず初めに、少々お聞きしたい事があります」


 そう声をあげたのは、会議の主催者たる彼──アオイだった。

 会議の議題や、シャクナゲがいない事に対する説明もないままの言葉に、より増していく不信感を感じる。

 意図的に逸らしているのは明らかだからだ。


「アカツキ。我らのリーダーにして黒鉄の創始者の事を、皆さんはどのぐらいご存知でしょうか?」


「……アカツキとはそれほど長い付き合いではなかったが、なかなか出来る男だったと思っている。私は彼に救われたクチなのでな、当然悪い印象は持っていない」


 戸惑いが流れる場に、それでもまず返答を返したのは六班の班長、ヘルメスだった。

 きっちりと着込んだ男物のスーツ、後ろに撫でつけた黒髪を持つ男装の麗人は、その場に置いてもっとも落ち着きを払っていると言えた。


「大方の者は、彼になんらかの借りがあるだろう。シャクナゲに助けられたクチも少なくはあるまいが、それも間接的にはアカツキに借りがあるとも言える。答えはこれぐらいでいいかな?」


「ありがとうございます。では皆さんの認識ではリーダーで恩人、そんなモノでよろしいでしょうか?」


「……純正型。……そして将軍とは顔見知り」


 アオイが言葉を切る前に私はそう手札を切る。これは手に入れたばかりの情報ではあるが、真偽については問題ない。

 今そこでびっくりした顔で私を見ているカブトのお墨付きのネタだ。

 多分カブトからしたら、ここでそれを話すとは思っていなかったのだろうが、手札をどこで切るかは私次第だ。今更文句を言われるいわれはない。


「カクリさんはご存知でしたか。多分皆さんは──今の班長連の方々は、カブトさんを除いてそれほど古顔ではありませんから、ご存知なかったでしょうけど」


 しかし、それに対してもアオイの反応は淡白なままだった。それをあっさりと認めた上で、全く悪びれる素振りも見せない。むしろ話す手間が省けた、といった感すらある。

 三班の中では、唯一ヒナギクだけがちょっとびっくりしていたが、他の二人はどよめく場にもどこ吹く風だ。

 ヨツバなどは面倒そうに口笛を吹いてみたり、前髪を触ってクルクル指に絡めてみたりしている。



「……聞いてねぇぞ、ンな話!なんだ、それ!アカツキの野郎と将軍が顔馴染みだぁ?ふざけてんのか!?」


「ふざけてませんよ。坂上──将軍は力に溺れた、でもアカツキは溺れなかった。道が違えるまで顔見知りだっただけです。関西軍に顔見知りがいる方ぐらいこの中にもいらっしゃるはずだ」


 敵の親玉と自分達の仲間──仲間であり、リーダーだった男が顔馴染みだと知り、激昂したのか混乱したのか。一班班長のナナシが、その特徴的なパイナップル頭を揺らして立ち上がっても、アオイはあくまでも冷静なままだった。宥める気もないのか、そちらには顔すら向けない。

 それをナナシは歯を軋らせて睨みつける。



 アオイの言は、正論として通っている。

 ただし、それが納得出来るか否かは別だ。

 ナナシはアオイと同じか、あるいはやや上ぐらいの年頃だが、その性格や物腰は正反対と言える。

 アオイは年齢不相応に落ち着いているが、ナナシは年齢の割に思慮が足りない。アオイは穏やかだが、ナナシは穏やかとは正反対……暑苦しいタイプだ。アオイは均整の取れたスタイルをしているが、ナナシは背が高い割に細過ぎる。

 つまり性格の不一致というより、存在自体が不一致に近い。

 それがなおさら正論を認める際の阻害となっているのは間違いない。


「ま、それはいいんです。アカツキは亡くなりましたし、彼はあくまでも将軍の敵でしたから。それは皆さんもよくご存知なはずです」


「そやったらさっきの質問はなんの意味があったんです?確かにウチも驚きましたけど、まぁそれは全然ええんです。アカツキには恩はあっても仇はありまへんから。でも、それをアオイはんが言うんは意味が通りまへんわ。あなたが聞いた事やろ?」


 このちょっとムカ……特徴的な喋りは四班班長のオリヒメだ。彼女にはちょっと──かなり思うところがあるけれど、その言葉はもっともだ。


 私の手札がポシャるのはいい。しかし、彼自身がアカツキについて聞いてきたのに、こちらの答えに『それはいい』はないだろう。


「あぁ、私が聞きたい事はそういった事ではなかったんですよ」


「……彼の能力、出自は分からない。……それを知っているかを確かめたいのなら……ここにいる人達は知らないと思う」


 だけど私には分かった。彼が『アカツキについて』皆に聞きたかったのは、それらについてだろうという事が。


 何故そう思ったかというと幾つか理由があるが、一番は私の勘だ。

 私の今までの考察、今の話の流れ。そして将軍との関係ではなく、彼への印象についてでもないのならば、後は私達が知らない事を指しているのだろう……そういう考えの下地はあるが、『何かが動き始めた』という勘が一番なのは間違いない。

 先へ進むには……新たに動き始めるには、今までの精算が必要なハズだ。そう考えれば、もうそれは勘ではなく確信といってもいい。


「さすがはカクリさん。まぁ出自についてはどうでもいいんですが。この中にアカツキの能力についてご存知の方はいらっしゃいますか?」


「……制約のある預言だと彼からは聞いたな。その目──金の円環連なる瞳を持つところからして、純正型なのは間違いないだろうが、それでもやはりかなり希少な能力だろう。たしかラストノート、だったかな。そう名付けたノートに、預言を書き込んで使っていたと記憶しているが……」


 答えたのはまたもヘルメスだ。他のメンツは、話についてきているのかどうかも定かではない。

 気になるのは、ヘルメスの隣にいるマルスがいつになく緊張している事である。

 彼はいつであれ『やる気を見せない事』を念頭におき、周りに『使えない印象』を与えるタイプだと思っていたが、今はその片鱗も見せない。

 宗旨変えでもしたのか……あるいは彼にも今の話の流れが読めているのか。

 ピリピリとした緊張感を滲ませ、アオイを見つめている。


「ハズレです」


 しかし、そんなマルスに気がいった瞬間も、会議はアオイ主体で進んでいく。

 会議というより、説明会に近い形な気もするが。


「……私も預言だと聞いた。……そうだとしか思えない。……彼が立てた作戦立案、部隊配置はいつであれ的確だった。……預言の能力でハズレとは思えない」


 私がそう思うのにはもちろん理由がある。


 アカツキがいなくなった時、一番の問題となったのは、迎撃作戦の立案や今後の指針を決める際についてだった。

 もちろんリーダーだったからそれらが問題になった、という事もあるだろう。

 だがそれ以上に、彼の力が『預言』だという認識が周りにあった事が問題だったのだ。

 彼は戦闘には出ないのに、彼が亡くなって皆が悲嘆に暮れたのは、彼の的確すぎる作戦立案がなくなった事によるモノだと私は認識している。そしてそれは外れてはいないだろう。

 黒鉄に入ったばかりの頃は、『預言』と言われてもなかなか信じられなかったが、彼が組んだ布陣や防御網はいつであれ的確だったのは認めざるを得ない。

 優秀な情報網を持っているのだろう……そうこじつけてもみたが、それにしても彼の場合は『的確すぎた』。

 どこからどれだけの敵が来るのかを分かっていなければ、あそこまで的確に布陣は組めないだろう。毎回シャクナゲが率いる精鋭が、一番の難所に当たっていたのが証拠だと言える。

 確かに死者は出た。黒鉄以外の民間人にも犠牲者はいた。それでも最小の犠牲だったと思う。

 なにしろ『関西軍』と『黒鉄』の戦力比はイコールではなかったのだから。


「でもね、それはやっぱりハズレなんですよ。彼の能力は『預言』じゃない。預言の能力は、あくまでも『ラストノート』の力です」


 私の言葉にもそう否定を返され──


 『預言の能力はあくまでもラストノートの力』


 その言葉に大きな違和感を持つ。持たざるを得なかったとも言える。

 ラストノート……それはただ分厚いだけの雑記帳だったと思う。分厚いだけの、どこにでもありそうなノート。それをアカツキが抱えていたのを私は何度となく確かに見た。

 『純正型の証』を、特別だよと見せてくれた時もそのノートを抱えていた。


 だけどアオイは今なんて言った?

 預言の能力は『あくまでもラストノートの力』……預言の力は、『ラストノート固有の能力』だと言ったのか?

 それを持っていたアカツキの能力ではなく、その『ノートの能力』だと言ったのか?

 確かに……今の世の中、人の変種には不思議な力を持つ者がいる。

 かつては超能力と呼ばれたような力。

 魔法じみた力を持つ者がいる。

 人の肉体の限界を越えた、化け物みたいな身体能力を持つ者もいる。


 しかし、だ。ノートのような器物に、そんな能力が宿るなんて話は聞いた事がない。ノートに『進化』も『退化』も──そして『変化』もない。そんな能力を自然と持つ事など有り得ないのだ。

 動物の中には、変種の能力を受けて変質したモノもいるらしいし、ひょっとしたら人と同じような変種もいるのかもしれない。それはまだ理解出来る。


 でも──

 そんな事まで、今の世の中には起こり得るのか?


 その考えに行き着いたのは、どうやら私だけではなかったらしい。

 ヘルメスがその顔色を、珍しく驚愕に歪めていた。

 そしてカブトは……諦めたように、小さく肩をすくめていた。

 しかし、そんな人々の様子などアオイは全く気にも止めてはいない。

 端から見ていて不気味なほどにいつも通りで、そんな彼にちょっとした怖気を覚える。

 そして彼がこれから話す言葉には、それを超える恐怖を感じてしまう。

 真実を──あらゆる情報を求めてきたこの私がだ。

 何故なら、今話しているアカツキに対する事柄は──すでに死して久しい男の話は、あくまでも前振りでしかないだろうから。



「アカツキの能力は『付与』。器物にあらざる因果を……事象を付与する能力です」


 私が感じたそれに気づいていないのか、あるいは気にもしていないのか、答えは躊躇いもなく声となる。

 淡々と……飄々と……でも重みがある内容を言葉にしていく。


「待ってくれ!いかに純正型とはいえ、そんな能力があり得るのか?そんな能力……モノの本質を変える能力など!」


「あり得るもあり得ないもありません、事実ですよ、ヘルメスさん。それにあなたも彼が因果律を歪め、新たな事象を付与した物質を見た事があるはずです。いえ、黒鉄に属する者なら──」


「アオイッ!」


 そんなあくまでもいつも通りのまま続けるアオイの言葉を止めようとしたのだろうか。見た事がないほどの剣幕で……そして思わず立ち上がるほどに慌てて言葉を遮ったのは、今まで沈黙を守っていたカブトだった。

 しかし、それにもアオイは軽く肩をすくめるだけで返し──

 冷たすぎるほどの視線を、椅子を蹴倒し立ち上がっていた男へと向ける。


「カブトさんは黙っていて下さい。これを話すと決めたのは、シャクナゲとスズカさんです。この二人がそう決めた以上、あなた一人が反対したところで意味はありませんよ」


 声を荒げ、立ち上がる五班班長・カブトにも……この場では一番発言力があるであろう既存種の言葉にも、アオイは全くひるまない。それどころか、キッパリと彼の意志を跳ね返してみせる。

 カブトの後ろにいた、五班所属のコードフェンサーの一人、『碧兵(へきへい)』コガネが思わず立ち上がりかけるほどの冷徹さで。


 そんな『碧兵』に対して、アオイの後ろでフラフラ立っていた『不貫』のヨツバがその右手を掲げてみせた。

 その動作になんの意味があるのかは分からない。

 ただ、圧力といった意味だけでもその動作は効果的だろう。

 なにしろヨツバは、味方相手でも躊躇はしない事で悪名高い男だ。そして相対した敵は、必ず皆殺しにしてきた黒鉄一の狂戦士だ。

 そんな彼を恐れる者は、黒鉄にも数多くいる。

 コガネもそれを当然知っていたのだろう。小さく悔しげに呻き、歯を軋らせながらも再度腰を下ろす。

 もし『不貫』と『碧兵』がこんなところで揉めれば、既存種であるカブトや私のような弱い変種は身を守る事すら出来ないだろう。それを危惧したのかもしれない。

 しかし、目を瞑ったままのヨツバは、そんなコガネの様子にもつまらなさそうに肩をすくめてみせる。 まるで『かかってくればいいのに……』とでも言いたげに。

 そこに侮蔑も嘲笑も浮かんでいないからこそ、ヨツバのその態度は異質だったと思う。それは『躊躇いも感慨もない』と宣言しているに他ならないからだ。


 コイツはこの会議の最中──しかも三班とは仲がいい五班のメンバーを相手に、七以外の全班を巻き込んだ乱闘でも起こす気なのだろうか。

 ……まぁ、噂に聞くヨツバならそれくらいはしそうな気もするが。


 その考えは共通認識らしく、室内には次第に緊張感が増していった。

 オリヒメはその視線を細め、ナナシ以下の一班はいつでも立ち上がれるように重心を移動させる。

 スイレンは変わらないが、ヒナギクは緊張と戸惑いが滲んだ顔で、周囲に視線を這わす。

 そんな中でも楽しげにしていたのは、五班のアゲハだけだ。カブトの後ろに座したまま、今まで一言も発していないアゲハは、その口元が妖艶に微笑んでいるのが見える。

 あいにくその顔の上半分は、いつものように包帯を思わせる白い布きれが乱雑に巻かれていて窺えないが、その口元だけは確かに嗤っていた。


 そんな室内の様子が分かっているのかいないのか、全く怯まないヨツバは小さく舌なめずりをし──小さく肩をすくめてから一歩下がった。

 隣にいた女性……着流した浴衣姿のスイレンに、その視線だけでたしなめられて。

 僅かにチラッと見ただけでしかないが、それにヨツバは素直に従ったのだろう。

 掲げていた腕を下ろし、再度つまらなそうにぶらぶらと前後に振っていた。

 別にどっちでも良かったと言いたげに。


 この瞬間だけは、間違いなくこの『狂戦士』が場を呑んでいたように思う。

 ヨツバが下がった事により、一気に室内を覆っていた緊張感が緩むのがその証拠だろう。それを確認して、ヘルメスが再度口火をきる。


「……私が彼の『作った物』を見た事がある、とはどういう意味だ?確かにラストノート自体は──それらしい物は見た事がある。だが、その能力、つまり実際に預言が書かれているかどうかは見た事はないぞ?」


「そんなもの私も見た事はありませんよ。見た事があるとしたら、シャクナゲとカブトさんぐらいでしょうね。でも、黒鉄に所属する者なら、絶対に『アカツキの力が作ったモノ』は見た事があるハズです」


 さっきまでの緊張感もどこ吹く風とばかりに大仰に肩をすくめながらも、口調だけはあくまでも淡々としたモノだ。その仕草はまるで出来の悪い生徒に、筋道を立てて説明するかのような仕草で──

 珍しくちょっとした疲れと、僅かな苛立ちを含んでいるかのような口振りだった。


「分かりませんか?アカツキが亡くなってからも、彼と最も親しかった黒鉄が、絶えず『ソレ』を握って戦う姿は、誰しも見た事があるハズなんですがね」


「まさか──」


「……シャクナゲ」


 ヘルメスも──同じ考えに行き着いたのだろう。

 アカツキと最も親しかった黒鉄。戦う姿を誰しも見た事がある黒鉄。

 そんな人物は『彼』しかいない事に。

 そして、彼の戦闘スタイル、彼の一番の武器──能力を考えれば、答えは一つしかない。


 彼自身と同じ銘を持つ、無限の弾丸を吐き出す二丁の銃。

 彼のイメージとして、『黒』と同じく一番に来るモノ……


 『シャクナゲ』




 そこまで考えついても、内心で複雑に絡みあった何かはまるでほぐれていかない。むしろより複雑に絡み合っていくような錯覚を覚える。

 いや、正直な話、アカツキの能力が説明された段階で、その可能性には考えが及んでいた。

 物質越しに能力を発露する……そのスタンスにはよく見覚えがあったからだ。

 そして、アカツキが『ラストノート』だけを作ったとも思えない。つまり、一回だけ能力を使っただけとは思えなかったのだ。

 力を持てば使いたくなるのが『人間』という種族だから、そんな能力があるなら、他の誰か──そう、信頼出来る誰かに『力を付与したモノ』を渡していただろう事は予想できる。


 だけど、そうは思ってもその考えは即座に否定してもいた。


 なにせ『アカツキはもう死んでいるのだから』。

 能力を残したモノも、すでに力を失っている『ハズ』だから。

 でも、アオイの口振りからはその可能性しか見いだせず……私は今までとは比にならないほどの恐怖にかられた。


 私はとんでもない勘違いをしていたんじゃないか?何か大きな見落としがあったんじゃないか?誰かに──いや、ハッキリというならば『アカツキ』に、私の考察、思考自体がミスリードされていたんじゃないか?

 アカツキの能力が予言であると思い込まされていたように、今までの考察自体も彼の手のひらの上だったんじゃないのか?

 それは、屈辱感よりも大きな恐怖だ。


 『能力の一端だけ』をわざわざ見せつけて──黒鉄の者なら誰でも知っているほどに知らしめて、その本質を隠していたのなら、何を考えてそれを隠していたのか?

 なんの為に──そして『何を隠していた』のか。

 自分の本当の能力を知られたくなかった?本当にそれだけか?

 隠されていたモノは、本当に『ソレだけ』なのか?

 だとしたら何故『アカツキが死んだ後もソレを厳重に秘密にしていた』?

 死した後にその能力を隠す意味はどこにある?



「待て、待てよ、オイ!アカツキの野郎は死んじまってるだろうが!?アイツが死んだのは間違いねぇ。なのに、なんで能力だけが──」


「ほとんどの方の純正型に対する認識……『強い力を持っている』事と、見た目で分かる特殊な身体器官を持つ事、それがそもそも勘違いなんです。『力の本質』自体が……『在り方が違うんです』よ。単純な強弱じゃない。アナタの身体能力異常みたいな力や、オリヒメさんの空間氷結能力とは根底から次元が違うんです。まぁ、中でもアカツキは特殊な部類でしたけど」



 次元が……在り方が違う?

 それは本質自体が違うという事だろうか?

 オリヒメの能力は、カーリアンと比べても遜色はない。ナナシの身体能力は、シャクナゲに次ぐ。回復能力や自己治癒力といった面で言えば、シャクナゲを遥かに上回る。

 ニュアンス的に、それらとは比べモノにならないほどの強力な力──という単純な意味ではないだろう。


 ……だけど、その方が最悪だ。

 なぜならそれは、純正型とは力そのものが──力の存在理由自体が違うという事だ。

 つまり、『同じ舞台に立つ強者ではなく、全く違う舞台──手の届かない所に立つ強者』という事になる。


「純正型とは『世界を作る者』。私達が知るこの世界……この日常から外れた常識を持つ『世界』を作る者。私達が視認しえない、異世界を作る『純正なる新たな人類』、それが純正型なんです」


「……視認しえない世界を作る」


「そうですよ、カクリさんにも、私や他の方々にも、スズカさんが力を使う際に周囲に展開する『世界』は見えません。しかし『見えないだけです』、同じ純正型以外には。彼女の世界の理は、世界の創造主であるスズカさんが認識した対象を拒絶する事。それを私達は『斥力』として捉えているんですよ」



 ……私は銀鈴のスズカが戦っている姿は見た事がない。もちろん、アカツキが能力を使っている姿も。

 だから真偽は分からない。

 だからなんとも言えないが、もしそんな世界があるのなら、それはどんな世界なんだろうという興味だけは湧く。

 ただし、見てみたいだけであって、『それを日常のモノ』と感じたいかは別だ。

 自分だけに見える物、あるいは者。それはどれほどの孤独感を生むか……変種である私には想像が出来なくもない。

 きっと最高に最悪だ。人が歪むほどに。他者を同一の種族とは見れないほどに。


「スズカさんの斥力……つまり『拒絶』、アカツキの『付与』。もちろん私は、どちらの世界も見た事がありません。ただし、この2つにも違いはあります。あくまでも存在理由も創造主も違う別個の世界。違う力が働き、違う常識が支配する世界ですから、違いはあって当たり前ですけど」


 ……その違いが分かりますか?と言わんばかりにこちらを見られても困る。

 何を期待しているのか、あるいは意地悪なだけかは分からないけど、今はまだ理解が及ばない。正確に全てを掴めていない。

 はっきり言うなら混乱している。


「……元ある物質に新たに因果を『付与』する(ことわり)の世界と、元ある物質を拒絶するだけの世界。つまり『物質』という肉に世界を刻むか、ただ一時的に自らの理を空間に発露するかの違いですよ。つまり──」


「……アカツキが作ったモノ……正確に言うと、アカツキの世界が『力を付与したモノ』は……もうその物質そのモノの因果として固定され……アカツキ個人とは関係していない?」


 どこまで反則なんだろう。そう思いながらも、私は答えの可能性をなんとかひねり出す。


 ──正解。

 そう小さく言い、軽く笑うアオイに……私は吐き捨てたくなる。

 そんな『力』は、あまりにも規格外過ぎる。予言すら出来る物質──予言を刻むモノを作り上げるほどの能力となれば、どれほどのモノが作れるか。

 それを平然と笑いながら言える神経が信じられない。



「ラストノートに与えられた能力は、『アカツキ本人の考えを実行した際に至る未来を自動手記する事』。それにより彼は作戦を決めていたんです。つまりいくつもいくつもあらゆる作戦や部隊の配置を細部まで詰めて考えて──その中から最良の策を選んでいたワケです。分かりますか?つまり人の命を選んでいたワケですよ。大の為に小を捨てて、一番犠牲が少ない作戦がノートに刻まれた時に、作戦は決まっていた。そんな不完全な結末しか見れないのが『ラストノート』」


 それが本当なら──あまりにも脆い予言だと思う。間違いなく使用者の心を蝕む予言書だ。 なにしろ『自分が選んだ行動により死者が出る事が見えてしまう』のだ。しかも勝ちの目が見えない予言……良くてイーブンしか見えない不公平が見えるのだ。

 それこそ何度も何度も部隊配置を考え、その度に絶望を見て、『最少の犠牲を選ばなければならない』。

 そして、その作戦を選んだという明確な責を自覚させられる。


 ……私ならば妥協してしまう。きっと言い訳をしてしまう。諦めてしまう。そうでなければ、死が見えた人への罪悪感に潰される。

 でもアカツキは、いつもいつでもどんな時でも自信満々でいた。記憶の中にある彼は、カーリアンが『スカシ野郎』と呼ぶほどに飄々としていた。

 そこにどれほどの苦痛と悲哀が隠されていたのか。私には……きっと耐えられないという事しか分からない。


「……それに彼は間違いなく最高の能力を持ってはいました。不完全ながらも予言の能力や、無限の空圧弾を精製する能力を付与出来るだけの力を持っていた。でもね、そんな彼でも決して最強じゃなかったんです。もしそんな存在だったなら、私もシャクナゲも──そして多分カブトさんも惹かれはしなかったでしょう」


 それは……そうかもしれない。簡単に想像が出来る。

 その力は心を蝕む。傷つけ、苛み、避けられぬ罪に溺れる。

 それを平然と耐え、次々とそんな力を──反則を使えるなら、間違いなく最強にはなれただろうが、そんな存在はもう『人間』とは言えない。

 その考えに僅かに安堵する。私達が所属する黒鉄の創設者は、あくまでも人間だったんだと思ったのだ。


「……アカツキが作ったモノを使うには『代償』がいったんだ」


 ──納得する側でそんな声が聞こえるまでは。

 自らを苛むように、カブトが言葉を絞りだすまでは。

 諦めと、深い罪悪感のこもった声を聞くまでは。


「ラストノートは新たに開いた所に予言が書き込まれる。順々にノートは埋まっていく。そして余白が埋まっていく分だけ──アカツキの行動の幅が……未来が縮まる。つまりあのクソッタレなノートの代償は『アカツキの命』」


「そう、だからアカツキはあんなに早くに亡くなった。黒鉄の体制が整うまで、惜しげもなくノートに頼り──犠牲が少なくなるように何度もノートを開いていましたから」



 ……バカだ。

 それが本当ならば、アカツキという男は正真正銘のバカだと思う。

 その力を上手く利用すれば、アカツキは関西を──いや、下手をすれば関東軍に匹敵するだけの規模を持つ軍隊を持てただろう。

 それをしなかった理由が分かったからこそ、私はアカツキがバカだと思った。人間性云々じゃなく、本物のバカだと思ったのだ。

 それは今の黒鉄の甘さこそが『アカツキ』の望んだモノだと分かったから。

 『支配』じゃなく、あくまでも共存。自由意志による共栄。

 それを望んだからこそ、『軍』を強化しなかった。戦いを強制しなかった。力に頼らず、ただ言葉で訴え、態度で訴え、共に苦難と戦う同士を望んだ。

 それが今の黒鉄の在り方の元なのだろう。そう考えれば、今の黒鉄にもある甘さの理由が見える。

 それを求める為に必要としたのが力じゃなく予言だったんだろう。私と同じく『知識』を求めたのだと思う。

 中でも絶対的価値を持つ情報──『一番いい結果が見える』という情報を。

 その為に自らの未来をベットしたのだとしたら……あまりにもお人好しすぎる。


「アカツキは命を懸けた。予言……未来を知るには未来が代償だったから。それと同じように、他の道具も大きな代償が必要なんだ。それがアイツの世界の『理』。だからシャクナゲもそれを背負った。俺は──」


 ──背負えなかったけどな。


 そんなカブトの言葉に含まれているモノが、後悔か、自らへの怒りか、弱音かは分からない。

 しかしそう吐露する姿は、泣きそうで……いつもと違い、ずっと小さく見える。

 その姿に誰も言葉を挟めない。カブトの嗚咽にも似た、懺悔じみた声には言葉も出ないのだろう。



 アオイと──今なお嫌な予感が止まらない私を除いて。


「……シャクナゲの代償はなに?……それは『今も支払い続けているの』?」


 嫌な予感。もう確信と言ってもいい。未来を──『命を代償に未来を知った』なら、『シャクナゲを使う代償』はなんなのか?

 そしてシャクナゲという人物の能力が『弾丸精製』ではないなら、『本当の力はなんなのか』?


「シャクナゲの場合は、代償(それ)を望んで払っているんですがね」


「……望んで?」


「そうですよ。彼がアカツキに協力した理由は、その代償をアカツキから貰う事。代わりに『空圧圧縮』なんてつまらない能力を得たんですけど、それもあの人の望みです。むしろ『付与された能力はいらないくらい』と言ってましたね」


「……能力がいらないのに……代償を払った?……代償を背負うのが目的で『シャクナゲ』は作られたの?」


 嫌な予感は止まらない。

 アカツキの話だけで十分だ。もう十分『黒鉄の秘密』は知れた。

 でも──懺悔や説明をする為に集められたわけではない以上、『ここまでは前振り』でしかないだろう。

 だって『今から本題に入る』のだろうと思うから。

 その為に三班……つまりシャクナゲに近いモノ達が、この場を設けたのだろう事は明らかだ。

 それでも私は今、このタイミングで──シャクナゲと同じくカーリアンがいないタイミングで、この話を聞かされる事に体が震える。




「シャクナゲ──空圧を弾丸として射出する能力を付与されたモノに支払っている代償は、別の理です。未来を読む理には未来を、戦う力を得るには別の戦う力を。つまり『シャクナゲと名乗るあの人が支払っているのは、彼自身が作る別の世界』。それがあの二丁の銃への代償です」



 ──アカツキは最強じゃないと言いましたね?


 続けてアオイはそう言う。追い討ちをかけるように。


 ──最強を……最凶を挙げるのなら、それは代償をキャンセルした時の彼こそがそうです。最強の『純正型』は彼、『黒鉄』の名前を捨てた時のあの人こそがそうですよ。


 そう発せられたその言葉が──私の中で予感を確信へと確実に変えていた。

 最悪の確信へと。




 やはり私は勘違いをしていたのだ。アカツキには出会った最初からいいように踊らされていたのだと私は悟った。

 彼自身は決して言ってはいなかったのだ。

 最初に会った時、『特別』にその不可思議な瞳を見せてはくれたけど、それがなんなのかは『口にしていない』。


 おそらく、みんなに『特別』だと言って、その瞳を見せていたのではないか?

 そしてそれを見せられ、誘導していただけなのだと思う。

 純正型は『体のどこかにその証がある』と。

 私自身も多くの純正型がそうであるらしいと聞き、アカツキも同じだったからそう『思い込んでいた』。スズカにもあるらしいと聞いていたからなおさらだ。

 確かにそんな身体的特徴があれば、間違いなく純正型だろう。

 だが、『なければ純正型ではないとは、誰も明言はしていない』。それがあるから純正型だとは一言も言ってはいない。


 ついさっきでさえアオイは言っていた。

 自分だけの世界を作り上げられる者が純正型なのだと。

 つまり、それさえ出来れば純正型という事だ。


 答えはすぐそこにあったのに……黒鉄が隠していた秘密のピースはあちこちにあったのに。

 それに私は今になって気付いたのだ。


 帰ったら今までの考察は全て廃棄しよう……ミスリードされただけのそれは恥ずかし過ぎる。

 そんな取り留めのない事を考えながら、大きく溜め息を吐く。

 今は遠くにいるカーリアンの事を思いながら。カーリアンが『それ』を知った時の絶望を思いながら。


アカツキ2

アカツキの能力(ノルンズアート『運命の造物』)について。



アカツキは純正型の中でも特別な力を持つ。

それは物質に特殊な性質を付与するモノで、一度アカツキの世界の中で特殊な性質を付与された物質は、それを解かれてもその与えられた性質が消えないという点である。

普通変種の能力とは、変種の系統による差異なく、使いきりか常時発動が大半である。

使いたい時にだけ発動するカーリアン・スズカ型か、ナナシの超回復みたいに認識なく常時発動しているタイプばかりだ。

しかし、アカツキのそれは『物質固有の性質』として付与するモノなので、力を解いた後も変化した物質……『物質α』として残る。


そしてもう一点。その作られた物質を使うには『代償』が必要となるところもアカツキ固有のモノ。

普通の能力は、体力や精神力などを消費して使うモノや、全くそれらを必要としないモノがほとんどなのに対し、アカツキの能力には『明確』な代価が必要となる。

与えた性質と同質に近いモノが必要になるのだ。

それはアカツキが創造する世界、物質に新たな性質を付与する世界の理であり、創造者であるアカツキも例外ではない。


またその物質αを使えるのも、その代償を支払える個人に限り、アカツキの『ラストノート』はアカツキの選択の結末を記す代わりに、アカツキ以外のマスターはおらず、シャクナゲの銃はシャクナゲの『能力』を代償にしている為、シャクナゲにしか使えない。


ラストノートは次の余白ページを開くとそこに未来が記され、使った分の割合だけ未来を削る。分厚めのノート一冊でアカツキ個人の命として設定されている。


シャクナゲの銃は、絶えず『使用者の世界』を代償にし続けて無限に空圧弾を放つ性質を持つ。

ただし、その銃を手放し、意識を自らが創造した世界に向けた際──『シャクナゲ』への代償に向けた際だけ、『物質α・シャクナゲ』の楔が外れる。

それがアカツキの思惑なのか、はたまたアカツキの能力でも抑えきれなかったからなのかは、アカツキ本人にしか分からない。


『シャクナゲ』だけは、与えられた新たな性質(能力)ではなく、その代償こそが望まれているという点だけは、他の物質αとは異なると言えるだろう。



なお、この能力により作られた物質は4つあり、ラストノート以外はいまだにそれぞれの使用者の元に残されている。




ノルンズアートの銘柄は坂上によるモノ。アカツキ本人はこだわっていない。

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