3・ネオ
「数が多いね。将軍もそれだけ黒鉄が鬱陶しいってワケだ」
そう関西を以西を統べる狂った男……関西の始祖たるヴァンプ『自称将軍』に毒付くと、さらにスピードを上げて俺は裏道を疾走し続ける。
頬をきる風、夜でも生ぬるい夜気。それらは冷たい何かを含んで交互に駆ける足を蝕み、俺の体を夜気が抱いているような錯覚を受ける。
それでも歩は止めない。
この先には帰るべき場所があるから。
こんな自分がいていい場所があるから。
そう思えば、そんな錯覚ごときで動けなくなるワケにはいかないのだ。
この先にあるのは、ただの廃墟群だ。ただの廃れた街、過去に都市だったモノの成れの果て。
それはいわば都市の亡霊と言えるだろう。
しかしそんな場所でも、いまだ足掻く俺達にとっては唯一の居場所。
黒鉄が活動の拠点を置いている都市『廃都・カリギュラ』があるのだ。
かつては関西地方でも割とデカい都市として知られ、今では『キチガイヴァンプ共』にカリギュラと名付けられた街。
──そこで俺達『黒鉄』は活動を開始した。そこは関東より引っ越してきた俺と、今は亡き『アカツキ』というコードフェンサーが出会った街でもある。
黒鉄を『アカツキ』が作った街だ。
アイツは変種でありながらヴァンプからは最も遠い男であり、黒鉄の体制を作った総指揮官。
瞳も髪も金色をした日本人離れした男。
つまり外国人の血を引いていない限りは有り得ない色素構造により、すぐに変種だと分かるような外見をしていた。
そして俺に愛銃と同じシャクナゲのコードを付け、俺をいまだに約束で縛る男……。
(智哉、お前ってホント自分勝手な)
そう先に逝った『俺だけが本名を知る』親友へと毒を吐き、2つの銃口を空へと向ける。
(カッコ付けのお前に、いい役をくれてやったんだよ)
そんな俺の耳に、つい最近まで聞き慣れていた皮肉げな調子の言葉が聞こえた気がして……
俺は笑みを漏らす。
黒鉄が誇る強大なコード持ち。
最初にコードを……人であり続ける『符号』を受けた変種。
変種でありながらヴァンプである事を拒絶した『黒鉄の人間』。
黒鉄最初のコード持ち……『シャクナゲ』の笑みを。
「……俺はかなり強いよ?
それに諦めの悪さも格別だ。
なんせ、黒鉄に咲くシャクナゲは枯れないんだ……『黒鉄が必要なくなる時までは絶対に』!!」
辺りには人影はない。
夜目の効く俺が見ても人はいない。
走り去った後には、何人ものヴァンプ共の死体が転がっているが、それでも今ここには誰の気配もない。
ただ優れた嗅覚により、後方からわずかに流れてくる血臭が感じられるだけだ。
それでも俺は声を張り上げた。
自らの居場所を示すように。
この道の先へと──居場所に撤退した仲間達を追おうと走る犬共を、俺に釘付けにするように。
そして相棒のオートマチックは牙を向き、吠え叫ぶ。
こいつには銃弾の心配がない。
だから俺も遠慮なく弾をバラまいてやる。
将軍の犬共に、獲物の存在を知らしめるように派手に音をバラまいてやる。
「来い、来い来い来い来い!!シャクナゲを刈り取るつもりならここに来いよっ!!」
……世界は狂っていた。本当にどうしようもないくらいに狂っていた。
『シャクナゲ』が空間圧縮能力を──空気の塊を銃弾に変える力を持つのが、当たり前に感じられる程に狂っていた。
あるいは『アカツキ』自身が、『ラストノート』と呼ぶ予知能力を持っていたり、カーリアンが『高ぶる感情を炎に変える力』を持つくらいに狂っていた。
そんな中で『シャクナゲ』は咲き誇る。
『暁』に約束させられた事だけを叶える為に。
『……いつか俺達が『アカツキ』や『シャクナゲ』じゃなくなる日がきたら──智哉、『……』と呼び合える日が来たらいいな』
そんな約束の時の為だけに、俺はヴァンプ共を狩り続ける。
精鋭である第三班の長として。
『黒鉄』の最初の友として。
バラまいた空圧の弾丸が破裂して弾痕を壁に刻む。
この道の先には人影がいくつか見えた。それは思惑通りに音に惹きつけられてきた者達だろう。
その人影へと俺は走る。
銃器を握るその影が仲間であるハズがない。
仲間達にはもったいないけど機材を捨ておくように指示をした。武器すら捨てて逃げるように指示したのだ。
それにそいつが手に持っていた銃器は、俺達黒鉄が使うモノよりも断然高性能のモノだったのだから。
それを一瞬で見極め、足を動かす為のギアをさらに上げる。
そのスピードは、すでに並みのヴァンプ……『元人間』には即座に視認出来ないモノなのだろう。
見当ハズレな場所に穿たれる銃弾を鼻で嗤い、スピードを維持したまま銃手たる男の脇を駆け抜けた。
コキン……
そんな小気味のいい首が折れる音と感触を、叩きつけたオートマチック越しに感じ、そのまま俺は壁へと向かい飛び上がる。
そしてその壁を強く蹴り付けると、宙を数十m単位で飛んだ。
はためく衣服の影を追い、慌てたように銃を空に向ける他の連中を見て、俺はそれらの人影に順にポイントしてから引き金を引いていく。
パンパンパン……
そんな銃声にしては軽すぎる音が建物の間に響き渡り、次々と『ヴァンプ共』を血の赤へと染めていった。
それを──確実に命を刈った事を、自らの目で確認しながらも油断はしない。
死者に対して哀悼の意すら向ける余裕はない。
──元人間ばかりか?『元変種共』は?
それが憂慮となって、無表情という名前の鉄仮面を被り続ける。元変種──本当の意味でのヴァンプが、これだけの騒動に出てこないハズはない。
そう思い、辺りをみやった瞬間だった。
俺へと無色透明な衝撃波が襲いかかってきたのは。
「ぐっ……」
無様に吹っ飛ばされ、そう呻きつつも大地に激突する瞬間に受け身を取る。
そして受け身の勢いのまま、地面を転がるようにその場を離脱した。
鈍い音と共に、さっきまで俺がいた場所のアスファルトが砕けるのを感じながらも、両手の銃口をその衝撃波を放った相手へと向けた。
「シャクナゲ。また君かい?将軍閣下も今回ばかりはかなりご立腹だよ?」
「はっ!心の狭い野郎だな、エセ将軍サマもさ。そんなに俺達に目を付けられるのが嫌なら、さっさと隠居しろっつっとけ」
そんな風に軽口を返しながらも俺はその男を見る。
ご丁寧にビルの屋上──しかも給水等の上なんてベタな場所に、これまたベタに月を背おいたたずむ『ヴァンプ』を。
「……シャクナゲ、いい加減にしなよ。君ほどの新人類が、なんで将軍閣下に逆らってまで古い体制にこだわるのか……正直理解に苦しむよ」
そのヤツら独特の呼び方……『ネオ』という響きに唾を吐き捨て、俺は気怠げに立ちあがると、両手に握るオートマチックで肩を叩いてみせた。
──ネオって響きだけは何度聞いてもムカついて仕方がない。
たかがキチガイが思い上がる様子が俺を苛立たせる。
『それ』と同種だと思われるのにも反吐が出そうだった。
「そりゃお前の理解力……脳みそが足りてないからさ。
それに気安く『シャクナゲ』って呼ぶなよ。お前みたいな三下なんか知らないぜ?」
「ふざけているのかっ?大体、お前達は誰の街に入り込もうとしていた!?私の街……『クリシュナ』だろうが!?なんで私を知らないなどとぬかせるんだ!?」
簡単に三流の挑発に乗ってくれるのは有り難いね、全く。
だから三下だって言ってるんだけど。
だが、そんな内心を出さないまま、俺は惚けたように言葉を返した。
「あぁ、お前がエセ将軍麾下のナルシストか。
悪いな、クリシュナの知事が『一番間抜け』って事しか知らないんだわ。だから顔もしらない。まぁ、間抜けだからこそクリシュナを狙ったんだがね」
「キサマ……」
「はん、ご自慢のナルシストの仮面が外れかけてるぜ?
……所詮は下衆なキチガイヴァンプ。上っ面だけ取り繕っても醜いだけさ」
そう嘲るように言った俺に、男は狂ったような叫びを上げて衝撃波は放つ。
四方八方に音の衝撃波……声の塊を。
「ムキになんなよ、下衆野郎。せめてナルシストを気取るなら短気は直しとけ。
醜悪すぎて反吐もでないからさ。可愛さ余らずムカつき100倍だ」
「殺すっ!!」
俺は銃声……破裂させた空圧で声の塊を相殺し、男へと向かって宙へと跳躍する。
その俺へと次々と音波を放ち……男は飛び降りながら拳を振りかぶった。
そしてそのまま俺に激突するかの勢いで肉薄し──
「くっ……」
俺だけがそのまま弾かれる。俺だけが相手の勢いに押される。
それは身体能力だけの問題ではなく、上下の──位置取りの差だ。
俺は重力に逆らって飛び上がり、ヤツは重力を味方にして飛びかかる。その差に負けて俺は態勢を崩したのだ。
「シャクナゲェェェ────ッ!!!」
「……くそっ!!」
再び上──自身の有利な立ち位置へと飛び上がりながら、俺の名前を音波に変えて放つヴァンプ。その様子に舌打ちを漏らし、両手の銃口をその男の足元、そして放たれた音波へと向ける。
そしてその破裂音と空圧で、音波を相殺しながら大きく飛びずさった。
──いかに頭は三流でも、知事を任せられる力だけはある……て事かよ。
そう毒づきながらも、耳の奥には相殺しきれなかった音の波が突き刺さり……
それが『俺達の名前』を形取って放たれた、と思うと血の混じった文字通りの『血反吐』を吐き捨てた。
「男のヒスはな……ウザいんだよっ!!このエセ将軍のクソ三下野郎がっ!!」
俺は耳の痛みを無視したままその音波に負けじと吼え猛り、再度地面を蹴る。
それにヤツはもう一度上から飛びかかろうとして──足に力を入れた瞬間にはその足場たるビルの屋上にある給水塔が破裂した。
俺が先程から撃ち続け、飛び上がりながらも空気圧をぶつけていた給水塔が、穴だらけの様相で傾いていく。
──ふん、上に位置取り、シャクナゲの弾丸軌道にさえ気を付けりゃ勝てるなんて甘い考えが……
「三流なんだよっ!!この三下ヴァンプがっ!!」
その崩壊に注意を取られ、とっさにビルに降り立ったばかりの男に、両手の『シャクナゲ』が死の砲火を浴びせていく。
1発、2発……10発、20発と。
ただ狙いもつけずに、ひたすら浴びせかけた。
その間も男は怒りの声、痛みの叫びを……苦悶の呻きを音波へと変えて俺へとぶつけてくる。
交差する空圧の弾丸と音の波。
どんどん音波は俺の体力を削り取り、耳の麻痺から脳まで痛みだす。そして体から溢れでる分だけ血を奪っていく。
それでも俺は銃を放ち続け──
飛び上がった俺が同じビルに降り立ち、銃撃を止めた瞬間……いや銃口をもう持ち上げていられなくなった瞬間には、不可視の音波はただの小さな声へと変わっていた。
後に残るのは哀れな元変種の呻き声。
それは音波にもならず、微風すら起こさないただの声。
「……シャク…ナゲ」
あくまでも敵意衰えず、倒れ伏しながらも俺の名前を呼び続ける男は、その体に無数の小さく深い穴を空け、人間と同じ色をした赤い血を垂れ流していた。
「気安く呼ぶなつったろ?ま、今のお前ならいいけどよ」
「………?」
俺の言葉が理解出来ず、疑問を浮かべる表情にも死相が浮かび──
俺はそれに対して再度嗤ってみせる。
『シャクナゲ』の笑みを。
「先に逝ってろ。お前の親玉……将軍閣下もいずれ地獄送ってやる」
「シャク……」
俺の言葉に、最後の力を振り絞るかのように瞳へと力を込め……
俺はその額へと銃口を向けた。
「そうさ。お前と同じようにシャクナゲの名前を刻み付けて……な」
「シャクナゲェェェ───ッ!!!」
───パンッ!!