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26・Long way to say good-bye──forget-me-not blue──

次回は来週の月曜日です。

上げられれば2話上げます。

状況は活動報告にて。

他の作品はSSも含め不定期とさせて頂きます。

なにしろいつ書き終わるか分かりませんから。


今回のあとがきは『近衛』





『俺達のグループの名前だけどよ、黒鉄ってのはどうだ?』


『黒鉄……?鉄の事か?それって派手好きなお前らしくない、なんか地味な感じがするな』


 隣に佇んでいた金色の青年が、すごくいい事を思い付いたとばかりに俺へと向き直る。

 その金の瞳は瞳孔が幾重にも重なった不思議な形をしていて、それをいつものように楽しげに歪めていた。


 それはアカツキとみんなから呼ばれ出した頃の親友の姿。

 今でもはっきりとその笑みを思い出せる男。

 結城智哉(ゆうきともや)という名前を持ち、それを捨てた日本人。

 俺や多くの黒鉄に……そして坂上にも多大な影響を与えた変種。

 そして、俺の親友で──仲間で──理解者で拘束者。


 アイツとは色々……本当に嫌になるほど色々な事があったのに、脳裏に浮かんだのはこんな時に思い出す事にしては、ちょっと懐かしくて、かなり微笑ましい思い出。

 アイツはいつも突飛な事を思い付いては、それを自慢げに語っていた。


 これもその1つ。

 奪還した神杜市を死守し続ける俺達のグループ、その『神杜死守同盟』なんて陰気な名前を改名する、といきなり言い出した時の事だ。


『黒鉄ってのは鉄とは違うよ。別の……そうだな、レアメタルならぬロストメタルさ。つまりオリハルコンとかヒヒイロカネとかと同じ架空の金属だよ。俺の印象的にはな』


『……ってお前の印象かよ。まぁ好きにすればいいと思うけど』


 隣で金色の少年とやり取りを交わしている当時の俺は、多分つまらなさそうにしていただろう。

 実際その時はつまらなくと思っていた。

 『また変な事言い出したよ、コイツは……』なんて、辟易としていたに違いない。


 それでも──それでも、アカツキといた時の俺は、たまに笑えるようになっていた事に、今ではもう気付いている。

 当時は笑う事自体滅多になくて、世界にも人間にも……自分自身にも絶望していたから。

 笑う事に意味を見いだせず、その重要さが分からなくなっていたから。

 そんな風に壊れ始めていた俺でも──いつであれ根暗でネガティブな思考にずっと捕らわれていた俺でも、アイツの思い付き発言や突拍子もない行動に、時折笑みを漏らしていた。

 時には皮肉げな笑みを、時には苦みの混じった笑みを、本当に稀に微笑を浮かべられるようになっていたのだ。


『でも黒鉄って名前は、そんな金属から取ったワケじゃなくてだな、これはお前の口癖から取ったモノなんだ』


『……俺の口癖?』


『そうさ、あのクールなヤツ』


 それが何か分からないほど、自分自身が見えていないワケじゃない。

 クールなヤツかどうかは別にして。

 でもそこには『黒鉄』の『く』の字も入っていない……そう思って訝しげな視線を向けた。


『この世に神なんかいない。悪魔もいない。いるのは人間とヴァンプだけ──。ずっと格好いいよなぁって思ってたんだよ、これ。ここまできっぱり神まで否定出来るのはすげぇってな』


『……うるさいよ。で?そこから黒鉄なんてどうやって連想したんだよ?』


 そう聞いた俺に、智哉はもったいぶって咳払いを1つ。

 そしてニヤリと笑ってから答えを返した。


『黒鉄はまんま英訳すればブラックメタルだろ?そしてブラックメタルと言えば、反キリストを歌った曲が多数ある、スラッシュメタル系の音楽ジャンルだ。ほら、『神を否定するお前』が所属するにゃぴったりじゃねぇか』


『……まんま直訳したらブラックアイアンだろ。それに得意絶頂なトコ悪いけどな、それって単なるこじつけだろうが』


 呆れた溜め息を漏らす俺に肩をすくめ、智哉はフンっと鼻をならして視線を逸らすと、睨むように空を見やった。

 俺にまともなツッコミを入れられて、ちょっとムクれていたのだろう。


 それは関西でも数少ない純正型とその副官ではなく、レジスタンスのリーダーと組織の最大戦力でもなく、ただ普通の友人としてのやり取り。そして時間。

 そこは出会いの場所で、俺達2人の運命が交差した場所だ。

 アカツキは『運命』って言葉を嫌うけど……俺が神を否定するのと同じくらい、運命を否定するけど、俺にとっては『運命』を感じさせるほど、そこが特別な場所である事は間違いない。


『いいんだよ、『運命を否定する俺』と、『人間以上を否定するお前』。どっちも神じみたモノを嫌う者同士だろうが。俺達こそ正真正銘本物の『ブラックメタル』さ』


 そう視線を逸らしたまま笑ったアカツキは、皮肉げに……でもどこか誇らしげに空を見上げる。


『まぁ神杜死守同盟なんて名前よりはマシだな。正直神杜なんて街に『俺は縁もゆかりも興味すらない』んだから。黒鉄か……まぁ、悪かないと思うよ』


 そう返した俺に、ようやく智哉は得意気な視線を戻して笑う。

 神杜なんて街に興味がないと言った言葉に嘘はない。

 ただちょっと……ほんのちょっとだけ強がりが混じっていただけ。

 その時にはもう、本当に少しだけだけど、神杜という街に思い入れがあったから。

 それを見越して智哉が笑っているようで、今度は俺が視線を外した。

 黒鉄……その名前が何故か、しっくりと心の隙間にカチリとはまるような感慨を覚えながら。


 その時から俺は『黒鉄』になったんだろう。

 神も悪魔も否定して、人間である事を望む『最初の黒鉄』に。

 運命を否定して、無限の歯車と鈍色の鎖が紡ぐ世界を否定して、黒鉄のごとき堅き意志を宿した人間に。






 近衛のタグを首から下げた男を穴あきにして、そっと空を見上げる。

 場所は吹き抜けの廊下。真っ赤な血が床を満たす様を見て、小さな吐き気を覚えたから、そっと視線を逃したのだ。


 体のあちこちがズキズキと痛むけど、それは気にもしない。

 大量の血液が肌を流れ落ちるけど、それも気にならない。

 細胞全てが活性化し、アドレナリンが吹き出し、感覚が麻痺しているような錯覚を覚える。


 辺りに満ちる血臭にだけは、いつまで経っても慣れそうにないけれど、それはどれだけ罪を重ねても慣れてはならないモノで──

 ゆっくりと歩を進める。ただ先へと足を動かす。この先に将軍を名乗る男がいる事だけを拠り所に。


「……先に行ってろ。すぐに坂上も後を追う。いずれ俺もそっちに行く」


 名も知らぬ近衛の若きヴァンプの亡骸に背を向け、ただ先へ。


「この世界に神はいない。悪魔も必要ない。そして運命も信じない」


 歩きながらもとつとつと言葉を零す。

 先ほどふと思い出した過去から、いつもの口癖に親友が信じない運命(モノ)を付け足して──


「いるのは今なおそれに縋る人間と、抗う人間だけだ」



 果たして縋る人間と抗う人間、どちらが罪深いのか。

 そんな意味のない考えを──答えの出そうにないソレへと思考を沈めながら。





****





 四発ヒットしたのは、あくまでも僥倖だった。運が良かっただけといってもいい。

 速射には自信があっても、じっくり狙いを付ける時間はなかったのだ。

 しかも距離があり、動きもあるターゲットを狙う場合は、どんな要素で狙いを外すか分からない。

 下手をすれば最初の一発ずつ……左右の銃で一発ずつしか当たらない可能性もあった。二発ずつ当たったのは、予想よりもいい結果だったと言える。

 三発目を放つ瞬間には、敵の何人か──恐らくは元変種の何人かは、狙撃されている事に気づいたのだろう。即座に盾として戦車の影に身を隠していた。

 コンマ数秒とは言わないけど、ほんの僅かな時間で俺が狙撃している方向を割り出し、その方向に対して正確に身を隠してみせる辺りが、元変種らしい判断力で、それなりの実戦経験を匂わせる。

 それでも焦らず、今度は狙いを付けずに弾をバラまいて──戦車が砲を一斉にこちらを向けた瞬間までバラまいてやる。

 最初は必中、後は弾幕で。

 無限の弾を精製するハンドガンならではの、ありきたりな物量戦法。


 それをしばし繰り返した後、戦車砲を向けられたのを確認すると、俺はその場所──二階の窓から飛び降り、一気に正門へと駆け寄った。

 敵の動きは狙い通り。セオリー通りで、それに対処する事は難しくない。

 必中で厄介な何人かを潰し、後は弾数で敵戦力を減らす。

 背後で続けて起こった爆音を聞きながら、少し道を逸れる為に脇道へと入る。

 足は止めない。敵が増援を呼ぶ前に、正門前のヤツらは潰す。

 遠距離からの銃撃で、混乱している今を逃す手はない。


 戦車の砲塔があちこち動いている辺りからして、戦車砲で俺が潰せたとは思っていないのだろう。

 そして俺の位置が掴めていないのも間違いない。

 いかに変種の知覚能力が高くても……つまり聴力や視力が高くても、『戦車砲の一斉発射音と爆発音で耳が麻痺し、視界が粉塵で遮られ』ては半減する。

 元変種の場合は、その高さゆえに半減では効かないだろう。

 それはこちらにも言える事だけど、こっちは敵の位置を把握しているという点が大きく違う。

 もともとそれを覚悟していた点が違う。

 視力も聴力もそれほど必要とはしていない。駆け寄る間麻痺していても関係ないのだ。

 そして駆け寄る間に、目に着いた敵、右往左往する連中を銃撃で穿っていくだけ。


 それによりバタバタと倒れていく連中の脇、一台の99式がこちらへと砲塔を向けているのを確認し──

 その砲口へと空圧の弾丸を放った。

 そう、砲弾が砲身にある間に炸裂させる事を狙ったのだ。


 ドォォ─────ン………


 狙いが当たり、砲塔が破裂し、砲身をかたどっていた金属がささくれ立っているのを見て、唇を歪めてみせる。


 ──コイツらはまだやりやすい。全然与しやすい。変種を相手にする闘い方が分かっていない。

 そう思えば、口元に笑みが溢れる。


 まだ戦都の連中の方が敵としては狡猾だった。あそこの連中の方が、変種が混じった戦争を良く知っていた。

 変種のような小回りが利く者を相手取り、無闇に群れる愚を知っていた。

 奇襲を受けたら散会するぐらいの知恵は持っていた。

 群れていたら、カーリアンみたいな広範囲型能力者にとっては、絶好の的にしかなりえない事を知っていた。

 群れたままだと、俺みたいに身体能力が高い者を相手にした時には、味方が盾にされる事を知っていた。

 それが分かっていない。


 戦都の連中は狡猾だった。

 アイツらならば、群れさせるにしても、下級の兵士ばかりを集めて俺の動きを抑えさせる事にしただろう。

 その上で戦車や変種を下がらせ、砲や能力で味方ごと一掃するぐらいはしかねない。

 四方を守られた首都ゆえの怠慢。安全な地ゆえに、兵士の危機感と練度が下がっているとしか思えない。


 体勢を低く、地を這うような低い姿勢で、いまだ混乱冷めやらぬ敵の足元に突っ込むと、踏み鳴らすそれを縫うように奥へと進む。

 その際に足を撃ち抜き、膝を銃身で刈り取る事も忘れない。

 狙いは先の狙撃の際にいち早く身を隠した連中。この先にいる変種だ。

 その連中だけは、下っ端が混乱している内に潰しておかなければならない。

 それは絶対だ。周りが混乱している今こそが、このアウェイのフィールドと数の不利を覆す絶好のチャンスなのだから。


 それに中にいるであろう近衛の連中とやり合っている際に、高位のヴァンプによる邪魔が入るのは非常に困る。

 近衛の連中は、一人一人が非常に厄介な相手だからだ。

 一年前に一番てこずったのも、軍勢を相手した時などより、居残っていたらしいたった一人の近衛を相手にした時なのだ。

 多数に囲まれた状況でヤツらとぶつかるのは出来れば避けたい。


「ここでシャクナゲを止めよ、と将軍閣下が仰せだ!絶対に門より中に入れるな!」


「たった1人だぞ!本軍の力を見せろ!」


 ゲキを飛ばしているつもりなのか、盾代わりの戦車脇から顔を出し、唾を飛ばしてがなっている連中を見てほくそ笑む。

 その連中に左右のシャクナゲの照準を合わせ──


「──っ」


 とっさに右手へと体を転がした。

 本能といってもいい、僅かな危機感が体に退避行動を取らせたのだ。


「残念。ハズレちったよ」


 背後の地面が、混乱していた敵兵を巻き込みながら大きくえぐれる音を聞き、背筋に嫌な汗が流れ落ちる。


 軽い調子の言葉と共に笑っていたのは、城の堀にかかった橋……正門へと繋がる橋の中ほどに佇んでいる若い女。

 先ほどまでそこにはいなかった女が、悠然と城から歩みを進めていた。


「近衛か」


 その装束には見覚えがある。

 濃紺のコートに、はだけられ胸元から覗く金色のタグ。

 それらは本軍の中でも『近衛』に所属する者だけに許されたモノだ。


「そ。アンタに一年前殺された『田村』の代わり。現近衛の友枝由希(ともえゆき)って言うの」


 そう言ってその右手をかざすと、その友枝と名乗った女はウインクをしながら続ける。


「ま、短い間だと思うけどヨロシクね」


 その手から放たれるのは、不可視の力場。それを転がるように回避しながらも認識し、その銃口を──背後から俺へと手をかざしていた変種の男へと向ける。

 その右手に炎を生み出していたパイロキネシストらしき男へと。


「あらら、本当にやるね?背中に目でもあるクチ?あ、純正型ン中にはそんなタイプもいるのかな?うわっ、キモッ!」


「よく喋る女だな、アンタ」


「それ、よく言われるぅ〜」


 会話混じりに近衛・友枝はポンポンと不可視の力を放ち……それを手の動きや仕草などから回避する。

 かわした背後では、力場の直撃を受けた99式の装甲がひしゃげるのが視界の端に写る。


 恐らくこれはサイコキネシスの一種だろうと思う。念動力とも観念動力とも言われる変種の力の一種だ。

 空間に力を放ち、それによって物質を動かす力を発揮させる能力ではあるが、彼女の場合その物質を動かす力を空間に力場の形で留め、そのまま放っているのだろう。

 サイコキネシスはパイロキネシスやエレキネシス、テレキネシス(物質そのモノに念を送り込み、それにより物を動かすタイプの念動力)などと並び、もっとも数が多い能力ではあるが、それだけに能力の質にはピンからキリまである。

 この威力からしても、この新参の近衛はサイコキネシス系としては大した能力者だと言えるだろう。


 唯一救いなのは、それ自体は簡単にかわせる事か。

 威力自体は大したモノなのかもしれないけど、動き自体は直線的なのだ。

 問題があるとすれば、全く友枝へと近付けない事。

 回避したてで体勢が崩れたところへと銃弾や能力が飛んでくれば、いくら変種の中でも上位の身体能力があろうと、人間の身体構造上かわせるワケがない。

 仕方なく周囲から銃撃や力を放とうとする連中に、優先的に弾痕を刻む事になる。


「キャハハハハッ!!すごいすっごい、やるぅ〜。かっくいぃねぇ。さっすがあの人がビビるだけはあるわ」


 どんどん不可視の力を飛ばすスピードを上げていく近衛・友枝。

 友枝を撃とうにも、力を放つだけ放ってさっと城門に身を隠すから狙えない。

 その上、他の連中も態勢を立て直したのか、散発的に攻撃を繰り返し始める。



 ──失敗した、最初に砲身を破壊した99式の影に回り込みながらそう思う。

 友枝に気を取られた辺りが致命的だった。

 気を取られ、声をかけるくらいなら、その瞬間に一気に詰め寄っていれば良かった。

 相手を確認なんてする必要などなかったのだ。

 ここにいるのは俺だけで、後は全部敵しかいない。

 そう思って──


「いや……もう1人いるか」


 ここにはもう1人いたことを思い出し、小さく笑みを浮かべた。


 ここには彼女がいる。

 一年前と違って、もう一人黒鉄がいる。

 赤い髪の──真っ赤な瞳の──ヴァンプである事を拒絶し続けた強い少女。



 初めて見た時、自らの体から溢れ出そうになる力を、必死に抑えようとしていた少女。

 憎い憎いヴァンプに囲まれながらも、その時の状況から闘い以外を選択しようとしていた彼女。

 悲痛と無力感に苛まれながらも、ヴァンプを否定してみせるその姿は、とても尊くて……貴かった。

 その体から今にも溢れでそうな明滅する炎は、強大で──

 周りの人間を確実に巻き込むほどに凶悪で──

 1人で抗うには、魅惑的すぎるほど魅力的で──


 普通ならば、まず間違いなく力の解放という快感に抗えないほどの力だったと思う。

 ほとんどのヴァンプが、その自らの力に抗えないように。

 その力がもたらすモノに惹かれてしまうように。

 それに魅了されてしまってもおかしくないだけの力だった。

 でも彼女は──カーリアンはそれを抑えてみせた。

 どんな事情があったかはわからないけど、それを歯を食いしばって、顔を悲痛に歪めて、安易に『力を使うという選択に逃げなかった』。

 決して噂に聞いた『死にたがり』の姿じゃなかった。


 力の衝動には、普通なかなか耐えられないのに。

 他の誰もがほとんど耐えられないのに。

 それほどに蠱惑的な衝動なのに、彼女はあくまでもヴァンプを否定した。

 周りを巻き込まない為に、力を抑えてみせた。


 ……それは間違いなく尊い姿だ。

 間違いなく強さだ。

 間違いなく理想の姿だ。


 彼女とはそれなりに長い付き合いなのに、一番印象深いのは、最初に出会った時のその姿なのだ。


「どうしたの、シャクナゲちゃん?諦めたのなら出て来なさい。サクッと殺ってあげるから♪」


 ──耳障りだ。

 砲身が破壊され、動かなくなった99式に身を隠しながら小さく唾を吐く。

 この女は彼女とは違う。智哉ともカブトとも違う。

 コイツの言葉は……声は、雑音(ノイズ)にしか聞こえない。


「それにしても……あの人もなんでアンタみたいなのに、そこまで警戒してるのかしら?全くわっかんないわぁ〜」


 ──目障りだ。

 他の戦車は砲を撃ってこない。撃った瞬間に、その砲弾を狙い撃たれるのを恐れているのか、はたまた近衛を名乗る女に『トドメは私が』とでも言い含められているのか。

 盾にしている99式を削る力と弾丸の音だけが響く。


 ……本当に愚かだ。


「こんなのを潰すだけで──この程度の男を殺すだけで、戦都知事の後釜に座れるなんてボロ過ぎッ!廃都のレジスタンス(お仲間)も、この分じゃどうせ大した事ないしね!ボロいボロい!」


 ──ウルサイ。


「廃都の連中も潰したら、ひょっとしたらひょっとして、西部地域の統括くらい任されるかもぉ。こりゃラッキー♪『黒鉄』なぁんて、ヘンテコリンな諦め悪いお古ちゃん達をプチっと潰すだけで、私ってば大出世♪」


 ──お前が黒鉄を否定するな。

 その強さと、これまで歩んできた道を貶めるな。

 ただ安易に力を振るう道を選んだヤツが、力を使う痛みや、力を持たない悲しみ、『力を持つ虚しさ』を知らない人間が、黒鉄を語るな。

 智哉が払った因果への代償も、カーリアンの炎に対する葛藤も、スズカの他人を遠ざける痛みも、カブトの無力感による苦悩も知らないヤツが……たかだがヴァンプという簡単な在り方に逃げた女が──

 本当の罪を知らない者が、『人間』を否定するな。


「──この世に神はいない」


 右手から『シャクナゲ』の片翼が落ちる。

 『それ』から意識が綺麗に逸れる。

 智哉が『因果をねじ曲げて作ってくれた』、俺に対する楔の片割れが俺という存在から放たれる。

 いや、俺が『シャクナゲ』から放たれる。


 ──カラカラと歯車が回る音が聞こえる。

 ──ガラガラと鎖がうねる音が聞こえる。

 ──ゴロゴロと世界が軋む音が聞こえる。


 出来れば坂上以外は──俺の『ソレ』を知っている坂上以外には、智哉からの『貰い物』の力で済ませたかったけど……

 もうそうも言ってられない。


 この女の声は耳障りで、勝手な未来予想図は目障りで──その言葉はそのものノイズの群れ。

 それらは何よりも耐え難い。

 それになにより、今回は俺一人でここまで来たワケじゃない。

 俺だけでここに来たワケじゃないから……一気にここを突破する。


 左手にいまだ握るシャクナゲが重い。頭に不快な痺れが残る。脊椎を何かが這い上がっているような錯覚を覚える。

 轟々と大地を掠める風が、肌を撫でる。

 そんな中、ボロボロになった戦車の影からその身をさらす。


 その視界の中に、砲身をこちらに向けた戦車が、キィキィと何かを喚く女の姿が見え──




 空いた右手を──暁から解放された世界の片鱗が這う右手を、ゆっくりそちらへと差し伸べた。


関西統括軍──近衛軍


関西軍所属のヴァンプの中でも、強力な変種達数名で構成される精鋭。

軍とは名前ばかりで、実際に所属している者は十名に満たない。

街を領土としては持っていないが、各街の知事を処罰する権利、各街の軍を独自に動かす権利、本軍を指揮する権利を持つ為、将軍下の関西軍では地位的に最高位に位置する。

現近衛は『左近』『右近』と名乗る関西軍設立時からの古株二人と、『友枝』と言う一年前に昇格した女の三人。

一年前の事件で『田村』という近衛が亡くなり、唯一知事と近衛を兼任していた『旭(純正型)』が抜けて以来、弱体化を噂されていたが、現在では左近と右近のしっかりとした締め付けにより持ち直している。


不祥事を起こした知事(反乱や関西軍からの離脱を企てた者)を鎮圧し、武装盗賊等の取り締まりも指揮している為、ある意味では将軍よりも恐れられている。


序列的には『将軍』→『近衛』→『知事』→『ヴァンプ』→『それ以外』が関西軍の構成。




ちなみに余談です。

坂上も友枝も田村も旭も、全員歴史上にいる『将軍』からイメージした名字です。


坂上→初代征夷大将軍とかつての教科書には乗っていたハズの『坂上』田村麻呂(正確には初代ではない)

友枝→源平時代の女武将・巴御前

田村→これも坂上『田村』麻呂

旭→巴御前の旦那さんで、『旭』将軍の名を下された『源義仲』



さらに余談ですが、黒鉄も各班ごとに共通項を作っている班もあります。

三班……植物(石楠花、葵草、雛菊、睡蓮、四つ葉)

五班……虫(カブトムシ、揚羽蝶、コガネ虫)

四班……日本の神話、おとぎ話

六班……西洋の神話(ヘルメス、マルス)

七班……日本の鬼、妖怪(鈴鹿御前等)


例外は一班と二班。

一班は立場的にバラバラ(その辺りの設定はいずれ)、二班はカーリアンのみしかおらず、カクリは黒鉄に来る前のカーリアンによる命名だから。

となっています。

気付かれていたかもしれませんが、補足をしてみました。

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