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23・Long way to say good-bye──Black-Gear──

ギリギリ更新日を守れました。

今回は英語でタイトル。

ちょっと印象持たせたい場所だけ英語……という簡単な考えから。

次回は一週間飛ぶかもしれないです。

Black-Gearの部分だけをタイトルで変えて、しばらくこんな感じの話が続きます。


最後に……お気に入りユーザー登録、お気に入り登録ありがとうございました。

PV15000をいつの間にか超えてました。本当にありがとうございます。






 脳裏では一段と高く、大きな音で歯車が回っていた。

 まるで過去を懐かしむように。

 過ぎ去りし日を儚むように。


 ──カラカラカラ……



 その灰色に染まった世界の中には、重厚な歯車と鈍色の鎖の群れ。

 それ以外にあるモノはと言えば、無機質かつ無彩色な灰色の平原のみ。

 そんな中、ただ歯車が唄う音だけが世界を回す。


 ──ガラガラガラ……



 やがて再び発露される事を願うように、歯車が軋む音が唄い続ける。

 旋律にもならず、言葉にもならないただの音の群れ。

 吹き荒ぶ風すらもなく、ただ単調に、ただ淡々と、ただ軋む音。


 ──ゴロゴロゴロ……



 この世界にはいつもただ1人きり。たった1人ぼっち。ゆえにただ孤独。

 ここにいるのはこの平原の主にして、この世界の奴隷。


 ──と呼ばれ、──と疎まれ、──と蔑まれ、──と尊ばれたモノの成れの果て。


 今はただ、この世界を抑えようと足掻くただの人間。

 それが足掻きだと知っていて、なお足掻く変種。


 今日も回り続ける歯車の音が聞こえる。

 鎖の蠢く音が聞こえる。

 主(俺)が世界を発露させるその日まで。

 奴隷(俺)がその世界に屈服するその日まで……。





────────





 そっと空を見上げる。

 もうすっかり見慣れてしまった夜色の空、昔とは違う真っ暗な闇に包まれてしまった空を。

 そこにはほとんど欠けてしまった月が登っていた。光化学スモッグからか……あるいは変種である俺にだけそう見えるのか、淡い赤の輝きを放つ月が。


「智哉……」


 つい先日──本当に数日前まで共にいた親友へと呼びかけてから、傍らに控えていた鋼の獣に跨った。

 その自身の体を預ける獣──2500ccもの排気量を誇る、五班リーダー・カブト渾身の特注バイク『バルバトス』は、待ち焦がれていたかのような低すぎる唸りを上げ、俺へと語りかけてくる。


 ──早く、早く走らせろ……誰よりも、何よりも早く!早く早く早く早く早く早く──!


 そんな叫びを上げている愛車を落ち着かせるように、俺は軽くハンドルを叩いてやった。


 ──すぐに走らせてやる。『カエサル』まで今日は手加減は抜きだ。思う存分吠え猛り、走り狂わせてやる。


 その獣が持つスペック……バケモノじみた排気量と馬力を、いつもは最低限にしか使ってやれない。

 それをずっと哀れに思っていたし、今の俺は鋼の獣と同化して狂いたい気分だったから、俺は躊躇いなくバルバトスを吹かし、その魂の叫びに自らの魂を同化させた。

 轟々と響くエグゾーストに、ビリビリと震える夜の大気。


 それは俺──唯一乗りこなせる主との魂のリンクを喜ぶ獣の吼え猛る声。


「……今日は止めはしない。俺も今日だけは好き勝手やるつもりだから」


 軽く触る程度にスロットルを回すだけで、動力系から生み出された力が駆動系を震わせ、複雑な電装を躍動させるのが分かる。

 そしてそれはそのまま抑えつけてきた俺の中にいる『獣』すらも猛らせた。


「安心して眠ってろ、智哉。将軍は……お前が大好きだったこの街を脅かすヤツは俺が殺してやる。


この宵闇のシャクナゲが──」







 戦都を抜け、さらに東へと進んだ先にその街はあった。

 光の都と冠された街。


 ──眠らずの都市……カエサル。


 その街に足を踏み入れたのは、実はかなり久しぶりの事だったりする。

 少し前まで、各地を巡って同士を集めていた際も、この街には立ち寄っていない。

 迂回して、近寄らないようにしていたのだ。

 なにしろ敵の本拠なのだ。いくら警戒しすぎても足りはしない。

 それに、神杜との間には戦都を挟んでいる事情もあったから、この街には最低限の情報収集要員しか入りこんでもいない。


 それでも今回はここにきた。

 途中にある戦都や、廃都との間にいくつも設けられた関門を、バルバトスのパワーに任せて強行突破してまで。

 もちろんそんな派手な真似はこれが始めての事で、ちょっとした高揚感みたいなモノを覚えてしまう。

 最短距離で、障害は力づくで……そんならしくない手段を用いたのには、もちろんそれなりに理由がある。


 1つは俺が──つまりはシャクナゲが、将軍を殺したのだと大々的に周囲の都市に知らしめる為。

 事前に俺がこの街に向かった痕跡を残す為に、そんな派手な真似をしたのだ。


 そしてもう1つは、最短距離……最短時間で行かなければ、俺が往復するまでにカリギュラが攻めこまれてしまう可能性があったからだ。

 今のアカツキ亡き黒鉄はあまりにも脆弱で、将軍の本隊じゃなくても、戦都や西の水都の軍に攻められただけでも瓦解しかねない。

 水都に比べて戦力が充実している戦都を混乱させる意味もあり、戦都を抜ける道程と関門を突破する手段をとったのだ。

 そうして廃都と光都への道に目を向けておけば、帰路は少し北に抜ける形をとるだけで、グンと帰りやすくなる。

 またバルバトスのスピードならば、本格的に警戒網を敷かれる前に、光都にたどり着けるという目算も立てて、行きは強行軍をとったのだ。



 そんな様々な考えから真っ直ぐに東──光都へと向かったワケだが、戦都や途中の関門に比べて、光都自体は驚くほど警戒が薄かった。

 元より西の戦都、北の古都、東の山都、南は海に囲まれている立地からか、警備はそう多くない街ではあるが、拍子抜けするほどあっさりと郊外へと入り込めたのは意外だった。



 目の前に広がる光都の街並みは、相も変わらずさんざめくようなネオンの光に包まれている。

 その光都の異名のごとく無尽蔵に光がたかれており、そのカエサルの名前のごとく見栄えがいい。

 カリギュラの夜とは違い、カエサルの周囲はいつでも無尽蔵な光が溢れていた。

 ただでさえエネルギー資源が不足がちな中、夜でも街をネオンや街灯で照らし続けるこの街は、今の世では異質であり異常にしか見えない。


 自らの足元を照らし続ける為だけに無駄なエネルギーを使う──そんなところからも、将軍を自称する男の見栄っ張りな性格が垣間見えるだろう。


 ヴァンプ達の権勢欲が具現化した街……それがこの光都・カエサルだ。


 これまでにこの街には入り込んだ事はもちろんあったが、何度来てもその異質さには慣れそうにない。

 ほんの数年前ならば、このカエサルの姿こそが人の住む街の在り方だったというのに、今は廃墟ばかりが立ち並ぶ『神杜』の方がしっくりくるのだ。


 そんな感慨に捕らわれながらも、郊外のビル街に止めたバルバトスを離れ、1人城へと歩を進める。

 将軍の住居であり、かつてはこの街のシンボルだった城……『ベルセリス要塞』に。



「……行ってくるよ、戻れなかったら次の主によくしてもらってくれ」


 俺をここまで運んでくれたバルバトスにそう声をかける。

 だが、その言葉に含まれた矛盾に、苦笑が浮かんでしまう事だけは止められない。

 バルバトスは俺用に──俺の身体能力に合わせて作られた特注だ。次の主などそうそう見つかりはしないだろう。

 スズカかスイレンなら使えるだろうけど、あの2人が俺のお下がり……つまり形見のようなバイクを乗り回すとは思えない。

 それが分かったからこその苦笑。


 そしてそんな考えによるモノか、バルバトスが俺を引き止めようとしているかのような錯覚すら覚える。

 自分を最大限に使ってくれる主を、引き止める声が聞こえた気がしたのだ。


「……悪いな。でも死ぬつもりはないよ。アイツの死だけで『約束』を果たす事は出来ないから」


 ──それに俺は、まだ生き足りないから。


 そう最後に付け足すと、ゆっくりとバルバトスに背を向けた。

 その両手に自らに科した制約の証を握りしめながら。





****





「案外あっさりと入れたわね」


 思わずそんな感想を漏らしてしまう。

 光都は戦都・クリシュナの1つ向こうにある。いわば敵支配地域にある街を、1つまたいでさらに東にあるのだ。

 それなのに別段問題も起こらずやってこれたのは、まっすぐに東に向かわずに戦都を大きく迂回して、かつては古都といわれた都市を抜ける道を選んだからであろう。

 その古都も、今では北陸から南下してくる勢力と、関西軍がぶつかり合う最前線であり、革命以前に旅行で訪れた際の面影はほとんど残っていない。

 今でも特別警戒区域であるその街を通ったシャクの判断は、やはり正しかったのだろう。

 戦都の部隊は、黒鉄──中でも『黒鉄のシャクナゲ』率いる黒鉄第三班に対抗する部隊だ。

 カリギュラ方面からの来訪者には、常に警戒しているだろう。

 だが、北陸に面する部隊の連中は、黒鉄ではなく北陸方面に警戒の目を向けている。

 もちろん南も警戒はしているだろうけど、立ち寄らずかすめて通過するだけなら、戦都を突き抜ける危険とは比べるべくもない。

 それをシャクは知っていたんだと思う。


 彼に比べれば、あたしがいかにこの辺りの状況を把握していないかを思い知らされた気がする。

 今まではせいぜい戦都までしか行った事がなく、周囲の状況も地図の上でしか知らなかったんだろう。

 同じ班長の立場にありながら、この差は正直ちょっと気恥ずかしい。


「前に光都に入った時は突き抜けたけど、今回はまだ前に比べれば余裕があったからな」


 そう笑うシャクに肩をすくめてみせるけど、その彼の笑みがハリボテなのはすぐに分かった。


 光都に近づけば近付くほど……カリギュラから離れれば離れるほど、シャクが纏う緊張感は増していた。

 今もあたしが知るシャクよりずっと重い気配を放ち、ずっと深い瞳をしている。

 光都の郊外に止めたバイクから離れた時には、あたしでさえ生唾を飲むほどのピリピリした空気を纏い、その視線に射抜かれそうな錯覚を覚える。


 ……らしくない。

 そう思う。

 気にくわない。

 そうも思う。

 倍以上──いや場合によっては十倍近い数の関西軍から侵攻を受けた時でも、彼だけは変わらずに余裕を見せているのに……今のシャクは本当に『らしくない』。

 でももっとらしくないのは、きっとあたしだと思う。

 いつものあたしならそんなシャクをみれば、からかい混じりに軽口を叩いただろう。

 あの黒鉄のシャクナゲから余裕が消える状況なんだから、ひょっとしたら喜んでいたかもしれない。


 いつもは1人余裕ぶって、1人一番傷付く場所に向かって、1人で悲しんで……

 そんな彼らしさが消えた事に、あたしはきっと俄然やる気を出して、シャクに余裕ぶってみせたと思う。

 彼が余裕ぶって見せない相手──つまり本心を見せられる相手に、あたしはなれたんだと誇らしく思ったかもしれない。


 そんな相手は、あのスカシ野郎のアカツキ以外にはいなかったから。

 アイツがいなくなってから、シャクはことさら強くあろうとしだしたから。



「ベルセリス要塞は正面から突破するしかない。あそこは掘りに囲まれた城を要塞化したモノだから、裏口なんてないんだ。昔、観光地であり地域のシンボルだった時は、ひょっとしたら裏口くらいあったのかもしれないけど、少なくとも前に入った時はなかった」


 ──隠し通路くらいはあるだろうけどね。



 そう続ける彼に頷いてみせる。

 もう茶化す余裕もないし、そんな状況でもないのはさすがに分かっている。

 もうここは光都──

 あたし達黒鉄の敵、関西軍の本拠地の一角なのだ。

 今までは交通規制も関門も何もなかったけど、ここからさらに街中に入ればそうはいかないだろう。

 現になんとかって名前の要塞は、かつてのお城──戦国時代の城を改築したモノらしい。その侵入は容易ではないと思う。


「最初はカーリアンが、少し時間を置いて俺が突っ込む事にしたいと思う。ちょっと──いや、かなり危険だけど、カーリアンには陽動を頼みたい。君の炎は凄く目を引くからね。それに目が行っている間に俺が将軍の元へと向かう。どうかな?」


 ──悪くない、とは思う。

 シャクが下手に暴れまわるよりも、あたしがそこら中を発火させまくる方が、間違いなく敵を引きつけられるだろう。

 確かに危険だとは思う。でも本当に危険なのは、あたしじゃなくてシャクの方だ。

 本拠地の中に突っ込むって事は、逃げ場のない場所に入り込んていく事に他ならない。

 いざとなれば逃げ場や隠れる場所なんかいくらでもあるあたしとは違って、中に入り込むシャクには全くない。

 入り口、城の外壁、外堀の周囲を囲まれただけで、どこにも逃げようがなくなるのは、シャクの方だ。

 そうは思ったが、その考えを口にする事はなんとか自制した。

 他にいい方法がないのもあるし、何より彼は一度一人っきりで光都に入り込み、要塞を踏破して将軍を後一歩まで追い詰めた実績がある。

 そしてあたしが外を任されたという事は、陽動だけじゃなく彼の退路まで任されたという事だ。

 それがちょっと嬉しくて……誇らしい気がして、あたしは渋々を装って頷いてみせた。


「ま、仕方ないわね。外は任せときなさい。絶対入り込める隙を作ってみせるから」


「頼むよ」


 ──帰り道もあたしが確保しといてあげる。

 そう心の中で恩を着せてから立ち上がると、大きく伸びをした。

 凝り固まった筋肉と緊張感をほぐすように丹念に体を動かし、軽く頬を張る。


 ──今までずっと守勢の戦いしかしてこなくて……

 攻められた時だけ戦ってきて……

 それ以外の事をする余裕なんかなく、ただがむしゃらに生きてきただけのあたしが、今はシャクと一緒に光都にいる──



 そう思えば感慨深いモノがある。

 今はもういない双刃のクロネコや深緑のサザナミ、練血のミヤビ……そしてアカツキが今のあたしを見ればなんて言うだろう?

 無謀を笑うだろうか?

 それとも頭を抱えてみせるだろうか?


「……行こう。今度こそ、今度こそ坂上を──」


 そんな彼の呟きと共にキリキリと辺りの空間が引き締まり、そんな冷気にも似た空気にむせそうになる。

 少しだけ悲しくなる。


 その空気をあたしは知っていたから。

 これが彼から滲み出る殺気によるモノだと……シャクが本気で戦う時に撒き散らす、死の空気だと知っているからだ。

 そんな時のシャクは、余裕を無くしている時だと知っているから、少しだけ悲しくなるのだ。



「……じゃ、先にいくね」


「あぁ」


 そして、最後にそんな言葉だけを交わすと、あたしは1人、ゆっくりと大通りを歩きだした。


 血路を開くなんて言葉はあるけど、今のあたしにそんな気概はさらさらない。

 適当に敵を引きつけて、あたしもシャクを追った方がいい。

 今のシャクは、なんかヤバい気がする。危ういとかそんなモノじゃなく、純粋に危険な気がする。

 将軍との間に何があったのか……かつて将軍を殺そうとここに来た時に、一体何があったのかあたしは知らない。

 知っているのは『シャクナゲが失敗した』という結果だけ。

 実際に戦って勝てなかったのか、状況から途中で諦めたのかは分からない。

 ただ今のシャクの様子から、何か思うところがあるのだけは間違いないだろう。

 それが余裕を無くしているのか、はたまた違う理由からなのかは分からないけど。


 でもきっとスズカは、そんなシャクの事を知っていて、ちゃんと分かっていて、あたしに付いていくように頼んだんだと思う。

 だからここで時間稼ぎをする事だけに、気を取られるつもりにはなれなかったのだ。


 ──絶対にこんなトコでは死なせないから。確かにあたしが側にいるのはいいよ。でも、親友から頼まれた事を果たさないワケにはいかない。だからここでは死なせられない。


 そんな終わりを認めたくなんかなかった。

 だってそうなればスズカは絶対に泣くだろう。

 それにシャクは、今までカリギュラ──神杜を守る為だけに戦ってきたんだから、最後はその守ってきた地で迎えるべきだ。

 だからここはあたしがずっと願ってきた最後の場所じゃない。そんなのは認めたくない。

 その為には、足留めや時間稼ぎなんて陽動に手間を取るワケにはいかない。


 そう考えを纏めると、そっと両手をかざした。



 ──その手のひらにある、あたしの色をした紅の灼熱をかかげるように。

また何か思いついたら追記します。

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