番外編・カクリの考察《人物編1》
この国はかつて日本と呼ばれた単一民族による国家だった。
かつてとは言っても、そこまで昔の話ではない。ほんの数年前までの事である。
だが、『かつて』と表現しても違和感を感じないほどに、ずっと昔の事のように思えるのもまた事実だ。
まぁ単一民族といっても、正確に言えばアイヌなど小数民族もいたが、問題なく溶け込んでいる民族紛争のない国だったと伝え聞く。
昔起こった世界規模な大戦以降は大した紛争にも巻き込まれず、世界でも有数の経済大国と認識される裕福な国だったのだ。
だが現在のこの国は、幾つもの地域にそれぞれ別々の勢力が立ち、それがせめぎ合いあい争っているのが現状だ。
さながら内戦の様相を示しているワケではあるが、これは今まで起こっていなかった民族紛争が勃発したワケでも、宗教がらみの争いでもない。
『ヴァンプ』──
数十年前に生まれた『新たな人類』のうち、特に強い力持つ個体がこの国を分断統治しているからである。
このヴァンプという言葉は、当初自らの力に溺れ、欲に狂った変種のみを指す言葉だった。だが現在ではその『元変種達』の力に魅惑され、それに従って権力を握る『力を持たない人間』をも指す言葉となっている。
かつてある男はヴァンプを指してこう言っていた。
『その力の強さで人を虜にし、狂わせるヴァンパイア共』と──。
そう言う意味合いでヴァンプと呼ばれているなら、なかなか的を射たネーミングだと言える。
そのヴァンプ達がそれぞれぶつかり合い、淘汰と支配を繰り返して、やがてそれぞれ地域ごとに1人の元変種をトップに勢力を形作るに至ったのだ。
私とカーリアンの出生地である地方は、『マスターシヴァ』という狂人が支配し、今暮らしている関西西部地方から中国地方は、『将軍』を自称する男が権力を掌握している。
他に日本という国が、いまだその体面を維持している『九州・四国』を除けば、『北陸地方』、『中部地方』、『東北地方』、『北海道』、そして『関東地方』にそれぞれ勢力が立ち、まさに群雄割拠の体を様していると言えるだろう。
中でも関東一帯と中部地方の東部、東北地方南部を勢力圏とする『関東軍』……『神皇軍』は、その勢力範囲も広く、『日本最初のヴァンプ』である『新皇』を頭に掲げた最大勢力だと言えよう。
先の考察でも述べたが、現在新皇には『死亡説』が流れている。それでも各地方軍は『神皇軍』を警戒し、それぞれが不可侵条約を結んでいるのだ。その辺りからしても、いかに『神皇軍』と『新皇』が強大な影響力を持つかが伺えよう。
なにしろ混乱期にあったとはいえ、一番最初に変革を起こした変種が『新皇』であり、それは『一番最初に変革を起こせるだけの力を持ったヴァンプ』と言う事に他ならない。
他の地域の勢力がその名前を恐れ、警戒するのも分かる。
他の勢力は、新皇が広げた混乱に乗じて立ち上がっただけの勢力であり、それはそのまま自分達だけでは、1つの国を覆す事など出来なかったという事なのだから。
私はカクリ。私がこれを記すのは、単純に私にはそれしか出来ないからである。
私は強大な力を欲しても手に入れられない存在。ヴァンプ達に力で抗う事が出来ない弱き変種……。
ただの『考察者』。
ただ世界を見て、その知識と情報を力とするしか出来ない弱き女。
『紅』にもらった名前を唯一の誇りとするただのカクリだ。
まずは、我が黒鉄が敵対する関西の『将軍』についての情報をまとめておく。
本名はサカガミ……シャクナゲがそう言っていたのを聞いた事があるから、この情報に間違いはないだろう。
自ら『関西地方から立ち、やがて全国を統べる将軍』と大げさに名乗り、関西統括軍……関西軍を立ち上げた男である。
実は関西軍とは言っても、中国地方の方が実質的な統治面積は広かったりする。
関西東部は中部地方の『獅子』、北陸地方の『軍神』、そして『マスターシヴァ』の勢力が入り乱れる紛争多発地帯で、将軍の勢力が地盤を持つ地域は関西の西部に限られるのだ。
彼は新皇に次いで力を示した第一世代のヴァンプと言えるだろう。
幾多の権力争いを繰り返し、紛争絶え間ない関西西部と中国地方のヴァンプ達を掌握したヴァンプ。
そしてその後、軍勢を率いて日本という国の支配地域を、四国と九州という地域まで押し込めたのが『将軍』である。
彼の統治法は非常に分かりやすく、『弱肉強食』を法の中核に据えている。
知力であれ、腕力であれ……あるいは世渡りといったモノであれ、優れた力を持つ者が上に立ち、人々を好きに支配するのだ。法など実際無きに等しく、上の者の言葉こそが法と言っても過言ではない。
その支配体制のピラミッドの頂点に立つのが将軍なのである。
その能力については未確認ではあるが、参考になりうる資料はある。
かつてシャクナゲが将軍暗殺を狙って襲撃をかけた事があったのだ。
三班を率いてではなく、シャクナゲ個人の独断で、将軍の本拠である『光都・カエサル』へと向かったのである。
……アカツキが死んだその直後に。
しかしカエサルの高官達を何人も殺し、将軍を後一歩というところまで追い詰めたところで、さすがの彼も将軍に撃退されたと聞く。
その話からしても、将軍個人の力はシャクナゲと互角以上であるのが明らかであり、強力なヴァンプであるのも間違いないだろう。
もっとも1人でカエサルに入り込み、何人もの高位ヴァンプ達を始末して、将軍の元まで辿り着いたシャクナゲもまた、恐るべき変種といえるであろうが。
この件以来、『黒鉄のシャクナゲ』は、関西軍発行では最高額の賞金首となり、各地方にまでその名を轟かせたのだ。
現在の関西西部は、このシャクナゲの所属する我々『黒鉄』と、将軍率いる『関西軍』の睨み合いにより均衡が守られている、と言えるかもしれない。
関西以西を代表する変種……それが将軍とシャクナゲだ。
シャクナゲと彼が率いる『黒鉄第三班』は、カリギュラに侵攻してきた関西軍にとって強大な壁となって立ちはだかり、各地に潜むレジスタンス活動の機運を盛り上げてきた歴戦の部隊だ。
現在ではカーリアンやオリヒメ、ナナシなど強い力を持つ変種達が多数いるが、その体制が整ったのは比較的近年になってからである。
それまでは黒鉄と言えば『シャクナゲ』であり、他に知られていた変種と言えば『スイレン』と『スズカ』くらいのモノだったと言える。
次に今までに調べ得た『シャクナゲ』の情報についてまとめてみる事とする。
彼の存在は我が二班の安泰を測る上でも無視出来ない存在であるし、関西の情勢、近代の出来事を振り返る上でも外せない存在であるからだ。
シャクナゲ……黒鉄の前身、『神杜解放戦線』、そして『神杜死守連合』時代から最前線に立っていた男。
解放戦線時代には、神杜市を武力制圧した関西軍に対し、有志を率いて市街に潜み抗戦し、徹底したゲリラ戦でもって関西軍を神杜から撤退に追い込んだ。その後も、解放戦線時代の面子をそのまま率いて、何度も関西軍からの派遣部隊を撃退した神杜市の英雄。
決して仲間達には戦いを無理強いせず、自らの姿勢で仲間を惹きつける黒鉄のカリスマ。
日本という国を守る自衛隊をも撤退に追いやった関西軍を、ゲリラ戦と奇襲を駆使し何度も打ち破った神杜の守護者。
それゆえに『黒鉄のシャクナゲ』という呼び名は、組織やコードを指す言葉ではなく、彼の2つ名としてそのまま用いられる。
『シャクナゲは黒鉄そのもの』
私は誰かがこう言ったのを聞いた事がある。それは実に的確な表現と言えるだろう。
黒鉄と言えば誰もが思い浮かべる男……それがシャクナゲだ。
ここまでの表記だけなら、彼は非の打ちどころがない存在に思える。
だが私は、彼に対してイマイチ信用が置けない部分があるのだ。
彼の事は別に嫌いではない。むしろ感謝しているくらいだ。
彼がいなければ私も私の可愛いカーリアンも、今この街にはいなかった。今のような住み心地のいいカリギュラは作られなかっただろう。
ぬるま湯のような甘い印象も捨てがたいが、今みたいな黒鉄でなければ、カーリアンは今みたいな快活な性格にはなれなかっただろう。
昔の怖いカーリアンのままであったハズだ。
だから彼には深く感謝はしている。
しかし、シャクナゲには謎が多過ぎる点が私には気になる。
シャクナゲの能力がいまいち不透明な点もそうであるし、出生がよく分かっていない点もそうだ。
関東の方の生まれ、というのは信用出来る筋からの情報だが、それすらも確信が持てない。
仮にもしこの情報が本当だったとしても、それはそれでまた謎が深まる事になる。
何故関西に移ってきたのか?
争乱に包まれた関東から逃げてきたなら、何故関西ではレジスタンスとして活動する事にしたのか?
関東からは逃げてきたのに、何故関西では戦う気になったのか?
非常に興味深く、それゆえに警戒感が呼び起こされる。
彼には力があるからだ。恐らく物質形成能力の一種であろう特殊能力と、変種の中でもかなり上位に位置する身体能力、そしてその知力。
何より人を惹きつける『魅力』。
その全てが私に危機感をもたらせる。
シャクナゲは権力や富を望まないから余計に……。
レジスタンスと言っても、その実質は自分が将軍に代わって権力を握ろうとする輩が大半なのに、彼はそれを望まない。
『黒鉄のトップに』と皆から望まれた時──アカツキが亡くなった後も、リーダーになる事を望まず辞退した程だ。
彼が辞退したからこそ、他にリーダーになる者もおらず、それぞれの班が独自に動きを見せる現在の体制になり、今の黒鉄がある。
そしてそんなシャクナゲが一番危険な任務を負い、命を懸ける姿勢を見せ続けるから、他の黒鉄達も命を顧みず戦うのだ。
何を目的に戦うのだろうか?
なんの為に命を懸けるのだろうか?
非常に興味を惹かれ、それゆえに警戒する。
私まで彼に『惹かれる』のは、考察者として好ましくない。
それでは本末転倒だ。観察対象に感情移入して、観察が続けられないなど、間抜け以外の何者でもない。
もし、彼の目的を知る事が出来れば、それは大きな手札になるだろう。
あくまで黒鉄である事に固執し、権力に対して否定的──嫌悪感すらにじませる理由が分かれば、彼の過去も分かるかもしれない。
それはひょっとしたら、謎の多い『アカツキ』という男についての手がかりになるかもしれない。
次の考察はアカツキについて考えをまとめてみる事とする。
黒鉄最強のシャクナゲを従え、将軍に完全に支配されかけた地域に波紋を起こした男。
彼について分かれば、私の行くべき道も見えるかもしれない。
そうすれば私が取るべき道も見えてくるだろう。