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17・レイディ・ヘルメス

う~ん。

かなり露骨な感じですが、気にしないで下さいませ。

また編集するかもしれませんが……

少し早く上げられました。

次回更新は22日、日曜日予定





「ふぅ……」


 大きく溜め息を吐くと、目の前にそびえ立つ高層ビルのなれの果てを見上げた。


 ──ここに来るのも久しぶりだな。


 そんな事を1人ごちながらも、深い溜め息を漏らす。

 それは、ここがあんまり好き好んで来たい場所ではない事もあるが、ここに来た経緯も大いに関係している。


『……アオイには直接揺さぶりをかけてみて欲しい。……私よりも三班がバックに付いているアナタの方が……万が一の時もきっと安全』


 いつも通りの無表情のまま、そんな事をヌケヌケと言う二班副官の少女の事を思い出せば、溜め息と小さな苦笑が漏れるくらいは仕方ないだろう。



 彼女が言った『万が一』や『きっと』という言い回しは便利な言葉だ。詐欺師が使う言葉の使用頻度をランク付けするならば、まず2つとも十指に入るだろう。それくらい使いやすい言葉。

 なにしろ他人を説得するのにこれほど使いやすい言葉もない。言った本人はなんの確約もしていないのに、言葉に妙に説得力があるような気分にさせられるのだから。

 そしてなにより、例え内心では『六班が騙し討ちとかしないかな』と思っていても──『簡単に尻尾を出してくれれば楽なのに』と望んでいても、それを気遣いにも似た言葉で覆い隠せる。


 そんな彼女のちょっとした期待を思えば(もちろん本気ではないだろうが)、『その腹黒──もとい、裏工作好きなところだけは、もうちょっとなんとかならないモノかな……』と考えてしまうくらいは仕方ないだろう。

「とは言っても、尻込みしてても仕方ないですし、行きますか」


 そんな独り言を漏らしつつも、心持ち重い足を動かして廃ビルへと歩を進めていく。



 足取りが重いのは、脳裏に浮かんだ少女──時折組む事があるカクリさんの事が嫌いだから、といった事が理由なワケではない。

 むしろその能力は評価しているし、まだ若いからか意外と熱くなりがちな点も好感が持てると思う。

 でも今から私がすべき事は、彼女の計画に沿っての行動などではないのだ。

 彼女の思惑から外れる行為だという事が分かるからこそ、ちょっとした罪悪感を感じてしまう。


『アオイには特別に頼みたい事があるんだ。カクリに任せるのはまだ早い気がするから』



 ──そう、これからの行動は私が心服する主の言葉を果たす為だ。

 我が三班の長の命を果たす為だけの行動なのだ。

 私も我が主も、今回の策を練った彼女の能力は高く評価しているし、それを信頼してもいる。

 だがそれはそのまま『彼女の能力を見極めている』という事。

 そう……まだ彼女では『黒鉄』は背負えない、と私も我が主も判断しているという事だ。

 彼女は『若すぎる』し、経験も人脈も少なすぎる。

 今の時点では、古くからここで戦ってきた黒鉄──最初の黒鉄である『主』には及ばない。

 だからこそ彼の命を受けた私は独自に動いている。

 彼女の考え通りに……でも彼女の思惑とは違う形で。

 彼女の『狐狩り』を完璧にする為の保険と──私なりのちょっとした『裏工作』を施す為に。






 私はアオイ。黒鉄に所属する符号無き変種の1人。

 そして符号の持つ『意味』を求めない変種。

 自分自身には意味が持てず、周りにそれを見いだすような変わった人間。

 三班副官という立場に身命を捧げる詰まらない男であり──

 ──それゆえにあまり親交のない他班、情報班『黒鉄第六班』の本拠地に1人で乗り込む事になった要領の悪い男さ。








「失礼します」


 そうにこやかに本拠の一室、まだ部屋の原型を留めていた応接室へと足を踏み入れた。

 飾り気がないのは三班の本拠──巨大な地下駐車場を改造した場所と変わらない。だが、どことなく六班の本部はこざっぱりした印象を受ける。


 基本的にあまりモノが置かれいない事もあるが、割とコマメに整理してもいるのだろう。

 それが班ごとの特色と言ってしまえばそれでおしまいだが、やはりここのトップが女性である事も関係しているのかもしれない。


 もちろん機密を扱う『情報班』の本部ならではの厳重な警備も敷かれている。

 入り口で念入りに身体検査をされるし、中はあちこちを歩哨が巡回している。

 何よりいざ中に入っても、入室が許可されない部屋すらたくさん──というより入れない部屋の方が多いぐらいだ。

 この中には、ここの長ですら定例の会議で採択を取らなければ触れない資料があるのだから、それも仕方ないと言えば仕方ないだろう。

 かつて『統括部』という機関がここを使っていた名残からか、ここには昔の黒鉄の情報や構成員の個人情報が多く残っているのだ。

 そういった情報や機密──中でも『最重要機密』に属する情報を詳しく知るのは、今は亡きアカツキと五班のカブト、そして我が三班の班長たるシャクナゲぐらいのモノだろう。

 それらの情報を残したモノ、あるいは形に残るモノを管理するのも六班の役割なのだ。

 そんな場所であり班でもあるのに、六班に割とクリーンなイメージがあるのは、班長であるヘルメスの堅い雰囲気によるモノが大きい。

 単に堅物とは言っても、慇懃無礼を地でいくオリヒメとは違い、ここの班長は本物の堅物なのだ。しかもその堅さは、誰にでも平等に振りまかれている。

 その平等さこそが、クリーンなイメージを持たせているのかもしれない。


 ……まぁ、コンクリート剥き出しで鉄骨すら見える部屋なのに、豪奢な革張りのソファーが2つ置かれているだけという、彼女の執務室のセンスはどうかと思うが。


「……今、貴班は大変な状況だと思っていたが、わざわざなんの用かな?」


「まぁ、ウチは一班ほど被害は受けていませんでしたから」


 面会を求めると、即座に迎え入れてくれた部屋の主の言葉にはそう返し、勧めてくれたソファーの片割れに礼を言って腰を下ろす。

 突然の来訪に歓迎の色も拒絶の色も見せず、冷静な面もちを崩さない辺りは、さすがに1つの班を切り盛りするコードフェンサーと言えるだろう。

 同じ女性班長であるカーリアンやオリヒメが、周りに感情がだだ漏れなのとは対照的だ。

 七班のスズカさんはよく知らないが、聞いたところによると彼女もかなり放任主義らしいから、この六班の班長が一番しっかりした女性班長だというのは間違いないだろう。


「それよりもご無沙汰しています。今回の会議には班長も私も参加出来ず、申し訳ありませんでした」


「いや、あれだけの損害を被った直後に会議に出てこれたナナシが異常なんだ。シャクナゲにはお大事にとお伝えしておいてくれ」


 あくまでも堅い口調を崩さない彼女は、落ち着いた物腰のままそう言うと唇の端を持ち上げる程度にそっと笑う。

 その表情一つ取っても、私と同年代とは思えない……老成にも似た落ち着きを纏っている。

 その引き締まった体付きや、ほとんど表情を動かさないところもいつもと変わらない。

 その仕草一つ取っても不自然さは1つも見当たらない。

 だから私もその言葉通りに受け取ったように、自然に言葉を返した。



「ありがとうございます。

──『ヘルメス』」


 ……もちろん彼女の言葉の全てをそのまま受け止めたワケではないけど。








 『ヘルメス』……彼女については私があらかじめ多少は調べておいた。

 私が担当したのは、単に私の方がカクリさんよりも断然古株だったから。彼女が黒鉄に来た時期はカーリアンやカクリさんとほぼ同時期だったからだ。

 彼女が黒鉄に流れてきた経緯などを、当時来たばかりのカクリさんは知らないだろう。

 私はその当時、すでに黒鉄に馴染んでおり、当然その時の状況も知っていたから、彼女についての調査は私が担当する事になったのだ。


 その間にカクリさんは、彼女が持つ独自の情報網を駆使し、外部──白鷺や関西軍の動きを調べ、他に私とは縁の浅い人物を担当した。

 私が六班の人物で調べたのはヘルメスとその部下であるコードフェンサー・『マルス』だけだ。


 ……何か厄介なところだけを担当させられた気がしなくもないが、関西軍に出来る限りの探りを入れているカクリさんも危険な橋を渡っているのは間違いない。

 それに彼女に六班所属のコードフェンサー2人の調査を任せるのも気が引ける。

 純粋に彼女が心配なワケではなく、彼女の策士ぶりからして何かしでかすのではないかと気が気ではないからだ。


 それはさておき、今現在までに彼女が調べたところによると、外部組織であり、『狐』の有力な候補でもあった白鷺は、すでにその容疑からは外れている。

 むしろ今の段階では真っ白に近い。

 何しろ戦都・クリシュナに潜む反抗勢力である白鷺は、先の作戦──我が黒鉄が戦都侵攻を企て、失敗に終わった時期と同じくして関西軍に潰されていたのだから。

 抗戦むなしく徹底的に潰され、残党狩りによってメンバーの大半が殺されるか、取り押さえられたらしいからだ。


 もし白鷺が──あるいはそのメンバーの誰かが関西軍と繋がっていたなら、確実に黒鉄を潰すまではそんな行動は取らない……というのが、私とカクリさんの共通する考えである。

 そう考える理由は至極簡単だ。

 白鷺は黒鉄に比べれば小さな規模の組織で、黒鉄のように武力による反抗など出来る規模ではない。つまり所在さえ分かっていれば、いつでも潰せるレベルの組織だという事が、そのまま白鷺が容疑から外れる理由となっている。

 もし白鷺と関西軍が繋がっていたなら、彼の組織を関西軍が早急に潰す必要など全くない。

 生かしておけば……多少の要求を聞いて飼っておけば、黒鉄という大魚の情報が得られる可能性があったのだから。

 つまり今の時点で白鷺が潰されたのは、白鷺を生かしておく価値が関西軍にはなかったからという事だ。

 むしろクリシュナ内でちょこちょこ反抗されて鬱陶しい相手だから、黒鉄にダメージを与えた隙に潰しておいた方がいい……そう考えたのではないかと思う。


 しかし白鷺がいくらシロだとしても、今の段階で潰されたのはさすがに少し疑惑が残る。

 カクリさんがそこに気付いているかどうかは定かではないが、私が関西軍を仕切る立場なら、白鷺はもうしばらくは生かしておいたと思う。

 例え鬱陶しい相手でも、黒鉄の疑惑の目を逸らす為に、『白鷺という対象』は残しておく……私ならばそうした。

 貴重な内通者(本命)を疑惑から遠ざける意味でもそうしただろう。

 まぁ、ここまで考えるのはさすがに穿ち過ぎなのかもしれないけど。


 ……さておき白鷺が潰された事によって、私に割り当てられた『ヘルメス』と『マルス』の情報がより重要性を増してきたのは間違いない。

 つまり情報班である六班が持つ情報と、防諜班である六班の中にある穴──内通者が突けるであろう穴を特定する事が重要になったのだ。

 そしてもちろん容疑者として調べる必要もある。


 ……もちろんこうして第六班の本拠地に出向いてきたのは、それを調べる事が目的ではないワケだが。


「さて、アオイ。さっそくで悪いが、君がここに来た理由を説明してもらえないだろうか?ウチは機密を扱う部署だけに他班の来訪は歓迎出来ないのでね」


「はぁ。それは重々承知しているのですが、そうも言ってられませんでして……」


「……聞こうか」


 私の様子から何かを察したのか、ヘルメスは元から冷静な表情をさらに引き締め、少し身を乗り出してきた。

 変種にしては珍しい色彩である黒い瞳に、僅かに緊張の色を見せながら。

 たったそれだけで場が引き締まっていくのがわかる。

 彼女が持つ独特のプレッシャー……それを肌で感じつつも、私は最初に『建て前』を切り出した。


 この建て前と言うのは、カブトさんやカクリさんも知っている『内通者』に対しての二・三・五班の現在の動きについて、だ。

 それをただ淡々と述べる。



 ──そう、隠す事なく『アナタが疑われてますよ』と示したのだ。


 カクリさんなら──いや、私も彼女の立場なら、もう少し気のきいたセリフと、言葉の並びを考えただろう。

 ありのままの現状をそのまま伝えるような馬鹿正直な真似はしなかったハズだ。

 あくまでも『ひょっとしたら自分が疑われているのかもしれない』と思わせるような言い方をしていたと思う。

 そうして牽制をし、ボロを出すのを待つのだ。

 ギリギリまで手札を見せつつも、切り札だけは隠し持つ。それも駆け引きのセオリーの一つだから、ひょっとしたらそうしたかもしれない。



 ……まぁ『ヘルメス』との駆け引きなんて、心臓に悪いにもほどがあるから、考えたくもないが。


 だが、現状の私とカクリさんでは立場が違う。

 彼女はあくまでも黒鉄第二班の副官であるのに対して、私はあくまでも『シャクナゲの部下でしかない』。

 その違いは大きい。それはつまり、シャクナゲの意志だけが私の取る態度を決めるという事なのだから。


「……ふむ。君の言い方だと私が疑われている、というのを知らせてくれているように聞こえるが?それは君──いや、『シャクナゲは私達を疑っていない』、そう思ってもいいのかな?」


 当然私の言い回しの不自然さには彼女も気付いたようだ。軽く首を傾げ困ったように笑う。



「ご賢察の通り、シャクナゲはアナタを疑ってはいないようです。その理由については私も知りませんが、それはまぁ、私にとってはどうでもいい事ですので。シャクナゲが無実だと思うなら私にとってもアナタ方はシロですから」


「君も相変わらず……みたいだな」


 私の言葉にそう小さく笑いながらも、彼女は視線だけでその先──本題を促してくる。


『それを知らせにわざわざ来たワケでもあるまい?』


 そう言いたげなその黒瞳に、今度は私が苦笑を浮かべた。


「それもご推察の通り。まずは現在の状況からお話します。現在、二班の副官と五班がアナタを──六班の動向を調べ監視しています」



「知っている」


 あっさりとしたそのセリフにやや面食らいながらも、それは表に出さないように気をつける。五班もカクリさんも下手な動きは見せていないハズだが、そこはやはり機密を扱う情報班、といったところだろうか。

 班本部の周囲は、やはり普段から警戒が厳重なようだ。

 それを改めて認識しながらも、務めて淡々と言葉を続ける。


「さすが。それは二班副官の調べた中では、アナタが最有力の『内通者候補』として上がったからです。情報班として普段から裏で動く立場が裏目に出た感じですね。彼女ではアナタ方の動向が掴めなかったようです」


「…………」


「そこで事前にアナタ方を調べる役割を私が、六班が動き出したならそれを抑える役割を五班が、外部を調べるのをカクリさんが現在は担当しています。

──シャクナゲが離脱している間に動き出すであろう『内通者』……作戦上『狐』と呼んでいますが、これを今はアナタ方だとほぼ断定している状況だと言えますね」


「シャクナゲの長期離脱はまさか……」


「その通りです。『フェイク』ですよ。念入りに裏工作までして見せかけただけの嘘です」


 彼女はやはり頭の回転は早い。僅かなピースで、今の状況を飲み込んでいく様子は、話していて気持ちがいいくらいだ。

 もちろんそれは、知られる必要のない事まで悟られる危険が多い、という事とイコールで結ばれてもいる。そこには気をつけねばならないから、それはそのまま『油断ならない相手』ともイコールで結ばれているワケでもあるが。


「ここに来た私の役割は、『狐を狩る側』の情報を情報班であるあなたに流し、今現在の各班の動きを知らせる事……つまりさっきの話です。

それにどんな意味があるのかは聞かないで下さいね。私も聞いてはいませんから」


「ふむ」


 そう形ばかりは頷いてみせつつも、彼女は黙考を続ける。

 いくらなんでも、私の言葉をそのまま受け止めたりはしていないだろう。

 そんな甘さを持ったままでは、身内をも疑わなければならない事もある『情報班』の長は務まるまい。

 だからこそ私は、彼女の思考がどこに行き着くのかを見極める為に視線を彼女から外さない。


 彼女には分かっているハズだ。私相手にカマかけや取引が通じない、という事は重々承知していると思う。

 私がすべきなのは必要な事を伝える事。

 そしてその結果感じた事、知った事をそのまま持ち帰る事だけだ。

 情報を選別する必要もなければ、情報を求める事もしない。


 それはそのまま彼女からの言葉は余り意味を持たない事を指している。

 彼女がウッカリと情報班の機密を話す事など到底期待出来ないのだから。

 もしそんな真似をすれば、それこそ怪しむべきだ。

 私がここで持ち帰るべきなのは、話している最中の彼女の様子と、彼女が言葉を発する際の僅かな感情の揺れ、そんな程度のモノでしかなく、それ以上は求めてもいない。

 そんな私に取引を求める事自体が無意味であり、カマかけなど失笑に値する。

 それぐらいは分かっているだろうから、彼女は言葉もなく思考を深くする。


 そうしてしばらくの黙考を続けたあと、彼女は軽く眉根を寄せると大きく息を吐いた。


「……我が情報班でも内通者について洗ってはいる。今もそれでゴタゴタしていてね」


「それはお疲れ様です」



「だが、シャクナゲはまた大胆な真似をするな。彼が抜ければ三班の戦力はかなり落ちるだろうに。彼がそんな賭けじみた真似をするタイプだとは思ってもみなかったよ」


「悪い芽は芽のウチに摘む、その為には多少の賭けも仕方ないでしょう?たかが雑草の芽だとしても、育てばいずれ大樹の源を食い荒らす事もあり得ます」


「その考え自体は否定しない。しかし、そんな賭けじみた真似はやはり彼らしくないと思うんだがね」


 そう言って溜め息を吐くと、意味ありげな視線を向けてくる。

 そんな彼女の言葉や視線にも、私に出来るのはただ肩をすくめる事だけだ。

 先も言ったが、私にはカマかけも交渉の言葉も……そして『言葉には出さない無言の交渉』も通じない。

 私には個人の意見など存在しないのだから。

 だから主が何を考えているのかを想像出来ても、それを表に出す事などしない。

 そんな私の様子に、彼女は呆れたような、でもどこか納得したような笑みを浮かべ、肩をすくめてみせた。




 ……恐らく、本当になんとなくだが、彼女は『狐』について目星を付けているのだろうと思う。

 何故そう思うかと言えば、私のカンだとしか言いようがないが、このカンは外れていないと思う。

 そしてシャクナゲもまた『狐』の心当たりがある、そう彼女は考えたのではないか。


 こちらはカンではなく、確信だ。現にその心当たりがあるからこそ、私を体よくカクリさんの策に合わせるように六班に接触させたのだと思う。

 その心当たりを情報班に当たらせる為に、だ。


 ……それが果たして『狐を確定する為』なのか、はたまた『狐の心当たりを信じたくないから、その可能性を潰す為』なのかは分からない。

 シャクナゲには甘さがあるからこそ、私にも彼の考えがハッキリとは断言出来ないのだ。

 だがまぁ、それは別に大きな問題じゃない。彼が甘さで決定を下そうが、黒鉄としての判断を下そうが、私にはどのみち従うという選択肢しかあり得ないのだから。


「……分かった。とりあえず情報には感謝する」


「いえ、こちらとしてもいらぬ諍いを起こしたくはありませんので。一応あなた方を監視はしてますが、敵意があってではないとご理解下さい」


「……いや、ウチの連中もワケの分からないまま他班に周りうろつかれ、多少ピリピリしていてね。ここは助かったと言っておこう」


 その言葉を最後に、やおら彼女は立ち上がると、すでにすべき事を決めているのか、その表情はすでにいつも通りのモノで──


「待って下さい」


 私はそんな彼女を慌てて引き留めた。

 会談は確かに終わったが、まだ『用件』は終わっていない。

 確かにシャクナゲに任された用事は済ませたが、まだ私自身の用事が済んでいない。だからこそ慌てて彼女を引き留める。


「まだ何か?もう十二分に現状は理解したつもりだが?」


「確かに私はシャクナゲの意向でこちらに来たのは否定しません。その用件に関してはもう終わりました」


「…………」


「しかしどんな事情を含んだ情報(モノ)であれ、それを得るには見合うだけの代価(ペイ)が必要だとは思いませんか?」


 私のその言葉に、ヘルメスの切れ長の瞳がスッと細まるのが分かる。

 当然だ。そして至極普通の反応だと言える。

 班長の意向で……班の為、黒鉄の為に来た私が、代価を求めるなんて筋違いもいいところなのだから。


 それが分かっていても……そしてヘルメスに訝しまれても、私は気にもしない。ただニコニコと笑って彼女の反応を待つ。

 ここに話を持ってきた事に代価を付ける事こそが、私個人の用事であり、ここでの目的の一つ……というよりメインの目的なのだから、ここで憚るつもりなんか全くない。


「……三班が他班に代価を求める、か。そこまで三班追い詰められているとは全く思えないのだが?

シャクナゲは健在であり、水鏡と不貫の二人もいる」


 ……実にナチュラルにヒナが無視されている。


「そうですね。今のところウチの戦力は他六班から抜きん出ているのは否定しません。ですから今回の代価といっても、それはあくまでも私に対するモノだと思って頂きたいんです。ご存知の通り、ウチのトップは無欲なものでして」


「……戯言を弄するつもりか?君には三班副官という立場があるだろう。どのような物言いをしようとも、それは変わらん。だが──」


 そこまで言ってふと彼女は口を噤むと、その細い顎先へと指をやる。

 その視線を僅かに上げ、そのままの態勢でやや考えを巡らせるかのように、1人コクコクと何度か繰り返し小さく頷いてみせ──

 最後に『ふむ』とほんの少しだけ大きく頷くと、私へとその視線を戻した。


 その瞳にあったのは、先ほどまでの頑なさではなく、私の言葉にそそられた僅かな興味と好奇心の色。


 そして本当に少しだけ──好奇心に負けた自分を、僅かに恥じるような色。

 それは私の望んだ通りの反応であり……『ヘルメス』としてのモノではなく、彼女個人の表情。


「……ま、まぁ、いいだろう。君の望みを聞こうか」


 しばしの逡巡ののちそう言うと、僅かな吐息と共にそう吐き出して、小さく首を傾げる。

 その内心では、彼女自身も自覚しているであろう悪癖──『好奇心を抱いたら抑えきれない』性格に対して、自嘲の笑みを浮かべているのだろうか?


 『好奇心は猫を殺す』

 ヘルメスにはこの言葉を贈ろう。

 まぁ私自身は彼女に害意を持っているワケではないが、いずれこの悪癖が彼女の足を引っ張るような気がしてならない。

 あくまでも冷静沈着でありながら、彼女は彼女で他の女性班長の類に漏れず、やはり『キワモノ』なのだ。


 ……その子供じみた好奇心とか、他には肝心な時に凡ミスをしてしまうところとか。


 彼女がついさっきまで繰り広げていた思考を、そのままトレースするのはさすがに困難な事ではあるが、恐らくは『私が何を言い出すか』、『シャクナゲに付きっきりの私が、個人で何を望むか』と言う興味が最終的には勝ったのだろうと思う。

 彼女ならば直接的な物言いでも無碍に断りはしない……というよりも、断れないだろうと思っていたが、やはり事前に思っていた通りにコトが進めば小さく安堵の息を吐く。


 ──まぁ、独断だと言った事によって、ヘルメスの中で私の株は暴落したかもしれないし、今後うろんげに見られる事になるかもしれない。

 どのみち今まで築いてきた信頼は、近い内に一度精算するつもりだったからそれはそれで構わないのだけど。







 そして──

 そんな事を考えつつも、私はヘルメスにあるお願いをして……

 彼女の執務室をゆっくりと後にした。


 私のお願いの意味が分からないのか、しきりに首を傾げながらも了承してくれた彼女を後に残したまま。



 ──今回懸けたこの個人的な保険……私が築いてきた信頼を代償に懸けたこの『保険』が、今後もずっと役に立たない事を願いながら。

ヘルメス……黒鉄第六班『情報班』の班長。

ヘルメスとは『ヘルメス神』(ゼウスとマイアの子であり、旅人や伝達の神)から取ったモノではなく、『ヘルメス・トリスメギストス』(伝説的な錬金術師。賢者の石を唯一手にした人物と信じられている)から取ったモノ。

またそこから生まれたヘルメス思想(世界の神秘を探求しつくす思想)……つまり隠された情報を得る思想、隠すべき情報を守る意から取った。

二十代前半のたおやかな女性であり、変種の中では珍しい黒髪黒瞳を持つ。(ちなみに、黒鉄内で黒髪黒瞳を持つ変種は、他にはシャクナゲがいる)

冷静沈着を旨とし、堅苦しい男言葉を使うが、細やかな気配りが出来る事から、女性コードフェンサーでも随一の人望を持つ。

しかし、本人は『情報班は隔絶され、隠蔽されるべき班であり、あまり表に出るべきではない』と考えており、人望がある事には微妙な心境。

そんな彼女の思想によるモノか、第六班は他班との繋がりが薄い。



スキル


テレパス・A(他者の深層心理に働きかけ、様々な感情を植え付けたり、思考を誘導出来たりする。対象がよほど忌避する事(自殺や親しい者を殺害するなど)を強要したりは出来ない。しかし、それ以外では強い意志を持たない者でなければ、彼女の能力から逃れられない)


身体能力・D(変種の中では低い部類。腕力だけならば既存種の男よりも劣る)


人望・B(年下男性に幅広く)


思考能力・B


状況把握能力・B+(テレパス(他者の心理が多少読める事)によりプラス補正)


心眼・B(テレパスによる心の目。半ば本能的に備わる才能だが、彼女の場合は能力により培われたモノ)


好奇心・C(変なところで好奇心に負ける性格)


堅物・A(班長連随一)


ルックス・A(カーリアンやオリヒメと対をなす。隠れミス黒鉄アンケートでは年下男性票が大半を占める)


掃除好き・A(掃除が好きなだけであり、部屋の内装にはこだわらない)


ドジっ子・B(時々信じられないようなミスをするらしい)

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