16・スパイラル ラブ
お知らせ。
この話と『ムーンライズ』は繋がっています。主に両方の最後辺りとか、今回の始まりとか……
ムーンライズから続けて読んで頂けたら……いや、読まなくても分かりますが、より分かる……というより嬉しいです。
主に逆月が。
お知らせ2。
次回更新は来週です。
事故った為検査入院しているので、やや間が空きます。
そして次回からしばらくは、多分初めて『彼』の視点での物語となります。
伏線上手く入ってるといいなぁ……と見直してから上げますので、露骨な伏線にも気付かないフリをして下さいませ。
お知らせ3
『黒鉄色のシンフォニア』の次回作が『男の戦い、女の戦い』に決まりました。
のんびり書いていきます。
お知らせ4
誤字、脱字が幾つかあるかもしれませんが、お気付きの方はお知らせ下さい。
また感想等もあればかなり嬉しいです。
やる気、意欲も多分出ます。
お知らせ5
あとがきに、カーリアンの一人称についての補足があります。
その日からだった……と思う。
その夜からあたしはシャクが気になりだしたんだと、今になって思う。
ただ並んで月を見上げていただけでロクに話なんかしなかったし、あたしからは全然話しかけたりもしなかったのに……
その日から、気が付けば自然とシャクの姿を追うようになっていた。
カリギュラを攻め落とそうと軍を進める関西軍に対し、先頭に立って戦うシャクを見た。
仲間達に指示を出し、ゲキを飛ばして、最前線に向かう姿も見た。
ボロボロになるまで傷を負いながら、それでも故郷を……居場所を守った事を喜び合う仲間達に笑いかける顔も見た。
そして傷ついた仲間達を見て、自分の指揮の下で傷付いた部下を見て、その顔を悲痛に歪める弱さも見た。
それまでのあたしは、どんな時でも自分しか見えていなかったのに、気が付けばそんな色々な『シャクナゲ』を知っていたのだ。
正直な話、それまでのあたしは、正面からぶつかったならシャクには負けないだろうと思っていた。
確かにシャクナゲの身体能力はずば抜けている。あたしのそれよりも全然高く、全黒鉄の中でも最高クラスの身体能力を持っている事も分かっていた。
正確無比な銃の腕も知っているし、それらを活かせるだけの豊富な経験値は、まだまだ新米だったあたしが及ぶモノなんかじゃない事も理解していたつもりだ。
しかしそれらを考慮しても、彼の力より自分の能力の方が強いと考えていたのだ。
スイレンやオリヒメの方がよっぽど強力な変種だと感じていたし、何度かシャクの下で組んだ事のあるスズカは、純正型の力を思い知らされるだけの能力をもっていた。
それなのに、何故アイツが黒鉄最強なのかが分からなかったのだ。
一度その事についてスズカに聞いてみた事がある。あたしが初めて彼女が指揮をする部隊で戦った時の事で、初めて彼女の力を間近で見た時の事だ。
街道を渡って商いをする人達を襲う──つまりカリギュラや他の大きな街に襲撃をかけたりなどは出来ない程度の、チンケな武装盗賊達の討伐・捕縛が役目の任務だったけど、そこで見た彼女の力はまさに圧倒的だった。
『最強』なんて仰々しい称号が似合うとしたら、それは彼女にこそだろう──他者を見られなかった頃のあたしですらそう思ったのだ。
だからつい聞いてしまったのだ。
『アンタならシャクナゲよりも全然強いんじゃないの?』と。
そんなぶしつけなあたしの質問にスズカは小さく首を傾げ、少し考える素振りをすると、彼女は真剣な面持ちでこう答えたのだ。
『確かに私ならシャクナゲに勝つ事は可能。私と『シャクナゲ』の戦力を比較すれば、ほぼ勝利出来るモノと推測する』
そこで一旦区切ると、彼女は少しだけ口調を強めて言葉を続けた。
『でも彼と戦う事は絶対にあり得ないと断言する。
──なぜなら私が絶対に戦いたくはないから。彼と戦う事になるぐらいなら、私は全てを捨てて逃げる術を考慮する』
そう『銀鈴』のスズカ、最強の純正型は、なんの迷いもなく逃げると答えたのだ。
自身の言葉を『断言』してみせる事に、なんの間違いもないと言わんばかりの小さな笑みを浮かべて。
勝てるのに逃げる……絶対に戦いたくないから逃げる、と。
その答えは正しいでしょう?と言いたげな笑みすら浮かべて、だ。
だけど不思議だったのは、そんなスズカの答えでも柔らかな表情でもなかった。
そう……、なによりも不思議だったのは、その答えを聞いて『あたしが何故かその言葉に納得してしまった』事こそが不思議で、首を傾げたのを覚えている。
そしてそんなあたしを見て、表情の薄いスズカが儚く笑っていた事も。
そう、色々なシャクを見て──弱さも強さも脆さも見て、そしてスズカの迷いない言葉を聞いて、すでにあたしは自分の考えの過ちや疑問の答えに気付いていたんだと思う。
──シャクの強さはその弱さや脆さにあるんだ。
能力だけじゃない。全ての要因を含めて、シャクナゲは『黒鉄のシャクナゲ』なんだ……そう気づいていたんだろう。
それこそが強みであり、彼が黒鉄最強と呼ばれる所以なのだ、と。
現にシャクの部隊から班分けされたナナシの班が、下手を打ち撤退させられる事はあった。
『銀鈴』のスズカでさえも味方が総崩れとなり、撤退を余儀なくされた事が何度かあったのだ。
そんな中でシャクナゲだけは──その部隊だけは『負けた事』や『撤退させられた事』が『ただの一度もない』。
数の不利や状況の不利があろうと、何故かシャクの部隊だけは『負ける事がない』のだ。
確かに『勝利』と言えるような結果はほとんど得られはしない。
だが、そもそも黒鉄と関西軍では兵員の数、その装備からして全然違う。
関西軍が関西西部全域と中国地方をほぼ掌中に収めているのに対して、黒鉄が勢力範囲としているのは、何度もの戦火で焼かれた『廃都』だけ。
その前提条件があるだけで、『負けない』という事がいかに困難な事かが分かると思う。
黒鉄はただ一方的に攻め込まれる側で、専守防衛しか出来ないのだから。
それだけに『勝利』の対価は得られないけど、それでも『シャクナゲだけは負けていない』。
勝ちを得られなくても──例え他の部隊が全部撤退しても、一番激戦区である戦場を受け持ち、苦境の中で維持してみせ、戦況を絶対的な敗北に傾かないようにしているのが『黒鉄のシャクナゲ』なのだ。
それはもちろんシャクの力だけで出来る事じゃない。仲間全員が一丸になって死に物狂いで戦うからだろう。
メンバーが精鋭ばかりだとかそんなのは関係ない。
新兵も古株も『自分達はシャクナゲの部隊の者だ』……つまりは『一番危険な場所、一番大事な場所を任される負け知らずの部隊の者なんだ』という自負を抱いて、命を懸けて戦線に立つだけ。
その先頭に立つ男の背中が彼らを死線に立たせる。
死の恐怖を忘れさせる。
持ちうる全ての勇気を奮い起こす。
そして彼の為にその身を楯にする。敵を突き破る矛とする。
……その結果にあるのが単に『不敗』の積み重ね。
決して『常勝』ではなく、単なる『不敗』。
それだけの事でしかない。
それが彼の部隊にいたあたしには分かる。
なにしろこのあたし自身がそうだったから。
あたし自身が……死にたがりの紅たるあたしが、彼の部隊で戦う時だけは死に物狂いで戦っていたから。
シャクをほっとけなくなったのだから。
なにせ本当にアイツは危なっかしいし、いつもがむしゃらだし、おまけに平然と仲間の楯になろうとする。
危険な先陣立とうとする。
ただ黙して先へと進み続ける。
そんな姿を部隊の者達全てが見ていて、そんな彼をそのまま模倣しているだけの部隊が『不敗』の結末をもたらしているだけだ。
それが最精鋭というレッテルを取り払った姿であり……その結果こそが『シャクナゲ』の強さの証なんだろう。
力では圧倒的なスズカが拠点を防衛しきれず撤退させられても、『まだ自分達にはシャクナゲがいる』……そう仲間達に思わせる事が出来るのが、『黒鉄のシャクナゲ』なのだ。
『自分達はまだ負けていない』
そう思い続けられる人々の強さ……それはこの敵地に囲まれたカリギュラを、数年に渡り守り続けてきた実績が証明している。
さすがにその全てがシャクの力だとは言わない。
だがそんな人々の想いの根底に、シャクの後ろ姿があるのは間違いない。
今よりもずっと過酷な時も、シャクはその姿勢でいたのだ。
大分状況が落ち着いてから仲間になったあたしでさえ、アイツの後ろ姿が脳裏にこびりついているのだから、他の仲間達がそれを支えにしていたのは間違いないと断言出来る。
それぐらい『黒鉄のシャクナゲ』は混迷極まる関西では強烈な光なのだ。
……そこまで気付いた時には手遅れだったと思う。
もうシャクのヤツは、あたしの心の中に住みついていた。
彼の弱さや脆さを知り、強さも見て、普通の人間としての彼をも見たあたしは、それを認めざるを得なかった。
そんなシャクナゲを知っている自分が、何故か特別にすら思えていた。
──アイツみたいになってみたい。シャクナゲみたいに、誰からも信頼される人間になってみたい。
そうはっきりと思ったのはいつからだったろう?もう覚えていない。
きっと初めて会った時から気にはなっていたんだとは思う。
『迎えにきたよ。ヴァンプとは違う君を』
そう言われたのが……ヴァンプじゃない、力に狂ったヤツらとは違う……そう言われたのが嬉しかったのは間違いない。
救われた気持ちになったのも。
そしてそれ以上に
──きっとアイツの立つ場所は、あたしが憎んでも憎みきれない『ヴァンプ』とは正反対の立ち位置だ、そう思った。
あたしが否定したヴァンプからは、最も遠い存在だと思ったのだ。
それがあたしが『シャク』に最初に憧れた理由だと思う。
憧れから好きに変わった理由については知らない。今まで考えた事もない。
それはどうでもいい事で、きっとあたしにとっては取るに足らない理由だと思うから。
だって『好き』になるのに理由なんて必要ないし、みんながみんなシャクナゲの事が大好きなのだから、理由なんか特にないのだろう……そう思ったのだ。
「んっ……」
軽く唸るシャクに、私は小さく吐息を漏らした。
そこに眠っているのは、まだ若い……少年と呼べる年代を超えたばかりの男だ。
見た目は悪くない。決して最上とまでは言えないルックスだけど、絶対に悪くない顔立ちだと思う。
寝顔に至ってはカッコいいというよりも、可愛いが当てはまるくらい。それも悪くない。
今まで……私が変種の力に目覚めるまでに見た男の中には、きっとシャク以上に格好良い相手は何人もいた。テレビの中も合わせればかなりの数がいただろう。
昔は街を歩く度に声をかけられていたから、結構ルックスを見る目はあると思う。
ファッションにも気を使っていたしオシャレも好きだったから、声をかけてくる男はよりどりみどり過ぎて、正直うんざりするぐらいだった。
それだけにそれが好きになる要因にはならないと分かっていたつもりだし、自分は顔だけで好きになるタイプじゃないんだろうな、とも思っていた。
でもシャクを見ていたら、すごく好きな顔立ちをしているような気がしてくるから不思議だ。
この顔立ちだけでも好きになれた気すらする。
昔シャクに声をかけられていたなら、きっと付いていっただろうな……そんな取り留めのない事すら考えてしまうほどに。
昔はどんな人に声をかけられようが付いていかなかったのに、シャクに声をかけられていたなら付いていった、なんて事を考えているのだから、『恋は盲目』とは良く言ったモノだと思う。
それだけで自分がどれだけシャクに『やられているのかが実感出来る』。
……でもこんな気持ち、言えっこない。私が『好き』って言ってもシャクは前以外見ていないもん。
そう思うからこそ私は想いを表には出さないと決めた。
誰かにバレていても、直接聞かれたなら否定してみせる。きっぱりと否定してみせると決めている。
それも単なる強がりだと思われるかもしれないけど、それでも否定する事には意味があると思うから。
もし、私がこの想いを誰かに伝えるとしたら、それは1人だけしかいないのだ。
しかもたった1つ、一瞬の場面でしかあり得ない。
それはあたしとシャクナゲが死ぬ時──『つまりシャクがようやく歩みを止めた時だけ』だ。
──いつか2人とも死ぬ事になるだろう。
それもきっとそう遠くない未来で、悲惨な末路だと思う。
なぶり殺しにされるか、野垂れ死ぬかは分からないけど、きっと2人共ろくな死に方は出来ないだろうから。
それだけあたし達の闘いは絶望的なモノで、それは負けの目しかないサイを振るような勝負なのだ。
それに『あたし』達も所詮は人殺し。ヴァンプを何人……何十人と殺してきたのだから、自分達だけ苦しくない死に方を望むなんて勝手過ぎる。そう覚悟も出来てる。
それでもシャクは最後まで仲間達を守ろう、1人でも助けようともがくだろう。
最後の最後まで足掻くと確信できる。
そんなシャクにあたしは精一杯の悪態を吐き、私まで逃がそうとする彼に、無理矢理な屁理屈をこねてでも側にいるのだ。
そして最後には2人になって、後は死ぬだけ──そうなった時に『私の恋はようやく始まる』。
ようやく私として素直になれる。
逃がしきれなかったあたしに、申し訳なさそうに謝り続けるシャクへと私は笑いながら……そして多分照れまくりながら、生まれて初めての告白するのだ。
『もう歩かなくていいんだよ』
『もう休んでいいんだよ』
『だからこれからは最後まで私を見ていて』
そう言うつもりだ。言葉はそう決めていた。
好きとも愛してるとも言わないけど、それが本心の全てで……最初で最後の告白。
きっとシャクは驚いて呆然とするだろうな、と思う。
だってあたしは、今までムキになってそんな気持ちを否定してきたのだから。
そんな彼にあたしは『私』として笑う。最後くらいは人並みの恋で笑いたいから。
それだけが私の最初で最後の恋の在り方と、『終わり方』なんだから。
後は私達を──『黒鉄のシャクナゲ』と『紅のカーリアン』を討とうと殺到するヴァンプ共との最期の狂宴。
力に狂って、名誉に、プライドに、ネオの名前に酔った連中を相手にした悪あがき。
そんな中でも、あたしは最後まで彼の楯になってみせる。
最後までそうありたいと願う。
意志が霞み、体が壊れ、あたしの内なる炎が潰えても。
その代わりに彼には最後ぐらいは私だけを見てもらうのだ。
前じゃなく隣を歩きたいと願ってきた私を。
それが……それだけが、こんな世界、壊れたリアルの中で、私に出来る恋の仕方と狂ってしまった恋の結末だから。
でも──
「シャク……少しは休んでいいんだよ?」
でも──
「歩き続けなくてもいいんだよ?」
でも──
「だから、『私』を見て……」
でも、小さく呟くぐらいはいいよね。
今後も『あたし』で居続ける為に、少しだけ気持ちを吐き出してもさ──。
今のあたしは弱いから。
きっと誰かに支えられなければ、こんな世界(場所)に立っていられないくらいに弱いから。
こんな世界だからこそ、あたしも誰かを支えてあげたいから。
その為だけに戦っているんだとしても、アナタなら笑わないでしょ?
だから小さく呟く事ぐらい許してよ。
そんな言い訳をしながらも、あたしはただボーっとシャクを見ていた。
──あたしが側にいない時に死ぬ事だけは絶対許さないから。
そんな言い聞かせを、寝ている彼に小声でしながら。
結構ノリで書いてます。
カクリの考察・欄外編
私はこれまでの付き合いから、カーリアンに2つの性格……いや、性質がある事を確認している。
1つ目はいつものカーリアンだ。
見栄っ張りで寂しがり、面倒くさがりなクセにマメ、子供っぽいかと思えば意外と鋭かったりする私が良く知るカーリアンである。
これは恐らく、『死にたがり』と呼ばれた彼女が『変質』したモノだと私は考える。
彼女自身は『死にたがり』の自分を忌避しているようだが、恐らく今の彼女自身はあの頃に形成され、周りの影響で変質したモノだと私は考えているのだ。
ならばもう1つの彼女はどんな性質かと言えば、弱い『彼女』である。
簡単に言えば『変種ではなかった頃の彼女』だ。
死にたがりとは相反するモノこそが、彼女の内面にはいると私は見る。
動揺したり、動転したり、あるいは喜怒哀楽のいずれかが強過ぎる時に、彼女はその顔を覗かせる。
いつもはおバカなクセに頭の回転や理解力だけは高いのに、途端に頭の巡りが悪くなり、ただブツブツと1人考え込む姿など、もう鳥肌モノのギャップ萌え──もとい、かなり異常であり、顔付きすら変わっている気がするほどだ。
その2つの見分け方は……というより見ただけで分かるモノだが、自身の呼び方、つまり一人称だ。
普段の彼女は『あたし』と呼び、はすっぱな物言いをしがちなのに対し、もう1人の方は私と呼び、混乱時には支離滅裂な事を言いがちだ。
……まぁその様子を見ただけで分かるのだが。
これは一種の二重人格かとも思っていたが、彼女自身がその2つ共を自覚している節がある点からして、違うと私は診断する。
一概には言えないが、二重人格者は、それぞれの人格がお互いを理解し、認識している例が少ないのだ。
また、切り替えがコロコロと目まぐるしく変わる点も違う。
そして最も違うのは、主人格を後から生まれた人格……『カーリアン』が普段抑えている事だ。
これは数ある乖離性人格障害の中でも、非常に珍しいケースだと言えよう。
そしてそれで上手く回っている辺りがビックリでもある。
……まぁ、その意外性も『私の』カーリアンの可愛い所なのだが。
一度彼女が毎日書いている日記を読んでみたいモノだ。
内容もそうだが、その中では、『私』と書いているのか『あたし』と書いてあるのか……。
つくづくカーリアンからは目が離せない。
……カーリアン、ほんと怖いコ。