15・ムーンライズ
先週、今週と少し上げるペースを早めてみました。
単純に事故って休みで、する事なかった……だけではなく、計算してみると完結までかなり膨大な文字数になりそうだから、です。
多分章分けしてページも分けますけど。
この勢いで行けば──プロット全部こなして、なおかつ心が折れなければ、全部完結するには軽く100万文字を越えます。
ほんの6倍強ほど……
予想通りグダグダなままで無駄な時間(班長会議)が終わると、特にする事もなかったあたしはまっすぐに二班本部へと帰還する事にした。
あたしの部屋がある黒鉄第二班の本部は、この街唯一の医療機関でもあるから、今日も変わらず多くの人が訪れている。そんな人混みの中を突っ切るように階段へと向かった。
「カーリアン!お疲れ様です!」
「今日は会議だったんですよね?お疲れ様」
道中かけられる仲のいい班員達の声にはヒラヒラと手を振って返し、バタバタと忙しげに動き回る仲間達を見て大きく息を吐く。
この班内であたしに声をかけてくれる人は限られている。
同じメンツ以外はあたしに声をかけてこようとしない。視線すらもあわせたがらない。
『紅』が怖いのか、カーリアンが怖いのか……はたまた目に余るほどに『存在自体』が異様に見えるのかは分からないけど、この班でもあたしは確実に浮いていた。
まぁ自業自得なのは分かっているつもりだ。
あたしの過去──『死にたがり』だった頃の行動が、そのままあたし自身に返ってきている事は自覚していたから、何も言う事は出来ない。
……ちょっと寂しい気持ちにはなるけどね。
そんなあたしが帰還したところで話相手なんてそういるハズもない。
結局は食堂にでも行って適当に暇でも潰すか、なんてありきたりな考えへと行き着くのはいつもの事だ。
だけど時間帯が外れているからだろうか?訪れた食堂にすらほとんど誰もおらず、あたしが話しかけても大丈夫そうな相手は1人もいない。
──タイミングが悪かったかな。お昼ご飯時が終わったばっかだもんね。
そうは思ったけど、そのまま別の場所に行くのも癪にさわるので、仕方なく隅の方の席でチビチビとお茶をすする。
二班の食堂で出されるお茶は、なんの茶葉を使っているのか不明な点を除けば味は悪くない。
むしろクドさと渋みがなく、香りもキツくない辺りがあたしの好みにあっている。あっさりと飲める分、飲み慣れた日本茶よりも気にいってたりするくらい。
だけどお茶をすすって時間を潰すのはさすがに限界がある。それにあたしがいるせいか、周りの雰囲気も静かなのが少し居心地が悪い。
仕方なく備え置かれているペットボトルにお茶を入れてもらい、また目的も定まらないままブラブラと歩く事にした。
──さて、これからどうしようか。
そう考えを巡らすも、交友範囲が狭いあたしにいい考えなんか浮かぶワケもない。
1人の時にいつもしている事はと言えば、能力制御の訓練──あたしの唯一の日課をこなしているぐらいなんだけど、今日に限って言えばつまらない会議に顔を出した後でもある。訓練なんかする気にはなれそうもない。
後は三班の本部に顔を出すくらいだけど、シャクがいない時点でその選択肢も欄外だと言えた。
たまには医療班の仕事をしようかとも考えたけど、医療班の一員としてあたしに出来る事はそう多くない……というよりも全くない。
──カクリに聞けば何かやる事があるかな。
そう思って通りすがりの顔見知りに居場所を聞くも、あの子が文字通り目が回るような忙しさの中で走り回っている事しか分からなかった。
二班の内務は全部あの子が請け負っているし、それも仕方ないよね……そんな事を溜め息混じりに思いながらもただブラブラと歩き回る。
いくらあたしが暇をしていようが、現状の黒鉄の中では、我が二班こそが一番忙しい班なのは間違いない。
まず先日の作戦で負傷した一班の連中の面倒を見なければならないし、長期療養中の仲間達の世話もある。
それに薬品や医療品の在庫管理も疎かには出来ない。
残念な事だけど、毎日しっかり数を管理をしていなければ、『薬の数を誤魔化すヤツ』が出てくるらしいのだ。
医療班としては捨て置けない問題だ。それを未然に防ぐ為にも、仲間同士で不要な不信感を持たない為にも、在庫の管理は欠かせない。
それに今の状況──つまり『黒鉄のシャクナゲ』不在時を狙って、攻めてくるかもしれない関西軍に備える必要もある。
最悪この都市から撤退しなければならない可能性も考慮し、その準備を怠るワケにもいかない。
これらの作業を、カクリは1人で全部仕切っているのだ。本当に目が回るくらいに忙しいだろうと思う。
でもあたしがそんなカクリを気遣って、仕事を手伝おうとし申し出ても、『カーリアンに任せたらお目付役を何人もつけなきゃならないから……』とか言って手伝わせてはくれないのだけはさすがに不満だ。
失礼なとも思う。
けど、過去の実績から言ってそれを口に出して言うのはちょっと憚られた。
今までも在庫の少ない薬品が置かれた棚をひっくり返したり、ムカつく怪我人をひっぱたいたり、班員の見舞いにきていたオリヒメと睨み合い、喧嘩したりと散々してきたのが分かっているから。
まぁ『カクリの言い分はもっともかな……』なんて自分で納得してしまう辺りは、かなり救いがないかもしれないけど。
『あたしに望まれている役割は二班の仲間達の楯になる事だから、別に内務で役に立たなくてもいいよねぇ……』そんな事を自分に対して白々しく言い訳している辺りも、我ながらちょっと虚しいかもしれない。
ならば何をするか──と考えて、する事なんて1つしか思い当たらない辺り、あたしも自分に素直な性格をしてるなぁ~と思う。
「さて。会議で一悶着もあったし、三班の連中やオリヒメが押しかけてこないか見に行こ♪」
そう、これも二班班長としての立派な仕事だろう。
大勢が押しかけてくれば迷惑極まりないし、怪我人にも負担がかかる。
アイツらを無理矢理追い出せるのは、この『紅のカーリアン』しかいないしね。
……そんな大義名分を自分自身に言い聞かせながら、今日も最近の日課通りに本部の最上階へと足を向けた。
先の撤退よりそこの──特別病室の住人と化している1人の『黒鉄』に会う為に。
「ちわ~」
少し声を細めて病室に入ると、一陣の風が部屋から廊下に吹き抜けた。
窓は開け放たれ、そこから入ってくる風があたしの赤い髪を撫でる。
その部屋にはベッドに寝ころぶ男が1人だけ。
『シャクナゲ』
あたしと変わらない年齢でありながら、ずっと黒鉄を引っ張ってきた男が、今はそこで小さな寝息を立てていた。
──疲れてんのかな?シャクが部屋に入ってきても気付かないなんて。
いつもならすぐに目を覚ますのにさ。
そんな事を思いつつも、立てかけられていた丸いパイプ椅子を持ってきて、ベッドサイドに腰を下ろした。
穏やかに眠るシャクは、時折寝苦しそうに唸っていた。
その寝汗を拭おうと思わず手を出しかけて──少し躊躇する。
シャクは本当に鋭いのだ。
例え寝ていようが、部屋に入ってきた事に気付かないのが不思議なくらい鋭いヤツなのだ。寝汗なんか拭えば、まず間違いなく目を覚ますだろう。
コイツがゆっくり眠ってる姿なんて、まず見られない光景だ。
そう思えば手が止まる。
──もう少し見ていよう。あんまり寝苦しそうだったり、うなされていれば起こせばいい。
その誘惑はあまりにも魅力的で、あたしの思考は即シャットアウトされる。
だってこんなに無防備なシャクは見た事がなくて、初めて見た寝顔は可愛く思えるほどに穏やかなモノだったのだ。
……こう考えてしまうぐらいは仕方ないでしょ?
昔、カリギュラに来たばかりの頃──
つまり救急班も決戦班もまだなく、同じ変種であるシャクの下で戦っていた頃のあたしは、今考えてみればヒドく手のかかる部下だったと思う。
すぐに他の連中と諍いを起こし、敵のヴァンプを見れば突っ走っていた。
そんなあたしが仲間達から孤立するのは早かった。
文字通りあっという間だった。
あたしが東海地方でも有名な『ヴァンプ殺し』──『死にたがりの紅』だと広まれば、よりその傾向は顕著になった。
またカクリ以外の他人は、あたしに寄ってこなくなったのだ。
……だからかもしれない。新しく出来た居場所は何故かひどく不快な場所だった。
そんな中、あたしをずっと気をかけていてくれたのがシャクナゲだった。
別に無理矢理仲間達の輪にいれようとしたワケじゃない。
孤立していて、戸惑って、でもそんな状況が少し……本当に少し寂しいなと思った時には隣にいてくれたのだ。
そんな人は世界が壊れてからカクリ以外では初めてだった。
あたしを色眼鏡で見ないヤツはシャクしかいなかった。
そんなシャクにあたしはことさら距離を取った。
『死にたがり』の自分は、自分の命と同じくらい他人の命もどうでもいい、と思っていたような人間だったから。
そんなあたしはきっと壊れていると思っていたから。
だからあたしは、誰かに側に来られる事が……『壊れた自分』が誰かを無意識で傷つける事が怖かったのだ。
そんな日が続いていたある夜の事だった。
一般班員の集合家屋で寝ていたあたしは、当時よく見ていた悪夢にうなされて目を覚ました。
隣にはスヤスヤと眠るカクリ。その幸せそうな寝顔が理不尽にも腹立たしく思え、そっと部屋を抜け出した。
きっと今眠ってしまえば覚めたばかりの悪夢に追いつかれ、またうなされるような気がして外を歩く事にしたのだ。
向かった先は外壁がボロボロの古いビル。
二階建てのそれはひどく古臭いモノだったが、そこは何故かあたしには落ち着ける場所だった。
多分今になって思うけど、その場所でよくシャクが──そしてたまにスカし野郎が──遠くを見ていたから気にかかっていたんだと思う。
そして彼と同じように遠くを見ようとして……いつの間にか気に入ってしまったんだろう。
──その晩も、そこにシャクナゲはいた。
古臭く、倒壊しそうな建物の屋上に腰を掛け、ずっと遠くの空を見ていた。
あたしはその姿にただ圧倒されたのを覚えている。たった一目みただけで、思考の全てが彼に向いてしまった事も。
背景の満月も、瞬く星々も、その場では単なるアクセントに過ぎなかった。
腰掛けるシャクナゲがその光景の中心で、他はそれを彩るモノでしかないように思えた。
──ただ何故か幻想的に感じたのだ。
そう思った理由なんて分からない。今でもワケなんかどうでもいいと思っている。
ただその感慨こそがあたしには真実だった。
『眠れないのか?』
あたしに気付いていたのか、そう語りかけてくる少年の声に思わず素直に頷いた。
それを見て彼は『俺もだ』と小さく笑う。
そして促されるまま同じ場所に登り、あたしはその隣に腰を下ろした。
今までのあたしならムキになって拒否していただろうに、本当に自然とそうしていた。
『怖い夢を見たよ』
唐突にそう言った彼の言葉に、思わずあたしは息を呑んだ。
自分もうなされて目が覚めたばかりなのに、この少年が夢を『怖い』と言った事が信じられなかった。
『眠るのが時々怖くなる。起きていればやる事が一杯あるから、イヤな事を考えずに済むんだけどね。眠っていたらイヤでも夢で思い出させられる事があるんだ』
この少年でも──みんなに頼りにされ、いつでも不敵に笑いながら先頭に立つ少年でも怖い事がある……そう聞いてビックリしたのだ。
『黒鉄のシャクナゲ』でも『壊れたあたし』と同じようにうなされて、悪夢で見るような過去があるという事が信じられなかった。
いつでも仲間に囲まれ、どんな時でも周りを引っ張っているようなヤツなのに、その時の彼の表情は年相応のモノで……
あたしの口からは言葉が出てこなかった。
『最近はね、神の愛ってヤツは有限なんじゃないかって思うんだ』
『はっ?』
沈黙が落ちた間に、そんな変な事を語り出すシャクナゲに、あたしはまたも面食らい間抜けな声を上げる。
こんな世の中で、いまだに『神様』なんていもしない存在の話をされたのにもビックリした。
『今までの世界でね、神の愛ってヤツは切れちゃったんじゃないかって思う時があるんだよ。そう考えれば、もうそんな神に頼ろうなんて気も起きない。有限の事しか出来ないヤツに、地獄を変える事なんて出来ないから』
『ふん。元からそんなヤツ、アテになんかしてない』
『……そうだな。俺もとっくに見限ったよ。
神なんかいない。悪魔もいない。
今、この世にいるのは人間とヴァンプだけだ』
そう言って彼は口を噤んだ。
その表情は悲しげには見えない。寂しげにも見えない。
ただ無感情に月を見上げていただけだ。
『だから俺はここで戦っているんだろうな。こんな世界の中でも、せめて周りの仲間達にだけは頼りたくて──そして頼られたいから戦ってるんだって思う。俺はスゴく弱いから、たった1人じゃこんな世界(場所)には立ってられないんだ』
『……』
『それだけの為に……そんな理由で戦ってるんだとしたら、俺は虚しいヤツだって思うか?』
そこにいたのは、初めて見る等身大の『1人』だった。
隣で笑っているのは、強大な変種である事や『コード』の有無なども関係ない、たった1人の人間がいた。
静けさを増した夜に、あたしはなんの答えを返せないまま月を見上げる。
変種ではなく、1人の人間としての答えを出せないあたしは──1人でいる事に逃げているようなあたしは、きっと彼以上に滑稽だろうな。
蒼い月光に照らされながら、あたしはそんな事を思ったのだった。
黒鉄……この組織は昔から7つに班分けをされていたワケではない。
ただ状況に応じて『シャクナゲ』『スイレン』『スズカ』などが部隊をまとめ、戦闘に出るだけだったのだ。
明確に人員を分ける余裕がなかったからでもあるし、力の強い変種が少なかったからでもある。
昔は他にも『サザナミ』や『クロネコ』などの強い変種がいたが、彼等はもう黒鉄にはいない。
戦闘で力尽きた者や、戦えなくなった者、戦いを拒絶した者……そしてヴァンプに堕ちた者などが多数おり、絶えず人員は不足しがちだった。
その転機が訪れたのは、一年前と少し前の事。
カーリアンやナナシ、オリヒメなどの強力な変種が次々と加入し、黒鉄が七班体制になったのだ。
当時『将軍』を後一歩まで追い詰め、名を上げたシャクナゲは昔からの馴染みが集められた班……第三班の班長となり、ナナシは引き連れて加入した部下達と共に一班へ。
そして他の者達もそれぞれが振り分けられた班へと所属する事になる。
こうして『アカツキ』というリーダー無き組織は、今の形へと変貌を遂げたのだ。
……と今更組織紹介を入れてみました。
現在絶賛入院中の逆月です。
一昨年の今頃も入院していた逆月です。
今は折れた足を吊って、3日ほど検査入院な逆月です。
正直かなり暇な逆月でした。