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終幕番外・三番という殺人鬼







 ――この世界に死んでもいい人間なんかいない。


 その言葉はありきたりなものなのかもしれないけれど、彼はすごく優しい言葉だと思った。

 死んでしまってもいい人間なんかいないという事は、自分なんかでも生きていていいんだと思えたから

『その言葉が本当に真実だったらいいのに』

 なんて事を思って、今日も彼は物思いにふける。


 この優しい言葉、人間は誰でも生きていていいんだという言葉を心から信じて言葉に出来る人間に会ってみたかった。

 そうすれば、意義のある話し合いが出来る事は間違いない。

 道徳観と人道に沿った主張に耳を傾けていれば、ひょっとすると自分を見つめ直す事が出来るかもしれない。

 自分の信念が揺らいでくれるかもしれない。

 さらに天文学的な確率で、その道徳観に溢れた相手は自分みたいな人間ですらも認めてくれる人だったりするかもしれない。

 そう、間違いなく彼にとっては有意義な時間を過ごせる事だろう。

 あいにくとその主張を最後まで張り通せる人間には出会った事がないが……最後には彼の主張に呑まれて、自説を引っ込めるような紛い物にしか出会った事はなかったが、それでもその紛い物が相手でもそう悪くない時間を過ごせたのだから『本物』に出会えたらどれほど満ち足りた時間を過ごせる事か。

 そう思うと、いつも彼は誰かしらと話し合いをしてみたくなる衝動に駆られる。


 ――この世界に死んでもいい人間なんかいない。

 でも、長く生きてちゃいけない人間はいる。


 彼は真理を知っている。この世界には死んでしまってもいい人間はどこにもいないのかもしれないけれど、早めに消えてしまった方がいい人間が確実に存在している事は知っている。

 例えば彼自身がそうだ。

 彼自身が早めに消えてしまった方がいい人間であるからには、ありふれた道徳観の方が間違っている事は間違いない。

 それでも会ってみたかった。

 彼に殺されるその瞬間まで、『あなたは生きていてもいい人間だ』と言ってくれる人間に会ってみたかったのだ。




 彼の犯した初めての殺しは両親だった。

 酷い両親だったわけではない。適度に過保護で、適度に無関心。そして適度に親らしいありがちな両親だったんだと思う。

 それなのに何故その両親を殺したのかと問われると、それは単に『彼にはそれが出来たから』だとしか言いようがない。

 単に殺す事が出来て、なんとなく動いて回る体が絵画のようにずっと止まってしまえば素敵かもしれない、そう思っただけだった。

 双子の妹にはそんな事を思った事はなかったけれど、それ以外の動けるものが視界をちょろちょろと犯して、視界という絵画を一瞬一瞬変えていく事がなんとなく気持ち悪かった。

 だから殺した。

 記録によると三歳頃の事だったはずだから、それが多分初めての殺しなのだろうと思っている。


 次は自分と妹を、両親が『強盗に殺された結果』引き取られた施設から連れて行こうとした見知らぬ大人だった。

 自分が殺したのに、周りの大人はいもしない『強盗犯とかいう人』を追っている事がおかしくて――こんな小さな子供が両親を殺すはずもないと決めつける大人達に、何か大事な秘密を持っている気がして、黙って状況に身を任せていたら連れていかれた養護施設。

 そこに訪れたびっしりとスーツで決めた人間が引き連れてきた、熊のように大きな男。

 その体の大きさゆえに、極端に自分の視界の大多数を占めている事が不愉快だった。

 見るからに変種である妹と自分を、好奇の瞳で見ていたスーツの人間に指示されて、自分達を引き取るべく手続きをしていたその男は、子供ゆえか全く警戒心を持っていないようで……どうせなら、ちょっと凝った止め方をしてやろう、なんて事を無邪気に考えた。

 こんなにゴツくて、こんなに不愉快で、こんなにも自分の視界を我が物顔で占領して動き回る相手だから、止めてやったらどんなにかスッとするだろう。

 そんな事を考えただけでイライラが幾分収まった事を覚えている。

 決行は、黒い車に乗せられてどこか山深い場所に入ったばかりの時。

 妹と、その妹にニヤニヤしながら話しかけるスーツ姿の男。そして自分とその大きな男。

 とりあえず妹は子供らしくない辟易とした仕草でよそを向いていた。その仕草に何か興でも乗ったのかより一層ニヤけ面を増した男を、一応最初に殺しておいた。

 兄だ妹だという感覚はまだよくわかってなかったと思うが、一応妹は守っていけなくてはならないらしいから、最初にそのスーツの男を細切れにした。

 両親は首を首筋から引き裂いただけ。

 そのスーツの男は指で掴んで肉を細切れに。

 メインはその男じゃなかったけれど、なんとなく気持ちが軽くなった気がした。

 とりあえず気分はすでによくなっていたが、一応メインだった男も殺しておいた。

 やっぱりその大きさは不愉快だったから。


 それからあちこちを転々として。

 田舎に住んでいた見知らぬ老夫婦が、行き倒れていた彼らを拾ってくれるまで――言葉の通り道端で兄妹を拾ってくれるその時までに、何人殺したか分からないぐらいに殺した。


 朝、ジョギングをしていた女性のせっかちな動きが目障りで殺した。戦利品はスポーツドリンクとタオル、上着のウインドブレーカー。

 ゴミ収集業者の男。お腹が減っているだろう妹の為に、お弁当を貰って帰った。

 ピザ屋のバイクに乗ったお兄さん。茶髪が風に靡く様が不愉快だったから、ピザを貰う前に頭皮が捲れるぐらい引っ張って髪を全部引き抜いた。

 お金は取った事はない。でも食料がなくなれば、畑から野菜を取ってきたり、誰かしらから貰うなり、適当にどこかに忍び込んだりして生きてきたのだ。

 特に困った事はなかった。食べる物は目障りな動くものを止めれば何かしら持っていたし、一人目が持っていなくても次の誰かは持っていた。

 そう、妹が熱を出し、倒れたその時まで――妹が体に変調を来し、無形をも殺す紫の瞳を持つ事になったあの時まで、彼は何一つ困った事がなかったのだ。


 正直、どうすればいいのかわからなかった。

 妹はいつも彼を冷めた瞳で見ていたけれど、唯一彼が止めたくならない相手だったから、その妹がいなくなる事は怖くて仕方なかった。

 その理由は、やはり本能的に孤独を恐れていた為だろう。

 だから『寒い』とうわ言を言う妹の為に、あちこちからありったけの服や毛布を集めた。ご飯は美味しいものをたべなければならないだろうと思ったから、出来るだけお弁当のようなものを持っている相手を探すようにした。

 それでもどうにもならなくて。

 熱は下がらなくて。

 彼も心労が貯まってはいたけれど、寒いという妹の為に暖かい場所を探す事にしたのだ。

 妹を背負って、住み処としていた古い家から出た。幼いながらも暖かい方向は南だと知っていたから、とりあえず南を目指す事にした。

 そうして、しばらく歩いた頃に彼も倒れたのだ。

 ――あぁ、自分のご飯は食べてなかったな。

 それが最後に思った事で、次に気付いた時にはその老夫婦に拾われていたのである。


 そこで彼は自分が異常者なのだと初めて知った。

 拾われたからには、この二人だけは止めないでおいてやろう。妹を助けてくれた借りは、止めないでおく事で返そう。いずれ我慢が効かなくなるだろうけれど、その時は適当に他のものでイライラを発散させよう。

 そう思っていたから大人しくしていた彼に、その老夫婦は色々と面倒を見てくれて、妹の看病もしてくれて、さらには様々な事を教えてくれたのだ。

 昔、二人の子供が使っていた教科書という本。

 あちこちの学校が潰れ、あちこちで生まれた変種の子供を親が気味悪がって見放していた時期だったから、二人は彼らの事を学校にも行かせてもらえず、両親にも逃げられた子供だとでも思ったのだろう。

 変種である事が明らかな二人だったから――妹も見た目だけはそうだったから、老夫婦が勘違いしても無理はなかった。

 そこで彼は他人の暖かさを知って、絶望を知った。

 自分のしてきた事は許されざる事で、間違っている事で、最低最悪な事だったと知った。

 何より、今まで自分が何人止めてきたか、どんな理由で命を消してきたかすら覚えていない事に彼は愕然としたのだ。


 それでも生まれついた時から彼に根付いていた『殺人』という行為への渇望、不快なものを止める事に対する欲望は消えない。

 それは彼にとって、生物が生物である為だけに当たり前のようにしている呼吸を抑えるようなものだ。

 出来るから、そうしたいから、しなければ不快で堪らないからと、当たり前にこなしてきた殺人という行為を抑える事は、どうにも耐え難い苦痛だった。

 見えなければまだいい。存在を感じるだけならまだ抑えられる。でも動いている姿が見えてしまえばもうだめだ。彼の中に生まれつき住み着いている殺人者はその首をもたげて、自らの存在を主張する。


 ――不快だ。殺せ。

 ――止めてしまえ。

 ――それが出来るのに、我慢をする必要などどこにもない。

 ――だって他の人間達も、今まで絶対に一度は戯れに虫を殺したりするだろ。

 ――それが自分の場合、人間であるだけだ。


 そんな内なる声に、目を抉ろうとした事は一度や二度ではない。

 それをしなかったのは、しても無駄だと分かっていたからだ。見えなくなれば、今は我慢が効いている動き回る存在感が許せなくなるだけだろう。

 自分は根っからの殺人鬼なのだから。


 そんな自分は異常者なのだと知って、そんな自分を抑えられない事も知っていて、それでもなんとか周りに合わせようとする疲労感。

 日々自分を抑え続けていても、際限なく膨れ上がってくる殺人衝動。

 それは、老夫婦が老衰で死んでしまった後も変わらない。消えてくれない。

 その二人が残した『常識』という楔は、ネームレスという存在に身をやつした今でも彼を苛んでいる。


 道徳観も人の常識も倫理観も備えた殺人鬼。

 ネームレス・サード。

 ただ毎日毎晩、人という同族殺しを性とする種族の在り方を考え、倫理や哲学の書籍を読んで、自分という殺人鬼を抑えるすべを考えている。


 ――誰も視界にいれる事がない深い闇の底で。







 そこには暗闇があった。

 ただ暗闇しかなかった。

 それだけにその場所は居心地が良かった。

 災厄と希望を封じ込めた地下空間。そこはさながらパンドラの箱を模した領域であり、その場所こそが彼の唯一の居場所だった。


 ――何故パンドラの箱には数多の絶望の底に希望が入っていたと思う?


 それはかつて彼が唯一の話し相手から向けられた問いかけだった。

 彼が見て、その瞳で認識して、それでも生き残った妹以外では唯一の相手。

 その男は、彼の性癖を理解して、能力も恐ろしさもわかった上で、時折話し相手になってくれた。

 時にはその日あった出来事を聞かせてくれて、一人きりの生活に彩りをくれた。

 本を定期的に持ってきてくれて、それを読む為の灯りを入れてくれて、殺人鬼でしかない彼が生活する為に必要なものをくれた。

 他の名無し達とは違い、三番と呼ばれる彼だけがアカツキではなくその男の為に働いているのは、そういった恩からだ。

 他の名無し達が、大なり小なり光に属するアカツキと呼ばれた男の為に働いていた時も、彼だけは闇たるその男の為だけに働いた。それは妹が表で二番となった時も変わらない。

 シャクナゲと呼ばれたその男の手が回らない時、あるいは手に負えない時に、敵を止めてみせる事だけが殺人鬼たる彼に返せる唯一のものだったから。

 だからもし、シャクナゲに頼まれたのであれば彼はアカツキでも殺してみせただろう。

 彼にとってシャクナゲは、生まれて初めて出来た友人だったから、それ以外の誰かを止める事ぐらいなんでもない。

 今まで何十人……あるいは何百人もの人間を、自らの欲望のままに止めてきたぐらいだから、友人の為に自分みたいな異常者が何かが出来るという事実は喜びですらあった。

 友人の恩に自分が出来る唯一の事で返す――そういった名目があれば、殺人という禁忌をそれほど躊躇わなくても済む、そんな打算もないではなかったが。


 その友人は、自らが得てきた知識を聞かせてくれて、時にはそこから話を広げていって議論をかわしあった。

 彼の困った性癖について話し合い、険悪な仲の妹の事について愚痴をこぼし、外の世界で様々な苦労を一身に背負う男の愚痴も聞いた。

 その『パンドラの箱』についての問いかけも、そんな彼が戯れに男へと向けた話題の一つだった。


 その疑問に、男が今まで生きてきた中で学んだ常識や人間的な思考から

『希望が入っていなければ救いがないからだ』

 少し考えてからそう答えた。

 本音を言えば、希望に似ているだけで本質は絶望であるものが形を変えて入っていたんじゃないか……なんて思ってはいたけれど、良識による考えや普通の人間が好みそうな答えを返していたのだ。


 そんな彼の答えにその男は言った。

 皮肉げな笑みと自嘲するかのような瞳で言ったのだ。


『本当のところは分からないけれどな、希望が最後に入っていたのは、希望こそが人間にとって最悪のものだからなんじゃないかって俺は思うよ』


 その答えは――自らの歪みを自覚していた男でも思い浮かばなかった。

 そして彼には似合っていないと思う気持ちもあったが、それ以上に彼が口にすればその言葉には真実などよりも深い真実味を感じてもいた。


『絶望には慣れる。あるいは絶望に壊される事で終わりを迎える事も出来る。でも希望には際限がない。終わりがない。一つの希望を得たのなら、その時点で新たなものが欲しくなるだけだ。今まで望んでいた希望だったものも単なる日常に変わって、その日常から落ちた時の喪失感を大きくさせるだろう』


 彼の言葉は果たして推測によるものなのか。今まで得てきた経験を述べただけのものなのか。

 それは男には分からなかった。

 ただ沈黙したままその言葉を聞いていただけだ。

 その言葉に呑まれていただけだ。

 生まれつき持っていた性癖に嫌気がさし、学んだ常識や培った理性などからなんとかその歪みを矯正しようと試みて、さんざん努力をしても、ふと顔を覗かせる『本能』に一瞬でその努力が覆された過去が思い浮かぶ。

 妹も壊れている。一番の男もそうだろう。友人の相棒たる金色の男は、歪んでいない箇所など見当たらないぐらいに矛盾だらけだ。

 そんな現実が言葉を返す力を根こそぎ奪う。


『何より一度希望が叶う事を知れば、人間は強欲になるんだよ。そこに自分が至れるんだと知れば、何をおいてもそこに辿り着こうと考えてしまうんだ。それこそ他人を踏み台にしてでもね。

 確かに絶望は人を殺すだろう。でも希望は時には他人をも殺す。今までを殺す。

 それでも捨てられないからこそ、希望は絶望なんかよりも怖いんじゃないか、なんて事を思ったりもするんだ』


 友人は頭が良かった。誰よりも良かったと思う。

 そう、アカツキなどよりもずっと。

 少なくとも彼はそう思っていたし、彼にとってはそれが真実だった。

 そして友人は、彼を持ってしても――生粋の殺人鬼たる彼であっても唯一仕留め損なった人間だ。

 妹によって定期的に視界を殺してもらい、聴覚を殺してもらわなければまともでいられなかった彼に……アカツキを持ってしても、必要な時以外は地下に押し込めておくしか出来なかった異常者に、自分から会いにきたのは彼だけだ。


『お前なら俺を殺せるかな?』


 近付くなと警告を発する彼に――殺してしまうから来ないでくれと嘆願する殺人鬼に、そんな事を言って近付いてきて。

 結局は殺せず、何度かやっても殺せず、いつの間にか暗闇の中であれば、視界においても我慢が利くようになったのは彼だからこそだ。


 ただその手で触れるだけで、生きているものの動きを一時的に停止させる異常能力を持つ彼は、まさに殺人においては一級の能力者だと言えた。

 心の臓がある位置に軽く皮膚の上から触れるだけで、人間は不整脈を起こして簡単に死ぬ。その周辺に走る血管が異常を来してしまう。

 あるいは大きな血管が流れている場所を、そっと上からなぞるだけでもそこの血流が止まる。止まればどうなるかは言うまでもない。

 また、結合している細胞の動きを止めてしまえば人体など脆いものだ。少なくとも彼の力ならば簡単にバラバラに出来る程度にはもろくなる。

 つまり彼は、人体のどの部分に触っても人間を殺してしまう能力が生まれつきあったのだ。


 それでも殺せなかった。そんな彼を持ってしても殺せなかった。

 殺してはいけない相手だからと理性が働いたわけではない。

 そんな理性など、殺人に魅せられた時の彼は微塵も持ち合わせてはいない。

 動いているものが不愉快で、どうにも我慢が効かなくなって、それを止めたいという衝動と止めた後に感じるエクスタシーは、いかに理性を強く持っていても抑えが効かない。

 快感や衝動だけならばまだなんとかなっただろう。『そうすれば気持ちよくなれる』だけならば抑えられたはずだ。人間は快感を求める事だけならば抑えが効く生き物だ。

 美味しいものばかり食べたいからと、目が飛び出そうな値段設定をした料理店に通いつめたりはしないだろう。

 そんな事をすればこの先どうなるかを考える思考があり、制御する理性がある。

 でも『そうしなければ不愉快で、精神的な苦痛でおかしくなりそうになる』となれば我慢が効かない。そうしなければ、自分が消えてしまいそうになる強迫観念を持ってしまえばどうにもならない。

 空腹で空腹でたまらなければ犯罪にも走る。本物の空腹は、あっさりと理性を引きちぎる。先を考える力を奪う。

 彼にとっての『止めたい』という衝動は、それに酷似している。絶対に我慢が効かない部類なのだ。


 でも。

 その男が片手に握っていた銃を離した時から、彼の指先が男に届く事はなかった。彼の死を司る手を留めてみせた。

 その男の『本当の力』の片鱗たる異界の鎖は、殺意に狂った彼の接近を全力で拒み、最大の脅威として彼に向かい合った。

 いや、鎖だけならなんとでもなっただろう。見た事はないが、彼の世界とやらだけでもどうにかなったかもしれない。

 相討ち覚悟であれば、生まれつき備わった自らの気配を殺す技術とその身体能力で、触れる事ぐらいは出来た可能性がある。

 でもその男自身、彼に比肩する身体能力を持っていた。その結果、何度か衝動に任せて彼を止めようとはしたものの止められなかったのだ。




 そして殺せなかったからこそ友たりえた。

 少なくとも、彼にとっては友人を選ぶ上でそれが絶対の前提条件だったのだから。





「シャクナゲ。僕の友。僕という殺人鬼を留めてみせた唯一の人。

 今日の闇は少しばかりざわめいているよ。君が奥まで入ってきたから喜んでいるのかもしれないね」


 そんな彼は今日も人を殺した。

 妹に自我を一時的に殺され、彷徨ってきた男を殺した。

 地下にある彼の庭に入った瞬間に、妹の殺意が消えて男が正気を取り戻したのは、果たして彼女の嫌がらせだろうか?

 そんな事を考えなくもなかったが、問題などなかった。多少の抵抗はあったが、なんの問題もなく止めてみせた。

 彼の庭にも被害が出かねない勢いで遮二無二拳を振り回し、震えた声で恫喝の言葉を上げていたが、軽く首筋を撫で、背中から心臓の近く――つまり大きな血管が走る辺りに触れただけで全てが終わった。

 きっと今日の相手も彼を認識する事は出来ず、妹に殺されていた期間の事を覚えていなかったが為に……いきなり場所が変わっていたという困惑により暴れていただけだろう。


 いつも通りに、なんの変哲もなく、あっさりとまた彼好みの静寂が彩る空間に戻った。


 この庭まで入り込む人間は、友人にとって都合の悪い人間であるはずだから、罪悪感もそれほどではない。

 だから問題などあるはずもない。

 唯一の友人に対して、彼がしてやれる事はそれだけでしかないのだから、躊躇いなんかあるはずもない。

 もっとも先にも言った通り、動いているものを見る事は彼にとっては耐え難いストレスであり、それを止める事は抗い難い快感でもあったから、殺した瞬間までは何も考える事はなかったのだが。



「それにしても、スクナはこの人の相手が面倒だったのかな。自我が死んでたぐらいだから相性は問題ないだろうし……それともひょっとすると君は、表じゃ強い方だったりする?」


 転がる死体は血に濡れる事なくそこにあった。

 少しばかり苦悶に歪んだ表情をしてはいたけれど、なぶる真似は決してしていない。

 殺人鬼を自認してはいても、そんな酷い事はやった事がない。

 彼は止めたいだけで、止められるだけで、だからこそ止めてみせるだけだ。

 過程で引き裂いた事はあったけれど、苦痛を引き伸ばそうとしてなぶった事はない。


「まぁいい。まぁいいよ。吐きそうなぐらい気持ちが悪いけれど、それも昔よりは全然マシだから。

 僕はここにいる。ここにいるだけだ。そんな僕に殺されたくなければ、ここには来なければいい。『シャクナゲ』の敵にならなければいい」


 そう言って、究極の引きこもり殺人鬼は、倒れていた死体の足を掴むと闇の奥へと引きずっていく。


「墓を作ろう。誰も祈る事のない闇の奥で。

 いくつもいくつも作ろう。今日も僕一人で。

 月と太陽の目も届かない、深淵の聖地に。

 僕が殺して、僕だけが祈る墓所を作ろう。

 今日も死せる者の聖地を積み上げよう」


 謳うような声音を彼の居場所に響かせながら。

 ズリズリと今日止めた相手を引きずる音をBGMにして。


「きっとたくさんの亡霊達が君に歌を歌ってくれるだろう。

 新たな仲間に黒き祝福をくれるだろう。

 そこで今は眠りにつき、君は次にくる仲間へかける祈りの言葉を考えればいい。

 僕はその調べを聞き、悔恨の時を過ごす」


 彼は殺人鬼だった。

 彼は生まれついての殺し屋で、それに見合う『死神の手』をも持っていた。

 いまは三番と呼ばれるだけで、その番号以外の名前は持たない本物の『名無し』だった。

 それでも彼は人間でもあった。人間的な理性も道徳心も倫理観も持っていて、ただ呼吸をするかのように死を振り撒くだけの性質を持っているだけだった。


「僕を許さなくてもいい。僕は許される事を望んでいない。

 僕の唯一の友は『許されない』という覚悟を持つ人だ。持てる人だ。

 だから僕も彼の友として、せめて逃げる事なく許されないという咎を背負おう。

 あの人のように、許されたくないとまでは思えなくても、許しを得る資格などない持っていない事ぐらいは忘れずにいよう。

 何故なら僕は、きっとこれからも誰かを殺し続けるだろうから」



とりあえず更新はやめましたよ、と。

間違ったわけじゃなく、もういいや、日曜日でも……という堕落の賜物です。


彼の能力は生体、あるいはそのパーツの動きを麻痺させる事。麻痺とは停止と同義じゃないですけど、現象は似たり寄ったりです。

ある意味では、誰よりも殺しに特化した能力だと言えますが、正直暗殺以外には使えないんじゃないかなぁ、という能力。

でもショボいとか考えた方、ちょっと深く考えてみて下さい。

触るだけで身体機能に異常をきたす手を持つという事は、他の能力なんかよりもよっぽど恐ろしい能力ですよ。

油断させて、『あっ、埃がついてますよ』と首筋に指を這わすだけで、一丁あがりですから。


二番たる妹は視線……というか瞳、三番たる兄は接触……というか指先。

殺す事に長けすぎた兄妹です。

いや、灰色や銀色もそうなんですけど。


二番が言った他人任せ…というか他人頼りみたいな発言は、その恋人に力を頼っているところからですが、脳みそお花畑のパラノイアたる五番は、『ありもしない約束を取り付けて、待ち合わせを決めた』という辺りから能力を把握してください。

彼女は民政部で事務をして、妄想振り撒いてる予定です。裏切り者が裏切りを働こうとした時には、自ら死出の道をいくように仕向けながら。

まぁ、それとなく出てたように、暗示系の能力なんですけどね。

四番はアザミんだし、六番と七番はまだ出てきてないけど、彼らが表舞台……というか裏舞台?に出る時があるのかないのか。

はたまた動き出した三番は、三部にてどんな動きを担うのか。

鉄拳さんってあっさりしすぎじゃない? と思われた方もいらっしゃるでしょうが、いきなり意識が飛んだと思ったら、何故か真っ暗な地下空間にいて、誰かいる気がするのに確信は持てないまま、遮二無二自慢の鉄拳振り回して……大振りして、気付けば何かが触れたような感覚の後、心臓が不整脈を起こしたりすれば、多分呆気ないだろうな、と考えた次第です。


ナナシとかにはどう説明するのか、は考えてますが、街を抜けようとした――つまりは黒鉄の情報をいくらかでも持ちだそうとした、というだけでも不満はあれど納得はするでしょう。

親分肌の人間って、基本的に身内には甘いけれど、身内の間違いほど許せないようなイメージがあります。

ナナシは結構こんなタイプ。身内が何もやってないと言えば、明らか嘘で真っ黒なぐらい怪しくても精一杯庇うんだけど、間違いを起こした事がはっきりしたなら、そのケジメはしっかりつける、みたいな。


次回はグライ。

藤原央の登場です。

藤原はこの世の春を謳歌した藤原氏の藤原道長から。

央……あきらは、中央なイメージから。

ちなみに主人公の名前は、男女共に通用しそうな名前で考えてまして、元は『央』『麗』で二人ともあきらになって、藤原君は違う名前だった時もあります。


では次回、グラビティ・ロードの力をとくとご覧あれ。

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