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番外・白き少女、廃都にて困惑す2






「でね、アオイさんったら言うんさっ。『仕事がありすぎて寝る時間も取れないのなら、寝なければいいだけの話でしょう』ってね。それって死ぬっしょ、普通に。いやぁ、ほんと鬼だよ、あの人はさっ」


 それからしばし仕事に没頭する間も、耐えずアザミは話し続けていた。ハイテンションではありながらもどこか微妙に気の抜けたような声による彼女の話は、少なくとも溜め込んでいた愚痴を発散してしまう程度の役には立った。

 今までただ黙々と仕事をこなす事が当たり前だったカクリに、誰かと話ながら作業を進めるのもそう悪くはないと思わせたのだから、アザミの話術は非常に巧みだと言える。

 少なくとも彼女の話は話題に富み飽きを感じさせないものであったし、喉を潤す為にいれてくれたお茶も満足出来る味だった。

 その上で仕事自体もそれなりにこなしているのだから、底辺まで落ちきっていたアザミ株は当初と同程度ぐらいまで上昇していた。

 まぁ、その私生活がだらしない女性の見本にもなりえないほどにグダグダな格好だけは、一応年頃の女性であり、他人の前でもあるのだからそれなりに繕って欲しかったが。


「あ、そう言えばカクッちさんはそろそろウチに慣れてきたかな?ウチってば立場が上に行けば行くほど仕事量が増えるんだけど、居心地自体は悪くないと思うんだっ」


「……慣れた。元からよく来ていたから……違和感もない。……ただアオイが上にいるから……仕事自体は面倒なものが増える気がする。……正直憂鬱」


「あは、その予想はぴったり的中さねっ。アオイさんの下にずっといる羽目になってるこのアザミさんが言うんだから間違いないよっ。三班から離れたくないから転属する気はないけどねっ、アオイさんの下からは全力で離れたいかなっ」


「……つくづく同情する。……カーリアンの下も過酷な職場だけど……アオイにはカーリアンみたいな可愛げもない。……本当に災難ね」


 今回の仕事に限ればシャクナゲに乗せられた。それは事実だ。

 だが、カクリの中で一番の敵役はやはりアオイなのだ。何につけても、自分よりそつなくこなす辺りがカクリのプライドに触るのである。

 さらにそのアオイは妙にカクリを評価しているらしく、にこやかな表情のまま信じられない量の仕事を回してくる。二班にいた頃ですら、取引の末に遠慮など欠片も見えない仕事が回ってきていたのだから、部下になんてなればどうなる事だろう。

 世が世なら、労働基準を定める法やら児童保護を訴える法やらの違反で訴えてやるところだ。

 そんな悲惨な職場環境において先輩であるアザミには、いかなカクリでも心底からの同情を禁じ得ない。


 正直な話、カクリの幼い外見に惑わされないアオイの評価が全く嬉しくないとは言わない。

 幼く見えるルックスはカーリアンの知恵袋としては武器になる。油断を誘える。それも事実ではあるが、外見だけで侮られて悔しい思いをした経験も決して少なくはないのだ。

 だがアオイに関して言えば『もう少しぐらい外見に惑わされて欲しい』。カクリの能力を寸分の狂いなく計り、それに見合う期待と仕事をきっちり乗せてくるのは勘弁して欲しいのだ。

 色々と『やる事』があるカクリは、自身のスキルに見合うだけの仕事をきっちり回されては困るのである。

 もっともアオイからすれば、カクリに裏で動き回らせない為に大量の仕事を回している面もある。

 その辺りの駆け引きが水面下で起こっている辺りは、カクリが二班にいた頃からなんら変わっていない。


「それは良かった。うん、余計な事をしでかさなきゃ、ウチはカクッちさんにとって居心地がいいと思うよっ。ウチは見た目や年齢で差別されないから腕の振るい甲斐はめちゃあると思うし」


「……そう、そうかもね」


 確かに自分の力を示したいという願望があり、自らの力に見合う働き場所を求める者には三班は悪くない働き場所だろう。それぐらいは認められる。

 カクリとて三班の在り方は、黒鉄という規模の小さな組織の中では理想に近いものだと考えているのだ。


 三班という班は単なる戦闘しかこなさない部隊ではない。事務や裏方を仕事とする者にとっても悪くはない職場だと言える。

 三班ほど徹底して班の運営を自班の者だけでこなす班など他にはなく、そうなれば当然事務仕事も多くなるのだから仕事自体はいくらでもある。

 戦闘を行えば当然その記録を取る。食料や武器弾薬などの資財も必要となるし、そうなればその運用についても人手はいる。戦闘がない時も管理は欠かせないし、訓練にも物資はかかる。経費など班に所属する人間の分だけかかるし、三班が管理する土地で働いてくれる人間にも必要だ。

 それらの管理全てを自班だけでこなしている事がいかに凄い事か。それは二班で四苦八苦していたカクリだからこそわかる。

 なにしろ三班は規模的に最大の班だとはいえ、決して突出した人数が所属しているわけではないのだから。

 それを成し得ている理由は、一重にこの班最大の特色――『戦闘要員、非戦闘要員の区別なく、全員が班の運営に関わっている』という事に尽きる。

 通常時であれば、戦闘時には先に立って戦うメンバーもペンを取り、うんうん唸って帳簿とにらめっこしているのである。

 また戦闘があれば戦闘要員が出るのは当然の事なのだが、この三班の場合は非戦闘要員とて大人しく避難するわけではない。非戦闘要員は本部守備要員として徹底的に本部に立て籠って、本部防衛の為に働くのである。

 罠を設置し、バリケードを築き、戦闘要員が帰ってきた時の為に炊き出しをする。班の運営が滞らないようにその代わりもする。さらには三班本部から繋がる地下道の管理もし、そこから物資の輸送までこなすのだ。

 その結果、通常時も戦闘時も戦闘要員と非戦闘要員の間で声を掛け合う機会が増え、その垣根が他の班に比べるとずっと少なくなる。

 普通に考えれば戦闘時に外に出向く分、戦闘要員から仕事の割り振りに文句が出そうなものだが、戦闘時には仲間達の一番先に立ち、一番リスクを負っているシャクナゲが文句一つ言わないのだ。彼が率先して資財管理から本部の掃除までしているのだから、誰も文句を付けられるはずがない。

 シャクナゲの場合は、『いいからあんたはちょっと休め。頼むから休め。お願いだから休め』と言われているほどなのだ。


 さらに言えば、戦闘要員が傷付いて今後戦えなくなった際も、三班の非戦闘要員としての働き場所が用意されている面も大きいだろう。傷付いたからといって放り出される心配もなく、傷付いたなりにそれまでの仲間達と共に戦える環境があるのだ。


 もちろんこの体制にもリスクは当然ある。他の班が通常の運営で民政部に頼る面が多いのは、そのリスクゆえだと言ってもいい。

 それは優秀な人間にかかる負担が極端に大きくなり過ぎる事だ。出来る人間にはどこまでも仕事が増えてしまうのである。

 しかし、その辺りを上手く折り合い、ずっとこなしてきたのだからシャクナゲやアオイの手腕が窺える。

 少なくとも他の六班では、人数や人材が足りない。カクリ一人いても達成は出来ず、五班の『幻影』やカブトでも無理だ。

 戦闘で随一の実積があり、その実積を引っ提げて仲間を導くシャクナゲと、過酷な裏方をひたすら支え続けるアオイ、どちらが欠けても回せる体制ではない。

 カクリがシャクナゲと組んだなら出来るかと言えば、いかに悔しくとも答えはノーと言わざるを得ない。

 カクリは自らの力に自信を持っているが……戦闘能力はなくとも、自分は黒鉄に絶対必要な人間だと自負してはいるが、それでも上には上がいる。勝てない相手ぐらいは分かるつもりだ。

 アオイという人間が気に障り、ついカクリが目の敵にしてしまいがちな理由の最たるものは、『あらゆる点において現状の自分では勝てない』という点に尽きる。

 もちろんそれぐらいは自覚し、しっかりと自制出来ているだけでも、カクリが相応の能力を持っている事を示しているだろうが。


 ――ちなみにカクリがシャクナゲを嫌う時は、カーリアンが絡んだ時やわざとらしく子供扱いをしてきた時に限る。なんとなく嫌いにくい相手であり、それでもやっぱり苦手な相手……それがカクリにとってのシャクナゲなのだ。



「ま、その代わり仕事をサボるのは至難なとこなんだけどさ。ヒナだってヒナなりに仕事回されてるし、スイレンは多分うちでも一番の働き者だしねっ。うちで好き勝手やってるのはあの『不貫のヨツバ』ぐらいなもんさっ」


「……彼は致命的に集団行動には向いていない……一緒に作業をすれば寿命が縮まりそう」


「あっはっはっ、うちの皆がそう言うねっ。アザミさんもヨツバだけは苦手さっ。なんせ、存在自体が怖いからねっ。

 まっ、あの人にはちょろっとお外を回ってもらって、適当に盗賊を狩って『はい、お仕事はおしまいよ』ってな生活をしてて欲しいねっ。下手するとお仕事が増えそうだっ」


 そしてこの愚痴のこぼし合いでストレスを発散した以外に、もう一つアザミの話が役に立った面がある。

 このずぼらな女性が、ただの怠け者ではない事を理解出来た点だ。

 彼女の口は止まらない。カクリの沈黙も気にしない。

 でもそれとなく三班の内情や、今まで気にしていた事を合間に聞き出そうとしても、のらりくらりとかわされる。単なるお喋りの範疇からは絶対に踏み出さないし、踏み込ませないのだ。

 思いきって『ネームレス』……かつてアオイが名乗った『名無し』について聞いた時など


「ネームレスって都市伝説のあれかな?都市伝説と言えば、アカツキが神杜の地下で人体改造による人造純正型を作ってたとかって話は聞いたかな?

 笑えるっしょ、そんな事しててもし上手くいってたのなら、廃都は廃都って呼ばれるほどボロくなってないってねっ」


 などとスルッと流されたのだ。その上で


「でもまぁ、そんな連中がもしいるなら、あんまズケズケと踏み込まない事をオススメするねっ。その都市伝説の怖ぁい名無しの亡霊達に連れてかれちゃうかもだからさっ。くわばらくわばらだっ。うん、人間関係は距離感が大事かな」


 なんて言って、それとなく牽制しているような口振りをしてくるのである。

 もちろん気のせいかもしれない。しかし、彼女の立場――カクリが唯一知る『ネームレス』の片腕たる点を考えれば、気のせいや考え過ぎだとは思えない。

 危うく騙されてうっかり忘れそうにはなったが、彼女はあの性悪スマイルの右腕なのだ。この執務室で彼女が仕事をしていたのも、この部屋の『番人』を兼ねているからだと考えられなくもない。


 しかし、そういう風にも疑えるというだけで、尻尾を出したわけではない。会話の端々にチラチラと気にかかる箇所は見えるのに――恐らくは『わざと見せている』と思えるのに、核心に触れそうなところは一つもないのだ。

 アザミがそうである以上、カクリの方も自分から深入りは出来ない。副官補佐の立場を持つ以上、その役職から踏み出したところまで首を突っ込んで、『同僚』から変に勘繰られるわけにはいかないのだ。


「あぁ、そうそう。カクッちさんはまだこの班じゃ新入りだから知らないかもしれないけどさ」


「……なに?」


「地下は危ないから入っちゃダメだよ?あそこって半ば迷宮だかんねっ」


「……地下に行くつもりはない」


 ――またも気にかかる言い方をして。


 そうは思ったもののカクリは素直に頷いてみせた。

 地下に行くつもりはないという言葉に嘘はない。

 少なくとも今のところは……ではあるが。

 地下に入ろうなどと考えた事はない。少なくともシャケナゲに止められてからは、まだ時期ではないとカクリは考えていた。

 なにしろお宝が眠っている事が明らかな場所だ。ならば相応の危険が潜んでいる事も明白だ。

 彼が『来るな』という以上、そこのセキュリティはカクリを不法侵入者と見なして牙を剥くだろう。


 ――今はまだ『その時』ではない。今は三班内に足場を築くべく動く段階だ。


 そう考えてカクリはこうして真面目にお仕事をしているのだ。

 だから言われるまでもない事なのだが、とりあえず先を促すべく小首を傾げてみせた。

 アザミが本当に切れ者ならば、カクリが地下に『興味を持っているだけ』である事はわかっているだろう。

 それでも念をいれる意味が気にかかったのだ。


「そっ。最近うちの地下はややっこしいっしょ?アカツキ作のお宝も眠ってたしね。それが漏れたのかチョロチョロしてるヤツがいんのさ」


「……そう」


「うんっ、まぁカクッちさんなら注意するまでもないんだろうけどさっ、一応ここでは先輩のアザミさんからの注意事項だっ。まっ、地下は三階を過ぎたらごっちゃごちゃらしいしさ、普通に迷宮みたくなってるみたいだからねっ。とにかく危険なんさっ、あそこは」


 ――地下、地下か。

 ノーフェイトがあるのも地下。

 街に張り巡らされた地下道も三班の本部に繋がっている。その地下道の把握、管理を一手にしている事こそが三班を特別な地位に押し上げているのは間違いない。

 この街で過去行われた防衛戦において、複雑に入り乱れた地下道がどれほど大きな力となった事か。

 そんな用途とアカツキの遺産以外にも、ここの地下にはまだ他に何かあるのか。


 そんな疑問を抱くも、それは表に出さないままで神妙に頷いてみせる。

 元より自分一人で危険一杯謎一杯、秘密も一杯ではあるが、秤が明らか『リスク』に重きがいくような場所に赴くつもりはない。親の虎がいる事が分かりきっている虎穴に入り込むのは、命がいらないバカのする事だ。 いかに大枚で売れる虎児がいようが死んでは意味がないのである。

 もし誰か――そう、幻影やら風塵やらが虎児を得たなら、それを掠め取るか交渉で得るかぐらいにしか考えていない。

 もちろんその交渉や策略も命懸けとはなろうが、自ら虎穴に入るよりはまだ全然マシだ。


 ここでの蛮勇、リスクの高い行動は、カクリにとっては自らの命にも等しいカーリアンにも降りかかる事になる。自分達に付いてきた元二班の仲間にもかかるだろう。

 自分一人で綱渡りをするならまだしも、両手に他人を抱えてそんな真似は出来ない。

 それが分かるからこそ、今の彼女には賢く、堅実に表舞台をいくしかない。謀略ではなく長期的に組み上げた戦略、そして積み上げた実績と信頼で『自分が手に出来る情報の上限』を広げていくしかないのである。

 そうでなければ、シャクナゲの言う事を素直に聞いて、しち面倒くさくて不慣れな仕事などやってはいない。適当に切り上げて、三班の中でも袖の下が有効そうな人物のリストを作ったり、幻影やら風塵やらに渡りをつけて、欲しい情報の代わりに三班の中から働きかけたりぐらいはしただろう。

 カクリは幼い外見ではあるが、かつての二班時代は黒鉄七班の上層部では最年少を誇っていたのだ。海千山千の黒鉄上層部を相手とり、隙さえみせれば干渉してくる民政部の古狸を向こうに回し、問題児筆頭であったカーリアン率いる二班を維持してみせたのは、一重にカクリの立ち回りの狡猾さと巧みさによるものだ。

 黒鉄七班の中で最も精強で、実績も名声もある三班に頻繁に出入りする事によって二班と三班の親密さアピールしてみせた他、借りを受けた相手には誰が相手であれ働きでもって等価以上に熨斗を付けて貸しを返してきた。

 それは貸しを返すという意味以上に、自分の価値を内外に示す機会として絶好のものだった為だ。

 辛酸を舐めた事も決して少なくはなかったが、それでも舐められっぱなしではいなかった。

 他人に舐められたままで終わる事が、東海という他の地方から流れてきた自分達にとって、どれほどの弱味になるか。そして身寄りもなく、後ろ楯もない自分達がこの街の仲間になる為には何が必要かが分かっていたからだ。

 この辺りの押し引き、そして行動の硬軟を自在に使いこなせなければ、曲者揃いの班長連や副官連を相手に一つの班の副官を張ってはいけなかっただろう。

 外に示す力と名前は東海地方最悪の同族殺したるカーリアンが受け持っていたが、その看板を裏から支え、しっかりと足場を固めて、この街になくてはならない仲間となる為の実績を積み重ねてきたのは、まだ年若いカクリの手腕に寄るところが大きい。


「うんっ、まぁアオイさんお気にのカクッちさんなら下手は打たないだろうけどねっ。ウチに入ってきたおバカさんやら密偵やらは、大抵最後には地下に目をつけるからさっ。そんで行方不明になるってオチがつく事も多いし、一応忠告をばねっ」


「……下手を打つつもりはない。……今の私はたった一回の馬鹿でもしでかす余裕がない。……だから『正攻法』しか取れない」


 一つの失敗、僅かなポカで、いまさらこの三班から放り出されるわけにはいかない。

 放り出されはしなくても、班の中で孤立するわけにもいかないのだ。

 何故ならカクリは、仲間達全員を引っ張ってすでにベットを済ませた後だ。掛け金は今までの二班での立場と自分の命。そして仲間達の未来。

 自分みたいな小娘が抱えるには余りにも重すぎて笑ってしまいそうになるけれど、抱えてしまった以上は仕方がない。

 最低でも今までと変わらない程度の生活は送らせてやりたいし、今までと変わらない程度の毎日は送っていきたい。

 だからこその正攻法だ。


「それがいいよ、どんな事であれ正攻法がやっぱり最高さっ。それならウチの連中も文句は言わないだろうしねっ。急がば回れ。カクッちさんも信頼が置かれ、それが必要な時が来たなら地下が見れる時もあるさっ。ま、楽しみにしといてよっ。

 ――なぁんて言ってはみたものの、このアザミさんも地下は五階までしか行った事はないのでした、まるっ」


「……あなたってほんとに変な人ね」


「あっはっはっ、よく言われるよっ。自分では親切なお節介さんのつもりなんだけどねっ」


 親切なお節介焼きは自らをそう評したりはしないだろう。少なくとも目の前の女性はそんな評価を下せる相手ではないというのがカクリの印象だ。

 仕事ぶりや話をした感覚からしてやり手である事は間違いない。だらしない風体が素なのか、はたまた見せかけなのかはいまだに分からないが。

 だが、それだけなら別に問題はない。いずれは政敵になり得るかもしれないが、今の状況では頼りになる事も間違いないからだ。

 問題なのはアザミから受ける印象だ。彼女の印象、彼女から感じる雰囲気が、どこかシャクナゲよりもアオイに近いものを感じるのである。

 カクリはカーリアンほど鋭い直感は持っていない。一目見ただけで人の本質を見抜くような眼力もない。それは間違いない。

 しかし、明るく朗らかで能天気にしか見えない彼女に何故か『アオイ』が被る。どこかあの『自分よりも上』の男の影がチラチラと見える気がするのだ。

 シャクナゲもアオイも、二人が二人とも油断ならず、裏を幾つも持っているタイプである事は間違いない。しかし、二人から受ける印象は明暗がはっきりと別れている。

 どちらが明でどちらが暗かは言うまでもない。

 匂い、と言えばあやふやだ。雰囲気はアオイとアザミでは全く違う。それでも感覚的なものまであげれば、彼女にはアオイに近い匂いを感じるのである。

 そして『性悪』だの『陰険』だのとさんざん言ってきた通り、あの副官は絶対に親切なお節介焼きなどではない。ならばアザミが意味もなく親切だったり、裏もなくお節介を焼いたりするとは思いがたいのだ。


「カクッちさんが何を考えてるか、当ててみせよっか?」


 そんな思考にふける間も、休む間もなく口を動かし続けていたアザミが、ふとその口許をいたずらっぽい笑みに変えてそう言った。

 それについ身体がビクッと跳ねそうになるのを、理性と根性と気合いをフル動員して抑え、カクリ思わず心中で舌打ちを漏らす。


 ――まだ私は油断をしている。思考を完全に消せ。アザミがヘルメスと同じタイプの能力者じゃないとは限らない。意識を数に向けろ。素数を数えて、完全数を挙げろ。円周率を並べられるだけ並べるんだ。


 六班班長『夜鶴』のヘルメス。

 彼女の能力は『思考誘導』。そして他者の意識や感情の把握だ。

 つまり『自分に敵意や疑心に似た感情を持つ相手を見抜く』事が出来る能力なのである。

 非常に珍しい能力ではあるが、彼女固有の力というわけではない。他にも似たような能力を持つ者ならばいるだろう。

 そういった能力は、カクリにとってはまさに天敵とも言える能力だ。それだけに対策は練ってきてはいた。いや、出来るだけ練ってきたつもりだった。

 ありったけの数を頭の中で羅列し、記憶から数式を無茶苦茶に引き出し、思考を出来るだけ切り離す……単純に言えばそれだけではあるが、カクリはヘルメスと相対した時はいつもそうしてきていたのだ。



 今もそれを実行しようとして。

 変に勘繰りすぎている事は自覚していても、警戒はいくらしてもしすぎるといういつも通りのスタイルを貫こうとして。

 次の瞬間には、頭に浮かべていたあらゆる数式も危惧した憂慮もあっさりと消し飛ばされた。


「今日の夕飯の心配だねっ!間違いない、ファイナルアンサーだっ、うんっ」


「…………はっ?」


 そして目が点になった。

 しかし、そんなカクリの様子にも『分かってる、分かってる』と言わんばかりに頷いてみせてアザミは続ける。


「皆までいわなくてもいいさっ、実はいい店があるんだよねっ。ウチの班御用達の隠れ家的名店だよっ。そこはなんとっ!我が班のエースにして栄えある班長、黒鉄のシャクナゲもたまに通ってる店なのさ。かつてシャクナゲと合わせて黒鉄の二枚看板だった、あの『錬血』のミヤビもお気に入りだったほどの料理屋でさっ……ってあれ?なんでカクッちさんは転けてるのかなっ?」


「……バランスが崩れただけ。……気にしないで」


 この女は本当によくわからない。

 わからないままで終わるのは癪にさわるし、カクリのポリシーにも反するけれど、彼女の事を理解するにはまだまだ時間がかかる事だけは分かった。


 ――このキャラを狙って作ってるんだったらかなり苦手な相手かも。


 嫌いな相手でも目障りな相手でもなく、『苦手な相手』。

 それがアザミに対するカクリの印象だった。

 実は三班上層部全員が、アオイの片腕たる彼女に対して似たような印象を抱いていたりするのだが、そこまではさすがのカクリでも分からない。

 図々しいように見えて裏がありそうで、ずぼらに見えて時折細かくて、大雑把に見えて芸が細かそうなところが、ほとんどの仲間達から掴み所のない変なヤツだと印象付けているのだ。


 ――みんながみんな、ヒナギクみたいな分かりやすい相手なら良かったんだけれど、さすがにそうはいかないか。でもまさか同僚として面通しした副隊長のニ人目でここまで疲れる羽目になるとはね。


 正直先を考えれば憂鬱で面倒でとことん気が重くなった。

 とりあえずしばらくはアザミと交流しただけで満足し、様子を見てから他の二人にも顔を合わせよう……そんな事を考えていたカクリに、アザミはニコニコと笑いながら追い討ちをかける。


「じゃあ、今日はヒナやリンドウ、ついでにサツキも呼んで、ちょっち遅くなったけどカクッちさんの大歓迎会って事でいいねっ!」


「……歓迎会っていつ決まったの?……それにリンドウとサツキって」


「ありゃ?知らない?猫んとこの根暗リンドウと雉んとこの生真面目サツキ。二人とも一応一隊の副隊長なんだけど?」


「……知ってる」


 黒猫隊のリンドウと黒雉隊のサツキ。

 それぐらいはカクリも知っている。問題はそこじゃない。

 今日いきなり大歓迎会をする事になった経緯と、その二人がそこに参加するらしいという事実。さらに言えば一応主賓扱いらしいカクリの意志も聞かず、もはや決定と言わんばかりのアザミの口調にげんなりとしたのだ。


 ――もう好きにして。


 嬉しげな鼻唄混じりにペンを振るうアザミとは対照的に、疲れが滲んだ嘆息を隠しきれないカクリは、ガックリとその細い肩を落としたのだった。


とりあえずアザミンを出しました。

どうするつもりなんですかね?キャラを増やし過ぎでしょ。

とは思いつつも、懲りずに出してしまった怪。


三班の体制とか、ちょっとした設定とか書く話だったんですけど、なんかアザミとカクリって書いてると話を区切るのが難しいんですよね。

カクリはあーだこーだ考えるし、それの補足も必要になる。アザミは喋るだけ喋ってるくせに、何か喋ってない箇所もあるっぽい……そんなコンビは締めが難しいんす。

とりあえずカクリの大歓迎会については、そんな事をする事になりましたよ、で切ってしまって書かない予定です。

終わらないんですよね、この二人。

だからぶっちぎって次回は陰険で性悪でエセでスマイリーなあの人がでます。

次回はちゃんと来週の月曜に更新いたしますので、よろしくお願いいたします。

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