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番外・白き少女、廃都にて奮戦す1







 ――こんなものか。


 とりあえず新たに支援部隊を設立するにあたって、カクリは任された人員の編成から始める事にした。

 年齢や性別、これまでの経歴や能力の有無、身体能力までを含めて考えて、最も無駄のない効果的な部隊編成案を作る事から始めたのだ。

 下に付けられたヒナギク──めちゃくちゃ不満たらたらで、ぶつくさ文句を言いながらも、『シャクナゲの言葉なら嫌で嫌で仕方なくても逆らえないです』と、心底嫌そうにしながらも手伝ってくれる事になった──には、集まった人員を相手に訓練を始めてもらっている。

 もちろんいきなり訓練を始めたのにも理由がある。

 カクリが集めたデータはあくまでも書類だ。紙の上の数値でしかない。それでは正確に計りきれない、『意欲』みたいなものを彼女には見てもらっているのだ。

 新しく三班に入ったものの中には、当然カクリとカーリアンが引き連れて二班を割ったメンバーもいる。彼ら、あるいは彼女らは、カクリからしても信用に足る人物だ。

 意欲もあり、熱意もある。野心を持つ人物もいるが、大それた望みを抱く者はおらず、上に立つ者がそれなりに優秀か、あるいは自分にとって有益な存在ならば制御しきれる範囲だ。

 また副官だったカクリが常日頃から目をかけてきただけあり、その能力についても自信がある。

 そういった人々には、今まで『医療班』として培ってきた経験を、新たな支援部隊隊員候補者達に教授する役割を頼もうと考えている。

 頭が堅いだけの医療職経験者などより……二班としての体面にこだわって立場を保留した連中などより、戦場ではずっと役に立つメンバーだとの自負もある。大掛かりな手術が必要なほどの怪我は厳しいとしても、簡単な医療スキルや手早く処置するだけの要領の良さでは上回っているだろう。

 それはカーリアンに従ったいわば『カーリアン派』の元二班メンバーとして、恥ずかしいものではないと確信している。


 しかし、新たに三班に加入したメンバー全員が、そういったなんらかの突出したスキルを持っているワケではない。

 中にはかねてから三班への加入を希望してはいたが、班の編成段階で他班に入る事になってしまい、この際に三班入りを果たそうというメンバーもいる事はいる。それらの人物は、シャケナゲ率いる最精鋭部隊たる三班への配属を希望しただけあり、なかなかの戦歴と実力を持っていた。

 しかし、ほとんどは『労働して食料を得る』事から落ちこぼれた連中だというのが実状だったりするのだ。

 廃都再建の作業で食料を得る事が面倒で、『黒鉄』で生きる方が楽だと考えている人間も決して少なくない。

 だからこそヒナギクや経歴に信頼が置けて、なおかつ素性も確かな連中に、最初から厳しい訓練を課させる事で『篩い(ふるい)』にかけてもらっているのだ。

 カクリには単なる食い詰め者を迎えいれる気などさらさらない。そんな余裕はないし、多分に『ふざけるな』という気持ちもある。

 いくら三班の貯蓄する資材がかなりの量にのぼっても――思わずどれぐらいまでなら、着服してもバレないかなんて事を考えてしまうほどであっても、それを管理する側に回った以上は役に立たない者の為に米一粒や木片一つであれ無駄にする気などない。

 そういった考えから、ヒナギクら訓練組の連中には『錬血の訓練並みにいじめてやれ』と言っておいた。

 その言葉に、あの『音速』がサッと血の気を引かせたのは、その訓練の記憶が蘇ったからだろう。

 カーリアンですら逃げ出し、ヒナギクですらトラウマとなっているらしい訓練並みにやれという事は、そのままほとんどをふるい落としてしまえ、と言っているに他ならない。

 その篩いに日に日に脱落者が増え、残っている者は当初の五分の一を切った段階で、彼女は残った者達を組み分けする事にしたのである。



 新しく支援部隊を編成しろ、と言われてカクリが考えた方法は、『今の黒鉄にある班の内、最も班内の統制が取れ、最も戦意の高い班』をモデルとする事だった。

 自分には集団を統制する能力はあっても、人を惹きつける力がない事は、カクリ自身が一番自覚している。自分は裏方に回るべき人材で、表に立つ為の力がない事ぐらいわかっている。小賢しいだけの小娘だとあなどられがちな外見についてもだ。

 人を率いる事に慣れておらず、また不向きな自分では、一から新しい体制の班を作るのは無理だろう……そう判断したのである。

 しかし、今あるものを『できるだけ模倣する事』は出来る。それこそ自分向きなやり方だと考えたのだ。

 そして自分だけでは、十割模倣できないならば……せいぜいが八割ほどしか似せられないのなら、『最高の部隊の八割』こそを望んだ。

 つまり、『支援部隊の所属する黒鉄第三班』を、第三班支援部隊のモデルにしたのである。

 その為の方針作りと部隊運営草案をまとめ、初期予算案を組み、その上で八割+αとすべく改良する事が、事務能力特化型であるカクリの考えた方法だった。

 さらに言えば、新入り達をふるいにかけている間にそんな仕事をこなしつつ、新部隊の味方となる人物を作る事が目下の目標である。



 まず始めに第三班の特徴としては、班内で能力に合わせての細かい小隊分けがある。さらにその小隊には副隊長を置き、いくつかグループ分けもしている。

 シャクナゲ率いる黒狗は、精鋭の中でも特に選りすぐったメンバーを配置し、敵を攻撃する事のみを主眼に置いた班だ。つまり『防衛戦が多い黒鉄の戦闘の中でも、攻め寄せてきた敵部隊を切り崩す』為の部隊なのだ。

 敵部隊の司令官や本隊を急襲したり、要人を攻めつけてそちらに目を向けたりと、攻撃的な事のみをこなすのが黒狗小隊だ。


 対してアオイが率いる黒兎小隊は、防衛のみをこなす部隊だ。要所に配置して守り切る為の部隊であり、それだけにこの部隊は防衛戦の訓練のみを施している。


 スイレン率いる黒猫小隊は、遊撃部隊であり諜報部隊、そして敵を陥れる為に動く為の部隊だ。スイレンの能力を中心に据え、それをフルに使って敵を攪乱する為に行動する。

 珍しいだけではなく、上手く使いさえすれば非常に大きな力となる彼女の能力を最大限に使う事を主眼におき、他の小隊メンバーは彼女をサポートする為だけに行動するのである。

 当然、スイレンの『幻』に対する耐性も黒猫小隊は積んでおり、ある意味では一番特殊な小隊だと言えるだろう。


 最後の黒雉小隊は、それら他の三隊を援護する為の予備部隊だ。戦況によっては防衛も攻撃も諜報活動すらもする。

 この部隊はオールマイティーな活躍を期待されるが、それだけに目立たない部隊でもある。能力如何よりも戦意や訓練に対するやる気で評価されている節があり、厳しい事で有名だった『錬血』のしごきを最後まで耐えぬいた男が隊長を務めている。


 これを踏まえて、残った新入り達を幾つかの小隊に分ける事にした。

 つまり後方で支援を行う支援専門小隊と、その支援小隊と後方の支援拠点の護衛小隊、前線へと支援に出る攻撃型支援小隊と、それを援護する斥候小隊だ。

 中でも、攻撃型支援小隊と情報を集める斥候小隊には力を入れようと考えていた。

 単なる支援部隊ではなく、積極的支援を行う二班とは違った形の部隊を望んだからである。

 もちろん、普通の支援小隊や護衛小隊もおろそかには出来ない。普通の支援小隊はカクリ自身が隊長となり、その能力を底上げする事にし、部隊のアドバイザーとして護衛小隊の顧問を勤めるにした。

 カクリ自身は戦闘を出来なくても、回された情報から戦況を読み、安全な後方陣地を作成する事が出来る。支援スキルに関して言えば元二班でトップだった実績もある。

 だからこそその形で後方の編成を組んだのだ。


 そして前衛の攻撃型支援小隊はカーリアンに任せる事が彼女の中では決定していた。ついでに彼女をこの支援部隊全体の隊長として、三班内で勢力を保つ事にしたのだ。

 残るは斥候小隊だ。

 この小隊もカーリアンに任せようかと考えた。

 そして考えた上で無理だと判断したのだ。

 カーリアンの攻撃型支援小隊と斥候小隊では役割が違い過ぎるし、活動する範囲も違う。いくらカーリアンの直感が鋭く、本質的にはリーダーとなる器があったとしても、活動範囲の異なる部隊を指揮出来るとは思いがたい。

 斥候小隊は少人数で攻撃型支援小隊のさらに先に行き、戦況や敵部隊を確認する事が仕事であり、いかに攻撃型ではあれ、支援をメインに置いた小隊とは望む在り方が異なるのである。

 後方の二つの小隊は、在り方は違っても活動する範囲は被っている。それとはワケが違うのだ。


 そこがネックとなっているが、とりあえず残った新入りから斥候小隊の隊長を当てようと考えて、一旦彼女はもう一つの目的の為に動く事にした。


 休憩がてら新部隊の味方を増やす為に動きはじめる事にしたのだ。








 そう決めて行動を開始したものの安っぽいスチール製のドアを前にすると、カクリは思わず大きく息を飲んだ。そして緊張をほぐすように、わずかに瞳を伏せる。


 ≪黒鉄第三班執務室≫


 ここはカクリが今所属する黒鉄第三班の中枢とも言える部屋だ。

 今では第三班に所属している身でも――いや、第三班に所属する経緯があったからこそ、カクリはこの部屋に入る事に躊躇いを感じてしまう。

 この部屋は今の今まで……少なくともアカツキがいなくなってからの一年、黒鉄という組織の中心だった部屋だ。

 戦力的な意味でもそうであるが、黒鉄の存在理由としてもそうだろう。

 最強最悪の皇を囲う鳥籠。彼が皇にならない為だけに造られた、黒鉄という名の偽りの楽園の最奥にして最深。

 その真実を知り、自ら飛び込んだ後だからこそ、二班に所属していたには感じなかった圧迫感を覚えてしまう。


 ――こぉら!シャク!とりあえずみんなに頭下げなさい、頭っ!ほらっ、あたしも一緒に頭下げたげるからっ!


 同じく真実を……カクリよりもずっと間近で偽りを取り払った皇(彼)の姿を見たはずなのに、帰ってきて早々いつも通りに騒がしかった少女を心底凄いと思う。

 あの時、光都へと二人で出向いて帰ってきた後、カーリアンはよりにもよってその新皇だった男の頭を掴み、今後の対策の為に集まっていた面々の前で強引に下げさせていたのだから。


 ――ほら、ごめんなさい。それとありがとう。はい、リピートアフターミー?



 知らず知らずの内に緊張していたカクリも、さすがに毒気を抜かれた。

 えっと、カーリアン?あなた、誰に何をしてるか本当に分かってる?

 思わずそう言ってしまいそうになって。

 恐る恐る隣を窺うと、あのアオイのニヤケ顔までが固まっていた事にまたまた驚かされた。

 その時思ったものだ。

 あぁ、カーリアンは自分が思っていたよりずっと凄い人だったんだなぁ……なんて事を。

 もちろんカーリアンでなければ『よっぽどのバカ』なんだと切り捨てていただろう。その無謀に呆れ返り、そのバカのとばっちりを食らわないように即座に離脱していたに違いない。

 新皇とは文字通り『国崩しの怪物』で、魔人で、そして人外の化け物なのだから。

 そんな相手に『彼女のカーリアン』は今まで通りに全く遠慮がなくて。

 どこまでもいつも通りで。

 いつの間にか緊張し、身を固くしていた自分がバカらしくなった。

 室内で唯一カクリと同じように身を固くし、ガチガチに緊張していたヒナギクがカーリアンに食って掛かる様を見て。

 そんな彼女と睨み合いを始めたカーリアンに、さてこの騒ぎをどう納めようか、なんていつも通りの事を考える余裕すらも出来たぐらいだった。



 でもこの場にはそのカーリアンがいない。

 カクリが全てを賭けて信じられる少女はいないのだ。

 そもそも自分の考えで街の外の仕事を回したのだからいるはずもない。

 その事実がまたカクリにプレッシャーをかける。背中には粘っこい汗が浮かび、知らず知らずのうちに拳には力が入る。

 一人っきりな錯覚に震えそうになり、一旦引き返そうかと考えてしまう。

 それでもありったけの度胸と負けん気、それから自分が持ちうる限りの意地とプライドを総集してからカクリはドアを開けた。


「おりょ?カクッちさんじゃないかな。なんか用……ってうわわっ!崩れる、崩れるかな――!?」



 ――ドアの先には人跡未踏の地が広がっていた。

 つい先日まで綺麗に片付けられていた室内は、見るも無惨と言うか、見るも悲惨にグチャグチャに荒らされていたのだ。

 ドアを開けた拍子に崩れたらしい、様々な書類やら使い回しの弁当箱やら寝具やらに埋もれた女性によって。





「いやいやぁ、助かっちゃったかな。カクッちさんがいなきゃ、自分とこの本部で遭難するとこだったかも」


 まいったまいったとばかりに楽しそうな表情で額を叩く女性に、カクリは思わず溜め息をもらした。遭難……というよりも落盤事故じみた真似にあっていたのだから決して笑い事ではないと思う。

 それでもなんとか気を取り直し、カクリはその女性――アザミに向き合う。


「……ねぇ、アザミ」


「なにかな?カクっちさん」


「……とりあえずカクっちさんはやめて」


「じゃあカクさん?」


「……水戸の御老公のお供なんてしていない」


 ゴミやらなんやらに埋もれて目を回していた女性を救出し、辺りを片すだけで数時間かかった事実には正直目眩がした。その後、どこまでも気安くいられるアザミの図太さにもだ。

 どうやればアオイがきっちり片付けていた部屋を、ほんのわずか数日でゴミや書類が雪崩を起こすほどに荒らせるのか、その辺りをこんこんと問い詰めたくなる。

 フワフワとした喋り方と、穏やかな性格が見て取れる顔立ちをしているものの、あのアオイが補佐役に抜擢しただけに実は切れ者に違いない……そんな考えをアザミに対して持っていたのだからなおさらだ。

 今まで何度か見た時は身嗜みもしっかりとしていたのだから、カクリがそんな印象を持っていたとしても仕方のない事だろう。

 前回見た時――つまりアオイが出ていく直前も、スラッと身体の線にあったパンツルックを着こなしており、深い茶色の髪も綺麗にセットされていたのである。

 それが今は、分厚いレンズの瓶底メガネに安っぽい三本線入りのジャージ、煤けた印象すら受ける茶髪は空爆にでもあったのかというほどに荒れ果てていた。

 全方位のどこからどうみても人脈として頼りになるようには見えない。


 ――じゃ、まぁ仕事頑張って。


 思わずそう言って、よっぽど人選ミスを理由に撤退してやろうかと考えてしまうが、とりあえず間を取るようにゴホンと咳払いを一つし、思考を巡らせて損得を改めて勘定する。

 カクリが目を付けたのは、ホワホワとした空気をまといながらどこか切れ者っぽさも匂わせる……匂わせるだけかもしれないが……黒兎小隊の副隊長だった。そうだったはずだ。

 間違っても三班執務室という黒鉄の中枢部を、まるで自分の部屋のごとく散らかし尽くしてだらけきっていた女性ではない。ゴミや資料の雪崩にあい、目を回すような人物では絶対に絶対になかったはずだ。

 しかし、しかしだ。彼女が一隊の副隊長である立場だけは間違いない。それだけは事実だ……ったと思う。


 ――予想していた人物像とは余りにも違うけれど、やっぱり彼女の立場だけは捨てがたい。一応恩だけは売っておくか。


 そう損得勘定を終えると、やる予定は全くなかった片付けをしたばかりの部屋のデスクに座る。


 黒狗小隊の副隊長がヒナギクであるだけに、各小隊の副隊長(カクリはまだ候補であったが)達で連携を取る形に持っていく予定だったのだ。そうなれば『こんなの』でもアザミだけを避けて通るワケにはいかない。

 新入り達をしごき上げているヒナギクは、その性格からか新入り達に感情移入しているだろう。かつての自分を新入り達の中に見て、心情的には味方となっている可能性が相当に高い。

 そうなるように――気分よく新入り達をしごけるようにそれなりに気は使っているものの、ヒナギクにはそれ以上の工作は必要ないだろう。

 さらに彼女は、性格的に子供っぽい所が目立つものの一応はコード持ちでもある。しかも黒鉄最強と謳われる第三班所属の、だ。その実力だけは水鏡やシャケナゲの折り紙付きだと言ってもいい。

 それらを込みで含めて考えれば、黒鉄第三班の五小隊――今はまだ四小隊だが――の副隊長で連携を取る形は絶対に捨てがたい。

 アザミだけを外せば角が立ち、『副隊長全員』という名分が立たないのである。


「……あなたの仕事……手伝ってあげましょうか?」


 だからやる気が半減しながらも当初の予定通りそう告げる。

 とりあえず『実は切れ者』という可能性もゼロではないし、などと自分に言い聞かせながら。


「えらく直線的だね?裏があるのを隠すタイプじゃなかったかな?」


「……あなたは私をひどく誤解している」


 誤解もへったくれもなかった。裏はばっちりある。

 ついでに面識の余りない相手にまで『裏があるタイプ』と思われている事実に、思わず苦虫を噛んだ表情を浮かべそうになり、それだけはなんとか自制した。


「……でも、そうね……腹の探り合いも嫌だからはっきり言うなら……あなたの仕事を手伝って早く終わらせる代わりに……私の仕事も手伝って欲しいの」


「手伝うって、結構あるよ?アオイの野郎――じゃなかった、アオイさんってば、呪い殺して欲しいのかって思うぐらい仕事を残していったからねっ」


 ――ほんと月が輝く夜ばかりじゃないんだ、って事を教えてあげたくなるかなっ。


 そんな不穏極まりないセリフを吐きながら、アザミはひょいと肩をすくめて山積みの書類に軽く顎をしゃくってみせた。それを見ても軽くコクンと頷いてみせるだけで、サッサとカクリは机に座る。

 その仕事の量はきっちり想定の範囲だったから問題などあるはずがない。

 恐らくアオイが残した仕事は、カクリ一人でもギリギリこなせる量だろう……その読みが当たっていた事に少しだけ気分が良くなる。

 本来は――シャクナゲが厄介な事を先に任せていなければ、カクリがやるはずだった仕事がアザミには回っていると読んでいたのだ。

 ならばアザミの実力は分からなくとも、二人がかりには違いないのだからかなり短縮出来る。

 それを計算に入れ、自分が受け持っている現在の仕事の進行具合も考えてからもう一度頷いてみせた。


「……大丈夫……多分明日には終わる」


「……マジかな?わたし一人なら軽く五日はかかりそうだけど」


「……大マジ……私が七割、あなたが三割……それなら明日で十分」


「そりゃ楽でいいけどさ」


「……カーリアンが問題を起こす度に……このぐらいは書類が回ってきた……それを一人で片付けたのは私」


 カクリの言葉に『あ〜、なるほど』と言った感じにアザミは頷いた。

 自慢には全くならないが、紅の少女が起こす問題はどこでも有名なのである。蒼が絡めばもはや災害と称されていたほどだ。

 伊達に黒鉄五大アンタッチャブルの中でも『双頭にして双璧』とは評されていないのだ。


 本当に全くなんの自慢にもならないが。


 そんな過去から力ずくて視線を反らし、椅子に座ったままカクリはカクンと首を傾げてみせた。

 手伝った方がいいか、そして手伝ってくれるのか、という思いを込めてだ。


「う〜ん、じゃあ交渉成立って事で。私も日がな一日机に向かってると、本気でアオイさんに殺意の波動を送りそうになるしねっ。

 ところでカクッちさんは藁人形なんかはどこに売ってるか知らないかな?」


「……知らない……どうしても欲しいのなら手作りを進める。……その気持ちはよぉく分かるから。……あの陰険スマイルは……一回痛い目を見るべき」


「ほんとほんとっ。あの腐れ副官はいつか絶対目にものを見せるべきかな。まっ、見せられるかどうかは別として」


 アザミの気を引こうとして、意外なところでカクリの中で彼女に対する大幅に評価が上がった。

 暴落したアザミ株が浮上する感覚に『なんでよ?』と自らツッコミたくなるが、それもあの副官のせいだと納得させてから、彼女は胸ポケットに刺していた愛用のペンを取る。

 その馴染んだ手触りに手慣れた仕事に対する愛着じみたものを感じて……さらに自分に染み付いた事務屋根性と、面倒な書類仕事に慣れきった中間管理職の哀愁じみたものを感じて、少しばかり虚しくななる。


「はぁ。絶対に私って他の副隊長達より損な立場にいると思うかな。アオイさんの下なんて、副官に回ってくる厄介事を処理する下請け業者みたいなもんだしね。それにあの人って絶対に断れない状況に話を持っていくから、仕事は溜まる一方さっ」


「……心の底から賛同する。……私もあのスマイル詐偽野郎には……地獄を見せられた経験が何度もある」


「いずれはあの笑顔を見ただけで、ひきつけを起こしたみたいに拒否反応が起こすようになってもおかしくよっ。あっはっは、あたしなんか実はすでに半ばそんな感じだしさっ」


 このアザミという女性とは、本当に仲良くなれそうだ。頼りになるかは微妙だけど。

 そんな事を考えながらも、彼女の愚痴には心底から深く深く頷き返してカクリはペンを走らせる。

 自分に信頼が集まり、実績をもっと積んだあとには、いずれ冤罪を山ほど付けてから不信任案を出し、あの目障りなスマイル野郎を副官の立場から叩き落としてやる……そんな誓いを新たにしながら。



ギリギリ月曜っすよ、月曜。

題名は適当になりましたけど。

また変えるかもしれない。

題名決めるのって……いと難し。

来週も月曜更新出来る――といいなぁ。


ちなみにアザミは『アザミ草』から。

どんな植物かは調べてみてください。

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