7話 晩秋の朝
続けてよいのだろうか……。
翌朝、俺はまだ薄暗い東雲の時に目が覚めた。空気の冷たさにブルっと体を震わす。秋の終わりを告げるように白い霜が地表に下りていた。
「おはようございます」
女は先に起きていたようだった。また昨晩渡した綿布は、一夜にしてドレスのように仕立てあげられていた。縫ったり切ったりは出来なかっただろうが、なかなか器用なものである。両肩の上に結び目がある他は、普通の服と言われても違和感はない。
「少し寒いかもしれないが、出発前にザブンってやってこい」
俺は、リュックサックからもう一枚、今度は少し小さめの綿布を取り出すと、川の方を親指で差す。
女はコクコクと頷いて素直に川の方へと向かった。
その間に俺は、テントを畳んでクルクルと筒状に巻いてリュックサックの上に括り付ける。魔物除けの香は燃え尽きていたし、調理道具なども昨晩一度片付けていたので、今回は楽なものだった。
また昨晩同様に装備を固めると、残った火種にテントの下にあった乾いた枯葉を入れて、風の魔法で微風を送る。火が大きくなったところで小枝を放り込み、女がいる川へと向かった。
「よう、ちゃんとやってるか?」
「きちんと洗ってますわよ。それとも私の裸を覗きにきたのかしら?」
女は少し余裕がでてきたのか、俺を煽るようなことを言う。
それを無視して俺は、女より少し上流に移動すると、ポケットから水晶で出来た黒いレンズを取り出した。それをルーペとは逆の右目に挟んで水面を覗き込む。これは光の乱反射を抑え、水中が良く見えるようになるレンズであった。そして水中の魚に照準を合わせると、一瞬にして矢筒から矢を抜き取り、風迅の弓で射る。それを四度繰り返すと、矢に頭を射抜かれた四尾の魚が浮いて来た。
ちなみにレンズを右目にするのは弓の照準を合わせる目が、利き目である右側だからだ。ならば、なぜルーペは左目を使うのかと言えば、拡大鏡は目に良くないらしいので、狩人の命ともいえる利き目を大切にしているからに過ぎない。
「魚と矢を回収してきてくれ」
俺はそう言うと、川から踵を返して、焚火へと戻る。
一瞬の出来事に、毒気を抜かれたように見守っていた女だったが、慌てたように、自分の方へ流れて来た矢の刺さった魚を掻き集めていた。
焚火に戻って来た女はどこかうわの空だった。そして落ち着かないように目が泳いでいる。
「魚は?」
女は顔を赤らめ、すこしモジモジしながら、贈り物でも渡すかのように魚を差し出してきた。
「あっ、こちらになりますわ」
そして、やたらと声が高かった。
俺は、首を傾げながらも魚を受け取ると、魚の内臓を取り出し、大きな葉の上に四匹の魚を並べた。魚はすべて掌を広げて二つ分程の大きさがあり、食べごたえは十分だった。それに岩塩をナイフで削り、また臭み消しに少々のペッパーと乾燥させたガーリックを振りかけた。そして鉄串におどり刺しにすると、焚火の上に組んだやぐらの上に置いた。
「上手いもんですわね」
女は関心しているようだった。ただ目は魚に釘付けである。
「何度もやってるからな」
焼きあがった魚を2本手渡すと、女はアツアツの魚にハフハフと言いながら、直接食らいついていた。もはや貴族のお嬢様の面影はなかった。