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6話 大きなクスノキの木の下で

一人でも読んで下さっている方がいれば嬉しいのですけれど……。



 「あの、あなたは先程――山小屋――と仰いましたが、それは、ここから遠いのでしょうか?」


 俺は――んん? 言っただろうか?――と考える。しかし思考しているうちに、つい口に衝いてしまったのかもしれない。


 山小屋は、ここ(クスノキ)からさらに北へ、つまり街と反対側である森の奥の奥にあった。母が死んでからは、父と二人で春から秋にかけてはその山小屋で暮らし、冬は街で生活するというのを、毎年繰り返していた。俺が15歳、成人した年の夏に、父がロイヤルディアのツノに突かれて死んで、その年だけは、父の死を知らせに一旦街へ帰ったが、翌年の春には、一人で山小屋に籠り、父がいた頃と同様の生活に戻した。


 「三日程だ。距離は街より近いが、魔物がたくさんいる」

 

 確かに俺の山小屋でなら処置も可能だし、川沿いを進めば、一応、毎日体は洗えるが……。


 「あの、質問があるのですが?」


 「なんだ?」


 「わたくしの頭に入っている髪喰い虫は、医者でないと取り出せないのですか?」


 「……いや、そう言うわけでもない」


 狩人は、髪喰い虫にやられる者は結構頻繁にいる。だから麻痺の草を使って、自分たちで取り出している。もちろん十か所も二十か所も緑色の点があったなら、お手上げだが、でもそれは医者も同じだ。


 「それは、あなたに可能でしょうか?」


 「まあ、出来なくはないな……」


 何だか、マズい方向に話が行っているような気がする。確かに、女を助けることだけ考えれば、女が言っていることは、ベストな気がするが……。


 「おそらくわたくしは、盗賊に攫われた時点で、もう死んだことになっているのではないかと思います。ですから、今更すぐにユレイブへ行かなくても良いのではないかと。もし、もし確実にわたくしの命を救って下さる手段があるのなら……。そうして頂けませんか?」


 女は神妙な顔で提案する。初対面の人間であり、訝しい気持ちもあるだろうし、またおこがましい願い事をしていることも重々承知しているようだった。が、背に腹は代えられなかったのだろう。その目は鋭く、真剣であった。


 「そうだな。俺が処置することになるが、山小屋へ行けば、アンタは助かるだろう。だけど、一つ問題があってな。そこへ行ったら、春まで半年間は街へ戻れなくなる。山には、もうすぐ雪が降り始めるからな」


 俺は腕を組んで、悩ましく顔をしかめた。


 「それならば、先程も申し上げた通り、今すぐユレイブへ行く必要はありません。わたくしは大丈夫です」


 女は、希望を見つけたように、声を明るくした。


 聞きようによっては、とても健気で、いじらしく聞こえるかもしれない。己の不幸に背を向けず、気丈に振舞うその様は、凛々しくも、良い娘とさえ思えるだろう。が、しかし、そもそもの観点が間違っている。


 「俺が嫌なんだよ!」

 ――何を言っているんだ、コイツは⁉――という目を女に向ける。


 「はっ?」

 驚きを隠せない女。


 「俺は、三日前にその山小屋から降りて来たばかりなんだ。今は街へ帰っている途中だ。街で獲物を金に替えて、色街なんかにも行ったりして、いろいろ楽しみにしていたんだ」


 「なっ……⁉」

 女は言葉にならないようだった。


 「人の命が掛かっているのですよ? あなたは、わたくしが死んでも良いのですか?」


 「まあ、さっき遭ったばかりの他人だしなぁ」


 「い、いや、助けてくれるのではなかったのですか?」


 「そうだなぁ、助けないとは言ってない。だけど、困ったなぁ~、冬は街で暮らしたいしなぁ~」


 女は、先程まで貪るように食べていたウサギの肉を握り締めている。どうやら怒りが隠せなくなったらしい。


 「で、では、提案なのですが……、あなた、先程、街へ戻ったら色街へいくとおっしゃっていましたが、代わりにわたくしがお相手いたします」


 言ってしまった後、女はハッとして、自分でもかなり大胆な発言をしてしまったことに気がついたのか、顔を赤くした。


 「髪喰い虫女なんて嫌だな」

 まあ、メチャメチャ美人だし、悪くない提案だとは思うが、さすがにお貴族様に手を出して、ただで済むとは思えない


 「ちょ、ちょっと、あ、あなたにはデリカシーというものがないのですか! これでもわたくしは、この国の王太子殿下の婚約者候補でしたのよ」


 だったら、もっとダメじゃねーか。俺は不敬罪なんかで捕まりたかねーよ。


 「あーもー、わかったよ。明日、明るくなったら山小屋へ戻ろう。春まで街に帰れなくなるが、アンタ、それで良いんだな。それから山小屋まで三日と言ったが、それは俺一人の場合であって、アンタを連れて行くとなると、もっと掛かるだろうから、覚悟していてくれ」


 俺は溜息をついて、今年の冬の街での生活を諦める。


 また女も神妙に頷く。


 「ならとっとと寝て、明日に備えようか」


 そして俺はテントを張り直し、魔物除けの香に再び火をつけ、念のために、もう一度虫除けのオイルを周囲にばら撒いた。


 「テントはアンタが使いな」


 このテントは、『魔物が嫌う魔物』と言われているモルボルの皮で作られていた。魔物除け効果が非常に高く、しかも素材が高密度である為、虫が侵入して来ることはない。虫除けのオイルにも勝るとも劣らない虫除け効果まで発揮する優れモノであった。


 「あなたはどうするのですか?」


 女は戸惑っていたが、「俺はこうやって寝るさ」とクスノキの幹に背を預けて毛布に包まった。


 「クスノキの木にはモスキートや髪喰い虫は寄ってこないんだ。父が言ってた」


 そして俺が目を閉じると、ガサゴソと女がテントに入っていく音が聞こえた。






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