64話 聖女選定の儀 ~その4
聖女ビアンカと言えば、勇者の物語に出て来る女の子にとっての絶対的ヒロインであった。幼い頃から絵本や演劇で観ていた憧れの存在であり、街中の子供たちが勇者ごっこをする際、女の子の間で必ず取り合いになるのがビアンカ役である。絵本の中の聖女ビアンカは可憐な美少女であり、舞台に立つ聖女ビアンカは、必ずその劇団のトップ女優が演じることになっていた。
大聖堂の脇にある小さな扉から、さも面倒くさそうに入って来たのは、背は低いがガッチリとした体格の中年女性だった。一見、ドワーフの女と見紛うばかりだが、人間である。魔物の革鎧を着こんでいて、女冒険者といった雰囲気だった。
「なんだい、アルバート。あたしに何をさせるんだい?」
アルバートから紹介されたビアンカは「あたしはそれどころじゃないんだけどねぇ~」と零しながらも、アルバートの横に腕を組んで並び立った。
一瞬、フィオナとビアンカは目が合った。顔や体形はまるで違うが、同じ中年女、ピンクの髪色、巨乳で低身長……。中年はともかく、ピンクの髪、巨乳、低身長、この三点セットはヒロインの特徴である。
フィオナ、いやヒロナには、彼女に思い当たる節があった。『Fortune favors the bold Fiona~フィオナの恋』で彼女を描いていたのだ。元々、髪の色がピンクなど、主人公であるフィオナ以外にはいなかった。けれど、勇者と巡る悪魔退治の途中でネタに困り、ある寒村でもう一人登場させたことがあった。それが偽聖女ビアンカだった。勇者アルバートに纏わりつく役柄である。
フィオナは女の子たちと共にビアンカを見つめていた。無論、その理由は違っている。
女の子たちの場合は、初めて見た本物の聖女が、ガチムチなおばさんだったことに、イメージを崩壊させて固まっているのだ。
ビアンカはさも面倒くさそうに、そそくさと【精霊玉】に手を置く。
玉は茶色に変化したが、コロコロと光の方へと転がっていく。光へ傾きをみせるが、グロリオサ嬢の闇の属性のような完全ではない。【精霊玉】が地に着くギリギリの所で止まると、球が茶と黄金色の半分ずつグラデーションしていた。
「普通、ここまで傾いてしまうと、――火風水土の四属性――は消えてしまい、光魔法だけになるのですが、聖女ビアンカ様の場合は特殊で、土属性を残しながら光属性なのです。つまり属性が二つあるのです」
説明役の神官がなぜか得意げであった。
「闇はもちろんだけど、初級魔法が殆ど使えないからね。案外不便なもんだよ」
ビアンカは面倒くさそうに感想だけを言うと、もう、良いだろ? と言わんばかりに手だけでアルバートに挨拶をして、そのまま大聖堂を出て行った。
平民の女の子たちは、幼い頃から――聖女ビアンカ様にもし会えたら――といろいろ妄想を膨らませていたはずだった。「握手して貰うんだぁ~」「聖女様ポーズが観たいわ」けれど、本物の聖女ビアンカを目の当りにしてしまって、ただ唖然と見送るしかなかった。
「さあ気を取り直して参りましょう」
平民の女の子たちの『聖女選定の儀』は進んでいく。説明役の神官も貴族相手の時のように結果に気を使うことも、逐一説明することもなく、まるで流れ作業のように進んだ。
止まったのは、【精霊玉】が光輝いた時だった。ただリズブロン公爵家のグロリオサの時のように限界まで天秤を傾かせることはなく、傾き具合からすると、ビアンカ程度である。これが2人出た。
そして、残り二人になった。すでに大聖堂内は薄暗くなっており、若い神官が壁に備え付けられた照明具に火を入れて周っていた。
朝、教会を訪れてから、ほぼ終日ここにいたことになるが、それでも退屈な屋敷よりマシだとフィオナは思う。
大聖堂に残っているのは、教会関係者以外、フィオナの前に並んでいた女の子とフィオナ、そしてメイドだけになった。
「それでは最後になりますね」
神官が女の子を導く。
「私もいるんだけど!」
フィオナが吠える。
フィオナに怯えながらも女の子が【精霊玉】に手を触れると、思わず目を覆ってしまいたくなる程、【精霊玉】は光り輝いた。先程の光属性と認定された子供たちとは比べ物にならない程まぶしかった。また天秤も限界まで光に傾いていた。
「おぉぉーー、こ、これは! 極限の光です」
教会関係者が歓喜に沸いた。
「いやはや、これは、まさに新たな聖女様の誕生ですな」
「いやはや、めでたい」
「いやはや、いやはや」
神官たちはもはや終幕ムードである。中には打ち上げの話を始める神官までいた。
「ちょっと待ちなさいよ! 私がまだなんだけど!」
神官たちは――えぇーー、ホントにするの?――という顔であった。
「で、では、お願いします。……壊さないで下さいよ……」
「あんた、さっきから、私を何だと思っているのよ!」
「申し訳ありません。どうぞ!」
フィオナが自信満々に【精霊玉】に触れる。フィオナは大人である。こんなことをするまでもなく、自身が聖属性であることは知っていた。では、なぜ、教会に来たのかと言えば、ただ謹慎中の部屋から出たかっただけだ。
「さぁ、ピカーっと光りなさい!」
「……」
けれど、玉は色も変えず、天秤はピクリとも動かなかった。神官たちも戸惑っている。
「な、なによ、これ! 壊れているんじゃない?」
フィオナが【精霊玉】を叩こうと振りかぶったところで、慌てた神官に羽交い絞めにされた。
「人が手を触れて、基本四属性は4色のまま、天秤も中央のまま。ありえません。大抵、四属性のうちのどれかが突出してしまうものです。そして天秤も光か闇のいずれかに傾くものなのです」
説明役の神官は困ったといったように考え込んでしまった。
「本当に壊れてしまったのかもしれない。私が試してみよう」
そしてアルバートが触れる。
【精霊玉】はほぼ青く染まった。水属性ということだ。ただ【精霊玉】は光にも闇にも傾かず、中央に位置したままだ。
「ほら、やっぱり動かないじゃない。壊れているのよ!」
「いえ、壊れておりません。【精霊玉】が水の属性を示しています」
「でも天秤は動いてないじゃないの。あなた、さっき――どちらかに傾くもの――と言ったわよね?」
「いえ、これは珍しいのですが、全くないわけではありません。本日は出ませんでしたが、千人に一人くらいは出ます。【精霊玉】が中央に位置すると光闇の二極属性の影響を殆ど受けません。ですから――火風水土の四属性――の純度が上がります。ウィンベル枢機卿の場合、属性が水ですので、純水属性と言って良いでしょう。ちなみに聖女ビアンカ様の二属性は、数百万人に一人いるかいないかくらいの極めて珍しいケースではないかと思われます」
「だったら、私は……何なのよ!」
神官や教会関係者たちは皆、困惑の表情で互いの顔を見合わせていたが、アルバートだけは瞼を閉じたまま天に顔を向けていた。
フィオナのことはリオから聞かされていた。けれど、どこか信じきれなかったのだ。
「まさか、本当にリオ以外に聖属性がいるなんて……」
●【属性の天秤】と呼ばれる魔道具の簡略図 はトップの物置においておきます。




