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62話 聖女選定の儀 ~その2




 『Fortune favors the bold Fiona~フィオナの恋』は、――そろそろ引退か――と囁かれていた城ケ崎ひろなが、還暦記念と銘打って連載したものだった。当初は月刊誌に六話完結、半年で終わる予定であった。そして恙無く終わった。終わったはずだったのだ。


 ところが、思いもよらぬところから、火が着いてしまったのである。ヒロナの作品にこれまでまったく縁のなかったインターネットだ。


 ヒロナの漫画の対象世代は熟年層。古き良き少女漫画をこよなく愛するオバサマたちである。にも拘らず『Fortune favors the bold Fiona~フィオナの恋』に若者が食ついた。しかも男子であった。


 次の作品の準備に取り掛かっていたヒロナだったが、話題が話題を呼び、急遽アニメ化までが決まってしまう程の社会的ヒットになった。これまでも別の恋愛作品がドラマ化されたことはあった。大人の恋を描いたものだ。演劇の原作になったこともある。けれどアニメとなると初だった。二十代から長らく漫画家を続けて来たヒロナだが、自分が描いた絵そのものが動くアニメは、やはり格別であった。嬉しくないはずがなかった。


 それからは毎日のように「何とか連載を続けられませんか~」と編集者が菓子折りを手に現れるようになって、ヒロナは困り果ててしまった。


 『Fortune favors the bold Fiona~フィオナの恋』は終わったのである。


 ――真っ白なドレスを着たフィオナは、王太子との結婚式へと向かうのだ。街中を舞う彩とりどりの紙吹雪とウェディングベルの音が響き渡る描写を最後に――fin――である。


 「最後は、うまい具合にボカされているので、何らかのトラブルがあって、結婚しなかったことにしましょう」


 編集者あくまがささやく。


  ―― 全然、ボカしてないんだけれど――とヒロナは思うが、最近の若者は少女漫画の様式美が判らないようである。こういう終わり方が熟年層にウケるのだ。だから、ヒロナにはこれ以上続けようがなかったのだが……。


 しかし、編集者あくまはさらにささやく。

 「こうなったら、王太子は殺してしまいましょう」


 ――バカなことを言うもんじゃない。王太子は現王の一粒種であり、そんなことをしたらフランチェスカ王国に混乱が生じる――


 「では、王太子はハゲてしまうってのはどうでしょうか? そしたらフィオナも王太子が嫌になって、新たな恋が始まったりしませんか?」


 ――みくびって貰っては困るよ。フィオナは、禿げたぐらいで男を見捨てるような女じゃないよ――


 それからヒロナと編集者あくまの攻防は果てしなく続いた。


 そして結局、半年後、連載が再開することになった。編集者あくまの勝利である。つまり、この世界の王太子がハゲているのは編集者あくまの所為なのだ。


 ともかく還暦記念でスタートした連載は、それから足掛け22年。ヒロナが死ぬ82歳まで続いてしまった。


 ただ、当初は全6話。短編のつもりだった。だからと言ってはなんだが、あまり深い設定を練っていなかった。このまま続行するなら、ただ恋愛しているだけでは間が持たなかった。そこでフィオナが聖女の力に目覚めることになったのである。そして仲間と共に悪魔と戦うことになるのだ。

 

 その時、続編の最初に登場したのが勇者アルバートだった。


 そこからは、少女漫画であるはずなのに、バトルシーンなどもあり、森の中に悪魔が出て来る真っ黒な禍々しい穴の描写をした記憶がヒロナにはあった。その穴から、二本のツノを持つコウモリのような羽が生えた浅黒い男が、下卑た笑みを浮かべながら出て来るのである。


 恋愛ばかりを題材にしてきたヒロナにとっても、構想を練るだけで新鮮であり、描いていて面白かった。ネットの男の子たちの反応も上々だった。


 ところが、お得意様である熟年層のオバサマたちからは不評を買った。


 ――あんなのは城ケ崎ひろなじゃない――


 偶々コンビニで遭った往年のファンに泣きながら言われてしまったこともあった。苦情のお手紙が段ボール箱いっぱいになり、さすがのヒロナも悩んだ。


 長年支えてくれたオールドファンを大事にしたいと思ったヒロナは、――登場させてしまった悪魔の始末――をどうつけるか悩みつつも、結局、物語を恋愛中心にシフトしていくのである。

 

 ただ22年も続けていると、出逢うヒーローがどんどんインフレしていく。普段はぶっきらぼうだが、ふとした瞬間に優しさをみせる剣の達人が、実は大富豪の息子だとか。身を投げうって、無辜の民を救う実は世界最大宗教の教皇の息子とか。これがアルバートである。別の大陸からやって来た放浪の皇太子だとか。途中からは人間ですらなくなって、悪魔がいるなら天使もいるだろってことになり、黒髪ロン毛の麗しい天使なんてのも出て来た。


 ヒロナが死んだのはその頃である。――悪魔の始末――を着けぬまま、『Fortune favors the bold Fiona~フィオナの恋』は未完のままヒロナの遺作になってしまった。



 いろいろ思い出して見たものの、やはりフィオナには、何が何だかさっぱり判らなかった。『Fortune favors the bold Fiona~フィオナの恋』と相似点もある一方で、違うことも沢山ある。


 現在、ヒロナの知識や記憶は完全にフィオナと馴染んでしまっている。人格は一つである。そもそもヒロナはフィオナに乗り移ったわけではない。


 当初、ヒロナの記憶はなかったが、フィオナとしてこの世界に転生したのだ。そしてフィオナの精神の安定を見計らって15歳頃に覚醒する予定だったのだ。それが、どういうわけか35歳になってしまったわけであるが……。しかもなぜか15歳頃から覚醒までの記憶が消し飛んでしまっている。その時に何かがあったはずなのだが、その辺の記憶は曖昧である。


 それでも一応、覚醒は遂げた。が、残念なことにフィオナの頭脳では、それを上手く整理できなかった。


 連載再開後のフィオナを少しおバカでおっちょこちょいなキャラとして、漫画家ヒロナは描いてしまっていたのだ。それだけは残念なぐらい作品と一致してしまっていた。


 ネットの男の子ウケを狙ったのもあった。フィオナが暴走すればする程、『フィオたん、かわっ』などと盛り上がるのだ。フィオナの顔も、書き始めた当初のやや面長なお嬢様然としたものから、少しやんちゃ娘のような丸顔に変わってしまっていた。それを次々に出て来るヒーローがヤレヤレとばかりに助けていくのである。


 今となっては、ヒロナも少し後悔している。アホ過ぎる……。


 現在のフィオナの状態は、言うなれば、何十年も昔の低性能コンピューターに最新OSを搭載しているようなものであり、外付けHDDに膨大なデータを無理矢理詰め込んでしまっているのだ。もっと言えば、ファ〇コンでP〇5用のソフトをプレイしているのである。


 「申し訳ありません。アルバート様にお会いして、つい舞い上がって、変なことを言ってしまいましたわ、オホホ」


 こんな時でも上手い返しが出来ないフィオナの中のヒロナの意識は臍を噛む。




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