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61話 聖女選定の儀 ~その1




 アウロラ女神教はかつて大陸中を網羅する宗教であった。誰もが、ごく当たり前のこととして、女神に祈り、精霊に感謝を捧げていた。一人の司教が意見すれば、領主や一国の王でさえ無視出来ぬ程、力を持っていた時代もあった。


 創始者の名は残っていないが、今より2000年前のひとりの女性とされている。ただ彼女が何をしたという記録はない。


 またアウロラ女神教の経典に出て来る女神の御業だが、――天に光と闇を創り、精霊を生み落とした――と書かれてあるぐらいのものだ。無論、様々な修飾語で飾り立てられてあるが、簡単に言ってしまえば、これだけである。


 経典の序盤に記されている大半が精霊のことばかりであり、――土の精霊が大地を創造し、水の精霊がその大地を潤し、風の精霊が潤った大地に種を蒔き、火の精霊がその種を芽吹かせた――などということが書かれてあった。


 後半は、神の恩寵を受けしアウロラ女神教徒たちによる活躍が滔々と謳われていたが、今現在、教会関係者以外で、その経典を紐解く者はいない。


 そうなってしまった原因の一つが、魔族の襲来であった。


 突然、空から降って現れた異形の者は、勝手気ままに街を破壊し、育てた作物を踏み荒らし、人を無残に殺していった。


 人類もただ黙って見ていたわけではなかった。悪辣なる魔族から街を救う為、財産を守る為、人々の安寧の為に戦った。けれど魔族の強さは圧倒的であり、人類とは別次元だった。虫でも踏み潰されるかのように、戦士は亡き者にされていった。


 たった5年で大陸の人口は半分に減った。生きている者も、碌に食べ物もなく、いつ魔族が襲ってくるかと怯えながら暮らすしかなかった。戦えない者は必死で女神に祈った。精霊に手助けを願った。手を組むことしか、出来ることが尽きてしまっていたのだ。


 だが、祈りは神へ届くことはなかった。願いは精霊に伝わらなかった。翌日には隣村が滅亡したという知らせが入り、その次の日には隣人が嬲り殺された。


 そんな時、颯爽と王都に現れたのが勇者リオだったのである。


 

 

 平和になった後、アウロラ女神教会は、何とか権威を取り戻そうと「実を言えば――」 「皆は知らぬだろうが――」といろいろ実績を誇ったが、人々の目は冷ややかだった。また――勇者リオはアウロラ女神のお導きによって顕現された使徒である――とも主張した。

 

 けれど――えっ? 違うよ。僕は普通の人間だよ――とリオ自身に公然と否定されてしまっている。


 まあ教会は、いろいろと口を挟んではいたのだけれど……。


 魔族の親玉、いわゆる――魔王――の存在を最初に仄めかしたのも教会である。また勇者による『魔王討伐』を提案したのも教会だった。――世界を救う為――とは言え、王都民にとっては、頼りの勇者を、王都から奪う形になったこともまた教会の不人気の一因となっている。


 教会主動で始まったはずの魔王討伐も、うまくサポート出来ず途中で投げ出していた。引き継いだのはエルフの国アールヴフェイムだった。


 それでも人々は潜在的に神を信じていた。精霊の恩恵を魔法という形で感じていた。女神へ祈りが届かなかったのは――、精霊に願いが伝わらなかったのは――、すべて腐敗した教会が悪いということになってしまっていた。


 実際、教会は良くも悪くも何もしていないのだが……、ともかく魔族襲来後、教会の影響力は地に落ちた。


 以前の様に女神の代弁者として権威を振りかざすことなど土台無理な話だった。もしそんなことをしてしまえば、人々の反感を買って、教会の存続すら危ぶまれることになるだろう。


 アウロラ女神教会は――街を救い、国を救い、人類を救った勇者――をただ利用しようとしただけ。それが現在の教会の評価だった。


 今の教会の仕事はもっぱら冠婚葬祭の立ち合いである。また光属性の神官による怪我の治療などもおこなっていた。孤児院・養老院の運営などもしている。人々の役に立つことで、何とかその存在価値を見出している状況なのだ。


 ただアウロラ女神教会としては、このままで良いとは思っていなかった。その起死回生の一手として、毎年、王都で実施されていたのが『聖女選定の儀』と銘打って行われる魔法属性検査だった。


 成人する前年、つまり王都に居所を定めた14歳の女子へ教会が招待状を送り、この教会に集められていたのである。男子の場合はただの魔法属性検査として別日が設けられているが、無料ではない。幾許かの寄付が求められる。


 また国内にある他の街でも『聖女選定の儀』を実施していたが、魔力量だけを計測していた。属性を調べる魔道具がフランチェスカ王国に一つしかなかったからである。属性を調べたければ、王都まで足を運ぶ必要があった。尤も、大人になって情緒が安定してくれば、属性など調べなくても本人には何となく判る者なのだが。

 

 アウロラ女神教会が『聖女選定の儀』をするのは、文字通り聖女を求めているからである。それが強い光属性を持つ少女だった。


 かつて教会で聖女と呼ばれていたのは、神の恩寵を以てその高潔な意思と慈愛により、国や社会に多大な貢献をした女性を指した尊称だった。属性は関係なかった。しかし勇者リオと共に魔王討伐に参加した聖女ビアンカは、戦える光魔法の使い手として選ばれていた。


 昨今では、どちらかと言えば後者の方が一般的な聖女であり、つまり――強い光属性を示す者はアウロラの女神の恩寵を受けし者――という図式で聖女が選ばれていたのである。


 王都に住む今年14歳になる少女は約3000人いた。教会はそのすべてに招待状を送ったが、大聖堂に集まったのは300人程だった。


 それでも大聖堂の中は多くの人で犇めきあっていた。ここにいるのは招待された14歳の少女たちだけではない。貴族令嬢にはそれぞれ数人の護衛や御付きが伴うので、その分、どうしても多くなってしまうのだ。


 「申し訳ございませんが、付き添いの方は後方の控所でお待ちください」


 そんな少女たちが立ち並ぶ中に、妙齢の女性がひとり混じっていた。当然、神官は母親か付き添いの者と思うはずであり、駆け寄ってフィオナに退席を促す。


 「聖女の選定を受けに来たのよ!」


 フィオナはウンザリしたように招待状を神官に突き出す。教会に入ってから神官に注意されるのは、ここへ来て5度目だった。


 さっさと周知させなさいよ。と思うフィオナだったが……。


 「ご、ご婦人? どうしてこちらへ?」

 しばらくすると、また若い神官が寄って来た。


 「もうキレてもいいわよね。私、悪くないわよね」

 フィオナが神官を罵倒しそうになった時――

 

 「ご招待したのは、私だ」


 姿を見せたのはウィンベル枢機卿だった。かつて勇者リオと共に魔王討伐に参加した聖騎士アルバートである。アルバートの登場に大聖堂中の注目が集まる。控所の大人たちからは、小さくない騒めきが起こる。


 「フィオナ様は、長らく意識がなく、『聖女選定の儀』を受けておられなかったのだ」


 尤もフィオナが14歳の頃、王都はまだ魔族から襲撃を受けていた頃であり、『聖女選定の儀』そのものがなかったはずであるが、アルバートは然も当然とばかり言い切る。こうなってしまってはただの神官が口答え出来るはずもなかった。


 「お初にお目にかかります、フィオナ・バラン伯爵令嬢。私はこの教会の責任者をしておりますアルバート・ウィンベルと申します。神官が大変ご無礼を致しました」


 アルバートはフィオナに対し、右手を左胸に置いて頭を下げるという、教会関係者らしからぬ貴族の礼を取った。


 フィオナはアルバートをマジマジと見つめた。


 「初めまして、勇者アルバート様。フィオナ・バランでございます。」


 したり顔で挨拶したフィオナだったが……。


 「……」


 一瞬の静寂の後、後方控所の大人たちがまた騒めく。フィオナが振り返るとメイドが頭を抱えていた。


 「勇者は私の友人ですが、勇者ではございませんよ」


 アルバートは然も気にしてないとばかりの笑顔だった。


 一瞬、なんでよ?? と思うフィオナだったが、覚醒してすでに3年。この世界が、完全な――自分が描いた作品――でないことは、もう理解していた。


 大聖堂の中だけでも、ヒロナが描いた憶えがない人たちばかりである。フィオナの家族もまたそうだ。一応――兄がいる――という設定はあったが、物語に登場していないのだから描いていない。それでもフィオナによく似た兄は存在した。


 アルバートは、スチュワート王子に続いて、ヒロナが作品に登場させた二番目のヒーローだった。勇者となってフィオナと共に悪魔に立ち向かったのだ。


 ――この世界は一体どうなっているのだろう――とフィオナは思う。


 覚醒した当初は自分の作り出した世界という確信があった。しかし気づけば20年が経っていて、ヒロイン不在のまま物語は終わっていた。悪役令嬢もなく、断罪もなく、またヒロインと王太子との結婚式もなく、時は過ぎ去っていた。


 今、目の前に立っているアルバートも、自分が描いたものより随分歳を取っていた。チョコレート色の真ん中分けの長い髪には白いものも混じり始めている。


 フィオナは、様々な疑問を解決する為にも、改めて、自身ヒロナの作品を振り返ってみた。おそらくこの世界は『Fortune favors the bold Fiona~フィオナの恋』で間違いないと思われる。


 長きに渡り漫画家を続けて来た城ケ崎ひろな(本名:田中弘江)の晩年の傑作と言われている。




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