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5話 整理




「ひとまず、現状を整理してみよう」

 

 「整理ですか?」


 「そうだ。一人で考えて、判らないことや困ったことがあったら、仲間と話すことで問題点が整理され、その解決法が導き出される……と父が言っていた」

 

 女は、少し考えるふうにしてから、神妙に頷く。


 女は髪喰い虫に寄生されている。頭皮内に虫がいる形跡(緑色の点)が数か所あり、予断を許さないが、現時点では軽症と言って良い。


 これまで髪喰い虫に寄生された狩人たちを例にあげるならば、おそらく二週間くらいは放っておいても問題はないはずだ。ただし、女の髪の毛には卵が多数付着しており、これ以上髪喰い虫に侵されないことが条件となってくる。


 その為には毎日の洗髪と水浴びが肝腎であり、移動経路上に水場が必要となる。その最も安易なルートが、かなり回り道にはなるが、川を伝って街まで下りるという方法だった。


 しかし、そのルートには、女が逃げ出してきたという盗賊団のアジトがあり、女自身が乗り気ではない。おそらく、まんまと逃げられた盗賊もこのまま見逃すつもりはないだろうし、まさか女が『深い森』へ迷い込んでいるとは知らず、『浅い森』周辺を捜していることだろう。


 ならば、方法は幾つかに絞られる。一つ目が、盗賊を突破してでも、 川沿いを通る方法だ。


 「すこし聞きたいんだが、アンタは盗賊の規模は判るか? それから奴らの戦力をどう感じた?」


  女は思い出すように、目線を上へ向けた。


 「そうですね。わたくしが乗る馬車が襲われた時、盗賊は20人程だったと思います。その時、味方は、騎乗した騎士が2名。無論、きちんとしたプレートアーマーを装備した正式な騎士ですわ。また侯爵家の従士が4名、馭者台に2名、後部の台座に2名、待機しておりました。いずれも鉄と革の混合鎧を装着しておりました。他、戦力ではありませんが、メイドが3名、わたくしと共に馬車の中におりました。ですが、わたくし以外、すべて倒されてしまいました。おそらく殺されてしまっているのではないかと……」


 女は何とか気丈に振舞おうと、的確に状況を概説したが、その時の光景が脳裏に浮かんでしまったのか、目に涙を溜めた。


 「すまんな。嫌なことを思い出させた」


 「いえ、そんな……。それからアジトに連れていかれると、その倍以上の男たちと少数の女がいました。何となく村のような雰囲気もありましたわ」


 なるほど、そこまでの規模なのかと、俺は改めて驚く。


 以前は、「領主からの依頼」だと言って、父は小規模な盗賊を幾度か壊滅させている。ただ父の死後、盗賊を討伐したなどというニュースは街で聞こえてこなかった。おそらく領主も盗賊を放置していたのだろう。そしてそれが予想を上回る大きな集団になってしまい、対処のしようがなくなったと言ったところだろうか。


 「規模としては大きいな。アンタはどうしたい?」


 「そうですね。従者たちの仇はいつかは取りたいと思いますが、あなたとわたくしだけで、盗賊を倒すのは無理があるのではないかと思います」

 女は悔しそうに歯嚙みする。


 「そうだな。俺もそう思う」


  父は、大抵、俺をどこへでも連れて行った。守る自信があったからだろうが、訓練と称し、竜種や狂暴な獲物がいる場所でさえ平気で連れまわした。けれど盗賊の討伐にだけは一度も同伴を許さなかった。父が人を殺すところを俺に見せたくなかったというのもあっただろうし、俺に人を殺して欲しくなかったからだと思う。


 盗賊の討伐から帰って来た父のことを、俺はよく憶えていた。「おかえりなさい」という俺に微笑もうとして、どうしても笑えずに、泣きそうな顔をするのだ。


 『どんな悪人であっても、人を殺せば心が痛くなるんだよ。楽しい気持ちがなくなるんだよ。君には、ずっと――楽しい――って思って生きて欲しいから、人を殺してはダメだよ』


 だから俺は、父と共に大量の魔物を殺して来たが、人を殺したことはまだ一度もない。



 そして、二つ目の方法だが、これは運任せになる。 水浴びを諦め、髪喰い虫に犯されないことを神に祈りながら、街まで行くという方法だ。


 おそらく盗賊は、それなりに広範囲で女の捜索をしていると思われる。ただし自ら危険を冒してまで、『浅い森』で最も魔獣密度が高い湿地帯や、それより北側にある『深い森』に立ち入ることはないだろう。もし、そこへ女が迷い込んでしまっていたら、すでに魔物や魔獣の餌食になっていると考えるはずだ。それが街の常識だからだ。


 『深い森』の奥のさらに奥に、山小屋を建てて住んでいる父や俺が異常なのである。そのことは誰も知らない。街の人たちは、父や俺から――山小屋へ行く――と聞かされても、まさか『深い森』にあるとは思っておらず、ユレイブの街からも見える、湿地帯の西にある小高い山々のどこかにあるとぐらいにしか思っていなかった。


 そこで、俺は一つの例を出す。


 「父の話では……。狩人の中には、軽症だった場合、髪と体の毛を全部剃り落として、そのまま放置するという者もいた。ただ数年か経って、急に頭痛を訴えて亡くなったという話もあった。また逆に、医師が匙を投げた患者でも、何ともなく生き続けたという人もいたようだ」


 女はしばらく考え込んでから結論を出した。

「神様を信じないというわけではありませんが、出来れば、確実な方法でお願いできればと」


 

――沈黙が落ちる。焚火のパチパチという音だけが辺りに妙に響く――




 俺は天を仰いだ。森の枝木の隙間から無数の星が見えた。普段ならそれも美しいと思うのかもしれないが、その時は、女の髪の中でうごめく髪喰い虫を思い出してげんなりとした。


 「あ、あの、よろしいでしょうか?」

 女はすこし言いづらそうにおずおずと訊ねて来た。


 俺は突然思考を遮られて、ハッとしてあわてて頷く。

 「あぁ、かまわない」


 「そのお肉ですが、頂いても?」

 女は、羞恥で顔が真っ赤であった。


 すっかり忘れていたが、女は腹ペコだったのだ。

 気が利かなっくて、すまん。



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