第九話 破邪顕正のミラーの鏡
俺は開き直ってできるだけパーティーを楽しむことにした。
アスパラガスに豚肉を巻き付けて焼いた料理を食べる。
スパイスが効いていて美味しい。
ラザリンはチョコクリームケーキを食べていた。
よほど美味しいのか、口の形が猫みたいになっていた。
それも可愛いが。
リンダとマリアは貴族の子息と話をしている。
美人なのでモテるようだ。
中身は貴族ではなくて平民の冒険者なんだが。
貴族と話ができるって凄いな。
しばらくして領主夫妻が登場した。
パーティー客が次々と近寄って挨拶する。
領主のロイド子爵はハンサムだが気の弱そうな優男だった。
領主婦人のミアーラは紫の髪色で妖艶な雰囲気を持っていた。
魔性の女という噂が流れるのも、さもありなんといった感じだ。
アグリッタは忌々しげにミアーラを睨みつけている。
何か因縁があるのだろう。
ミアーラがアグリッタに気がついて近寄ってきた。
「お久しぶりですわ、アグリッタ様」
「ミアーラ様もお元気そうですわね」
二人の間にバチバチと火花が飛んでいる気がした。
「ロイド様の元婚約者のアグリッタ様に、結婚記念パーティーに来て頂いて光栄ですわ」
「招待されたから参りましたのよ。新婚気分に水を差す気はございませんわ」
うわぁ……。
状況が読めてきた。
修羅場になりそうだ。
「私、ミアーラ様にお話がございますの。後で別室でお待ちいただけませんでしょうか?」
「わかりましたわ、パーティーが終わったら応接室でお待ちしています」
ミアーラ様は落ち着いて微笑んでいる。
アグリッタ様はギラギラとした目で何かを企んでいるようだった。
その後はパーティーが終わるまで時間を潰した。
料理も腹いっぱい食べたので満足だった。
パーティー会場を出て人気のない廊下の先で作戦会議した。
「私がこの破邪顕正のミラーの鏡で、ミアーラ様の正体を暴きます」
アグリッタ様が薄い板状の魔道具を取り出した。
「カイマール伯爵家の人脈を駆使して借りてきた魔道具ですわ。この鏡で照らされると人間に化けている魔物は正体を現すのです」
とても貴重な魔道具らしかった。
パーティー会場で使わなかったのは、もしミアーラ様が魔物ではなかった場合に、アグリッタ様の立場が悪くなるから。
「あなた方には私の護衛として部屋について来てほしいのです。もし、ミアーラ様が魔物だったら戦闘になりますから」
俺たちは頷いてアグリッタ様に続いて応接室に向かった。
◇◇◇
応接室ではミアーラ様がソファーに座って待っていた。
「お話というのは何でしょう?」
アグリッタ様がミラーの鏡を取り出す。
「これは、破邪顕正のミラーの鏡です。魔物が人間に化けているのなら正体を暴きますわ」
「まぁ……」
ミアーラ様は驚いたように口を手で覆った。
アグリッタ様がミラーの鏡を突き出すとビカーっと光が溢れ出した。
目が開けていられないほど部屋の中がまばゆくなる。
光が収まって目が慣れてくるとミアーラ様の姿が変化していた。
上半身は美しい人間の女性だが、下半身は大蛇になっていた。
「やっぱり魔物だわ!」
アグリッタ様が叫んだ。
「フフフフ……。この姿を見られてしまうとは……。このままにはしておけませんね」
「戦う気ですわね。そのつもりで冒険者を連れてきていますのよ」
俺たちは隠し持っていた武器を取り出した。
とは言っても、いつもの武器ではなく小型のショートソードしか持ち込めなかったが。
リンダは両手に鉄の爪をはめている。
格闘技で戦うようだ。
マリアは30cmほどの魔法発動体のワンドを取り出した。
ラザリンはいつものブロンズナイフを構えた。
「戦う必要などございませんわ」
ミアーラ様の目が赤く輝いた。
その赤い光を見た俺は、思考に膜がかかったように何も考えられなくなった。
リンダやマリアたちも同じようだ。
俺の手からショートソードが滑り落ちる。
眼の前にいるのは蛇身の魔物なのに魅力的な女性に見えていた。
「私はラミア一族の長で、魅了王ジュネーヴァ。私の魅了眼には勇者でさえ逆らえませんのよ」
ミアーラが笑うとうっとりとして見惚れてしまった。
リンダやマリアたちも魅了されてしまったようで、武器を取り落としていた。
「アグリッタ様、ミアーラ様はこんなに魅力的なんですから悪い人ではありません。何か行き違いから誤解が生じたのです」
「そうです。戦うのは止めておきましょう」
「えぇ、そうね。戦う必要はないと思いますわ」
肝心のアグリッタ様もすっかり戦意がなくなったようだ。
「お分かり頂けたようで、何よりですわ。それでは私はアグリッタ様と二人でお話したいことがありますから、冒険者の方々はお帰りくださいね」
「そうですね。後は二人で話し合えば、誤解も解けて解決するでしょう」
「私たちはお邪魔だから帰りましょう」
「穏便に解決できそうで良かったですね」
「お兄ちゃん帰るの? 魅了王ジュネーヴァって六魔王の一柱だよ」
俺は一瞬、ピキッと固まったが、レベル6で魔王に逆らえるわけがないのだ。
何も気が付かなかったことにして、立ち去ることにした。
それにしてもなんでラザリンが魅了王ジュネーヴァが魔王だと知っているんだ。
ミアーラ様が蛇身をくねらせて俺とラザリンに近づいてきた。
ラザリンの顔を覗き込んで興味深そうに目を輝かせる。
「あらぁ~。面白いことしていますのね、ラザリアーナ」
ラザリンは警戒心をあらわにして俺の後ろに隠れる。
「ラザリアーナが私と似た者同士なのが分かって満足しましたわ」
ミアーラ様が意味深げに笑って離れていく。
「お兄ちゃん、早く帰ろう」
「うん、そうしよう」
俺たちは領主の邸宅を出て宿に戻った。
アグリッタ様が宿に戻ってくるまで三日が過ぎた。
「無事に解決しましたわ」
アグリッタ様はうっとりとした穏やかな表情で語り始めた。
三日間、ミアーラ様からオイルマッサージを受けていたらしい。
オイルマッサージというのは身体に温めたオイルを塗って、美容マッサージをするものだ。
それですっかり、身も心もほぐされてしまったという。
「領主のロイド様とは私が先に婚約していたのに、後から現れたミアーラ様に奪われてしまったのです。そのことに嫉妬して、ミアーラ様が魔物であるなら、私とよりを戻してもらえると考えました」
アグリッタ様は、ホウっと溜息をついた。
「でも、そんな必要なんてなかったのです。ロイド様はミアーラ様が魔物だと知っていて結婚したのですから」
俺はびっくりした。
ロイド子爵ってそんなに度胸があったのか。
いや、魅了されているから種族の違いはどうでも良かったのか。
「結局、ロイド様は私とも結婚してくれると約束してくださいましたわ。私を第二夫人にしてくれるそうです」
アグリッタ様は幸せそうに笑った。
「ロイド様は私のことも好きだったと、おっしゃってくださいました。その言葉が聞きたかったのですわ」
当初の計画とは色々違ってきたが、無事に依頼を完了したことになった。
ノウリプトンの町の冒険者ギルドに戻って、報酬の300万ゴールドを受け取る。
貯金が2,900万ゴールドになった。
宿に戻る前に歓楽街に行って、オイルマッサージをしてくれる店を探した。
『森のエルフのオイルマッサージ店』と言う店を見つけた。
ラザリンと二人で入る。
美少女のエルフが接客して施術してくれた。
裸になってベッドの上にうつ伏せになる。
肌に油を塗ってスリスリとこすられると、体の奥底から疲れが取れていくようだった。
足や腕も伸ばしてストレッチもしてくれる。
今までに経験したことがないほど気持ちよかった。
「ラザリンはこういうのは好きかい?」
「うん。また来ようね、お兄ちゃん」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク登録、広告下の☆☆☆☆☆から評価をお願いします。