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890/1199

第890話 ミミックタウン

 ミミックはいま、絶滅の危機にひんしていた。

 原因は未踏破ダンジョンの枯渇こかつ。増加し続ける冒険者たちが、あらゆるダンジョンを探索しつくしてしまった。

 踏み荒らされたダンジョンに宝箱なんて残っているはずがない。正確なマップだって流通している。そんなところに宝箱に擬態ぎたいしているミミックがぽつんと待ち構えていたりなんかしたら、警戒されるのが当然だ。正体はバレバレ。騙されてくれる獲物はいない。先制攻撃を受けて、簡単に討伐されてしまう。

 ミミックの生息域の拡大が急務。一刻も早くダンジョンに依存した生き方をやめさせる。それから、擬態能力の幅も広げなくてはならない。ミミックは宝箱を代表とする箱型のもの、つぼみたいな容器、袋状のもの、閉じたり開いたりするものなんかを真似るのが得意。いままではダンジョンにあるようなものにけるのが常であったが、これからはそうもいかない。

 進化が必要だ。

 それをうながすのが私の役割であり、夢であり、生涯をかけて成し遂げるべき目標。

 この滅びゆく種を守らなくてはならない。

 私は各地に生き残っているミミックを捕獲して、人の手の届かない安全な場所に集めると、地道に繁殖させながら、栄養価たっぷりの餌を与えて頑強に育てた。

 十分な個体数が確保できると、擬態教育をおこなう。

 箱型のもの、容器、袋状のもの、閉じたり開いたりするもの。

 ミミックたちの想像の翼を広げる手伝いをする。

 可能性は無限だ。

 単純なジオメトリーにとらわれず、トポロジー的な発想転換と、フラクタル的なつながりを獲得させる。

 悲願達成までは忍耐と努力が欠かせない。

 けれど、私も、ミミックたちも、決してあきらめることはなく、未来に向かって着実に歩みを進めた。

 そうして、ついに新たなる居場所へと旅立つ準備が完了したのである。

 私は常々思っていた。

 狭苦しい洞窟。さびれた廃墟。ダンジョンと呼ばれる冒険者たちの稼ぎ場。そんな場所はミミックに相応ふさわしくない。

 真にミミックが生息するべきなのは、もっと自由で、解放された場所。

 人間たちが暮らす街だ。

 私はミミックたちを街中に放った。

 進化した擬態の技によって、すぐさま街に溶け込んでいくミミックたち。

 街に存在する箱型のもの、容器、袋状のもの、閉じたり開いたりするもの。

 ミミックポスト。ミミックダストボックス。ミミックマンホール。

 雑貨店に入り込んだミミックはミミックブック、ミミックノート、ミミックペンケースへ。

 服飾店では、ミミックポケット付きのミミックジャケット。その他、ミミックバッグやミミックシューズ。

 食料店だと、ミミックボトル、ミミックバナナなどのミミックフード。

 商品となったミミックは人間に買われて、住居への侵入を果たす。そして、さらに擬態をおこない、ミミッククローゼット、ミミッククーラーボックス、ミミックトイレへ。

 街がミミックに呑み込まれるのに、さほど時間はかからなかった。

 人々をだましにだまして、容赦なく獲物を捕食。たっぷりと腹をふくらませたミミックは巨大化。もはやひとつの部屋を構成できるまでになり、ミミックルームに成長。さらにはミミックルームが集合体を形成して、ミミックハウスが誕生した。

 ミミックハウスが増殖し、乱立すると、街はミミックに支配され、ミミックタウンが完成。住民はひとりとしていなくなった。

 ミミックの躍進やくしんはとどまることを知らない。

 餌を求めるミミックたちの大移動がはじまった。

 何十、何百と列をなすミミックカー、ミミックトラック、ミミックバス。ひらめくテールランプが、星空を彷彿ほうふつとさせる美しさで輝く。

 広い海にぶつかればミミックボート、ミミックシップ、はたまたミミックエアプレーンになって、どこまでも遠くを目指した。

 ミミックの潜在能力を、私は甘く見ていたようだった。

 世界各地に散ったミミックは、人間の生活のより深い部分へともぐり込むことに成功。箱型のもの、容器、袋状のもの、閉じたり開いたりするものが、ミミックへと置き換わっていく。

 擬態の革命が起きた。

 ミミックパーソナルコンピューターを発端とするデジタルミミックの拡散。

 大量のミミックフォルダがあらゆる情報をむさぼった。

 人間たちはセキュリティソフトで対抗しようとしたが、ミミックデジタルトンネルを使って縦横無尽に逃げ回るデジタルミミックを捕まえるのは至難の業。

 軍事拠点のコンピューターに潜入したミミックがミミックミサイルとなって隣国に発射されると、擬態を見破れない人間たちは混乱。ミミックなのか、ミミックではないのか。故意なのか、事故なのか。混沌とした話し合いが報復の連鎖の引き金となり、その隙をついてミミックは念願の力を手に入れた。

 ミミックスペースシャトルの出現である。

 宇宙へと進出するミミックたちを、私は感動の涙と共に見送る。

 遠からぬ未来、この世界はミミックによる、ミミックのためのミミックプラネットになる。

 これで私の役割は終わった。

 私はミミックヒューマン。

 箱型のもの、容器、袋状のもの、閉じたり開いたりするもの。

 人間に擬態できないかと最初に考えたミミックが私。

 脳を収めた頭蓋という箱。内臓を収める容器。血肉が詰まった袋。口を閉じたり開いたりしてコミュニケーションをとり、知識を得て、利用させてもらった。

 もう思い残すことはない。

 ミミックブラックホールが星々を食らって、銀河を呑み込むそのときを夢見て、私はそっと目蓋まぶたを閉じた。

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