第802話 おまけの一日
若くして死んだ少女がいた。
物心ついたときから病院暮らし。
ろくに外を出歩いたことがなかった。
少女は病院の暗くて狭い処置室でひっそりと死んだ。
憐れに思った神様は、少女があの世へ旅立つ前、一日だけ町を歩かせてくれた。
幽霊になった少女が、おっかなびっくり道路を歩く。
びゅんびゅんと走る車が、勢いよく少女にぶつかってきた。
思わず少女はうずくまったが、幽霊なのでへっちゃらだった。
しばらくして、車が危なくないとわかると、少女はすこしの勇気をもって、町のなかへと踏み出した。
「戦争だ! 戦争だ! 戦争がおきるぞ! 爆弾が落っこちてくる!」
公園で誰かがそんなことを叫んでいた。少女が空を見上げると、タコみたいな雲がせわしなく風に吹かれていた。
「ニンジンが絶滅するそうですよ」
少女はニンジンが嫌いだったので、それはいいことだと思った。
「うちの社長がライバル社の社長と決闘して殺されたんだ」
決闘というとガンマンの早撃ち勝負みたいなものだろうかと少女は想像した。
「おれ、次のオリンピックに出るんだぜ」
「でもオリンピックは無期限延期になったんだろ」
ひょろりとした男が出るのはマラソンだろうか。少女はスポーツにはあまり興味がなかったが、父がオリンピックを楽しみにしていたので、残念がっていそうだと思った。
「明日にでも北極の氷河がすべて溶けてしまうらしい。ノアが方舟の乗船券を抽選で配布するってさ」
船に乗ってみたかったが、海がどちらにあるのかわからなかった。
「巨大隕石が接近しているらしい。衝突すれば地球の生命の九割以上が死滅する」
また空を見上げる。入道雲が暗い影を落としている。その向こう側に隕石があるのかもしれなかった。
「宇宙人が攻めてきたぞ! 光線銃に気をつけろ!」
公園で聞いた戦争とは、宇宙人とのことだったのかと思った。
「明日には地球も終わりだな」
そうなのか、と思った。
夜になって、一日が終わった。
少女はあの世へと旅立っていく。
広い世界が見れて、少女は満足していた。
それに、もう、世界は終わるらしい。なら、寂しくもない。たくさんの人々が、きっとすぐにやってくるだろうから。
四月一日の出来事だった。




