第788話 我は神なり
ある日、突然、神の言葉が聞こえた。
荘厳な声が響いている。しかし、声そのものは聞こえない。意思が直接注ぎ込まれたという感じ。滝に打たれているような、真夏の直射日光を裸で浴びているような、はたまた、病院で効果抜群の点滴を受けているときなんかに似ているかもしれない。
意識がどんどん鮮明になって、肉体は希薄になり、精神だけがどこまでも拡張していく感覚。
おれは神と対話した。まさしく魂を揺さぶられる体験。そして、悟った。おれは選ばれし者なのだと。
なすべきことをなさねばならない。
神の存在を世間に知らしめなければ。
街頭で演説をした。ビラを配った。講習会を開いた。
だが、いくら頑張っても、おれに向けられるのは冷たい視線だけ。
不信心なやつら。いつか痛い目を見るがいい。呪いながら、祝福を語る。いつか見返してやる、と意気込む。
神は週末になると降臨して、ほんの短い時間のあいだおれと対話した。対話といっても人間がする対話とは異なるもの。向こうからの一方通行。異国の言葉を聞くよりもやさしいが、意味の理解は困難。相手は神。そのような存在の意思が、ただの人間であるおれ如きにそう簡単にわかるはずがない。
雲を掴むような不確かさのなかで、おれはなんとか神の意思をくみ取ろうと努力した。
必要なのは、何事においても自らを神の座において考えるという思考方法。
おれが神だったら、神だったら、そんなことばかりを思うようになった。
そうすると、奇跡が起きた。
なんと、神の意思がはっきりとした意味を伴って聞こえてきたのだ。
「汝、神なりと考えるか」
おれは高らかに答える。
「我は神なり。神の代理人」
「神なりと望むか」
「望むまでもなく、我は神なり」
問答の後、
「汝、神なり」
おれは名実ともに神になった。
神は世界のすべてを知り、世界のすべてを支配し、それを導く。
当然だが、世界を管理するのは大変なことだ。理解しているつもりだったが、いざ自分でやってみると想像を遥かに超えていた。休む間もない。増え続ける人間。それらひとりひとりの運命を紡ぐ。あらゆる動物たち、虫の一匹に至るまで、神の管理下にあるのだ。生き物だけではない。植物、海、大気、火山なども。
目や手が百や千ではとても足りない。実際、神の身はそれ以上の超存在であり、あらゆる場所に偏在して、影響を与えることができた。だが、そんな能力があったとしても、できるかどうかは別の話だ。まったくもって追いつかない。手が足りない。目が足りない。考える時間が足りない。
特に人間というのがいけない。環境を激変させる要因になっている。そんなにぽんぽん地形や生態系を変化させられては、こちらとしてはたまったものではない。
戦争を起こして人の数を減らすことにした。このまま人口を半分ぐらいにしてやろうかと思ったが、世の中が荒むと、ひとりひとりの人間の運命が複雑になってしまう。それはそれで管理が面倒だ。だから、今度は、できるだけ善人でいさせようと影響を広める。善人は運命がほつれにくいから、扱いが楽でいい。穏やかな暮らし。それこそが一番だと人間たちに教え込む。
しかし、善人ばかりになると、人口が増加する。ほどほどに悪人もいなければならない。なんともバランスが難しい。
神に助けを求めたい気分。だが、その神というのはおれなのだ。前の神はどこにいったのかというと、どうやらおれにこの座を押し付け、どこかに逃げたらしい。
してやられたというわけ。人間ひとりをおだてあげ、神の座につかせた。
おれもそうしようか。世界の管理にもわずかに慣れて、ほんのすこしだけなら、週末に時間が取れるようになった。そこで、のぼせやすいやつを選んで、神として接触を……




