第706話 監獄国
人と人とにつながりが生まれ、そのつながりが寄り集まれば社会が形成される。社会が分厚い束になれば、それは村に、街に、国になる。
それが当然の成り行きというものであり、たとえ罪人同士のつながり、さらには仄暗い刑務所内であっても変わらなかった。
ここは世界最大級の刑務所。広大な敷地にアリの巣の如きおびただしい囚人たちが暮らしている。
そんな敷地の片隅、高い塀に囲まれた運動場の一角で、囚人たちが輪を作っていた。全員の視線が輪の中心へと集まっている。階段を簡易的なステージにして、威厳のある男が高らかに告げた。
「ここに監獄国の建国を宣言する!」
おお、と拍手喝采。看守は囚人たちがなにか馬鹿なことをやっているらしいと思いながら、朝の陽気におおあくび。大統領ごっこ。おままごとの延長線上だ。暇をもてあましすぎて、幼稚な遊びに興じるようになってしまったか。
いちいち構っていられない。なにせここは世界最大級の刑務所。囚人の数も最大級。トラブルも多い。実際によからぬ行動を起こさない限りは放置が原則。徒党を組んでなにかしようというのなら、対処しなければならないが、連中はなんのかんのとくっちゃべっているだけ。取り締まるには値しない。
囚人たちの輪の中心にいる監獄国初代大統領は、建国宣言の後、新たな国の新たなルールについて語りはじめた。危険思想をまき散らしたりはしないかと、看守が耳を傾けていたが、危険どころか至極当然のルール決めであり、要約すればお互いに迷惑をかけないようにしよう、という程度のものでしかなかった。それが守られるというのなら、刑務所側でも大助かりだ。
運動時間が終わり、集まっていた監獄国の国民たちはそれぞれの檻のなかへと帰っていく。
看守は所長に一応の報告。所長は経過を見守るように指示。協力して脱獄しようなどという事態に発展しないように、監獄国とやらの動向を注視しろということだった。
しばらく監視が強化されていたが、監獄国の国民たちに不審な行動は一切なかった。
むしろ非常におとなしい。大統領が制定したルールをきちんと守って、平穏に暮らしている。刑務所のなかの監獄国。法のなかの法、管理のなかの管理、という二重構造だが、ふたつのあいだに相反する部分もなく、融和して、平和が築かれていた。
もちろん一部には監獄国のルールを守れないものがいた。監獄国の罪に対しては監獄国の罰が与えられる。服役中という罰のなかでの、さらなる罰だ。けれど、監獄国の法にはいずれも救いの道が織り込まれていた。どんな罪も償えば許される。よほどのことがない限りは、排斥されることはない。もしかしたら、監獄国というのは罰を背負った囚人たちの祈りの産物なのかもしれないと、所長や看守たちは思った。地獄天国監獄国といったところ。裁きの先の救いの場だ。
看守たちの負担が減って、こうなってくると所長もまあ好きにやらせておけばいいかという気分になった。運動場でおこなわれる集会も容認され、監獄国は半公認という形で成立していた。
だが、国というものには変革がつきもの。特に新しい国ほど変化の嵐は激しく吹き荒れる。
二代目大統領が就任すると、国家の様相はすっかり変わってしまった。
掲げられた志は初代とはまったく異なる物騒極まるもの。
刑務所内には一気に緊迫したムードが漂った。
反逆の企ての兆候。しかし、それは監獄国の国民の密告によって防がれた。国民の多くがこの二代目大統領をよしとしていなかった。国民が求めていたのは平穏。刑務所側の対応により、二代目はすぐに失脚し、三代目大統領が選出された。
三代目大統領は平凡な人物だったが、初代の意思を受け継ごうという心意気を持っていた。支持が集まったのもそれが理由であり、国民の期待通り、安定した治世を目指し、それを実現した。
しかし、三代目が統治はすぐに終わってしまった。四代目大統領が選出される。
四代目大統領は、二代目大統領に輪をかけて傲慢な輩であり、監獄国の国民一切を我が物として扱おうとした。
国民たちは激しく反発する。けれど、暴動が起きたりはしなかった。
あくまでつつましやかに、忍耐による抵抗。
国民は期を待った。
どんな悪政にも善政にも終わりのときがくる。けれど、善政は受け継がれ、悪政はすたれる。それを繰り返して、監獄国は永遠に繁栄し続けるものと信じられていた。
国民の願い通りに、四代目大統領は消え、五代目が選出された。
五代目は立派な人物。監獄国の発展に努めた。
しかし、これもまたきっと長続きはしないだろうと国民全員が知っていた。さっそく次の候補を探さなければならない。
初代が定めたルールのなかで、絶対不変のものがあった。
それは大統領に立候補できるのは、死刑囚に限るというもの。命の期限が明確でないものに、国を治める資格はない。この国に骨をうずめるものだけが、監獄国を統治する資格を得ることができるのだ。




