第7話 十字路
俺は急いでいた。待ち合わせの時間に遅れてしまう。大通りでは何度も信号に足止めされ、そうしているうちに細い横道が目に入った。目的地はここからコの字型に進んだ場所。つまりは横道を突っ切れば、大幅な時間短縮になる。
路地裏に体を滑り入れると、真っすぐに進む。大通りに抜けている道の終点は遠く、細い切れ目の様になって見える。道は縦横に走っており、いくつもの十字路を通り抜けた。やっと道半ばまで来たと思った時、死角から何かが飛び出して来て俺は声を上げた。驚いて転倒するところだったが壁に手をついて何とか堪えた。
飛び出してきたのは黒猫のように見えたが、体制を整えた時にはもうどこにもいなくなっていた。周りを見回して俺は戸惑った。十字路の真ん中に俺は立っており、今の一幕で方向を見失ってしまったのだ。
東西南北、どの方向を見ても同じような光景が広がっている。長く伸びた狭い道。その終点にある切れ目ような光の筋。見た限りだと、どの方向へ進んでも終点までの距離は変わらない様に見えた。
俺は狼狽したが、仕方なく適当な方向を選んで歩き出した。一度大通りに出て確認するしかないと思ったのだ。
しばらく歩いていると足元で何かが砕ける音がした。恐る恐る足を持ち上げるとそれはカメだった。ぺしゃんこにつぶれたカメから体液が滲み出し、十字路の真ん中で道路を汚している。俺は飛びのいて壁に寄り掛かった。心臓がドキドキと鳴り響いている。何度か深呼吸をして落ち着きを取り戻した時には、またもや方向を見失っていることに気がついた。
可哀想なカメに後ろめたさを感じながらも、俺は道の出口へと急いだ。一直線に進むと時間はかかったものの、大通りがすぐそこに見えてきた。微かに聞こえてくる喧騒に俺はほっと息を吐いた。その時だった。すごい勢いでカラスが顔のすぐ横を掠め飛んでいった。俺は尻餅をついてカラスの飛び去って行った先を見たが、カラスの姿は煙のように掻き消えてしまっていた。
起き上がると奇妙な事が起きていた。すぐそこにあった大通りへの出口は、遥か彼方に遠ざかっており。四方のどの方向を見ても同じぐらいの距離になっている。懐かしい喧騒は耳の奥で消えて、カサコソという葉擦れのような音がどこかから聞こえてくるばかりだ。
俺は走り出した。おかしなことが起きている。何かが俺をこの道に閉じ込めようとしているに違いなかった。目を閉じ、体を弾丸のように丸めて真っすぐに駆け抜ける。もう何があっても止まるつもりはなかった。
男が狭い路地の十字路で何者かに跳ね飛ばされた。ボロボロの服を着た浮浪者のような老人が、物凄い勢いで道を横切って走り抜けて行ったのだ。男は文句のひとつでも言ってやろうと思ったが、立ち上がった時には、老人の姿は影も形もなくなっていた。
周りを見回して男は気づいた。どの方向が自分の向かうべき道なのか分からなくなっていたのだ。