第589話 不規則な飛行物体
「UFOだ!」
だれかが叫んで空を指差した。
人々の視線が望遠鏡になって、一斉に空の一角へと向けられる。
暗く、のっぺりとした夜にちりばめられた星々に混ざって、ちかちかと明滅しながら移動する光があった。ちいさな光の粒にすぎないが、星よりもずっと大きい。
ひゅー、と右に移動していたと思えば、急カーブして左へ。ふらふらと波を描いて、今度は上昇。そして下降。また上昇。
「あの動きはたしかにUFOに違いない」
だれかが自信ありげに断言してうなずいた。
上空の飛行物体となるとまず飛行機と考えるのが普通だが、飛行機にあそこまで急激な方向転換はできない。地球にはない優れた技術を彷彿とさせる機敏な動き。
写真を撮影したり、動画を録画するべく、いくつものレンズが掲げられる。
「UFOはなにをしているんだろう」
子供が言った。するととなりの大人が、
「ああやって地球人を監視しているのさ」
「かんし?」
「そうだ。文明の発展具合だとか、地球人がなにか宇宙にたいして悪いことをしでかさないか、見張ってるんだな」
耳をかたむけていた子供はぽかんと口を開けたまま、不規則にゆれ動く流れ星のようなUFOをながめた。
「降りてくるぞ!」
悲鳴。光が近づいてくる。人々は蜘蛛の子をちらすように方々へと走りだす。
「はやく逃げないと」
肩がぶつかりあう。転んで落っこちたカメラが踏みつけられる。怒号。混乱。
子供が引っ張られていく。
「逃げないとどうなるの?」
「つかまっちまうんだよ。アブダクションか、キャトルミューティレーションされちまう」
音もなく地上に一時接近したUFOは、ビルの屋上をかすめると、すぐに上昇していった。円盤型の飛行物体。接合部のひとつも見あたらない滑らかな表面。
「なんだったんだ」
「威嚇行動だろう。それにしてもすごい。まさしく驚異の技術。空を自由自在に飛んでいる」
恐怖を通り越して、感心する人も現れる。それに同調するように、ほう、とか、はあ、とかいう感嘆の声が溢れた。
そうして宇宙人というものは、なにかとんでもない力を持った地球人よりも優れた存在として、人々の意識に刻まれた。
UFOが空の一角に静止した。注目が集まる。次はどんな動きを見せるのか。そんな期待混じりの視線を一身に受けていたUFOは、ややあって、ふっ、と消えてしまった。
落胆とも安堵ともしれない息がこぼれてあふれる。
舞台の幕がさっと下ろされたかのように、平穏で静かな夜が戻ってきた。
それでもまだしばらく真っ暗な夜空のスクリーンをながめていたものもいたが、ひとり、またひとりと日常へと戻っていった。
地球の上空。高高度。
宇宙船のなかでは宇宙人が水をがぶがぶと飲んでいた。
「あぁ。やっと酔いが醒めてきた」
ぶるる、とみぶるいすると、さきほど切られたばかりの違反切符に目を通す。
ステルス状態の宇宙交通警察の宇宙船に見とがめられて、呼び止められたのだ。
飲酒運転。地表スレスレを飛ぶ危険行為。ステルス装置未使用飛行。
まったく肝が冷えた。いい気分が台無しだ。
「さっさと帰ろう」
大きな溜息。酔っぱらってたまたま訪れただけの名も知らない星を離れていく。遠ざかっていく青い星には目もくれず、宇宙人は眠たげに目をこすった。
「酒はほどほどにせにゃならんなあ」




