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第577話 火星人のこども

「あんたの父親は火星人だ。つまり……」

 ぼくの質問に、おばあちゃんはこう答えて言葉をにごした。それから顔をそらし、窓のそとから見える遠い星を見つめた。

 みんな考えてみてほしい。こんなことを言われたとき、どうすればいいのか。

 頭のなかがからっぽになる。口をついて出たのは、

「……冗談だよね?」

 おばあちゃんは首を横にふって、かなしそうに目をふせた。おばあちゃんはうそなんか言わないし、冗談もきらいだ。ぼくはそれをよく知っている。

 ぼくはお茶がコップのなかに残っているのも忘れて、席を立つと、自分の部屋に戻った。ベッドに横になって、天井を見上げる。

 天井にはプラネタリウムの影のようなシミが点々とできている。

 お父さんも、お母さんも、物心ついたときにはいなかった。死んだのではないらしい。ぼくを捨ててどこかにいってしまったのだ。だからぼくにとっての両親は、育ての親であるおじいちゃんとおばあちゃんだ。いまさら、生みの親がどうだろうとショックを受けたりはしないと思っていた。そうであって欲しいと願っていた。それをたしかめるために、おばあちゃんに聞いてみることにしたのだ。それが、こんな予想外の答えを浴びせかけられることになるなんて。ぼくはおおいに混乱していた。

「ぼくは宇宙人のこども」

 声にしてみる。なんて現実感のなさ。手を伸ばして、指先を眺めてみた。なんの変哲へんてつもない手があるだけ。宇宙人のことなんてまるで知らないけれど、宇宙人と言えば、頭でっかちで、細っちょろい手足の姿を想像する。

 そのまま眠りにつく。夜中になんども目が覚めて、朝日を浴びても夢のなかにいるような気分だった。

 朝ご飯を食べて、学校へいく。おばあちゃんはなにごともなかったような態度。おじいちゃんもなにも言わなかった。けれど、新聞を読みながら、横目にぼくのことを気にしているふうだったから、おばあちゃんからなにがあったのか聞いているのだろうと思った。

 いつも通っている学校が、なんだか知らない場所のように感じた。友達も、昨日までの友達とは違うような気がした。けど、それはまわりが変化したのではなく、ぼく自身が変化したからだろう。

 なにせ、ぼくは宇宙人のこどもなのだ。

 もし、みんながこのことを知ったら、どうなるだろう。

 想像してみる。

 授業中にぼくが突然立ち上がって、自分の正体を明かしたりしたら、みんなはびっくりするだろうか。それとも、笑うだろうか。うそだと思うだろうか。ばかなことを言ってないで授業に集中しなさい、と先生は怒るだろうか。

 警察がやってきて、ぼくを捕まえるかもしれない。宇宙人のこどもなんてめずらしい。ぜひ実験材料にしよう。そんな感じ。でもぼくは全然宇宙人らしくなんてないし、すぐに無罪放免で解放されるだろうと思う。

 黒板にはちょうど赤い星のことが書かれていて、先生が話す星の歴史を、ぼくは上の空で聞き入った。

 ぼくは、空ばかり見上げるようになった。

 そして青と赤の星のことばかりを考えた。

 宇宙のことが、気になってしかたがない。

 いままでなにげなく近くにあったものが、急激に圧力を増しながら、のしかかってきて、窮屈きゅうくつさにぼくは窒息しそうになっていた。

「ぼく、宇宙飛行士になろうと思う」

 おじいちゃんとおばあちゃんに言った。

 ふたりは「うん」と、うなずいて「決めたのなら、がんばりなさい」と、応援してくれた。

 ぼくと星の追いかけっこがはじまった。

 星は動いていないようで、ものすごい速さで空をけているのだ。

 ぼくはそれ以上の速度で走らなければ追いつけない。

 毎日々々、一生懸命に勉強をして、運動も欠かしてはならなかった。

 ぼくは優秀な成績をおさめて、見事に宇宙飛行士の資格を得ることになった。

「いってらっしゃい」

 おじいちゃんとおばあちゃんがほほえむ。その目はすこしさびしそうだった。

「いってきます」

 赤い宇宙船に乗り込んで、ぼくは宇宙へと旅立っていく。

 真っ暗な海の果てに、目指す星が浮かんでいる。

 青い星がぐんぐんと近づいてくる。

 あの星に、両親がいるのだ。

 ぼくはそう思った。

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