第545話 脱がせ屋
脱がせ屋の朝は早い。
早朝一番。今日もさっそく客が飛び込んできた。
「脱がせてください!」
客の男はトゲトゲの甲冑を身にまとい、窮屈そうに腕を曲げたり伸ばしたりしていた。甲冑にひっかかって、引っ張られた腕が抜けそうになっている。
「おまかせください」
おれはすぐに道具を用意する。
甲冑の隙間をこじ開けて、一枚一枚丁寧に、背中を外し、上腕から前腕へ、最後に指先という順番で、すっかりきれいにむき身の体にしてやった。
「ふう、ありがとう」
男は礼を言って立ち去っていく。代金は不要。そのかわり脱いだものを置いていってもらうことで、報酬代わりになる。それがおれの脱がし屋だ。
すぐに次の客。
「助けてくれ!」
どうやら緊急事態のようだ。
でっぷりした体が服に引っかかり、いまにも窒息しそうになっている。
「これは大変だ」
飴色のつややかなコートの背中におれは切れ目を入れると、そこから客を引きずり出す。客は荒い呼吸で、いまにも失禁しそうなほどに気が動転していた。
「大丈夫ですか?」
心配になってたずねると、
「あ、ああ」
危機を脱した客は、いまさらとはいえ体裁を保とうという意識が働いたらしく、のろのろと体の調子を確かめる。
「いやはや」照れくさそうに顔をかいて、
「ありがとう。この恩は一生忘れないよ」
大げさな文句と共に去っていった。
なかなかの大仕事だった。一息つこうとしたところ、すぐにまた客がきてので、おれは下ろしかけていた腰を上げる。
「脱がしてくださらない?」
今度の客はなまめかしい女。
「うけたまわります」
おれはちょっと気取った態度になって、女が身にまとう薄布のドレスを脱がせていく。
女の柔肌があらわになっていくたびに、おれは名残惜しい気分になって、ついつい勤勉な心にも魔が差してしまうというもの。気づけば怠惰になった手が女のなめらかな肌をなでるばかりになっていた。
「くすぐったい」
と、指摘されておれはハッと正気に戻ると、咳払いして、
「失礼」
すると女は赤い舌をぺろりと出して、いたずらっぽく笑った。それがあまりに魅力的だったので、おれは女を丸裸にしたあと、別れがたい気持ちに心がしめつけられた。
「また来るわね」
と、という言葉に、
「ぜひ、おまちしております」
と、返して、うやうやしく店から送り出す。
そうして、今日は良い日だ、なんて考えて女のことを思い返していると、嫌な客がやってきた。
「脱がしておくれ」
汚らしい風貌に腐ったみたいなにおい。落ち着きのない動きからは目をそらしたくなってしまう。これはたまらない。しかし客は客。選り好みはできない。
「……承知いたしました」
おれはさっさと終わらせようと覚悟して、そいつの上着と下着をやや強引に脱がしていく。裸になっても、そいつは相変わらずなんだかよごれた感じがした。
「ありがとよ」
と、礼もそこそこに立ち去ってくれたので、ほっと一安心。
いまの客が置いていった脱ぎものを眺める。
どうしたものだろうか。
おれの店では脱いだものが料金代わり。
それをお金に変えるのだ。
カニの殻の甲冑はうまみたっぷりのダシのもと。
セミの抜け殻はお守りにでもすれば売れるだろう。
ヘビの脱いだ皮はカバンやポーチとなんにでも使える。
けれどこいつはどうにもならない。
フナムシの抜け殻。
うーん、としばらく悩んだが、なんの使い道も思いつかない。
せいぜい薪の足しにするしかなさそうだ。




