第524話 まだ時期じゃない
「神さまどうかお救いください。母の病を治してください」
そんな祈りをする人の元に神さまが現れた。
「よし、その願いを叶えてやるぞ」
病はたちどころに完治して、病院は神さまへの感謝のことばで満ちあふれた。
「神さま。助けてくれ」
別の場所、山奥の遭難者が祈りをささげていた。
またしても神さまがあらわれる。
「よし、いますぐ山岳救助隊を呼んでやろう」
救助された遭難者は「神さまバンザイ」とヘリのなかでさけびつづけた。
「神さま。どうにかしてください」
傘を忘れたこどもが、教室の窓から雨が降りしきる校庭を眺めてお願いした。
「よし、帰り道にぬれなくてすむようにしてやろう」
神さまが手を差し伸べると、こどもの帰り道だけは雲がよけて陽がさした。こどもは神さまに「ありがとう」とお礼をして、スキップしながら水たまりを楽しんで帰路についた。
「神さま。これだと困るよ」
こんどは逆に農家が日照りをなげいていた。
「よし、田んぼをうるおしてやろう」
神さまは雨を降らしてやった。農家は豊かなみのりに大喜び。
世界中で神さまは大忙し。みんなが幸せに暮らせるように、四六時中、休む間もなくてんてこまいで働き続けていた。
ここまでは、この世のお話。
ここからは、あの世のお話。
あの世では怪しげな一団が結成され、馬車馬のごとく働く神さまの活動を観察していた。
「あのう」
「なんだね」
いかにも賢そうな魂たちが集まったあの世の一角。そこにいる魂のひとりに新人魂が話しかけた。
「あなたが電球を発明された方ってほんとですか?」
「いかにも」
「送電も広めたとか」
「その通り」
「交流でなく直流を使っていたのには理由があるんでしょうか」
この質問には不機嫌そうな沈黙が返ってくる。新人魂は、ハハアこれは本物かもしれないな、などと思いながら、
「これはどういった集まりなんでしょうか」と、質問すると発明家の魂が答える。
「我々の発明品、この世と交信できる機械を見ているのだ」
「ほう。それはそれは」
魂たちの輪のなかをのぞき込むと、いかにも大仰な装置があの世の野原の真ん中に鎮座していた。その装置にはモニターがつながれており、この世のものと思われる映像が映し出されている。
「なるほど。これはなかなか面白い。あの世にずっといても退屈ですものね。早く転生したいなあ」
などと新人魂がこぼすと、発明家の魂は首を横にふった。
「まだ時期じゃない」
「時期?」
「そうだ。まだこの世は不幸に満ちている。争いも絶えん。それが全て解消されるまでは絶対にあの世に留まって転生してやるものか、という集まりなのだこれは」
「へええ」と、新人魂は驚いてモニターを見た。そう言われると、転生するならもっともっと世界が平和で豊かになってからの方がいいような気がしてきた。
「その集まりにわたしも加えてもらえませんか」
「いいとも。歓迎しよう」
そうして魂たちの一団はまたひとつ大きくなり、みなが一丸となり、熱心にこの世を状態を見定めるべく、観察を続けるのだった。
神さまは転生を拒む魂たちに手を焼きっぱなしであった。なんとか彼らを納得させようと奮闘はしているが、なかなか首が縦にふられることはない。あの世には魂が溜まるばかり。転生を拒否されると魂が足りなくなり、この世に生まれる命も減ってしまう。まったくもって負の循環なのだが、それを訴えてもあの世にいる発明家たちを中心としたグループにはまるで通じなかった。
ささいなことからコツコツと、この世の人間たちの不満を解消してやって、現世を住みよいものと、いまこそ転生に適した時期だと、思ってもらえるようにするしかないのだ。
「神さま。庭に雑草が生えてきて困ってるの」
「よし、草むしりしてやろう」
「神さま。リモコンとってよ」
「よしよし……」
「神さま……」
「……」
「…」
「…」




