第52話 有限の可能性
大昔の親は子供にこんなことを言っていたらしい。
「可能性は無限だ。なりたいものになれる」
子供もそれを無垢に信じて、ありもしない可能性に向かってひた走っていたのだという。
なんとも馬鹿げている。今はそんなことは起こりえない。どんな子供でも可能性は有限だということを知っている。可能性検出器を使えば、自らが将来成り得る役割というのがはっきりと分かるのだから。
可能性検出器は現時点と将来の職業分布、職業別の許容人数、需要と供給の推移、本人の成績や家族構成など、あらゆる情報からその子供が目指すべき職業を選定してくれる。平均で五、六個。多ければ十数個の職業が提示されて、そこからひとつを選び取って目標として目指せば絶対に間違いはないのだ。
提示された可能性に逆らおうとした者もいたらしいが、そういった者はすべからく何者にもなれない惨めな人生を送る事になったのだという。従ってさえいれば、無駄な寄り道のない約束された未来へと突き進むことができるというのに愚かな奴らだ。
俺もまた、他の者たちと同様に可能性検出器を心の底から信じ切っていた。だからこそ、そこに示される可能性がゼロになった時、頭の中が真っ白になった。
可能性は有限であり、変動する。小さな要因をきっかけとして揺らぐことがあるのだ。親は俺が努力を怠った結果、本来そこにあったはずの可能性が消失してしまったのだと叱責してきた。俺は政治家になるはずだったのだ。世界を牛耳り、動かしていく人間になるはずだった。勉強には真面目に取り組み、私生活でも立派な人間であろうと心がけていた。
俺はかつての自分の可能性を信じて努力した。親に罵られようと、離れて行った友人たちに嘲笑されようと、未来へと突き進んだ。しかし、それも長くは続かなかった。俺は少しずつ絶望に染まっていき、破滅的な思想に憑りつかれ、破壊衝動が抑えきれないまでに高まっていた。未来を持つ者全てが憎くてしょうがなかった。
一本のナイフを手に街へと繰り出す。それで誰かを傷つけたかった。だが、俺が行動を起こすよりも早く、警官に捕まってしまった。警察署に連行され、取調室で机を挟んで向かいに座った警官は、信じられないことを語り出した。
「君、可能性検出器で何も将来がないんだろう。そういう人はね、国の監視対象になっているんだよ。可能性というものは絶対にゼロにはならない。けれどこの装置には意図的に表示されないようにされている可能性があるんだ」
そう言って警察官は可能性検出器に似てはいるが、もっと武骨な形の装置を取り出した。
「これはその表示されない可能性を表示できるようにしてある装置だ」
装置を向けられてボタンが押されると、そこにはひとつの可能性が表示されていた。それは”犯罪者”であった。
俺は目隠しをされてどこかへと連れていかれた。場所は分からなかったが、地下深くであることだけは確かだった。
俺を引っ張っている役人風のガラの悪い男が、
「お前みたいな可能性のない奴でも生きる権利だけはあるんだ。お国に感謝するんだな」
と、吐き捨てるように言った。
その場所では確かに生きる事だけが許されていた。狭い部屋をあてがわれ、決められた時間に同じ行動を繰り返すだけの毎日。ここには数えきれないほどたくさんの人間がいた。誰もがその顔に絶望を張り付けて、何もない将来に向けて無為な時間を過ごしていた。
だが、こんな場所にあっても俺は希望を持ち続けていた。希望を与えられたのだ。可能性検出器によって。警察署で見せられた可能性”犯罪者”。俺は嬉しかった。まだ自分に可能性があったことがだ。俺はこの可能性を掴み取ろうと決心していた。
仲間を集め、ついには地下深くからの脱出に成功した。そして俺は仲間たちと共に、待望の犯罪者になったのだった。
数年後には俺たちの元へ多くの依頼が舞い込んでくるようになっていた。あるところに野球選手になりたい子供がいるらしい。しかし可能性検出器はその子がなりたい職業を表示してはくれない。そんな時には俺たちの出番だ。野球選手を始末するのだ。一人でも、二人でも、一球団でもだ。後はその子の努力次第だ。目標に向かって進みさえすれば、必ず空いた席に座る事ができるだろう。
俺たちは人の可能性を広げているのだ。世界に対して人間は増えすぎた。可能性を狭めているのは自身ではなく他人なのだ。ならば排除するしかない。奪い取るしかない。そうして初めてなりたいものになれる素晴らしい世界になるのだから。




