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第51話 子死の呪い

 悪魔が言った。

「お前は自らの子の死を見る。決して子供たちがお前より長く生きることはない。お前の一族は未来永劫この呪いに苛まれることになるのだ」

 一族が呪いと引き換えに得たのは財産だった。莫大な富が一族に与えられた。それによって広大な土地、豪奢な屋敷、いくつもの企業を手に入れ、繁栄を極めた。

 しかし、一族に安寧は決して訪れなかった。呪いに蝕まれた子供は、親より長くは生きられない為に短命で、いつ死ぬとも分からない状態だったのだ。代を跨ぐ程に子供の命は短くならざるをえず、一族の衰退はやがて必ず来るものとして予言されたようなものであった。


 感じのいい男の人だなと思った。その人のことはなにも知らなかったが、ただとてつもないお金持ちであることだけは確かだった。その人と会うだけで厳重な検査を何度も受けさせられたし、何人ものボディーガードが監視する中で、さらに距離を保った状態でしか話をすることもできなかった。

 私が何故選ばれたのかはてんで分からなかったが、その人は妻を求めていた。私とは対照的に、その人は私のことをなんでも知っていた。一族の掟で相手のことを調べ尽くさなければ夫婦になれないのだと説明されて、お金持ちは大変なんだなと思って私は納得した。

 断る理由はなかったし、それから私たちは結婚をした。

 私は夫の一族が所有しているという広大な土地の一角にある大きなお屋敷で生活することになった。夫とは決められた時間にしか会うことを許されなかった。そして第一に必要とされたのは子供だった。自分が世継ぎを産む為の存在のように感じて気鬱になったりもしたが、屋敷の生活に一切の不満はなかったし、何より夫と会えない長く寂しい時間のことを思えば、私自身も子供を求めていた。

 三人の子供に恵まれ、屋敷で共に暮らした。夫が屋敷を訪れる頻度は徐々に減っていったが、私は子育てに奮闘しており、また、一族の用事で忙しいのだろうと考えて、あまり気にすることはなかった。

 その内、夫の訪問はぷっつりとなくなってしまった。身の回りの世話をしてくれている使用人たちに尋ねてみたが、知らないの一点張りだった。この頃になると、鈍感な私でも夫には私一人でないことを薄々感じていた。もしかしたら愛人の元へと行ってしまったのではないかと思うと私の心は暗く沈んだ。

 子供たちが育ち、私の手を離れていくと無性に寂しさが募り、夫に会いたいという気持ちが膨れ上がっていった。

 私は屋敷を抜け出した。轍を頼りにどこまで伸びていく道を延々と歩き続けた。

 ズタボロになりながらも数日進み続けると、巨大な建物に辿り着いた。窓が一切なく、のっぺりとした外観で、墓石のようにも、卵のようにも見えた。周りはフェンスと壁で二重に囲まれており、入口がどこにあるのかも分からなかった。

 私はその建物の周囲に沿ってずっと歩いた。そしてついに倒れてしまったのだった。


 気づいた時には私はベッドに縛りつけられていた。白衣を着た医師のような人物が傍で私の顔をじっと見つめている。

「あの、ここは?」

 聞いてみたが返事はなかった。医師は私の腕をとって、何かの検査を手際よく行うと手元の紙に素早く記入していった。辛抱強くそれが終わるのを待っていると、やっと医師が口を開いた。

「何故、ここにいらっしゃったのです?」

「夫を探しているんです」

「居場所をご存知で?」

「いえ…」

 短い会話が終わると、医師どこかと連絡を取り始めた。私はその間、ここはどこなのだろうかと考えていた。病院という安易な予想が頭に浮かんだが、そうとは思えなかった。倒れる前に見たあの建物の中かもしれなかった。

「お会いできますが、その場合、死んで頂くことになります」

 いつの間にかこちらに向き直っていた医師が言った。私は聞き間違いかと思ったが、医師の瞳は有無を言わさないものだった。

「会います」

 私は迷いなく答えた。その為に死ぬような思いで歩き続けたのだ。今更躊躇するようなことはなかった。

 医師は小さく頷くと、私の拘束を解いてベッドから立ち上がらせた。そして腕と脚に囚人がつける錠のようなものを装着させた。動き辛いが何とか歩くことぐらいはできる。

 四方を屈強な警備員のような人たちに囲まれて、医師に案内されるがままに進んだ。そして天井まで届く装置が中央に置かれた部屋へと通された。医師がボタンを操作すると、モニターに夫の顔が映り込んだ。眠っているような、死んでいるような、安らかな表情だった。

 夫は”保存”されていた。そうとしか言えなかった。

 私と夫の面会はそのモニター越しのみだった。それもすぐに終わり、私はこの秘密を死の国へと隠す為に、別の部屋へと連れられたのだった。


 悪魔と契約した男はまだ生きていた。男は狡猾さにかけては何者にも負けなかった。

 悪魔の呪い。親より先に子が死ぬ呪い。しかし裏を返せば、子が死ぬまで親は決して死ぬことはないのだと男は考えた。

 男は生きたまま人間を保存する方法を探し求めた。膨大な財産を注ぎ込んで研究を進め、優秀な人材を集め、数多の企業を支配した。そしてついにはその技術を完成させたのだった。

 男は子をなした自分の息子や娘を”保存”した。息子にはできるだけ多くの相手をあてがい、たくさんの子供を作らせた。孫たちが子供を作れるようになると同じ事を繰り返した。ひ孫にも、玄孫にも同様に行った。

 それは男にとって命の貯えであり、予備であり、自身の命そのものでもあった。夥しい数の子供たちは各地で厳重に保存され、一人も欠けることのないようにされた。

 もはや命を保存する組織は男の手を離れ、自動的に働き続けていた。

 男は誰も知らない一軒家にいた。身動きが取れない程に老い、言葉も発せられない程に衰弱していたが、決して死ぬことはなかった。世話をしてくれていた人間は先に死んでいき、いまや男はたった一人になってしまっていた。

 身体が朽ちて、ただ意識だけがはっきりとした状態で、男は生き続けていたのだった。

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