第5話 人間ロボット
研究所の一室で、研究員が男に商品の説明をしていた。
「これが当研究所で開発したロボットです」
指し示された場所に一台のロボットが立っていた。見た目はどこにでもいるような平凡な男性で。言われなければロボットだとは気がつかない程、精巧に作られている。
「人間そっくりですね」
男は言って、ロボットを眺めた。するとロボットは気怠げに体を揺すり、視線を小さく動かした。「あっ」と声を上げて、男は研究員に目を向けた。研究員は得意気な表情をして深く頷いた。
「びっくりしましたか」
「ええ。本当にロボットなんですか」
「そうです、生きているみたいでしょう」
「人間じゃないんですよね」
「はい。これがこのロボットの特徴なんです」
「ほう。それでどんなことができるんですか?」
「何もしません。立ったり、座ったりした状態でじっとして、時折しぐさを行うのが機能です」
研究員があまりにはっきりと言うものだから、男は言葉に詰まった。
「それは、その、ただの人形ということなのでしょうか」
「いいえ、違います」
研究員は自信たっぷりに答えた。
「人間らしく見えるということに価値があるのです。このロボットは警備や監視を目的に開発されました。機能を特化させ、余分なものを極限まで削ることで価格も抑えられています」
男はなるほどと頷いた。確かに人の気配がするだけで、悪いことはしにくくなるだろうし、不注意にも気をつけるだろう。
「しかし、実際に問題が発生した場合はどうするんですか」
「このロボットにはカメラが取り付けられておりまして、監視カメラの役割をするわけです。何かあれば、カメラの映像を見ている本物の人間が対応することになります。監視カメラにロボットを使うと言うと、少し高級すぎるように感じるかもしれませんが、人件費の削減につながりますし、実際に試運転された際のデータを見てもらえれば、お値段以上の価値があることを理解していただけると思います」
研究員が資料を見せながら説明すると、男は納得し、改めてロボットを見た。
「けれど、同じ顔が並んでいれば、すぐにロボットだとばれてしまうんじゃないでしょうか」
「御心配には及びません」
研究員が合図をすると、もう一台のロボットが運び込まれてきた。今度は女性型で、中々魅力的とも言える姿をしていた。
「一体一体全て違った見た目をしているんです。場所に合わせた見た目をお作りできますし、ロボットであることを見破られにくくする着飾り方の指南書もお配りする予定です」
男は研究員の言葉を聞いて、少し思案すると、おずおずと質問をした。
「それは老人も作れますか」
「…老人ですか。ええ、まあ、作れはしますが、抑止効果の面ではおすすめはできません」
その返答を聞いたうえで、男は一台のロボットを注文して、容姿に関して細かな指示をしていった。
男が働く事務所の大きな部屋の真ん中で、老人がふんぞり返って椅子にどっしりと腰かけていた。男は老人の秘書であり、老人はロボット研究所の出資者の一人であった。
老人を訪ねてくる客は、秘書である男が対応した。客は部屋にいる老人の方をちらちらと気にしていたが、帰りがけには皆、口をそろえて「今日は落ち着いてらしたから、助かったよ」と苦笑しながら男に耳打ちするのだった。
老人は男が注文したロボットだった。本物の老人は、男の勧めで長い旅行に出かけている。
来客が落ち着いて、男はほっと息を吐いた。窓の外から差し込む陽気を身に浴びながら、ロボットをぼんやりと眺める。失言もスキャンダルもない安心できる存在。しかもロボットの目の前には金庫があり、搭載されたカメラで見張っている。本物よりも役に立っているではないかと、男は心の中で微笑み、威厳すら感じるロボットの姿を信頼の眼差しで見つめた。