第497話 トカゲのしっぽ国
北と南にふたつの国があった。
ふたつの国の王さまはお互いの領地について長年話し合いをしていた。ふたつの国の境目はどこか。境界線をどこに引くのか。そうして長い長い協議の結果、一匹の大きな大きなトカゲに決めてもらうことにした。
トカゲが身を横たえた場所より北が北の王さまの領地、南が南の王さまの領地。
トカゲによって規定され、ぱっきりわかれたふたつの国は、国としてのたしかな形を得て、ますます発展していった。
そんな北と南の国、それぞれに住まう恋人たちがいた。
北の国の女の元に南の国の男がおとずれ、愛を確かめ合っていた。
ふたりはとてもしあわせであった。
国境が定められてからも往来が制限されたわけではない。起伏が多く、年中冷えびえとしている北の国のさびしい野原をふたりは散歩し、睦言を交わした。そして月が昇って極寒の夜がやってくる前に、男はあたたかい南の国に帰るのだった。
日々は変わらず続いていた。
男と女の愛も変わらなかった。
しかし、ある日突然、男は現れなくなった。
女は待った。男がやってきてくれるのを。ずっとずっと待ち続けた。
――どうしたのかしら。
心配だった。
――なにかあったのかも。
考える。
――でも、なにがあっても、きっとあの人はきてくれるはず。
そう信じる。
しばらくして北の国にある知らせがもたらされた。
国境トカゲの身に異変があったというのだ。
国境に残されているのはしっぽだけ。トカゲのしっぽが切れて、頭と胴体はいずこかへといってしまっていた。
北の国の王さまはウウンと頭を悩ませた。国境がどこかへと歩いていってしまった。これはどうしたものだろう。悩んだ末に北の国の王さまは、残されたしっぽこそが国境であるとの結論を下した。
けれど南の国の王さまは違う考えを持っていた。頭こそが国境。だから南の国は国境を追って移動することにしたのだった。
南の国は流浪して、その国民は例外なく旅人になった。南の国の男もまた、南の国と一緒に旅にでていってしまった。
――帰ってくる。
女は待った。
――しっぽがなくちゃトカゲも不便に違いないもの。いつか頭はしっぽを取り返さなきゃいけなくなる。
そうすれば男も戻ってくる。
毎日毎日、切られた国境トカゲのしっぽを見にいった。
大きな大きなトカゲのしっぽが大地にズウンと残されている。
切られた直後は動いていたらしいが、いまはもうピクリともしない。
耳を当ててみる。冷たい風が吹くとしっぽは凍りついてチリチリと音を立てた。生きているような、死んでいるような、不思議な物体だった。
道中でつんできた美しい花をしっぽのそばに飾った。
しっぽの向こう側にあったはずの南の国は影も形もなくなっている。
女はしっぽから離れると、その境界を越えることなく北の国へと帰っていく。
――しっぽがなくちゃ。
心のなかでくり返した。
けれど女は知らなかった。
トカゲのしっぽというものは、切れてもまた生えてくるのだ。




