第487話 おれたちの戦いはこれからだ!
「おれたちの戦いはこれからだ!」
おれは剣を握ったこぶしを天高く突き上げ、眼下に広がる荒野に誓いを立てた。
やつを倒した。
やつは世界を牛耳らんとする魔王と呼ばれる化け物の配下であり、四天王のひとりだった。おれがやつを討ったとき、残った他三名の四天王たちは、
「やつは四天王のなかでも一番の小物」
と、言い捨てた。
そうして、おれの存在など魔王の覇道の障害にはなりえないという態度を示しながら去っていった。
おれは魔王討伐部隊の最前線で戦い続けていた。魔王の暴虐許すまじという声は世界中で高まり続け、各国の王が勇者などという称号を配って戦士たちを死地に送り込んでいた。おれもそのうちのひとりだ。
長い長い旅の果て、おれはようやく魔王直属の部下である四天王と戦えるまでになった。
そしてそのひとりを見事撃破したのだ。
だが、これから先、この世界で、おれの物語が紡がれることはない。
残りの四天王や、魔王を倒す旅に出ることはない。
この世界での戦いは終わった。
おれの目的は魔王ではなくやつを討つことにあったのだから。
けれど、おれとやつとの戦いはまだ終わっていない。
この世界ではない別の世界でやつとの戦いは続く。
それがおれたちの運命。
おれとやつの、おれたちの戦いはこれからなのだ。
おれはテニスの名門校に入学し、ひとくせもふたくせもある仲間たちと切磋琢磨した。
競い合い、ときに認め合い、おれはテニス部のなかでめきめきと頭角を現していった。
学園対抗の大きなテニス大会。トーナメント戦。最大のライバルと目される学校とはちょうど決勝であたる位置づけ。皆、そこまで勝ち進んで、学校同士の長年の因縁に決着をつけようと奮起している。おれも部のエースとして貢献することを主将から大いに期待されていた。
一回戦。相手はそれほどの実力ではないとされていたが、とんだダークホースであった。おれたちのチームは翻弄され、番外戦術にも苦しめられながら、なんとか勝利をもぎとった。
二回戦。準々決勝だ。試合は三本先取でおれは副将。先鋒は負け、次鋒はぎりぎりのところで勝利。そのあとの中堅はねばったものの負けてしまった。一勝二敗。あとがない状況。おれの負けは即チームの敗北につながる。
コートに入り、対戦相手と視線を交わす。相手の瞳の奥には炎のような戦意が滾り、一帯の梢を燃やし尽くさんとするほどの情熱が読み取れた。しかし、おれだって勝利に対する渇望なら負けてはいない。
おれたちは戦った。一進一退の攻防。相手の豪快なスイングを、おれは技を駆使して返していく。白熱した戦いに、観客たちの声援も高まっていく。
長い試合の末、おれのスマッシュにより、黄色いボールが相手のコートにめり込んだ。
勝ちだ。
これでチームの戦績は二勝二敗のイーブン。
あとの結果は主将に託されることになった。
「おれたちの戦いはこれからだ!」
おれはラケットを掲げ、テニスコートに引かれた伸びやかな白線に誓った。
そう、いまの対戦相手こそがやつであったのだ。
やつは精神生命体。肉体を破壊することにはなんの意味もない。
心を折ること。それこそがやつの死。
しかしやつは千の世界に千の命を持っており、それを千回殺し尽くさなければ完全には死なないのだ。
この世界のやつは死んだ。
この世界でのおれは消滅する。主将の試合結果、この大会でのチームの行く末を知ることはない。
やつの次の命を屠るために、おれは世界を渡り続ける。
おれは平凡な学校に通う女学生。
図書委員をしていて、本を読むのがなによりの楽しみ。服装はきっちり、髪は三つ編みにまとめており、規則正しい生活を送っている。生活指導員につかまるなんてことは、いままでに一度もない。
そんなおれは、あるとき図書室にやってきた男子と知り合った。あまり本を読むタイプではなさそうだったが、とある本がふいに読みたくなったのだという。おれは図書室の膨大な本のなかからその一冊を探してやった。おれのお気に入りの本であったので、お礼を言う彼に仄かな共感を覚えた。
それからしばらくして、彼を学校の裏庭のベンチで見かけた。あのときの本を、眉間にしわを寄せながら苦労して読んでいる。本を読むのは苦手なのか、数ページ進んでは閉じて、また開くのをくり返していた。
おれは気まぐれ心が湧き上がり、すこし声をかけてみようかと彼の後ろからベンチに近づいていく。そんなとき、ひょっこり現れた女子がいた。
髪を金色に染め上げていて、いかにも活発で、ちょっと不良そうな女子。そんな彼女が、彼と親し気に話しているのを見たとき、胸にちいさな棘がつき刺さったような感覚がした。
彼は図書室に頻繁にやってくるようになった。図書館がすいている時間帯にやってきては、本の内容についてあれやこれやと尋ねてくる。彼の感性はちょっと変わっていて、思いもよらない視点で本の内容を語るので、おれにはそれが楽しくてしょうがなかった。
おれは彼に惹かれていたし、彼にもそういうそぶりがあった。だが、おれたちが結ばれるには乗り越えなければならない壁が存在していた。
彼女は彼の幼馴染であった。金髪の彼女。彼は彼女のことをまず第一に考え、おれとの付き合いを躊躇している節があった。
おれは膠着状態に業を煮やして、ある日、彼を学校の裏庭に呼び出した。
そして、告白をしたのだった。
彼の態度は曖昧そのもので、いますぐに返事はできないと言われた。
しかし、おれはそれでもよかった。この告白は彼に聞かせるためではなく、彼女に聞かせるためのものだったのだから。
告白に指定した時間帯。おれは彼女が裏庭の隅にいることを知っていた。彼がよく裏庭にくることを知っていて、彼女は毎日のように隠れて待っていたのだ。いまも隠れて、おれと彼のやりとりを聞いていることだろう。
突然の告白に戸惑った様子の彼が、複雑な想いを抱えて立ち去っていく。それからしばらくして、彼女がいるはずの裏庭の隅からすすり泣くような声が聞こえてきた。
「おれたちの戦いはこれからだ!」
おれは学校の時計塔を見上げ、その向こうに広がる曇天模様の空に誓った。
やつは死んだ。そう、彼女こそがやつだったのだ。いままさに彼を縛りつけようとしていた身勝手な心を自覚し、ぽっきりとその精神が折れたのだ。
おれは勝った。おれと彼との関係がこれ以上進展することはない。告白の答えを聞く機会は永久に訪れない。おれは次の世界に向かわねばならないのだから。
おれとやつの戦いは、いつまでも、どこまでも、永久に続いていくのだ。




