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第452話 細衣と太衣

 殺人事件が発生した。

 被害者は自宅二階で死亡しており、現場の部屋の扉には鍵がかかっていた。玄関もしっかりと戸締りがしてある。いわゆる密室殺人。

 部屋にはベランダがあり、犯人の侵入口はここだと推察すいさつされた。ベランダは家の真後ろに張り出しており、そちら側では工事が行われている。マンション建築の真っ最中で、シートでおおわれた向こう側で、鉄骨が組み立てられ、足場が張りめぐらされていた。

 建設中のマンションの土地は現場の家の両隣の家まで伸びており、三軒分の幅を持った建造物になる予定。

 殺人があった部屋のベランダ扉を刑事が子細しさいに調べる。カギの部分に小さな傷。外から工具を使って開けたようであった。ベランダの外に出てみる。建設中のマンションのおおいが正面に広がっていて、強い圧迫感。

 ベランダから左右を見ると隣家が目に入った。両方ともこの家と似たような作りとなっているようで、同じようなベランダが張り出している。この一帯の住人は、マンションが建つことによる日照にっしょうの悪化にさぞかし悩んでいるだろう、と刑事は思って空をあおぐ。

 それから、今度はベランダの手すりにつかまって、下をのぞき込んでみた。暗い、じめじめした庭が広がっている。事件前日には小雨が降っており、庭の土はどろどろ。もし、庭に足を踏み入れたのなら足跡が必ず残る。足跡はない上に、ベランダにも泥は付着していなかった。下から登って来た可能性は限りなくゼロに近い。

 屋根の軒先のきさきを視線でなぞる。屋根から来た可能性も低い。屋根は勾配こうばいがきつく、それになにより目立つ。怪しい行動は、付近の住人の目に触れてしまう。

 改めて正面を見る。灰色のシート。その向こう側を、刑事はたずねてみることにした。

 工事現場に入る許可を得て、真っ黄色の安全ヘルメットをかぶらされると、刑事は土埃つちぼこりよどんだ場所に足を踏み入れる。シートで閉ざされた内側は、巨大生物の肋骨みたいに鉄骨が組み上げられていた。ちょうど背骨部分が問題の家の方向。足場を登って、近くまで行ってみる。薄っぺらいベニヤ板を渡しただけのような、ひどく頼りない足場に戦々恐々としながら、やや小太りの刑事は抜き足差し足で進む。

 家の裏側に到着した時には、緊張でひどく息が切れていた。手すりもないような場所で、はあ、ふう、と息を整えて、外をおおうシートに視線を向ける。

 パイプが縦横に組まれて、パイプとパイプの間にできた正方形には、バッテンの形にまたパイプ。そこにシートが張られている。シートは横長で、骨組みの外側にぐるりとおびを巻いたよう。上下の幅は一階層分。シートとシートの間には隙間がある。刑事は足場から落ちないように、慎重にかがむと、シートの隙間から向こう側をのぞいてみる。

 ほう、と思わず声が出た。なんと、そのすぐ向こうに現場のベランダがあった。シートを潜って、パイプを足場にし、手を伸ばせば、ベランダに行ける。

 その推理を裏付けるように、パイプには靴の跡が見つかった。

 とはいえ工事中の囲いは事故防止のため厳重に警備されている。事件当日、付近で不審者を見たという情報もない。そこで刑事が注目したのは両隣の住人だった。

 両隣の家のベランダも工事現場に向かって張り出している。つまり、自宅のベランダから工事現場に潜入し、工事現場から殺人現場の部屋のベランダへと移動したという具合だ。帰りは同じようにすれば問題ない。

 さっそく隣家を訪ねてみる。まずは右隣りにある細衣ほそい家。家主の細衣は一人暮らしのようだった。ほっそりとしていて、骨ばった顔。けれど不健康という風でもなく、力強い昆虫を思わせる男だった。

 話を聞く。

 アリバイはない。けれど犯人だとする証拠もなかった。

 話を聞き終わった刑事は、反対側の隣家を訪ねてみる。太衣ふとい家。家主の太衣は細衣と同じく一人暮らし。でっぷりとえふとった男。喉元や手首に何重ものたるみがある。けれど、不潔な感じはせず、男の体からはアルコール消毒のような香りがプンと漂っていた。歩くだけで地響きが起きそうなその男を一瞥いちべつすると、刑事は話もそこそこにすることにした。

 その後の調査でどちらかが犯人なのは確実になってきた。

 そうして、逮捕されたのは細衣。

 それ以外に考えられなかった。工事現場とベランダを行き来するには身軽でないといけない。シートの隙間を潜るにためはせていることが条件的に必須。足場である薄い板は体重が重ければ踏み抜いてしまう危険もある。必要条件と照らし合わせると、細衣が犯人であるとしか考えられなかった。

 決定的なものがない状況証拠のみではあるが、刑事は自らの直感に従った。

 取調室でじっくりと細衣に事情聴取を行う。

 細衣は断固として否定したが、その態度がまた怪しかった。体形のことを指摘すると、医者に言われて健康のために急いでせたという返答。

 患者が頑張って痩せているのに担当医は正反対に太るばかりで嫌々した、なんて不満がらされる。

 ――肉体改造のプロだって聞いていたのに本人があの自堕落じだらくではね。

 そんな世間話で話をそらそうとする細衣を、刑事は鋭い眼光で射すくめる。

 なんてやつだ、幼稚な言い訳で、罪を逃れようとしているのか。

 刑事は猜疑さいぎつのらせた。こいつが犯人に違いない、逮捕にこぎつけてやる、と心に誓い。激しい追及を続けた。

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