第421話 二重体験
体中に衝撃が走った。
その瞬間には痛みはなかった。しかし。全身を引き裂かれるような痛みがすぐに追いかけてきた。口いっぱいに血のにおいが広がる。激痛からは逃れようがなく。痛みによって、俺は指先ひとつですら動かすことができなった。
周りにたくさんの人々が集まってくる。喧騒の渦に取り囲まれる。俺を轢いた運転手は、車から降りてきておろおろとしている。何人かが電話をかけはじめた。警察署か、病院か、いずれかに連絡しているのだろう。
凍えそうな寒さが足の先から深々と上ってきた頃、救急車がやってきた。黒々とした道路にへばりつくように倒れていた俺は、担架に乗せられ、救急車に収容されると、病院に運ばれた。
俺は死ぬのだろうか。そんな思いが脳裏をかすめた。体の自由は一切きかないというのに、思考はどこまでも自由だった。それが俺には非常に残酷なことのように思えた。
背中が冷たい手術台に置かれる。医者が矢継ぎ早に看護師に指示を出す。麻酔がうたれる。けれど、意識は途切れない。意識だけは幽体離脱しているように浮かび上がって、閉じられた俺の瞼を透過して、あらゆるものを見続けさせた。
強烈な照明が全身に浴びせかけられている。
振り下ろされる銀色のメス。それが振り上げられた時には血に染まっている。
消毒液の静謐な香りと、血肉の醜悪な香り。
麻酔のおかげで痛みはないが、強い異物感がして、ひどく不快な気分にさせられる。
吐きそうだ。胃から酸っぱいものがこみ上げてくる感覚がしたが、その反面、俺の肉体はぴくりともしない。麻酔でマヒさせられているのだから当然だ。胃の意識だけが逆流しているのだ。
医者は俺の体をフランケンシュタインよろしく縫い目だらけにすると、満足気に手術を終えた。
俺は手術室から運び出され、重症患者の病棟に運び込まれる。
体中に管が繋がれる。俺自身がベッドや、点滴や、自動排泄処理装置の一部になったような有様。俺が拡張され、巡り、搾り取られていく。
口は喋ることも、食べることも、呼吸することもなくなった。それでも心臓だけは一生懸命に動かして、俺は生き長らえている。
俺は一部始終を見ていた。聞いていた。嗅いでいた。
けれど周りの者にとっては俺は意識不明者であるようだった。
物言わぬ人形。
魂が封じ込められた檻。
それが俺だった。
長い、長い、年月が経過した。
季節が何度もくり返した。
陽が沈み、月が昇った。その逆もあった。
俺は目を覚ました。
身を起こし、部屋を見渡す。
懐かしさすら感じる我が家。
全部、夢だったのだ。
涙が溢れ、冷たい流れとなって頬を伝う。
泣くのは安堵からじゃない。
俺は生まれながらの超能力者。
それも強力な予知能力者なのだ。
見る夢は全て予知夢。
夢の内容は俺にこれから降りかかる出来事。
絶対に避けようがない運命。
それをわざわざ見せつけられるのだ。
俺はこれから数十年もの間、寝たきりになるらしい。
その開幕は耐え難い苦痛からはじまる。
それを思うと、泣かずにはいられないのだ。




