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第417話 おとうさん

「おとうさんが貝殻くれたの」

「わたしも貝殻をもらったの」

「ぼくのと色ちがいだね」

「そうだね」

 ふたりのこどもが幼稚園の砂場のそばにこしかけて、とってもきれいな貝殻を見せ合っていた。

 おとこのこが持っているのは赤色と黄色のグラデーション。おんなのこが持っているのは緑色と青色のグラデーション。光があたるとにじ色につやつやとかがやいて、ふたりはあきることなくおたがいの貝殻を陽にかすようにしてながめた。

 幼稚園の先生は、ほかの子供たちの相手をしながら、そんなふたりをほほえましく見守った。


 べつの日。

「おとうさんに山につれていってもらったの」

「わたしは川につれていってもらったの」

「とっても楽しかった」

「とっても楽しかったね」

 またこどもたちが話していた。

 幼稚園の先生は、そんなふたりの横にしゃがみこんで、

「どんなことをして遊んだの?」

 と、聞いた。

「山でドングリを拾ったの」

「川で小石を拾ったの」

 つるりとしたドングリと、なめらかな表面の小石が、ちいさなふたつの手のひらの上でかがやいている。

「まあ。それは楽しかったね」

「うん!」「うん!」

 ふたりはそろってにっこりとした。


「おとうさんとおかあさんがけんかしちゃったの」

「おとうさんとおかあさんがけんかしちゃったの」

 その日、ふたりはとっても悲しそうにしていた。幼稚園の先生はそんなふたりをなぐさめようと、おやつの栗をひとつずつあげて、

「きっと今日、おうちに帰ったら仲直りしてるはず」

 と、はげました。ふたりは甘い栗を食べて元気になったらしく、口をもぐもぐ動かしながら先生の言うことにうなずいた。


「おとうさんが死んじゃったの」

「おとうさんが死んじゃったの」

「おとうさんが死んじゃったの」

「おとうさんが死んじゃったの」

 幼稚園中のこどもたちが言うので、先生はびっくりしてしまって「えっ」と声をもらした。それからひどく戸惑いもした。不幸があったなら直接こどもに聞くのははばかられる。まずはこどもの母親に連絡をとることにした。

 こどものひとりの母親の連絡先を探して電話をかける。

 しばらく呼び出し音がなっていたが、

「はい」

 と、電話の向こうから母親の声がした。

「あの。つかぬことをおうかがいしますが……」

 先生はおずおずと、「そちらの旦那様はご存命でしょうか?」

「……」痛いぐらいの沈黙のあと「子供が生まれる前に離婚したんです。生きてはいるはずですが、確認が必要ですか?」

「あっ。いえいえ。結構です。ぶしつけな質問をしてしまって、たいへん申し訳ございません」

 それから先生はあれやこれやと言い訳を並べて電話を切った。それから別の母親にも連絡してみたが、同じような答えが返ってきて、非常に気まずい思いをすることになった。いずれも母子家庭で、忙しく働いている母親ばかり。再婚相手や、父親代わりの誰かがいるわけでもないようだった。

 先生は首をひねって、こどものひとりに話しかけた。

「おとうさん。どうしちゃったの?」

「死んじゃったの」

「どうして? ご病気?」

「おとうさんが、おとうさんを、食べちゃったの」

「……? 誰のおとうさんが食べたの?」

「わたし」「ぼく」「あたし」「おれ」

 集まってきたこどもたちみんなが言うので、先生はこわくなってきて、

「みんなには、おとうさんはいないんじゃないの」

 思わず、こどもを傷つけてしまいかねない言葉を口走っていた。

 ほそい首の上に乗ったおおきな頭が一斉に、ぶらん、ぶらん、と横にふられる。

「いるよ」

「でも、死んじゃったんだよね?」

「うん」「うん」「うん」「うん」

「……じゃあ。もう、おとうさんのお話はやめましょう。お空の上で、おとうさんもゆっくり過ごしたいだろうから。みんながお話すると、おとうさんもゆっくりできないでしょ」

 なんとかやめさせようと頭をふりしぼって、そんなことを言うと、

「はーい」「はーい」「はーい」「はーい」

 元気のいい返事がこだまして、こどもたちが散っていく。

 それ以来、こどもたちはおとうさんの話をしなくなった。

 けれど、先生は知っていた。

 ちいさな手のひらに乗せられた貝殻、ドングリ、それから小石。

 見せ合って、ささやきをかわしている。

 先生はけっして見ず、聞かず。

 気がつかないふりをし続けた。

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