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第406話 ハチ公ロボット

「なんとふさふさとして愛らしい姿だろうか」

 男はロボットの出来栄えに感心した。

「ご注文通りになっております」

「ありがとう。では料金を支払おう」

 口止め料を上乗せした金を渡し、ロボット技師から商品を受け取る。

 箱に梱包こんぽうされたロボットはずっしりと重かったが、家路につく男の足取りは軽かった。

 家に帰り、さっそく箱を開ける。

 取り出して、まじまじと眺めた。

 見れば見るほどよくできている。本物の犬にしか見えない。白くてふかふかした毛並み。くるんとカールした尻尾。ぴんととがった耳。くりくりと愛らしい瞳。その瞳の奥には太陽光を受け止める装置が搭載とうさいされており、ソーラー電池によって半永久的に動くことが保障ほしょうされている。

 男がスイッチを入れると、ロボット犬は生きているかのように、ぐぐっ、と伸びをして、舌をだらんと垂れ下げた。頭をでてやると、気持ちよさそうに目を細める。

「よおし……」

 明日からの商売に向けて、男は意気込んだ。

 わざわざこんなロボットを作ったのには当然ながら理由がある。

 男はある日、忠犬ハチ公の物語を耳にしたのだ。そしてあまりの健気けなげさに胸を打たれた、と普通の人ならなるところ、男は金儲けに利用できないかと考えた。悲しいストーリーを持った動物に人は弱い。愛さずにはいられない。その心に付け込んで、客寄せしようというわけだ。

 ロボット犬の毛並みをぐしゃぐしゃにして、薄汚れた感じに。適度にみすぼらしく、同情を買うように。

「あわれっぽくて、いいじゃあないか」

 男はにんまりと笑った。


 次の日、野良犬とおぼしき犬が路上に現れた。しかしよくよく見ると古ぼけた首輪をはめており、その全身の汚れ具合に反して、飼い犬であるようだ。通りがかる人々に鼻先を向けて、なにかをうったえるような眼差しを投げかける。

 つい興味をかれた者がその毛並みをでてやったりすると、ぶんぶんと尻尾を振って喜んだ。

 その犬のねぐらはとある小料理屋の隣にあった。犬に誘われてやってきた人々が小腹の空きを自覚して、その小料理屋を訪れる。店主は犬について涙なしには聞けないような話を客に聞かせた。忠犬ハチ公さながらの、哀しい別れ、そして忠義。

 胸を打たれた人々は足しげく捨て犬の元を訪れ、ついでに小料理店で腹を満たした。

 小料理店は常に満員状態。犬に与えるおやつも販売されており、その売れ行きも好調だった。


 閉店した小料理屋の裏口からこっそりとロボット犬が入って来た。

 店主の男がロボット犬の腹のあたりを探ると、巧妙こうみょうに隠されたパネルが開く。ざらざらと出てきたのは客が与えた犬のおやつ。これを再び売れば、費用の節約になるというわけ。店の商品以外に与えられたエサは喉部分で選り分けられ、別の保管場所に運ばれ分解されるので、一緒くたになる心配もなかった。

 悪知恵は大成功を収めて、みるみるふところうるおった。

 しかし、ある日のことであった。

 男は突然、死んでしまった。

 紛争があったのだ。

 男の店は巻き込まれ、倒壊し、店内にいた男は死んだ。そうしてロボット犬だけが残された。

 残されたロボット犬は廃墟のそばから離れようとせず、いつまでもその場にとどまった。それを心配した人々が犬を他の場所に移そうとしたが、うまくいかなかった。

 ロボット犬にはますます同情が集まり、人々は犬の世話を献身的におこなった。

 そんな時、ロボット犬に異変があった。

 太陽エネルギーによって半永久的に動作することは保障されていたが、その外装は永久ではなかったのだ。でられたりするたびに毛が抜け落ちたり、雨風で傷んだりする。そして、毛並みの下に隠されていた金属のボディが一部むき出しになってしまっていた。

 人々は落胆した。

 まんまとだまされていたことに憤慨ふんがいし、ロボット犬に怒りをぶつけた。そうして、ロボット犬から離れていったのだった。


 長く続いていた紛争が終わった。

 ロボット犬はすっかり毛並みががれてしまい、全身が銀色にぴかぴかと輝いていた。

 その頃になるとロボット犬に再び注目が集まっており、その存在は、様々な言葉でたたえられることになっていた。

 なんたる忠義心。負の遺産。過去のおろかさをしめす記念碑的存在。

 ロボット犬はオブジェにされて、美術館に飾られることになった。

 付けられた題名は『計算された忠義』。

 時折、美術館の学芸員がやって来て、ロボット犬の点検をする。

 ロボット犬は太陽エネルギーにより、いつまでも止まることなく稼働し続けた。

 ロボット犬の銀色に負けず劣らぬ銀色をした学芸員。

 学芸員はロボットだった。

 いま、この世界に人間は存在しない。

 ロボット紛争によって、ロボットが人間の手から社会を勝ち取ったのだ。

 学芸員は冷たい銀色の腕をロボット犬の頭に伸ばす。頭をでられたロボット犬は目を細めて嬉しそうに鳴いた。

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