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第4話 樹と蜜

 とある森の奥深く。巨大な樹がのびのびと枝葉を広げて、優しい木陰を作りだしている。周りには色鮮やかな花々が咲き乱れ、爽やかな風が吹き抜け、小川のさざめきは美しい音楽を奏でていた。

 大樹からは甘い樹液がとめどなく溢れており、その蜜の香りに誘われるようにして、多くの生き物たちが集うのだった。


 私はこの樹が好きだ。

 甘い蜜でいくらでも腹を満たせる。葉は程よい硬さで巣作りに最適だ。蜜を飲むほど体は強くなり、つがいを取り合う喧嘩でも負け知らずだ。蜜で重くなった体を横たえ、多くの子供たちに囲まれていると、幸福感で満たされるのだった。


 私はこの樹が好きだ。

 まるまると太った美味しい虫が、少し舌を伸ばすだけでいくらでも食べられる。口の中でつぶれた獲物から、どろりと蜜が溢れると、滑らかに潤った喉からは歌声が漏れた。樹の根の傍を流れる小川で皆と合唱することが至福の時間なのだった。


 私はこの樹が好きだ。

 身の引き締まった食べ応えのあるカエルを、たっぷりと丸呑みにできる。獲物たちが体の中で数珠つなぎになっていると愉快な気持ちが込み上げる。お腹がいっぱいに膨らんで、樹の洞の中でとぐろを巻いて眠ると、満足感に包まれるのだった。


 私はこの樹が好きだ。

 食べ過ぎて膨張したヘビの寝首を掻くのは簡単で、食べ物に困ることはなかった。樹液を舐めとって毛繕いすると、素晴らしい毛艶になって気分がよかった。木陰の中で木の葉と一緒に踊ると、心地よい疲労と充実感に満たされるのだった。


 私はこの樹が好きだ。

 遊び疲れたキツネを仕留めるのは容易なことだった。太い樹の枝は羽を休めるのに丁度良く、気持ちのいい風を感じることができた。美しい花々に囲まれ、カエルの合唱を聞きながら休憩していると、心地良さについうとうととするのだった。


 私はこの樹が好きだ。

 この樹を止まり木にするオオワシは、優美さと勇ましさを兼ね備えた素晴らしい気品を漂わせていた。ぜひ剥製にしてコレクションに加えたい。銃を構えて獲物を狙う。この一瞬は日々の疲れを忘れさせる。銃身から轟音が響き、オオワシは樹の根元へと落下する。駆け寄って持ち上げると、頭の中は喜びでいっぱいになった。


 私はこの樹が好きだ。

 獲物を抱えて木陰で佇む人間は、魂が抜けたようで、苦もなくその喉元へ牙を突き立てられた。血しぶきを浴びた樹は嬉しそうに枝をざわめかせる。そうすると、とても楽しい気持ちが溢れて、その太い幹に抱き着いて甘えたり、縦横無尽に伸びる枝の上で跳ね回ってはしゃぎたくなるだった。


 大樹の樹上。濃く生い茂った緑の中で、胎児のように身を丸めて何かが眠っていた。口元を赤く濡らして、穏やかな表情で夢を見ている。樹はそれを、まるで我が子を愛でるかのように枝葉で包み込み、慈愛に満ちた木陰を投げかけていた。

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