第391話 死神アイドル
「どうしてダメなんですか?」
「どうして、ってわかるだろ。死人が出てるんだよ」
説き伏せるように言うマネージャーに、私は食い下がった。
「でも、それでも来てくれているファンの皆さんをがっかりさせたくありません」
「そりゃあね。僕としてもファンサービスはいいことだと思うよ。交流イベントは稼ぎにもなって、次のイベントへの足掛かりになる」
「なら、なおさら……」
詰め寄る私に押されるようにマネージャーは後ずさる。
「あのね。世間的な評判が悪くなれば、金銭的な問題以上に大変なことになるんだよ。アイドル活動が続けられなくなってもいいの?」
子供に言い聞かせるような口調。私だってそのぐらいのことは分かっている。けれど、
「私のファンなら分かってくれます」
「そうじゃなくて」と、マネージャーは呆れたように肩を竦めた。
「ファンじゃない人にどう思われるかが問題なんだってば。あのアイドルの交流イベントでは毎回死者が出てるなんて噂にでもなってごらんよ。というより、もう噂になってるわけだけれど。バッシングも受けるし、新規ファン獲得も絶望的だよ」
「勝手に騒いで宣伝してもらえるならいいじゃないですか」
私の言い草に、マネージャーは怒ったように眉を尖らせた。
「そういう態度がダメなんだよ。マスコミに付け入られる」
「天にも昇るステキな気持ちにさせてあげるのが、私の活動方針、信条なんです」
マネージャーは、はああ、と深い溜息をついた。
チェキ会で、ファンが死んだ。
ファンとアイドルが一緒に写真を撮れるイベント。
歓喜と緊張を滾らせたファンに、私はちょっとだけサービスしてあげた。ほんの少し、耳元に顔を寄せて、囁いた。すると、そのファンは、喜びのあまり心臓発作を起こして死んでしまった。
私のチェキ会や握手会、サイン会など、交流イベントでファンが死ぬのは初めてではない。これまでに何度もある。ただの失神かと運ばれてイベントが続行され、そのまま三人ぐらい死んだ時もある。最近では私のイベントには厳戒態勢が敷かれていて、誰かが倒れたりなんかすると、すぐに救急隊員が駆けつけて、即座にイベントが中止にされてしまう。
そんな現状に対して私は、マネージャーに不満をこぼしていたのだった。
マネージャーは、ファンサービスを止めろ、と言う。けれど、そんなことはできない。私はアイドルであり、ファンが求めていることを止めるなんてできない。私のファンたちは今や決死隊なんて呼ばれて揶揄されているけれど、そんな外野の野次なんて聞かずに、ファンはファンを続けてくれている。それはとても嬉しいことだ。やる気が出るし、ファンに応えたくなるというものだ。
なのにマネージャーのわからずや。マネージャーだけじゃない。事務所のスタッフ、社長までもが、私に自粛するように言うのだ。
私はついには事務所を辞めた。SNSで情報発信をして、ファンを集って自分だけでイベントを開催した。
路上でもどこでも、私がいるところがステージになった。ゲリラライブでも、ファンたちは集まってくれた。
私がライブした後には、死体だけが残されていた。
ファンたちが死んだのだ。感激のなかで。
私は心臓を揺さぶるほどの衝撃的な感動を与えられる自分のパフォーマンスを誇らしいと思ったし、ファンたちも褒めてくれた。
今日は何人死んだ、というのがライブの盛り上がりの指標になった。
ファンたちは至福の時のなかで訪れる死を待ち望んでさえいるようだった。
警察は私を指名手配して、捕まえようとした。私はファンたちに助けてもらって警戒網を潜り抜けた。そうして、神出鬼没にライブ活動をして警察を翻弄してやった。時にはファンの人垣の向こう側に集まった警察官に私の歌を聞かせてあげた。
みんな私のファンになればいいのだ。
けれど、結局、私は捕まってしまった。
私を守ってくれていたファンたちが、いなくなってしまったから。
皆、死んでしまった。
ファンがいないこの世に、未練はなかった。
死罪。
それでいい。
私は死んで幽世へと行くのだ。
そこで待ってくれているファンたちに、また歌を聞かせよう。
私の夢は、死んでもアイドルを続けることなのだから。
ぷつり、と私をこの世につないでいた糸が切れて、ひゅー、と魂がどこまでも落下していった。
辿り着いたのは、地獄。
地獄にファンはいなかった。
皆、天国に行ってしまったのだ。
地獄の鬼は私に言った。
「貴様は生前、己の信奉者に死後崇めよと囁いたらしいが、それを遵守しようとした者はいなかった。貴様が地獄へ来ると教えてやっても、皆、天の国から離れようとはしない。所詮利用されていたのだ。いい面の皮。残念だったな」
鬼は嗤った。
私は謡った。
怨嗟の唄を。天に届けと、願いを込めながら。
鬼たちは私の唄を悦んだが、彼らは私のファンにはならなかった。私の惨めさを見て、仄暗い感情を沸かせて満足しているのだ。
私のライブは灼熱地獄や針山地獄の間で、遺響地獄としてあの世の名物の一つになった。
喉がつぶれ声が出なくなっても、地獄で謡い、踊り続けた。
それこそが私に与えられた罰のようであった。




