第39話 死人伯爵
月明かりが眩しい。満月だ。ランプが必要なくなって、とても助かる。
お墓を掘り返す。重たいシャベルで土をすくっては投げる。またすくっては投げる。とても大変な作業だけれど、伯爵の為だと思えばなんてことはない。
何度も繰り返すと立派な棺が顔を出した。立派なのは当然だ。伯爵の棺なのだから。蓋を開けて遺体を担ぎ出す。眠っているような安らかな表情を見ると涙が零れた。
伯爵を連れて屋敷に帰り着く。私以外の使用人は全員帰郷してしまった。伯爵の体をゆっくりと引きずる音だけが廊下にこだましている。書斎に辿り着き、伯爵を横たえさせた。すでに準備はできている。死者を蘇らせる、魔術だ。
目を覚ました伯爵は酷く驚いた様子だったが、周りを見渡すとすぐに状況を呑み込んでくれた。なんといっても伯爵の所蔵する書物に書かれていたことなのだ。伯爵ご自身がこの魔術について知らないはずがない。
私は伯爵に抱き着いて歓喜の涙を流した。まだ死臭が漂っていたがそんなことは気にならなかった。
幼い頃に私は伯爵に引き取られた。母は私が奉公へ行くことに難色を示していたが、結局は片親では満足に私を育てきれないと考えて、伯爵の元へと行くことになったのだった。それからは伯爵に仕えることが私の存在意義だった。それを失くしては生きていけなかった。私が生きる為には伯爵が必要なのだ。
私にとっての日常が帰ってきた。少しだけ違うのは伯爵の食事の為に墓場へと行くようになったことだ。魔術の書物によると蘇った人間は人間を食べなければならないらしかった。私はお墓を掘り返した。死体を解体し、おいしい料理を作っては伯爵にお出しした。伯爵は何も言わずにそれを食べ、私のことを労ってもくれた。しかし日々お加減が悪くなっていき、また土の下へと戻っていきそうな兆しを見せていた。
私は悩み、考えた。その末に町から生きた人間を攫ってきた。きっと死者を取り込むから死へと向かってしまうのだ。生者を取り込めば生者へと戻れるに違いないと思ったのだ。
伯爵は私が連れてきた人間を見ると、厳かで断固とした拒絶を示した。
私は伯爵に縋りついて訴えた。伯爵に生きていてほしい。そうでなければ私自身も生きていられない。時間をかけて何度も何度もお願いすると、やっとのことで伯爵はその人間を食べてくれた。私の考えは正しかった。伯爵はみるみる活力を取り戻した。それから私は町から人を攫っては伯爵に捧げた。
しかしそんな生活は突然終焉を迎えた。私は殺人鬼として手配され追われることになったのだ。屋敷にはいられなくなり、伯爵と共に森の中へと逃げ込んだ。
私は頬を濡らしながら伯爵に懺悔した。伯爵は慈愛に満ちた眼差しで私を包み込み、父のような温かさで許しを与えてくれた。
食べるもののない状況で衰弱していく伯爵を見ていられず、森に棲まう狼を捕まえては伯爵に捧げた。いつ終わるとも知れない森での生活は続き、また満月がやってきた。
森に来てからというもの、伯爵の様子は徐々におかしくなっていた。背中を丸めてうずくまる伯爵に寄り添って、私は夜空に歌った。
そんな時、不意に狼の唸り声が聞こえた。辺りに素早く視線を走らせると伯爵と目が合った。まるで狼のような瞳だった。次の瞬間、鋭い牙が裂けた口から覗くと私の喉に深く深く食い込んだ。
暗い森の奥深く、真ん丸い月に照らされた丘の上で、狼の遠吠えとも人の嘆きとも分からない哀しい雄叫びが響き渡った。