第372話 俺は爆弾
「お前は爆弾だ」
親父は俺にそう言った。
俺は爆弾。ドキドキと鳴る心臓の鼓動は、爆発までのカウントダウン。全身に張り巡らされた神経の糸は複雑に絡み合うコード。しかしそのいずれかを切ったとしても、映画の爆弾解体のように、俺の爆発を止めることはできない。俺は爆弾。親父が作った爆弾だ。
爆弾である俺は、カチカチと規則正しく時を刻み、成長し、朝昼晩としっかりご飯を食べ、学校に通い、遊び、寝る。
親父は俺を立派な爆弾として育て上げるべく、厳しい躾を行い、遊びを咎め、押しつぶされそうな重い課題を背負わせ、抹殺すべき標的を頭に叩き込んだ。
俺は成長し、体つきも、心のありようも変化していった。しかし、俺が爆弾であるということだけは紛れもない事実であり、決して変わることはなかった。
俺はそのうち考えるようになった。俺という爆弾の爆発規模はどれくらいなんだろうか。俺自身が粉々になるぐらいが関の山か、それとも家一軒が壊れるぐらいか、はたまた町一つ、国一つが滅ぶぐらいだろうか。俺がその答えを知る機会は訪れない。俺が爆発した時点で、俺という爆弾は消滅してしまうのだから。
学校を卒業し、就職する。親父の会社だ。
俺には恋人がいた。大学時代に知り合って、付き合いが続いていた。彼女と結婚しようかと考えたが、決断するには俺が爆弾であるということが大きな障害となっていた。
俺はいつ爆発するのだろうか。俺という爆弾はどんな爆弾なんだ。時限爆弾か。それとも遠隔操作で爆発させることが可能なリモコン爆弾だろうか。振動を感知して爆発するタイプ、ということはないだろう。今まで何度も衝撃に晒されたことがある。近所で自転車にぶつかったり、友人と殴り合いの喧嘩をしたこともあった。それでも俺は爆発しなかった。手榴弾のようにピンがついているなんてことはよもやないだろうが、と思いながらも体のあちこちを探ってみる。やはりない。スイッチのようなものもない。
月日が流れた。いつまで経っても俺は爆発しなかった。俺は働いた。そのうち恋人とも疎遠になり、別れた。そうするとより一層仕事に励んだ。火薬によって心臓がドキドキと弾み、血の代わりのニトログリセリンが全身を巡った。
俺は出世し、少しずつ座り心地のいい椅子へと席が変わっていく。仕事で成功を収め、遥かなる過去、親父が標的として俺の頭に叩き込んだ商売敵の一人を葬り去った。
社長室で、社長が言った。
「さすが俺の爆弾だ」
社長と俺は握手を交わす。その時、俺は爆発した。社長室は木っ端微塵になった。爆炎が弾けて消えて、後には白煙の香りしか残らなかった。




